未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性──九州大学とのコラボ授業の裏側(第5回)
グッドパッチはこの春、九州大学 芸術工学府と協力し、「人とAIが共生・共創する未来のUI/UXデザイン」と題した授業を行いました。専攻の異なる6つのコースの学生たちがともに「2035年の未来」を描き、プロトタイピングまで挑戦する——全8回のカリキュラムを企画・運営したのは、グッドパッチの「デザインストラテジスト」チーム。
授業を作るにあたって、デザイナーがどういうことを考えていたのか……。メンバーがリレーをつなぐ形でプロジェクトの「裏側」に迫る連載。最終回となる第5回は、チームリーダーの伊澤が、産学連携の機会を通しての気づきと今後の可能性について総括します。
著者紹介
伊澤 和宏 / デザインストラテジスト
大手電子機器メーカーでプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタート。新規事業創出・新商品の企画開発を経て、外資系大手家電メーカーに入社。プロダクトデザイン・新商品及びブランド開発に従事。その後コンサルティングファームに入社し、大企業の新規事業創出活動を支援。2019年グッドパッチ入社後、主に大企業の新規プロダクトの企画や事業開発に従事。
目次
グッドパッチのデザインストラテジストチームとは
本題に入る前に、今回授業を行った「デザインストラテジストチーム」についてご紹介させてください。これは新規事業創出や新奇性のあるサービスの検討といった不確実性の高い現場において、手がかりを掴み、意思決定を支援するチームです。
業界の原理原則・社会トレンド・企業文化など、さまざまな情報を統合した意思決定が必要となるケースが多く、デザインストラテジストはそのような状況下で未来洞察などの手法を用いて構想を描いたり、複雑な問題をリフレームしたり、組織の構築から考え直したりと、新しい価値を踏み出すためにあらゆるプロセスでアプローチします。
ここからは、産学連携の機会を通しての気付きと今後の可能性について総括します。今回の授業は、デザイン会社のストラテジストとしての在り方を再認識する貴重な取り組みとなりました。
ともに「問い」を生み出すデザインの力
今までは、「問い(課題)に対して、正しく答える力」が評価される社会だったと思いますが、今はそもそも“どこにどんな「問い」を立てるか”が非常に重要であり、難しい時代だと感じています。
これは学生だけでなく企業にも全く同じことが言えるでしょう。例えば事業開発などの現場において、仮説の検証や、ニーズの確認といった話であれば、“YES・NOの答えを出すためのパートナー”がいれば十分に推進できると思います。
しかし、より手前のニーズの掘り起こしや提供すべき価値の定義など、不確実性が高い状況に挑む場合は、「一緒に考えて、共に進める関係性」を築くことが重要であり、同時にそれがデザインストラテジストの強みでもあるのだと、今回のプロジェクトで再確認できたように思います。
企業におけるニーズ探索というと、トレンドチェックやマーケットリサーチといった手法で”旨みのある領域を見つける”といったビジネス文脈のアプローチを取られることも少なくはないですが、そもそもニーズを考えるためには「この先の社会は○○のようになっていくのではないか?」「時代の変化とともに価値観のアップデートが起きるのではないのか?」……といった、問うべき内容が抜け落ちているケースが多いと感じます。
一問一答ではないことの方が多い現代だからこそ、デザイナー独自の視点を生かした「問い」を生み出す力が新しい価値を生むきっかけになるのだと思います。
短期実装にとらわれない取り組みの価値
企業において、事業開発のみならず、日頃の業務などでも、どうしても短期的な社会実装が前提となり、それが成果・実績とみなされがちです。
今回の講義では、未来を見据えてあえて短期的な社会実装を前提としない取り組みにしたことで、企業活動では注目されにくい領域に光を当てる意味を感じることができました。また、「評価される」という行為自体が、ときには創造性を「改悪」してしまう可能性もあるのではないか?という問いも生まれました。
未来のビジョンやシナリオが「絵空事だ」「ふわふわしている」と言われる背景には、評価する側の評価軸が短期的なものに過ぎず、長期的なものを評価できないという側面もあると常々感じています。
企業の事業活動において、実現性や収益性などといった短期的思考による評価自体が“悪”ではありませんが、長期的な思考(平たく言うと「コンセプトレベルの領域」)を積極的に広げる努力を怠らない姿勢こそ新たな価値を生むのだと感じました。
グッドパッチの「伴走者」としてのアイデンティティ
今回の教育現場での取り組みは、デザインファームであるグッドパッチにとって非常に意味があるものだったと感じています。
新世代の方々の未来の視点に触れられたことも大変有意義でしたが、何よりも大きかったのは、普段我々が伴走者という仕事をしている中で、未来の構想からプロトタイピングまでの「伴走者」としての自分たちのあり方=デザインストラテジストとしてのアイデンティティを再確認できたことです。
私たちは学生さんたちにヒントを提供し、学生自身が未来の兆しを考え、読み解き、咀嚼し、その違和感を見つけて「問い」を立て、それを自分たちの手で形にしていくプロセスを自力でやりきってくれました。これは「教育」というよりも、「人の変化のプロセス」に立ち会った感覚に近いものでした。
今回の取り組みで得られた示唆を、今後いかに社会実装に近い立場でも展開し、学生連携やプロトタイプの場として活用できるか、引き続き探求していきたいと思います。
学生の変化に見るデザインと教育の可能性
インタビューでも触れましたが、授業を受けたあとに「やっぱりデザイナーになりたいと思いました」という学生がいました。未来を見据え、新しい価値を創造をする活動に共感していただけたことは本当に喜ばしいことでした。
そして、このプロジェクトにおける最高の評価は、多くの学生が「この続きをやりたい」「もっとつくりたい」と語ってくれたことだと考えています。学生の最終アンケートでは「実装フェーズもやりたい」という強い声がありました。この授業の続きや、企業とのコラボレーションプロジェクトとして、今後この講義の結果がさらに進化していく可能性にとてもワクワクしています。
連載一覧
- 第1回:なぜ学生と「ありたい未来」を描くのか
- 第2回:九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点
- 第3回:デザインフィクションが拓く未来の可能性
- 第4回:AIの普及の鍵は「体験のデザイン」にある
- 第5回:未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性(※本記事)