こんにちは。グッドパッチでデザインストラテジスト兼ワークショップデザイナーとして活動している田中拓也です。
多くの企業が年度末/新年度を迎えるこの時期、部署異動や新しい役割、プロジェクトに直面し、未知の領域に一歩を踏み出すという方も多いのではないでしょうか。特にマネジメントを初めて経験する方にとって、新しいメンバーとの関係構築は大きな挑戦になるかもしれません。
私自身、外資系企業で50人のデザインチームを率いることになったことがあります。そのときの私は、大きな意気込みと共に不安を抱えていました。
チームメンバーが急増し、新たに関係を築かなければならない状況で、どこから手をつけていいか分からず、「リーダーとしてチームを引っ張っていかなければ」と強く思っていました。
チームビルディングや、強い組織とは何かと重要性を説くプレゼンテーションを熱心に行ったものの、メンバーの熱量が上がったかというと、意外とそうでもない。何とも手応えのない場で終わってしまった……。そんな苦い経験があります。
チームリーダーに求められる、話を「聴く力」
プレゼンの後、「なぜみんなに思いが伝わらないのか?」「私のプレゼンテーションがダメだったのか?」と途方に暮れていた私。しかし、ここで凹んでいるだけでは、新たに組織を作り上げることができないと考え、メンバー全員とインタビューを行うことにしました。
インタビューの場では、自分の考えを説くよりも、それぞれのメンバーの思いを聞くことに重きを置きました。
「熱意はわかったけど、今現場が苦しいのよ」
「今、何がダメで、どうなっていくかが知りたいんだよね」
「ストーリーが見えない」
話を聞く中で、私が各メンバーの思いや考えを理解していないことを思い知りました。どのようにチームを引っ張っていくのかはもちろん重要だけれど、それ以上にメンバーが組織に所属している意味や、組織体験の設計が構築できていないことを知りました。
これは私にとって大きな学びであり、リーダーとして「引っ張る」ことだけが全てではないことを痛感した出来事でした。各メンバーと向き合い、しっかりとコミュニケーションをとらなければならない。そのためにも、リーダーには「聴く力」が必要だと感じた瞬間でもあります。
昨今、マネージャーの研修やコミュニケーションの領域で「聴く力」の重要性を語られる場面は非常に多いです。皆さんも「傾聴」という言葉を一度は聞いたことあるのではないでしょうか。
傾聴の意味をネットで調べると、「耳を傾けて一心にきくこと。熱心にきくこと。(出典:デジタル大辞泉)」とあります。研修では、相手の言うことを(一旦)否定せず、耳も心も傾けて、相手の話を「聴く」会話の技術、とされることが多いです。
コミュニケーションというと、話し方やその内容など、「話す」側に意識が向きがちですが、まずは聞く方に集中してみましょう。チームリーダーという立場であれば、なおさらです。
「傾聴」のない会議では、何も決まらず、納得感も生まれない
もちろん「コミュニケーション」なので、傾聴だけでは目的を半分しか達成できません。あくまで、会話しているメンバー同士が意思や感情、思考を 「伝達しあう」 ことがゴール。「聴いてもらえた!」「伝えることができた!」──相手を理解し、相手に自分を理解してもらう。これを達成したときこそ、お互いに深い信頼が生まれるのです。
また、ビジネスにおけるコミュニケーションは正確さが求められます。相手にどう動いてほしいか 「背景」「考え」「目的」 があり、それを正しく理解する必要があるためです。
しかし、仕事の現場では正しくコミュニケーションが行われないことばかり。良好なコミュニケーションはチームワークの基盤となる一方で、不足すればメンバー同士のコンフリクトの原因となることもあります。特に会議の場では、この問題がより顕著に現れることが多いです。
議題が提示され、その趣旨について説明があった後、全員での話し合いが促されますが……皆さんはこんな経験はありませんか?
- 何も話さず、じっとしている人がいる
- 一方的に話しているメンバー
- 上司の影響が強くて本音が言えず、当たりさわりのない話をしてしまう
具体的な場面が思い浮かんでしまったという方は想像がつきやすいと思いますが、こういう会議は「具体的に何が決まったのか」が明確でないまま、終わることが少なくありません。
仮に参加者が満足そうな表情をしていても、その背後には「何が決まったのか」に対する不明瞭さや、不確実性が潜んでいる場合があります。要は「不完全燃焼」で終わっているということです。
これも「傾聴」の不足が原因と言えます。具体的な結論や行動計画といった議論に対して、それぞれの「思い」や「考え方」を発したり、受け取ったりといったアクションができておらず、いわば「議論の空中戦」が発生してしまっているためです。心理的安全性が低い状態とも言い換えられます。
これは対話の質の問題であり、傾聴できない場の問題でもあります。効果的なコミュニケーションとは、単に情報を伝えることだけでなく、しっかり傾聴し、相互理解を深め、共有の目標に向かって具体的な行動を導くことが重要です。
解釈のズレを知るために、個々人の「ストーリー」を聴く
ここまでコミュニケーションにおける「傾聴」の大切さについて、お話ししてきましたが、「そうは言っても、何を聞けばいいのか」と思う方もいるでしょう。
先ほど、ビジネスにおけるコミュニケーションでは、「背景」「考え」「目的」 の理解が大切だと書きましたが、傾聴においては、この3つの要素をていねいに聞くことが大切です。なぜなら、メンバー間で同じ「事実」を見ているのに、話が噛み合わないということが往々にして起こるためです。
一体どういうことなのか、一例を説明します。目の前に水の入ったコップがあったとしましょう。それを見た3人のリアクションはこうでした。
1人目:「まだ水は半分ありますね!」
2人目:「もう半分しかないのですね」
3人目:「お酒が飲みたいのに、水しかないのですね……」
「水の入ったコップが目の前にある」という事実は同じであるにもかかわらず、解釈や感想が異なっています。
事実は同じでも、各人が置かれている状況や、過去の経験といった「フィルター」を通ることで、認識が変わってくるのです。分かりやすいよう、各々が抱く認識をここでは「現実」と呼ぶことにします。多くの人々は、その「現実」を自身の「事実」として捉える傾向があります。
事実:実際にそうであること。変わらない事実。
現実:観察者の主観に基づいて認識される事実だと思われること。観察者の主観で変化する可能性がある。
この例では、具体的な事実であるコップの水が目の前にあるため、認識のズレをコミュニケーションで修正することは容易いでしょう。しかし、現実の会話(特に会議など)ではそんなことは少なく、それぞれの頭の中で認識が進んでいくため、修正がとても難しい。だからこそ、各人が持つ「背景」や「目的」といったストーリーを聴く必要があるのです。
人によって「現実」は異なるという意識を持ちながら、事実情報の把握を行い、自分の「現実」と相手の「現実」のズレを共有し、それ自身に好奇心を持ち、共感する必要があるのだと思います。
相手の期待に沿った「話し方」をする
さて、今回の記事は「傾聴」がテーマではありますが、最後に少しだけ「話す」方のテクニックにも触れさせてください。
紹介するのは、グライスの4つのルール「協調の原理」。話しているとき、聞いている方は以下の4つを期待している、というものです。
- 質:真実を望み、適切な根拠がないことを言わない
- 量:自分がその時点で初めて知る情報を望み、必要以上の情報を与えない
- 関係:こちらに関係がある内容と論理的な流れがあること
- 様式:適度に簡潔に、順序立てて明瞭に話すこと
要するに、嘘をつかないで、話題に沿った話をし、長すぎず、短すぎず、順序良く簡潔に話すということです。
当たり前と言えば当たり前。しかし、これも自分本位になってしまうと容易に崩れてしまうものです。興味がない話をえんえんと聞かされることほど、苦痛なこともないでしょう。ですが、知らず知らずのうちに相手に行ってはいませんか……?
相手をどれだけ理解し、また理解しようとし、尊重し合うか。リーダーにおいて必要な「傾聴」とは、自分自身だけでなく、チームメンバー一人ひとりの声に耳を傾け、共に成長し、目標に向かって歩んでいくことだと考えます。
異なる視点や感受性を認識し、受け入れることで、私たちはより深い繋がりを築くことができます。それこそが私たちが人として成長し、より豊かな人間関係を築くためのカギ。新たな挑戦に挑む、皆さんを陰ながら応援しています。
いかがでしたしょうか。次回は「プロジェクトを強くするファシリテーションとは」というテーマでお話ししたいと思います。お楽しみに!