なぜ、学生と「ありたい未来」を描くのか──九州大学とのコラボ授業の裏側(第1回)
グッドパッチは2025年の春、九州大学 芸術工学府と協力し、「人とAIが共生・共創する未来のUI/UXデザイン」と題した授業を行いました。専攻の異なる6つのコースの学生たちがともに「2035年の未来」を描き、プロトタイピングまで挑戦する——全8回のカリキュラムを企画・運営したのは、グッドパッチの「デザインストラテジスト」チーム。
授業を作るにあたって、デザイナーがどういうことを考えていたのか……。メンバーがリレーをつなぐ形でプロジェクトの「裏側」に迫る連載を始めます。
第1回は、授業の立ち上げと「未来洞察」パートを担当した森村が、なぜ学生と「ありたい未来」を描こうと思ったのか、授業設計に込めた想いと学生との対話から見えた可能性について語ります。
著者紹介
森村典子 / デザインストラテジスト
新卒でマーケティングリサーチ会社に入社し、調査設計・分析を幅広く経験。その後、総合デザイン会社でデザインストラテジスト/クリエイティブリサーチャーとして、リブランディングにおける未来構想や戦略策定、デザイン経営の推進支援などに携わる。グッドパッチに入社後は、未来洞察を用いた中長期戦略の支援や定性・定量による統合的なリサーチで事業企画をサポート。しなやかな戦略とぬくもりのあるアウトプットを大切にしています。
授業のテーマはお互いのCANとWILLから生まれた
なぜ、九州大学とグッドパッチが?と思う方もいるかもしれません。授業を行うきっかけは、以前の職場の同僚だった九州大学の羽山先生から相談が来たことでした。彼の専門はストラテジックデザインであり、また、九州大学大学院芸術工学府では、望ましい未来を構想し、それを実現する総合的な「高次のデザイナー」の育成が宣言されているのですが、一緒に取り組むことになったのが「スタジオプロジェクト」というまさに次世代の高次デザイナー育成を目的とした枠組みでした。
「ストラテジックデザイン」と聞くと、耳慣れない方も多いかもしれません。これは、モノやサービスの“見た目”だけでなく、“しくみ”や“体験”、そしてその先にある“ビジョン”までを構想し、実装していくためのデザインアプローチです。
九州大学 芸術工学府は、世界的に「ストラテジックデザイン」という言葉が注目される以前から専門のコースがあり、教育・研究を重ねてきた実績があり、デザイン・ビジネス・アントレプレナーシップを横断的に学び、実践できる、日本でも数少ない教育環境です。
今回受け持つことになったのは「スタジオプロジェクト」という多様なバックグラウンドを持つ学生たちが集まり、対話を通してリアルな社会課題に向き合い、未来を共創できる授業です。そこで、このプログラムでは、先生の専門性や授業の枠組みを最大限に生かしながら、この実践的な学びをより深めていけるようなテーマや設計を検討しました。
チームメンバーで考えたいくつかの授業アイデアの中から、最終的に羽山先生が選んだのが「人とAIの未来」というテーマで、未来洞察からプロトタイプまで行うものでした。UI/UXのプロトを作る意味でグッドパッチらしさもあり、ストラテジストメンバーの個々の知識やスキルを生かせるプログラムがつくれそうでもあり、さらには、急速にAIが進化している今だからこそ扱う意味があるテーマだと思いました。
グッドパッチとして企業向けに「未来の探索をするデザイン」に取り組んでいる中で、未来の当事者となる学生との対話はまさに求めていたものです。大学側や学生視点では企業との接点や共創への期待もあり、互いのCANとWILLの両方が反映されたプロジェクトになりました。結果的に、学際的なプログラムになったのかなと思います。
学生には予測に縛られず、未来を「発明」してほしかった
通常、クライアントワークで「未来洞察」を行う際は、統計データを基に数値で予測する「未来予測」と、事例や身近な出来事をベースに価値観や行動などの変化のきざしを定性的に捉える「未来予兆」の両方の視点で未来を捉えます。
それは、ビジネスとしてある程度確度の高い未来を見据えることと、まだ誰も気付いていないイノベーションの芽を探索すること、いずれもが大事な視点になるからです。
一方、今回の参加者は学生です。講義で「未来予測」についてのインプットもしつつ、ワークに関しては「未来予兆」に特化した内容としました。
未来の当事者として、確度の高い予測を知ることよりも、予測に縛られることなく「ありたい未来を自分で描いて作る、発明してしまう」ということを意識してほしかったし、その構想に時間を費やしてほしかったんです。
考察を深める対話のステップ
「未来予兆」のワークは、兆しの探索・考察からスタートし、意味の変化予測を行った上で変化仮説を作成していきました。
具体的には、未来のきざしを感じる事例や事象を普段の暮らしの中から探索してもらい、それによって「人の価値観・行動はどう変わりそうか?」「くらし・社会はどう変わりそうか?」、さらには「その社会ではどんな出来事が起こりそうか?」を自由に推察してもらいました。
ワークはいずれも、まずは個人で考え、続いてチームメンバーに共有し、チームメンバーとディスカッションを行い、その内容をチームでまとめ、さらに、全員に発表する、という順序で繰り返しました。この「拡散」「共有」「拡充」「統合」「発表」の流れで、個人からチームへ、チームから全員へと対話を広げていき、新たな視点を得ながら考察が深まっていきます。
せっかく学生が分野横断的に受講できる授業なので、対話の時間をできる限り増やしたいと考えていましたし、対話によって「価値を深めること」と「視野を広げること」を同時に達成したいと思っていました。さらには、他のチームの議論や発表から新たな視点を取り入れて再考する機会も設けました。一連の流れを繰り返しながら、どんどん考えを深めたり進化させていってほしかったんです。
実際のディスカッションでは、学生たちが短時間でかなり発展的な議論を展開していて、想像以上のスピード感と議論の深さに驚かされました。AIの進展によって「どんな影響があるのか」の哲学的、倫理的な議論まで深めていることが多い印象でしたね。
学生の半数が留学生 文化も専門も超えて共創する未来のかたち
「未来の当事者としてありたい未来を自分で描いてほしい」「いろんな人との対話が新たな価値をつくり深めることを体感してほしい」「次世代を代表する高次のデザイナーとしての役割や価値を探索してほしい」。そんな想いを授業の枠組みの中で取捨選択しながら、できる限りを盛り込んだ本プロジェクト。
想像以上に多様で深みのある議論や期待を超えるアウトプットに触れる度に、未来へのワクワクが高まると同時に、私たちも考えさせられ、気付くと議論に発展する。そんなことが度々ありました。

授業の様子
今回、授業を履修してくれた学生のなんと約半数が留学生でした。分野横断的なだけでなく、多様性のあるメンバーでのプロジェクトとなったことは、結果として授業の価値をより高めたのではないかと感じます。
実際、アンケートでは、“分かりやすかった”、“流れがスムーズだった”、“ワークショップやチームワークの議論が楽しかった”など、概ね好評な一方で、“部分的に言語の壁があった” “ディスカッションの時間がもう少しほしかった”という意見も出ており、英語希望者に寄り添えているだろうか、という言語面での不安もありました。授業の感想や反応を見ながら翻訳をスムーズにしたり、説明を丁寧に行うなどの微調整をしながら進めました。
今回、全8回の授業では“ありたい未来を描く”部分を重視しましたが、学生の最後のアンケートでは「実装フェーズもやりたい」という声が多く挙がりました。考えたプロダクトアイデアを企業の人に見てもらう、一緒にその先を考えて作っていく、そんな機会も作っていけたらと考えています。
ありたい未来を社会実装させる=夢に手足をつけることは、学生にとっては非常に厳しいフェーズになるでしょう。しかし、ビジネス実践のプロとしての企業と新たな視点を吹き込む学生との対話からは、その厳しさ以上にこれからの社会を形作っていく“問い”と“ヒント”がきっと生み出されるはずです。
次回のテーマは「インタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点」です、お楽しみに!
連載一覧
- 第1回:なぜ学生と「ありたい未来」を描くのか(※本記事)
- 第2回:九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点
- 第3回:デザインフィクションが拓く未来の可能性(仮)
- 第4回:AIの普及の鍵は体験のデザインにある(仮)
- 第5回:未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性(仮)