デザインフィクションが拓く未来の可能性──九州大学とのコラボ授業の裏側(第3回)
グッドパッチはこの春、九州大学 芸術工学府と協力し、「人とAIが共生・共創する未来のUI/UXデザイン」と題した授業を行いました。専攻の異なる6つのコースの学生たちがともに「2035年の未来」を描き、プロトタイピングまで挑戦する——全8回のカリキュラムを企画・運営したのは、グッドパッチの「デザインストラテジスト」チーム。
授業を作るにあたって、デザイナーがどういうことを考えていたのか……。メンバーがリレーをつなぐ形でプロジェクトの「裏側」に迫る連載の第3回は、「未来の世界観と物語のデザイン / デザインフィクション」「ストーリーボード」パートを担当した遠藤が、“今はないもの”を自由に描くことの重要性について語ります。
著者紹介
遠藤英之 / デザインストラテジスト
レコード会社A&R、週刊誌編集/記者を経て、デジタルメディア・コンテンツを通じた企業のコミュニケーション支援に従事。デザイン部門に異動後、事業開発、事業機会探索を行う。グッドパッチでは、今はまだない価値や可能性のリサーチ、ストーリーを使ったプロトタイピングなど未来志向のプロジェクトを中心にデザインしている。ビジネスの現場でこそ、クリティカル・デザインの力を証明したい。
目次
「デザインフィクション」を制約を乗り越えるためのマインドセットに
私は探索とプロトタイピングの架け橋となる、世界観や物語を考えるパートを担当。講義の冒頭で「デザインフィクション」という概念を紹介しました。
デザインフィクションはSF作家のブルース・スターリングが生み出した言葉。デザインの現場でも未来のサービスやプロダクトを想像・創造するプロジェクトなどで用いられる、「まだ存在しない未来の道具や関係性をストーリーとして描き、それに触れたり演じたりすることで、議論や共感を生む手法」です。
例えば、巨匠アイザック・アシモフが『私はロボット』の中で描いた「ロボット三原則」が現代を生きるロボット開発のエンジニアたちに、ある種の共通言語になっています。また1982年公開の『ブレードランナー』に登場したデバイスは、iPadを先取りしたかのようなUIを見せています。
物語を通じて提示された未来のあり方は、人々の共感や問いを生み出し、それ自体がひとつの未来を形作ります。連続授業の序盤に行ったアンケートでは、映画、アニメ、小説、学生たちがさまざまな物語の影響を受けていることが分かりました。
授業という場ではありますが、彼ら彼女たちがその想像力に制限をかけず発揮することが未来を創るのだということを、最初のマインドセットに込めました。
問いと対話を触発する、世界観のデザインとストーリーボード
創作は回をまたいで2つのステップで行いました。まずは「世界観」のデザイン。最終的に未来の人間とAIの関係性を形にするプロトタイプが存在する、未来の社会の基本情報を考えるワークです。未来の社会はどんな人が暮らしていて、どんな働き方をして余暇を過ごし、どんな課題を抱えているのだろうか。
未来の人や暮らしぶりを考えるのは楽しかったようで大いに盛り上がりましたが、これは創作であり、創作の準備であるけれど、問いを生む行為でもあることの意識付けをしました。現実の社会がさまざまな思いや環境が複雑に絡み合っているように、未来の社会も単純ではない。共感度や触発性の高いアウトプットにするためにも欠かせない視点です。
簡単ではないプロセスでしたが、学生たちは楽しみながらも奥行きのある世界観を提示してくれました。通常、短期のプロジェクトでのストーリーボードでは当事者とサービス/プロダクトの関係のみを表現するケースが多いですが、期待以上の進捗を見て、社会に与える影響を展望するコマも追加しました。
世界観から物語へ落とし込むプロセスは、自分たちで想像した世界に暮らす人々の物語なだけに、「彼だったらそんなことしなさそう」「そもそもこのシチュエーションはありえない」と、細かな描写を試みるほどに、アイデアの解像度が高まる仕組み。学生たち自身が出自や専攻の異なるメンバーだったこともあり、たくさんの可能性が考慮された、豊かなストーリーに仕上がったように思います。
正解のない未来に臨むための想像力を、3つの視点から考える
未来の不確実性が謳われて久しい昨今、未来の担い手である学生たちにとっても、未来を想像することは簡単ではありません。しかしながら「正解がない」からこそ、気持ち次第で自由な発想が許されるのも、未来を対象にしたデザインの特徴といえます。
社会を大きく変えたイノベーションも、人の想像力がきっかけです。以下は、若者の想像力を引き出せるような場にするために、気を付けた3つの視点です。
1. 勇気を尊重し、違いを楽しむ心理的安全性
正解がないということは、同じように不正解もありません。普段の授業ではあまり話さない「こうなってほしい」「こうなりたい」を口にするのはある程度勇気を要します。お互いを尊重し合う空気をつくることが大前提ですが、違いがたくさん見えてくると、誰にも等しく不確実な未来というテーマゆえにいろんな可能性が見えてきて、楽しさにつながるものなのです。
2. リアルではなくリアリティを求める
10年、20年先の未来をターゲットにしていても、人は現在の価値観やルールに縛られがちです。確実かどうかではなく、「あり得るかも」と感じさせられれば、プロトタイプの目的である思索や対話を呼び起こすことができます。できるかできないかではなく、時にはできるようになっていると設定してしまう大胆さを説きました。
3. 縦と横に広がる想像力
現在から未来という時間の流れを「縦の軸」とすると、社会を構成する人や組織、仕組みなどへの想像力は「横の軸」と言えるでしょう。自由な発想を求める反面、独善的なアイデア、価値観の押し付けになってしまう可能性もあります。その時に、広く社会のあり方まで想像することで、自然に他者へのまなざしを獲得できます。
「未来の当事者」と「学舎」で行うデザイン
デザインの定義を「現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案する営み」とする説があります。だとしたらデザインはすべからく、未来をつくる行為だと言えるかもしれません。
デザインに関わる人々はいろんな手段で未来のあり方を探索し、対話しながら形にしていくわけですが、未来の当事者となる学生たちのアイデアに触れ、議論を進める時間は特別です。
今回の授業では、ワークの中でオンラインホワイトボードなどのデジタルツール、探索テーマでもあるAIツールを用意して臨みましたが、それらの使い方・理解の仕方ひとつとっても、たかが世代されど世代、柔軟性に驚かされることの連続でした。逆に彼ら彼女たちからは、物理的に持ち得ない経験への期待値が高かったように感じます。
そうした両者の違いを活かし合うキーワードが学びなのではないでしょうか。産学連携。学生たちにとっては本分であり、企業など学外とのプロジェクトも当然学びの一環ですが、学外の側こそ「学び」の機会として捉えることが大切なのではないかと思います。特に未来の事業や価値を考えていく、正解のない取り組みで納得感を醸成していくためには、プロセスをしっかりと価値化することが肝要です。
正解のない未来のデザインに多様な人たちが関わり、新たな問いやアイデアを発見するそのプロセスそのものから学びを得て、変化していく。そこには確かな価値が存在します。そうした雰囲気が前提として備わっている、大学のような「学舎」に出てデザインをしていくことに、事業開発などにおける可能性も大いに感じられる日々でした。
次回のテーマは「AIの普及の鍵は『体験のデザイン』にある」です、お楽しみに!
連載一覧
- 第1回:なぜ学生と「ありたい未来」を描くのか
- 第2回:九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点
- 第3回:デザインフィクションが拓く未来の可能性(※本記事)
- 第4回:AIの普及の鍵は「体験のデザイン」にある
- 第5回:未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性(仮)