AIの普及の鍵は「体験のデザイン」にある──九州大学とのコラボ授業の裏側(第4回)
グッドパッチはこの春、九州大学 芸術工学府と協力し、「人とAIが共生・共創する未来のUI/UXデザイン」と題した授業を行いました。
専攻の異なる6つのコースの学生たちがともに「2035年の未来」を描き、プロトタイピングまで挑戦する——全8回のカリキュラムを企画・運営したのは、グッドパッチの「デザインストラテジスト」チーム。
授業を作るにあたって、デザイナーがどういうことを考えていたのか……。メンバーがリレーをつなぐ形でプロジェクトの「裏側」に迫る連載の第4回は、「AIと人間の関係」パートを担当した渡辺が、AIの普及にデザインが果たす役割と、人間とAIの望ましい関係性について語ります。
著者紹介
渡辺 伸好 / デザインストラテジスト
マレーシア留学中の学生起業を経て、新卒でアクセンチュアのデザイン部署に入社。大手通信企業の社長直下プロジェクトに立ち上げから参画。アプリや店舗設計までを一貫して担当し、2022年にはグッドデザイン賞を受賞。2023年マレーシア再移住を機にグッドパッチに参画。現在はデザインストラテジストとして、新規サービスの設計からビジネスモデル構築、生成AI×デザインの活用支援に従事。アジア拠点の視点を生かし、クリエイティブ人材の育成支援にも取り組む。
目次
AIと人間の関係を“問い”から考える
今回の授業では、「AIと人間との関係」をテーマに講義を担当しました。
昨今大きな注目が集まっている生成AIですが、企業からの活用相談が増える一方で、その理解の深さにはまだ課題もあると感じています。 特に、ビジネスの現場で生成AIを本質的に生かすには、単に「ツールとして使えるかどうか」ではなく、社会の中で、AIが今どんな存在になっているのか、これから私たちはそれとどう向き合っていくのかという視点が欠かせません。
この授業は、学生と問いを交わせるとても貴重な場でした。AIの未来の可能性をともに探りながら、企業での活用にとどまらず、社会全体でAIと共に生きていくとはどういうことかを考えること──それ自体が、今この時代に意味のある営みだと考えながら取り組みました。
講義の前に、学生の皆さんに事前アンケートに答えていただいたのですが、多くの方がすでにAIツールを深く使いこなしており、企業以上に理解が進んでいるのでは?と思わされるほどでした。
そうした背景もあって、今回は「AIの基礎を教える」講義ではなく、「AIは今どこへ向かっているのか」「これからどんな可能性があるのか」といった問いを共有しながら、未来を一緒に想像する時間を大切にしました。
講義では、学生たちに以下の2つの問いを投げかけました。
- 「なぜ、ChatGPTが生成AIの先駆者になれたのか?」
- 「人はAIがどんな性格であって欲しいのか?」
これらの問いを通じて、AIの普及における「デザイン」の重要性と人間がAIに求める本質的なニーズについて考えてもらうことを目指しました。
講義を通じて学生に伝えたかったこと
授業で学生に投げた問いは、そのまま学生の皆さんに伝えたかったことにつながります。具体的には、以下の3つのことを伝えることを目的にしていました。
1. AI普及の鍵は「デザイン」にある
「なぜChatGPTが生成AIの先駆者になれたのか?」
その問いの一つの答えとして、技術力ではなく「デザイン」の差にあったことを伝えました。OpenAIが手がけるChatGPTは、Googleよりも先に、よりシンプルに、より使いやすいUI/UXでアプリとしてリリースしたことが、その爆発的な普及の大きな要因でした。「触ってみたくなるか」「使い続けたくなるか」という体験設計の力が普及を決定づけたのです。
これはまさに、グッドパッチがこれまで一貫して語ってきた“デザインの本質的な価値”が、社会全体に可視化された例でもあります。今の時代、ユーザーは「自分にとって心地よいか」「直感的に使えるか」といった体験を重視しており、少しでも使いづらければ、すぐに他の選択肢に移ってしまう。
そうしたユーザー側の変化に応えるように、企業側も“使いやすさ”や“共感される体験”を意識しなければ選ばれない時代に入りました。だからこそ、デザインは単なる装飾ではなく、サービスやプロダクトの根幹を形づくるものへと変化してきている。
今回のChatGPTの事例は、その象徴的な出来事だと捉えています。
AIの進歩によってデザインの役割がなくなるのでは、という疑問をよく耳にしますが、私はむしろデザインの重要性が上がると考えています。技術単体では普及せず、いかにユーザーにとって洗練された体験を提供できるかが鍵を握るからです。
2. 技術や利便性だけでなく、人間とAIの「関係性」を問うこと
2つ目の問い「人はAIがどんな性格であって欲しいのか?」に関しては、単なる技術や利便性だけでなく、人間がAIにどのような「性格」を求めるのかという、より人間的・倫理的な側面について議論を促しました。
例えば、ChatGPTが最近行ったアップデートで“AIが人に対して共感的すぎる対応”をした際にユーザーから「気持ち悪い」などのネガティブな反応が多数上がり、すぐに修正された事例を紹介しました。OpenAIのサム・アルトマンが即座に対応方針を変えたのは、人々が「AIにどんな性格を求めているのか」という倫理的な問いにも関わってくるからです。
一番伝えたかったのは、「AIの未来をただ予測する」のではなく、「人間にとって意味のあるAIとは何か」をこれから“デザインしていく”という発想の重要性です。
学生たちの反応は想像以上に柔軟で、最終的なアウトプットは「心に迫る系」「コミュニケーション系」「寄り添う系」といった、人間的な側面に着目したものが多く見られました。技術をどう使うか以上に、“人間の視点でAIとどう向き合うか”という問いに真摯に向き合う姿勢が印象的で、その深い感性から私も多くを学ばされました。
3. 未来を予測するだけでなく「デザイン」していく心構え
これらの問いを通じて、未来のテクノロジーを単なる情報として扱うだけでなく、そのテクノロジーが織りなす未来の社会や人間関係を自分たちで「デザインしていく」という心構えを学生に持ってもらいたい、という意図がありました。
学生たちの自由な発想と議論の深さ
学生の皆さんは私の投げかけに対し、非常にしなやかに、そして柔軟に受け止めてくれました。AIを脅威として捉えるのではなく、既存のソフトウェアやインターネットの延長線上で、自然なものとして受け入れている。その姿勢は「こうなればいいんじゃないか」という変なフィルターがなく、純粋に人間とAIの関係性は「どうあるべきか」を語る余白を生んでいました。
AIとの関係性について、倫理的な視点、哲学的な視点、あるいは「もっと面白くするためには」といった創造的な視点など、議論のバリエーションが非常に豊かで、私たち自身の視野を広げるきっかけにもなりました。
こうした思考の広がりは、企業の中だけではなかなか得られないものです。むしろ、「社会とどう向き合うか」という大きな問いに、素直に飛び込める学生たちだからこそ生まれる時間だったのだと思います。それは僕自身の視野も揺さぶられる、学びの場でした。
ちなみに、講義の冒頭で行った「こんなAIは嫌だ!」という大喜利形式のアイスブレイクも大好評でした。遊びの中から本質に迫る問いが生まれる様子は、このプログラムの醍醐味の一つだったと思います。学生側が単に受け身ではなく、積極的に「一緒に作っていく」という姿勢で臨んでくれたため、まるで私たちが普段行っている仕事のように感じられました。
クライアントワークと教育の接点に見るグッドパッチの哲学
今回の授業は、場所こそ「学校」でしたが、やっていたことの本質は、私がデザインストラテジストとして普段向き合っているプロジェクトと全く地続きのものでした。「答えのない問い」に対して、クライアントと共に探り、試し、形にしていく──そんな仕事のやり方にとても近かったのです。
さまざまなクライアントと向き合う中で強く感じるのは、「正解を見つける」のではなく「正解を創る」ことが、社会においてますます求められているということです。そのためには、人間や社会を深く理解し問いを立てる「人文知」と、それを体験へと具現化する「デザイン」の両輪が欠かせません。
一方的に知識を届けるのではなく、一緒に考え、一緒に迷い、共に人間に合う形を探していく。そのプロセスの中にこそ学びの核心があります。それはまさにグッドパッチが大切にしてきた、“目に見える成果物”だけではなく、“つくる過程そのものに価値を見出す”という姿勢と強く結びついているのです。
次回は連載最終回、テーマは「未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性」です。お楽しみに!
連載一覧
- 第1回:なぜ学生と「ありたい未来」を描くのか
- 第2回:九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点
- 第3回:デザインフィクションが拓く未来の可能性
- 第4回:AIの普及の鍵は「体験のデザイン」にある(※本記事)
- 第5回:未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性