九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点──九州大学とのコラボ授業の裏側(第2回)
グッドパッチはこの春、九州大学 芸術工学府と協力し、「人とAIが共生・共創する未来のUI/UXデザイン」と題した授業を行いました。専攻の異なる6つのコースの学生たちがともに「2035年の未来」を描き、プロトタイピングまで挑戦する——全8回のカリキュラムを企画・運営したのは、グッドパッチの「デザインストラテジスト」チーム。
授業を作るにあたって、デザイナーがどういうことを考えていたのか……。メンバーがリレーをつなぐ形でプロジェクトの「裏側」に迫る連載の第2回は、「新たなデバイスとUIUXのあり方(未来のモバイルデバイス/インターフェースの透明化の観点)」「プロトタイピング」パートを担当した佐藤が、インタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点について語ります。
著者紹介
佐藤大輝 デザインストラテジスト
2020年新卒でグッドパッチにジョイン。UIデザイナーとしての経験を経て、デザインストラテジストとして上流のデザインにも取り組んでいる。現在は、新規事業企画や未来洞察アプローチを用いた事業構想やプロトタイピングを通じた価値探索を支援中。関心領域は、未来のインタラクションデザインやプロトタイピングなど。
目次
授業に盛り込みたかった「3つのトピック」
授業のテーマについていくつかアイデアを立てている中で、以下の3つのトピックを盛り込んだ授業にしようと考えました。
- 今旬の話題であるAI
- グッドパッチの専門領域であるUI、UX、インタラクションデザイン
- デザインストラテジーチームが取り組んできた未来洞察
インタラクションデザインのトピックをこのプロジェクトに盛り込みたいと提案したのはチームで唯一出自がUIデザイナーだった僕です。グッドパッチらしいものを提供したいという考えもありつつ、「人とコンピューターの関係性」についてアカデミックな場で議論をしてみたいという僕個人の興味も大きいです。
人とテクノロジーの関係性を問い直す2つの講義
担当したインタラクションデザインに関するトピックでは主に2つの講義を実施しました。
1つ目の講義では、「10年後のモバイルデバイスの姿」を起点に、スマートフォン以後のデバイスやインターフェースがどのように変わるかを考察しました。GUIやアプリという“現在の当たり前”を再点検し、そこから未来の人とAIの関係性を構想することを目的に、XR、VUI、ブレインインターフェース、そしてSF的な事例なども交えながら、視野を広げる内容にしました。
2つ目の講義では、「インターフェースの透明化」というテーマのもと、私たちがどのようにAIとの関係を設計していけるかを深掘りしました。
擬人化されたAIとの対話的コミュニケーションは果たして最適なのか? 本当になじむ体験とは何か? といった問いを通じて、インタラクションが人間の意識にどのように溶け込んでいくかについて考える時間としました。
学生に伝えたかった3つの考え方
この授業では、未来のガジェットを考えることを通して、「今、私たちがどんな前提でコンピューターと関わっているのか」を見つめ直すことに重点を置いていました。その上で、次の3つの視点を中心に、学生と一緒に探究していきました。
1. AIがもたらす変化を“関係性の変化”として捉える
AIの進化を「精度が上がった」「生成力が高まった」といった技術的な面だけで捉えるのではなく、人とコンピューターの関係そのものがどう再構築されるかというマクロな視点で見てみよう、という話をしました。
例えば、VUI(音声UI)はかつて「手がふさがっているときに便利な操作方法」でしたが、今では「意図を理解し、応答するパートナー」に近づいています。これはUIの進化というよりも、私たちの“関係の構造”が変わる兆しと言えるかもしれません。
2. 常識を疑うには、まず現在の常識を言語化する
普段あまりに自然に使っている現在のモバイルのUIやアプリというもの。その当たり前の裏には、技術的・社会的な背景や設計思想があります。まずは、今自分たちが無自覚に受け入れている当たり前を言語化してから、ようやく「その先」が描けるはずです。だからこそ、一度立ち止まって「私たちが使っているものはどんなものなのか、考察することが大事」だと考えました。
また、iPhoneから続く現在のモバイルUIのパラダイムで、人の生活がどう変化したかを「ヒト/モノ/カネ/時間」という切り口で整理し、同様に今後の新たなデバイスのパラダイムでどのように社会が変わるか考えてもらうヒントにしてもらいました。
3. SFは別世界の空想ではなく、実世界のヒント
『攻殻機動隊』や『ブレードランナー』、『Detroit: Become Human』などのSF作品を授業に取り入れたのは、「未来はこうなる」という予測や正解を示すためではありませんでした。むしろ、こうした物語が描く“空想の世界”の中には、現実世界の未来を考える上でのヒントが数多く詰まっていると感じていたからです。
そこに描かれる技術や社会の姿の裏を考察すると「どんな価値観や世界観を前提としているか」が見えてきます。だからこそ、技術の発展そのものではなく、「人間の欲望や倫理とどう向き合っているのか」「その未来を支える世界観は何か」といった点に目を向けてほしいと思っていました。
SFから見えてくるのは、未来のプロダクトの形だけではなく、価値観や社会情勢しれません。そうした視点を持つことで、より飛躍した視点でさまざまな未来を考えることができるのではないかと考えていました。

授業の様子
授業設計の背景にあった、AI情勢を踏まえた個人的な仮説
ここからは授業の本筋からは少し離れますが、授業を設計する上で個人的に考えていたことを書き記したいと思います。
ユーザーがアプリやサービスを意識しなくなるかも
ChatGPTのOperatorのようにAIがブラウザの中の操作を代行したり、Rabbit R1のようにAIがOSに統合され、ユーザーの目的を先回りして達成してくれるようになると、私たちはもはやアプリやサービスの存在を明確に意識する必要がなくなるかもしれません。つまり、どのサービスを使うかを自分で選んでUIを操作するという前提自体が崩れていく可能性があります。
そうなれば、各サービスのUI/UXは「人間」のためではなく「AI」のために設計されることもあり得る。そして、サービス提供者にとっての“ユーザー”は、最終的な人間ではなく、その代行者であるAIになるかもしれません。そうした視点の変化によって、従来の「ユーザーがサービスにアクセスする」という構図自体が変質していく可能性がありそうです。
GUIのオルタナティブ – 形式の多様化
GUIを前提とした、画面上のオブジェクトを操作するという現在のコンピューターのあり方も、大きな転換点を迎えているように感じます。人がChatGPTのようなプラットフォームに自然言語で入力することに日常的になりつつある今、VUI(音声UI)の普及を妨げていた心理的な障壁も下がってきているように思います。
さらにXRやブレインインターフェースなどの技術が広がれば、「画面上のオブジェクトを触る」以外のインタラクションが主流になる未来も十分に考えられます。UIは「何かを触るもの」から、「環境に馴染むもの」へと変わっていく兆しがあります。
擬人化から“融けるAI”へ
AIを擬人化するアプローチ──たとえばSiriやChatGPTのように、親しみやすい“人格”を与える設計──は、インタラクションのとっかかりとして有効です。ただ、個人的にはそれが恒久的な解ではなく、過渡期的なインターフェースかもしれないという見方もあります。
生活に本当になじむAIとは、人格を感じさせる存在ではなく、むしろ「そこにいることを意識させない」存在かもしれない。『融けるデザイン』で言われているような「道具の透明性」が、AIのUXにも必要なのではないか──そんな視点でこのテーマを見ていました。
「産学連携」で私たちも未来を考える意義
インタラクションデザインは、UIパーツや動線を整えることにとどまらず、「人とテクノロジーの関係を考えること」でもある。そんなことを、学生と対話しながら自分自身も改めて実感した授業でした。
そして、今回のような産学連携のプロジェクトだからこそ、こうした抽象的で中長期的な視点を持って未来の変化を考察する機会を得ることができたと感じています。これは普段のプロジェクトワークとはまた違った視座を与えてくれる貴重な時間であり、グッドパッチにおけるインタラクションデザインの知見を深めていく上でも、こうしたアカデミックとの関わりがますます重要になってくるのではないかと改めて思いました。
この授業で学生たちと考えた問いは、私たち自身の問いでもあります。UIとは何か、ユーザーとは誰か、AIとの関係はどう設計されうるのか──そんなテーマを、社内でも引き続き対話していけたらと思います。
次回のテーマは、「デザインフィクションが拓く未来の可能性」です。お楽しみに!
連載一覧
- 第1回:なぜ学生と「ありたい未来」を描くのか
- 第2回:九大授業企画にインタラクションデザイナーとして盛り込みたかった視点(本記事)
- 第3回 デザインフィクションが拓く未来の可能性(仮)
- 第4回 AIの普及の鍵は体験のデザインにある(仮)
- 第5回 未来をつくる『問い』の力と産学連携の可能性(仮)