Goodpatch流再解釈「デザインの5段階モデル」
Jesse James Garret氏がおよそ20年前に提唱した“The Elements of User Experience”は、日本では通称「UXの5段階モデル」と呼ばれ、長年にわたり多くのデザインの現場で引用されてきました。わたしたちもこのモデルのお世話になっていた立場ですが、新たに「デザインの5段階モデル」と称し、より応用の効きやすいかたちでの再解釈と発展を試みています。今回はGoodpatch流再解釈である「デザインの5段階モデル」について、オリジナル版との違いと発展させた部分、そしてその背景を簡単にご紹介します。
目次
デザインの5段階モデル
「UXの5段階モデル」(オリジナル)改め、 「デザインの5段階モデル」 (Goodpatch再解釈)と称し、オリジナルからの破壊的変更はなるべく行わずにいくつかの再解釈と発展を試みています。モデルの抽象度合いを5段階に区切る発想とそれぞれの名称はそのまま継承し、特定分野のデザイン行為に特化するような具体言及はモデルとしては避けるように意識しています。
また、オリジナルでは5段階とは別に「ハイパーテキストシステム的視点」「ユーザーインターフェイス的視点」の二つの見方を行なっていましたが、これもモデルを用いる人々の広い解釈の余地があるだろうと考えたため、あえて特定の分野や行為への言及は行わないと決めました。
例えば、『骨格段階ではサイトのワイヤーフレームを描く』といったコンテクストに依存する具体記述は再解釈版のモデルでは行わず、モデルの活用者が適宜追記できる設計にしています。
オリジナル「UXの5段階モデル」はユーザーエクスペリエンス(UX)の要素を表しているとされましたが、ここの考え方に対する疑問(後述)と、デザインプロセスとしてこのモデルを活用する機会が多かった事実から、Goodpatch版「デザインの5段階モデル」では 『デザインプロセスを俯瞰するための汎用的なモデル』 として位置づけることにしました。“UX”の言葉を排除して「デザイン」と言い換えたのはその考えに基づきます。
二つのモデル図を見比べてみると、ほとんど同じように見えると思います。実際そうなのです。この図を何と呼ぶか、どのように解釈するかの部分に主なアップデートをかけたので、モデル図自体はこれまで通りの表現でも大きな違いは生じません。強いて言えば、この5つのスタックを「要素 (Elements)」ではなく明確に「デザインプロセス」と規定したことと、左右分割ならびに段階ごとの具体的な工程への言及を省いた程度の変化です。
再解釈により、“UX”というものをフワッとした捉え方で扱わずに済むようになり、何かの構成要素ではなくデザインプロセスに着目したモデルとしたので、モデルの姿と利用用途がシンプルにわかりやすくなりました。そしてオリジナル版がWebデザインに傾倒しすぎていた視点をあえて捨て去ることで、Web以外の様々なデザインの分野にもモデルを応用しやすくなりました。
ポイントのおさらい
- UXへの言及を削除
- 「UXの構成要素」ではなく、「デザインプロセス」と位置付ける
- Webデザインへの言及を削除、「Webが包含する基本的な二重性」への言及を削除
- 抽象度合いを5段階に区切る発想は継承
- モデルとしての抽象度を保つ。各段階の分割や、それぞれに該当するデザイン行為・業務等の割り当てはモデルとして行わない(利用者のカスタマイズに委ねる)
- オリジナル “The Elements of User Experience” と区別して扱う
再解釈の背景1:そもそもあの5要素はUXを構成していたのか
UXの5段階モデルの図を眺めると、描かれている5つの段階、「戦略 (Strategy)」「要件 (Scope)」「構造 (Structure)」「骨格 (Skeleton)」「表層 (Surface)」がUXの構成要素である(UXとはこの5つで成り立つこと)かのように錯覚するのですが、これは本当に正しい見方だったのでしょうか。
UXの概念について調べてみると、 「UXとは個人的で主観的な心理的プロセス」 とあります。ある人工物と関係したユーザー(ヒト)の心の中で起こる現象のことを指していて、それは外部の人間(デザイナー等)が直接手を加えて設計するようなものではないのではないかと筆者は考えます。ですから、UXの構成要素に「(製品設計の)戦略」とか「(製品設計の)要件」とかが示されていることは、とても奇妙に思えます。
UXの構成要素に関する話と、製品の作り方(デザインプロセス)に関する話は、別の事柄であるように思います。
UXの基本要素は、(1)人工物との関係において生じるものであること、(2)利用前の期待や予想、入手、そしてそれ以降の利用という時間軸の存在とその上で変動があること、(3)対象となる人工物の知覚(近刺激として)に始まり、認知、記憶、感情の各システムに至るものであり、さらに時には運動系の反応としてあらわれる心理的プロセスであること、(4)個人的で主観的なものであること
出典:UX原論 ユーザビリティからUXへ p.65(黒須正明 著)
再解釈の背景2:Jesse James Garret氏は元々Webデザインについて語っていたのではないか
「UXの5段階モデル」はその特徴的な5つのスタック図がよく注目されますが、彼の著書を読み込んでみると、彼がこの図を描いた意図はどちらかというと左右の区切り 「Webが包含する基本的な二重性」 にあったようです。要するに、 Webデザインにおける二つのパラダイム「ハイパーテキストシステム的視点」「ユーザーインターフェイス的視点」を一つのモデルでマッピングするという意図 です。このことは特にWebデザイン分野の課題なので、Webではないデザインの分野では余計な教示にも思えてしまいます。
Webデザイン分野の課題を解決するためのモデルをそのまま非Web系デザイン分野に持ってきて拡大解釈しても、どこか綻びが生じてしまいますし、オリジナルに対してもどこか失礼に当たるような気がします。ですから、用途が異なるならば異なる解釈を行なっていく必要があると考えました。
オリジナルを否定するのではなく、それを尊重しながらも、それとは別の問題であると区切りをつけたかったのです。
Jesse James Garret氏はWebサイト上にて次のような発言も行なっています。
“The Elements of User Experience”はWebに焦点を当てています。そのほかの分野におけるUXについての言及もありますが、特にWebの分野を取り扱います。
http://www.jjg.net/elements/ の記述より意訳
ところで、書籍“The Elements of User Experience”の第2版の冒頭において、Jesse James Garret氏は次のようにも語っています。
第1版との大きな違いは、本書がもはやWebサイトに関してだけの本ではないということです。ほとんどの言及はWebに関連していますが、5段階モデルのテーマ、コンセプト、原則は、あらゆる分野の製品やサービスにも適用され得るものです。(抜粋)
この数年、Webとはまったく関係のない製品に5段階モデルを適用した人たちから話を聞いたりしてきました。あるケースは、モバイルアプリケーションのような新しい分野のデザインを担当することになったWebデザイナーの事例でした。また、他の分野のデザイナーが何らかの形で5段階モデルに出会い、自分たちの仕事との関連性を見出したケースもありました。(抜粋)
一方、ユーザーエクスペリエンスという分野の広がりも10年前(※2010年から見て10年前)とは異なります。この本が最初に書かれた当時よりもはるかに広い分野で、ユーザーエクスペリエンスデザインの影響とその価値について、専門家たちが多く議論するようになったのです。(抜粋)
Jesse James Garret. 2010年11月
“The Elements of User Experience (2nd Edition), Introduction” より意訳
“The Elements of User Experience”(UXの5段階モデル)は元来Webについて言及したものであったこと、Web以外の分野にも適用できる可能性を持ったモデルであることがJesse James Garret氏自身からも示されています。
Design for UX / ユーザーエクスペリエンス(UX)を尊重するために
「再解釈の背景1:そもそもあの5要素はUXを構成していたのか」でも述べたように、UXを「個人的で主観的な心理的プロセス」と考えるならば、何でもかんでもUXに紐づけて言及することを止めたいと思いました。
『良いUXとは、戦略があって、要件があって…(中略)…美麗な表層を備えているんだ』……みたいな適当な発言をしていては、UXの分野そのもの、あるいはそこで真剣に取り組む専門家の方々に対して、たいへん失礼に当たるような気がします。わたしたちも一応はプロを名乗る立場でありますから、物事を可能な限り正しく理解し、各分野の仕組みや成り立ちというものを尊重していきたいと強く思います。
ユーザーエクスペリエンス(UX)を自分たちのために都合よく取り扱うのではなく、 「ユーザーエクスペリエンス(UX)のためのデザイン=Design for UX」 というものの見方を志していくことが、この分野に関わるデザイナーとしての振る舞い方なのかなと考えています。