デザイナーが考える「近未来の事業テーマ」とは? ダイキンとグッドパッチで進めた、未来洞察プロジェクト
変化が激しく、先行きが不透明。昨今はいわゆる「VUCA」と呼ばれる、将来の予測が困難な時代だと言われています。
まだ見ぬ未来にどんなビジネスが求められるのか──先のことがはっきりと分からなくても、次の一手を考えなければならない企業は少なくありません。今回、グッドパッチとプロジェクトを進めたダイキン工業のデザイングループもそんな悩みを抱えていました。
中期経営計画と紐づいた事業アイデアを構想するため、彼らが着目したのは、まだ顕在化していない先々の潮流となり得る変化の兆しを集め、アイデアを生み出す「未来洞察」のアプローチです。グッドパッチをパートナーに迎え、6回にわたる未来洞察のワークショップを行いました。
デザイナーが未来洞察の手法を用いて事業アイデアを生み出すことは、会社や組織に何をもたらしたのか。ダイキン工業とグッドパッチ、両社のメンバーが、3カ月にわたるプロジェクトを振り返ります。
<話し手>
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター UXデザイン担当 濵沙由美さん
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター プロダクトデザイン担当 齋藤蒼生さん
Goodpatch デザインストラテジスト 遠藤英之(モデレーター)
Goodpatch デザインストラテジスト 森村典子
Goodpatch デザインストラテジスト 佐藤大輝
目次
経営戦略に紐づく近未来の事業テーマ立案へ 「未来洞察」を外部パートナーに依頼した2つの狙い
Goodpatch 遠藤:
2024年6月から3カ月にわたり、デザイングループの未来洞察ワークショップの企画・運営をお手伝いさせていただきました。改めて、今回のワークショップを行うに至った背景をご説明いただけますか?
ダイキン工業 濵さん:
未来洞察のワークショップは、近未来の事業テーマ立案に向けて行ったものです。会社の経営戦略と紐づくアイデアをデザイングループならではの視点で考え、事業テーマとして提案していきたいと考えていました。
加えて、未来洞察のワークショップを通じて、デザイングループ全員が経営状況や事業を深く理解し、紐づく提案を行うことで、グループとしてのプレゼンスを向上させる狙いもありました。企業によっては、サービスデザイナーやビジネスデザイナーといったポジションがあり、経営との架け橋を担うこともあります。ビジネス面を踏まえた提案力がデザイナーにはもれなく全員必要になるはず。こうした考えから、全員参画のワークショップを企画しました。

ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター UXデザイン担当 濵沙由美さん
Goodpatch 遠藤:
なぜ、ワークショップを外部のパートナーに依頼することになったのでしょうか?
ダイキン工業 濵さん:
大きな狙いは、事業アイデア立案におけるプロセスの理解です。デザイングループではこれまでさまざまな提案をしてきましたが、過去を振り返ってみると、コンセプト止まりになってしまうアイデアもありました。「良いアイデア」だと評価はされても、どう技術確立するのか、収益性はあるのか?など、ビジネスとしての具体性に欠け、絵に描いた餅になってしまって実行に至らない。
デザイングループとして未来洞察を行うのは初めてでしたし、アイデアを実際の事業に落とすところまで視野に入れて考えるためにも、まずは正しいプロセスを学ぶ必要があると思いました。加えてプロジェクト終了後、当社グループだけで自走できる状態になっていることも意識しました。
Goodpatch 遠藤:
未来洞察を行うに当たって、グッドパッチ以外の企業も検討はされたのでしょうか。
ダイキン工業 濵さん:
数社にお声がけをしましたが、グッドパッチさんは最終的なアウトプットを見据えてくださっていたことが決め手になりました。
グッドパッチさんが掲げる「デザインの5段階モデル」では、ユーザー体験がビジネスを成功させる上で重要な差別化要素であり、事業の戦略やコンセプトからユーザーインターフェースといった表層までに一貫性を生み出すことが重要と提唱しています。デザインのベースに戦略があり、徐々に具体化し、最終段階に表層検討がある。
「しっかりした戦略がなければ、良いアウトプットにはならない」という考えは私自身にもあり、戦略から積み上げていく点に強く共感しました。私たちデザイナーと同じ目線に立ち、最終的にユーザーの生活がどう変わるのか、どんな価値を提供できるのかを見据えた上で伴走いただけそうだと思いました。
Goodpatch 遠藤:
ありがとうございます。
ダイキン工業 濵さん:
あと、提案時の熱量も印象に残っています。最初の商談のとき、グッドパッチさんは5〜6人が登場されてとても驚きました(笑)。当社の課題だけでなく、それをどう解決したいのか、どのような伴走の仕方が望ましいのか、たくさん質問をいただいたなと思います。プロジェクトに参画予定の方も参加しており、真摯に話を聞いていただけたのが印象に残っています。
事業ではなく、個人の関心を起点に「未来の予兆」を探す
Goodpatch 遠藤:
今回のワークショップは計6回実施しており、「未来を探索するパート」と「事業を考えるパート」の大きく2つのフェーズに分かれます。前半の探索パートでは「未来を予測するワーク」と「未来の予兆を探すワーク」の2つを行いましたね。

ワークショップの全体像
Goodpatch 森村:
予測のワークの目的はマクロトレンドのインプットです。ダイキン工業がフォーカスしているテーマ領域に絞り、近い未来に起こりうるトレンドを記した15枚の「マクロカード」を作成しました。
Goodpatch 佐藤:
マクロカードはシンプルかつ直感的に理解できることを意識し、1つのトピックがスッと入ってくる形にしています。グループワークでは、マクロカードの中から気になるテーマを3つ選んでいただき、そのテーマへのコメントをシェアしていただきました。
皆さんの関心ごとを共有することで、それぞれの興味関心を理解したり、想像力が自分の関心領域内にとどまっていることを自覚したりできたかなと思います。

マクロトレンドカードの一例
Goodpatch 森村:
前半の探索パートで重視したのは、2つ目の未来の予兆を探すワークです。事前に探していただいた未来の兆しを感じる事例を基に、未来の種を探すワークを行いました。各事例で起きている構造や価値観の変化、それが未来に及ぼす影響など、個人ワークとチームでのディスカッションで考察していきましたね。
ポイントは、事業を意識せず、個人の関心を起点に事例を探していただいたことです。世代の異なる人同士で気になる事例を共有し合い、意見を交わせば、チームとして多様な視点が生まれますし、個人の興味や得意分野も生かせる。そう考え、このような設計にしました。
ダイキン工業 齋藤さん:
ワークショップ全体を通じて、個人の興味や「楽しそう」という思いを大事にしているのを感じました。そこがグッドパッチさんらしい視点なのかなと思います。自分の興味から事業構想をした経験はこれまでなかったので、新しい発見でしたね。個人の興味関心から発想を広げるのは、デザイナーだからこそ特に楽しめたかなと思います。
Goodpatch 森村:
面白い事例から未来のヒントを見つけ、未来シナリオにつなげる工程にこそ、デザイナーの視点が生かせると思っていました。
未来洞察に外部の人間が入る良さは、視野を広げる点にあると思っています。事業に対して近視眼的になりがちなところを広げたり、別の視点を取り入れたり。そのきっかけを提供するのが、われわれの役割の一つだと考えていたので、そう言っていただけてうれしいです。

ワークショップの様子
ダイキン工業 濵さん:
今回のワークショップは2週間おきに6回行いましたが、この間隔も良かったなと思っています。もし間がもっと短ければ、また雰囲気が違ったかもしれません。次のワークショップが行われるまでの2週間の間、頭の片隅でワークについて考える時間が結構あったんですよ。
Goodpatch 森村:
ワークで他者の考えや興味関心に触れ、いつもと異なるアンテナが立つことで、仕事や日常生活で触れる情報に対する見方や感じ方が変わることがあります。これが大事でして。普段意識しないことを腹落ちさせるには時間が必要です。この後のアイデア出しに向け、特に予兆を探すパートは、さまざまなテーマを自分の中で噛み砕いて理解する時間がある方がいいと考えていました。

Goodpatch デザインストラテジスト 森村典子
専門家も巻き込み、27個もの「社会変化仮説」が生まれた
Goodpatch 遠藤:
「アイデアが事業化に至らない」という課題を聞いていたので、今回のプロジェクトでは、予兆のワーク後に「エキスパートインタビュー」のステップを挟みました。これは予測と予兆のワークから出てきたキーワードを基に専門家を人選し、実際に話を聞くというものです。テーマの周辺知識を得たり、新しい問いを見つけたりすることにつなげる意図がありました。
ダイキン工業 齋藤さん:
個人的にはエキスパートヒアリングが一番面白かったです。インターネットによるリサーチでも情報自体は集まりますが、知識に深みは出にくい。それに対し、専門家から直接聞いた話は密度が全く異なりました。
本でも同じ情報は得られるかもしれませんが、ポイントをかいつまんで説明いただけますし、どの部分に熱量があり、重要なのか、声だからこそ感覚的に理解できたのもよかったです。人を探して選び、アポイントを取るのは大変ですし、領域外の話を聞きに行くハードルの高さも感じていたので、そこをグッドパッチさんに担っていただけたのは、とてもありがたかったですね。

ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター プロダクトデザイン担当 齋藤さん
ダイキン工業 濵さん:
インタビューの設計もしていただきましたよね。デザインメンバーからの質問を集約した上で、遠藤さんにインタビューを進めていただき、最後に質疑応答の時間を設けていただく流れで、深いヒアリングができたなと思います。
また、最終的なアイデアの一部について専門家の方から意見を聞く機会もあったのですが、「違うと思う」といった率直なご意見をいただいたのが印象に残っています。もし、同じアイデアを社内に提案していたら「いいかもしれない。やってみよう」となる可能性もあったことを考えると、専門家の意見を早期に聞くのは大切だと思いました。
Goodpatch 遠藤:
専門家の方から「この問題について、ダイキン工業ではどう考えていますか?」と逆質問を受けることも多かったですよね。実はエキスパートインタビューには関係性を作る意図もありました。「何かご一緒したい」といった声もありましたし、今後、アイデアを事業化していく中で、実際に連携するようなことがあるといいなと期待しています。
Goodpatch 森村:
エキスパートインタビュー後は、チームごとに社会変化仮説を立てるワークをしていただきました。各チーム5〜6個、チームによってはそれ以上の仮説が出ましたね。それらの仮説を、予兆のワークで出てきた関心事例や意見などと紐付けながらこちらでまとめ、最終的に27個の社会変化仮説ができました。
ダイキン工業 濵さん:
想像していたよりもたくさんの仮説が出せたことに驚きました。それもここまでのプロセスがあったからだなと。普段、こういったアイデア出しをすると、最終的な落としどころを意識しすぎるあまり、発散が不十分なまま終わることがあります。最終形を意識せず、予測と予兆のパートでアイデアを発散させたからこそ、思わぬ仮説が生まれました。
ダイキン工業 齋藤さん:
前半の探索パートでアイデアを出し、後半の事業構想パートで最終的なアウトプットを考えるというように、切り分けて進められたのがよかったと思います。エキスパートインタビューを経て解像度も上がり、各々の仮説に対するポジティブな面や、ネガティブな面も書きやすかったですね。
会社の強みを背景に、飛躍したアイデアを地続きの未来と接続していく
Goodpatch 遠藤:
ここまでが前半の「現在のダイキン工業」から切り離して未来を考える探索パートでした。後半はこれまでの探索パートで出てきたアイデアと事業を接続する「事業構想パート」になります。

Goodpatch デザインストラテジスト 遠藤英之
Goodpatch 森村:
デザインチームの課題を踏まえると、事業アイデアの提案時には「ダイキン工業にとってどういう価値があるのか」「デザインとして何ができるのか」を語れるようになっている必要があると考えました。
そこで、まずはダイキン工業の現在ないし未来の強み、弱み、課題について、各々が考えるワークを行いました。それらを先ほどの社会変化仮説と掛け算し、アイデアにしていく。そうすることで、「ビジネスとしてダイキンがやる価値がある」というプレゼンができる状態を目指しました。実際のワークでは、世代によって自社に対する見方や強み、弱みの捉え方が違ったのが興味深かったです。
ダイキン工業 齋藤さん:
世代間でのギャップや社歴の差が出ましたよね。若手の自分から見ると、ベテランの方は会社やビジネスに対する解像度が高いなと思いました。
Goodpatch 佐藤:
「弱みをどう生かすか」という意見が出たり、人によって弱みを強みに感じていることが分かったりと、強みだけでなく弱みにもフォーカスしたことで広がりが出たと思います。
また、現在だけでなく、未来の強み、弱みを考えたのも珍しかったと思います。未来は誰にとっても等しく不安定で不確実だけど、逆に言えば全員にとって等しく可能性がある。それがワークにも生きたように感じました。最終的な事業アイデアをまとめる中でも、強み、弱みを整理したからこそ「この部分は他社の力を借りよう」といった発想につながったように思います。
Goodpatch 森村:
アイディエーションで重視したのは「飛躍」です。27の社会変化仮説と自社の強み・弱みを掛け合わせたものであれば、どのようなアイデアでもいい。課題解決だけでなく、自由にアイデアを拡散させることを狙った結果、70ものアイデアが出ました。それらをこちらで6つのテーマに分け、6チームに分かれて「コンセプトシート」に落とし込むワークへと入っていきました。
Goodpatch 佐藤:
このワークでは「そのテーマの中でデザインは何ができるのか」「ダイキン工業の事業としてどう発展する可能性があるか」といったアウトカムだけ押さえていただき、プレゼン形式やフレームは自由に進めていただきました。
アイデアを飛躍させたからこそ、各テーマは既存事業から遠く、落としどころが難しい面はそれぞれのチームにあったと思います。進捗もさまざまだったので、ここではグループごとにメンタリングをさせていただきました。

Goodpatch デザインストラテジスト 佐藤大輝
ダイキン工業 濵さん:
マイルストーン作りが難しかったですね。競合との優位性、実現ステップの整理、経済性、ターゲット設定、コスト構造など、通常業務の中では検討する担当者が分かれるところをチームで考え、まとめていく必要がありました。アイデアを絵空事で終わらせないための学びになったと思います。
Goodpatch 佐藤:
飛躍したアイデアを「地続きの未来」にするという観点で、マイルストーンを作っていただきました。どのタイミングに叶えたい未来があって、そこにたどり着く前のステップは何なのか。どうやって理想形にたどり着くのか。前半の探索パートでは、未来のことだけを考えましたが、このワークでは現在地から積み上げ式で考えていったのがポイントだと思います。
未来洞察の成果は「期待以上」 メンバー自身でワークショップを企画する動きも
Goodpatch 遠藤:
3カ月にわたり、約3時間のワークショップを計6回行ったわけですが、今回の未来洞察ワークショップは、総じていかがでしたか?
ダイキン工業 濵さん:
期待以上でした。当初は未来洞察を社内だけで行う案もあったのですが、ここまでの成果は出せられなかったと思います。知見がある皆さんにご協力いただき、狙い通りプロセスを理解できたのはとても大きかったです。
アイデアを事業に落とし、他グループに説得力を持って伝えるためには、これだけのことを考えなければいけないのだと実感できましたし、アイデアのベースとなる戦略や思想、ストーリーの重要性を再確認できたと思います。
ダイキン工業 齋藤さん:
グッドパッチの皆さんは話しやすく、意見を出す時の心理的ハードルを下げることを徹底している印象でした。社内でアイデア出しをすると、自社がやれそうなことに収束しがちですが、そこの殻を破ることができ、幅広い事業アイデアが生まれたと思います。普段だったら検討段階で消えていたであろうテーマが、最終的な事業アイデアとして残ったことに価値があると思います。
そういったアイデアを自信を持って提案できたのは、やはり3カ月のプロセスがあったからこそです。毎回のワークショップの内容を森村さんがきれいにまとめてくださったのも助かりました。

事業アイデアを発表する様子
ダイキン工業 濵さん:
社会変化仮説をはじめ、私たちの意見をまとめるのは大変だったと思いますが、それだけ手間をかけ、ていねいにまとめてくださっていることに熱量を感じていました。その分、こちらもきちんとやらなければという意識はどんどん高まっていったと思います。
Goodpatch 森村:
事例を考察するなど宿題もありましたし、限られた時間でディスカッションしきれない苦しさもあったと思いますが、皆さんが本当に真面目に取り組んでくださっているのを感じていました。われわれもより気合いが入りましたし、デザイングループの皆さんのポテンシャルを強く感じました。
一般的にメーカーのデザインチームには「別部署の企画や技術をどうデザインに落とし込むか」といった仕事が降ってくることが多く、ゼロからビジネスプランまで作り上げる機会は少ないと思いますが、本来はデザイナーにもできるのだと改めて、気付かされました。今回のワークショップをきっかけに、デザインの幅が広がったり、ビジネスに踏み込む提案をする機会が増えたりと、皆さんの活躍の場が広がることを願っています。
ダイキン工業 濵さん:
プロジェクトの副産物として、デザインメンバー自身でワークショップを企画して実行する動きも出てきています。デザイングループだけでなく、時には別部署のメンバーも参加するなど、個人で完結せず周りを巻き込んでアウトプットを出す動きが増えました。各ワークの雛形もいただいたので、今後は適宜カスタマイズしながら、今回の未来洞察で得た考え方やプロセスを継続していきたいと思います。
本プロジェクトについては、ダイキン工業のWebページにも別のインタビューが掲載されています。こちらの記事もぜひご覧ください。
デザイン経営における「未来洞察」の重要性
https://www.daikin.co.jp/design/2025/03/entry-103