ケーススタディ

VUCA時代を乗り越える、事業デザインの最前線 グッドパッチ関西支社開設イベントレポート

変化のスピードが増し、将来の予測が難しい現代。企業が不確実性を乗り越える上で、未来を予測するだけでなく、自ら未来を創造する力が求められています。

10月24日、グッドパッチ関西支社設立を記念したイベント「VUCA時代を乗り越える力 新規事業と事業成長をデザインする最前線の方法」では、事業デザインの最前線を解き明かすべく、ゲストに株式会社クボタを迎え、3つのセッションを行いました。

本レポートでは、3つのセッションを通じて語られた、変化の時代をデザインの力で切り拓くヒントをお届けします。

VUCA時代のデザインの価値は「仮説検証力」にある

最初のセッションのテーマは「不確実性に挑むデザインの⼒」。グッドパッチ UXデザイナー / UX Unit マネージャーの北村篤志が登壇しました。

グッドパッチ UXデザイナー/ UX Unit マネージャーの北村

変化のスピードが速く、不確実かつ複雑な状況では、正確に計画を立てる力よりも、その都度変化に適応する⼒が求められます。そのような中、デザインが提供できる価値の一つが「仮説検証力」であり、その鍵がプロトタイプです。

「プロトタイプを見ながら話せば、議論は具体化し、意思決定を早めることができます。プロトタイプを通じてテストができ、短いサイクルでの仮説検証も可能です。そして、プロトタイプはあくまで試作品であり、『失敗しても大丈夫』という前提が共有されています。それによって心理的安全性が高まり、失敗を恐れず挑戦する文化の醸成にもつながると考えています」

実際にプロトタイプを活用して支援した事例の一つが、サントリー食品インターナショナル株式会社とのプロジェクトです。従業員の健康⾏動の習慣化をサポートするサービス「サントリープラス」について、事業アイデアの創出からプロダクト開発までコミットしました。

「ヘルスケア領域のデジタルプロダクト開発への新規参入という、右も左も分からない状態に対し、企画段階から実際に動くプロトタイプを作って検証していきました。アイデアを試しては改善し、また動かして確かめる。そのサイクルを繰り返しながらリリースまで行い、最終的にマーケットフィットさせた事例です」

生成AIの登場によって、誰でもプロトタイプが作れる時代になりました。グッドパッチでもAIデザインツールを開発するLayermateを子会社化し、デザイン×AI領域の事業基盤を強化しています。

会場では、実際にFigma用AIデザインアシスタント「Layermate」を使ってプロトタイプを作成。自然言語での指示に対し、リアルタイムでAIがアプリのデザインを自動生成していきます。

「VUCA時代において大切なのは、小さく試して学ぶ仮説検証力です。そして、その力を支える鍵がプロトタイプです。どんどんプロトタイプを活用して、変化の激しい時代を乗り越えていきましょう」

デザインには領域を超えて人をつなぐ力がある

2つ目のセッションに登場したのは、越境するデザイン組織「Goodpatch Anywhere」PM/UXデザイナーの北村竜也です。「領域にとらわれないデザインの力」をテーマに、医療・ヘルスケア領域を例に挙げ、特殊ドメインでのデザインのポイントを紹介しました。

グッドパッチ PM/UXデザイナーの北村

「デザインの役割は、共創を起こす触媒です。そこには構造を理解する洞察、共感を引き出す観察の力、思考を可視化する表現、共感を増幅する場づくりの力の4つの作用があると考えています。医療従事者の言葉の裏にある意図を読み解き、データの裏にある人の感情を見つめ、医師の言葉をビジュアルで示すことで、関係者の認識を合わせる。このプロセスこそが共創を生むデザインの循環です」

北村は実際の伴走事例として、製薬会社のプロジェクトを紹介します。このプロジェクトでは先駆的価値を創出することを目的に、まず未来の仮説を立て、未来年表を作りながら「どんな未来があり得るか」をチームで考え、ストーリー化。同時に、普段の専門領域の枠から出るために異分野の専門家を招き、さまざまな視点から話を聞くことで考え方を広げていきました。

「そうして議論の中で出てきたのが、『私たちは患者に薬を届けているが、その人の病気が治った後の人生はどうなるのか?』という問いです。病気が治ったら終わりではなく、患者から健常者になった後の人生の豊かさにまで目を向けることで、新たな戦略が生まれていきました」

「デザインには領域を超えて人をつなぐ力がある」と北村。医療従事者や企業、患者など、異なる立場や知識を持つ人たちの間に関係性を築くこと。それが医療・ヘルスケア領域をはじめとした特殊ドメインで求められていることだと指摘します。

「特殊ドメインの場合、その領域の専門家が一人いるだけで、プロジェクトは驚くほどスムーズに進みます。グッドパッチには専門性を持ちながらデザインで伴走できる人材が多数いますので、どのようなドメインであっても一緒に取り組めることがきっとあるはずです」

クボタが描いた「食と農」の未来シナリオ

最後のセッションでは、クボタのデザインセンター デザイン戦略・企画チームマネジャーの串⽥吉広さんと、同チームのUI/UXデザイナーである⽳井太郎さんの2人をゲストにお迎えしました。

2024年にグッドパッチと行った「未来の食と農」をテーマとした未来探索プロジェクトについて、プロジェクトを担当したデザインストラテジストの遠藤英之とともに振り返ります。

遠藤:クボタさんとご一緒した未来探索プロジェクトは「2050年の⾷と農の未来像を描き、新規事業の可能性や方向性を探る」フェーズ1と、「その社会における価値をかたちにする」フェーズ2の2段階構成でした。

フェーズ1では、ステップ1としてメンバーの「内発的な未来への思い」を起点に、身近な変化や未来の可能性を観察するところからスタートしました。ステップ2では6〜7名でワークショップを行い、ステップ1で発見した未来予兆を基に、未来の社会変化仮説を50〜60個作成。それらを使いながら議論を重ね、「チームとしてありたい未来」を描いていきましたね。そしてステップ3では、それを2050年の⾷農の未来シナリオとしてまとめていきました。

フェーズ1の大事なポイントの一つが、「社会と人」という観点から未来を考えた点です。「2050年の社会はどうなっているのか」「人々はどんな暮らしをしているのか」から逆算し、必要な機能や価値を考える。こうしたアプローチは、実際にやってみてどうでしたか?

穴井:人の価値観の変化といった、心の動きを未来洞察によって考えられたと思います。例えば、未来シナリオのテーマの一つに「完全食」がありました。今の社会で毎日完全食を食べている人は少数ですが、2050年には一般的なこととして受け止められているかもしれない。そうした変化に注目するワークだったと思います。

遠藤:「これは2050年の話だよね」と何度も確認しながら、未来に飛躍するトレーニングをしていきましたね。

また、未来シナリオを作り込んだのもポイントです。未来の話は絵空事になりやすいですが、今回は短編小説として描けるくらい解像度を上げました。細かく描くほど、「このアイデアは違うかも」といった気付きも生まれる。そうやって未来をみんなで探索し、納得感を醸成しながら、最終的には8つの短編として未来シナリオを形にしましたね。

穴井:「完全食が一般化した未来でも、この人は居酒屋のラーメンが好き」みたいな描写があるなど、リアルな空気感を描けたのはすごくよかったと思います。

串田:普段の製品開発では、コストや納期などいろんな制約があるからこそ「当たり」をつけやすい面もあります。今回のプロジェクトもアイデア次々出るのはいいことなんですけど、これもいけるんじゃないかと、収集がつかなくなる難しさはありましたね。

遠藤:フェーズ1の終了後、実はフェーズ2に入るまでに少し時間が空きました。穴井さんは手応えを感じつつも、次の段階に向けてかなり悩まれたそうで……。

穴井:未来シナリオができたとき、クボタがどのようなサービスをリリースするかはさて置き、「こんな未来図になるだろう」という全体像は描けていました。ただ、それを踏まえて具体的なアイデアを提案することを考えたとき、「未来予想を外したくない」「失敗したくない」という気持ちが強くなってしまったんです。

当時の自分が考えていた未来ビジョンは、ある意味占いのようなイメージで、外れたら価値がないような気がしてしまったんですよね。最終的には「闇落ちしました」というタイトルで、チームメンバーとのミーティングを開きました(笑)。

そこで出たのが、「占いのように未来を当てるのではなく、潜水艦のソナーのように、反響を見るのが大事なんじゃないか」という意見です。意味のある反響を得るには「なんとなくいいよね」ではなく、「それは微妙じゃない?」と違和感を覚える人が出るくらいまで具体的な形にする必要があるのではないか。そう整理できたことで、徹底して具体的に落とし込もうという方針になりました。

遠藤:未来洞察は正解を求めたくなったり、目的を見失ったりしがちです。だからこそ、「反応を得るためにやっている」という心構えは大事なポイントだと思います。

形にすることで共通のイメージができ、議論が生まれる

遠藤:続くフェーズ2では、フェーズ1で生まれたアイデアをプロトタイプに落とし込み、反応を得るために社内の他部署を巻き込んだ展示会を開きました。例えば、生産者を支援するシステムとして、AIが会話しながらサポートする仕組みをデザインしていましたね。特にこだわった点はありますか?

穴井:AIの人格を複数に分けて設計しました。AIが相棒になる世界観をイメージしていたのですが、「この分野なら○○さんに聞こう」と欲しい情報によって聞く人を変える感じを再現したかったので、「このキャラクターはこの分野には詳しくない」という設定もあえてしました。

遠藤:展示会では、他部署の皆さんにもプロトタイプを見ていただいたそうですね。

穴井:展示会は、我々が考えた先行デザインをまとめたミニ展示会のような形で開催しました。次世代開発を担うグループを招待し、技術職の社員が110名ほど来てくれたことでさまざまな意見交換ができましたね。

遠藤:実際にプロトタイプを動かしながら「これはどういう仕組みなの?」といった具体的な質問もたくさん出たと聞いています。「ありえそう」というリアリティがあったからこそ生まれた会話ですね。

穴井:そうですね。中には「今考えているテーマに近いのでコラボしませんか?」というお声がけもあり、実際に新しいプロジェクトが動き始めています。

遠藤:まさに、具体的な形にしたからこその展開だと思います。これまでデザインチームは発注を受けてデザインを作ることが多かったと思いますが、今回のような提案型のプロジェクトはいかがでしたか?

串田:私自身は新しいことをデザインチームから提案できるような組織にしたいという思いが以前からあったので、とても良い機会になったと思います。デザインセンターの活動を他部門に発信する機会もあまりなかったので、その意味でも貴重な経験になりました。

また、いろいろな事業部とやり取りをする中で、各事業部の企画の多くは、その事業に最適化されたものだと感じています。多数の部署と横断的に関わっている私たちだからこそ、各事業部の企画をつなぎ合わせて提案することもできるはず。そこに大きな可能性があると感じているので、今後挑戦していきたいですね。

遠藤:最後に、今日のテーマである「事業開発におけるデザインの力」について、お二人のお考えを聞きたいです。

穴井:形にする力は、まさにデザイナーの本質的な強みだと思います。社内展示会を通じて、みんな「未来は分からない」と言いながらも、ある程度似た未来を想像しているのを感じました。それを形にすることで共通のイメージができ、議論が生まれる。その結果、新しいプロジェクトが生まれたり、次のステップへ進むことができるのだと実感しました。

串田:今回改めて気付いたのは、自社の強みだけを軸に考えると事業化はしやすい一方で、未来を考えるには限界があるということです。未来のサービスは、きっと自社だけでは完結しません。他社のサービスや技術と絡み合っているはず。だからこそ、「あの会社がこんなサービスをしてくれているだろう」と妄想しながら、自社のサービスとつないでいき、お客さまが喜んでいる姿を描くことが大事です。妄想の中だったら何でもできますから、自社内にとどまらずに世界を広げる。それによって新しい発想が生まれるのだと思います。

不確実性の高い時代を切り拓くデザインの力

セッションの後の交流会では、関西で活動するUI/UXデザイナーやエンジニアなど、約50名の方が集まり、情報交換を行いました。

変化のスピードが速く、先を見通すことが難しいVUCA時代。3つのセッションを通して、「デザイン」が不確実性の高い時代を切り拓き、前進させる原動力になることを改めて感じました。

これまで首都圏を中心に多くのお客さまをご支援してきたグッドパッチでは、関西支社の設立を機に、関西の企業や自治体、スタートアップの皆さまとともに、地域に根ざした課題解決と新たな価値創造に取り組んでいきます。