私たちは世界に何を残せるのか──そんな問いを背景に、グッドパッチでは「MAKE A MARK」というコンセプトをグループ総会で掲げました。

このコンセプトに沿って、各々が胸に秘めた思いに迫るインタビュー企画。第4回は代表取締役社長(CEO)の土屋尚史です。

苦しかった2022年を乗り越え、会社として新しい「旗印」を立てた2023年。経営者として、デザイン業界を見続けている土屋は、今何を考えているのか。この1年を振り返りながら、これからのデザイナーに求めることやグッドパッチの未来を語ってもらいました。

グッドパッチはイノベーションを「デザイン」する会社に。新たなステージに進むためのメッセージ

今年1年を振り返る前に、その1年前、2022年のこともお話ししておこうと思います。2022年はグッドパッチにとって非常に大変な年でした。

業績が苦しくなり、ベルリンのオフィスをクローズするなど、辛い決断をせざるを得ない場面もありました。そんな状況だったため、「とにかく足もとを固めるのが先決」という思いが強く、状況が改善した先のことについて、言及することはあまりありませんでした。

経営者にもいろんなタイプがいますが、僕自身は「今の状況に目を背けて未来を語る」ということはしたくない人間です。メンバーからの「明確なビジョンを掲げてほしい」という期待に対し、すぐに答えを出せない、経営者としての力不足を痛感したのが2022年でした。

それに対し2023年は、少しずつ状況が改善し始めた1年だったと言えます。年頭にはサイバーエージェントさんとの業務提携の話も固まり、明るい兆しが見えてきたと感じていました。

また、2022年4月に設立した、丸井グループとの合弁会社「Muture」の成果が出始めたことも自分としては大きな出来事でした。大手企業との事業共創の成功事例が生まれるのを見て、次の「旗」——つまり、中長期的な成長につながるドライバーになると思えたのです。

僕自身も、今年6月に丸井グループのCDXO(チーフ デジタルトランスフォーメーション オフィサー)に就任し、さまざまな提案や取り組みを行う中で、グッドパッチにしか出せない価値を、共創を通じて生み出せていると感じています。勝ち筋が見えて、ようやくビジョンが言語化でき、発信できる状態になったのではないかと。

新たな期の始まりである2023年9月に発表した経営方針では「顧客体験を起点に企業変革を前進させるイノベーションを『デザイン』する会社」になる、というメッセージを出しました。これは今までのグッドパッチではなく、新たなステージに進まなければならないという覚悟の表れです。

あえて「覚悟」という言葉を使いましたが、実は今までグッドパッチがやってきたことと大きく異なる方針ではありません。社内にあるアセットと、クライアントが持つアセットを組み合わせ、新たな価値を作る「オープンイノベーション」の側面をより強く押し出した形です。

これまで自分たちがやってきたこと、価値があると信じて進んできたことと全く異なる方針を打ち出しても、メンバーからの共感は得られませんから。クライアントもメンバーも皆が幸せになれる──。それが「旗」を立てる際の必須条件だと考えています。総会のコンセプトである「MAKE A MARK」も、こうした変革の象徴となる言葉として、生み出されたものです。

クライアントも社員も成長するビジネスを──「人材成長カンパニー」へのこだわり

クライアントもメンバーも皆が幸せになる。ビジネスとして、クライアントとグッドパッチが「Win-Win」の関係であることはもちろん、僕としては、そこに社内のメンバーのメリットもなければいけないと考えています。

そういう点で、今回の中長期の方針を考える上では「関わるメンバーに成長の機会を提供できるか、どうしたらキャリアにいい影響を与えられるか」と頭を悩ませました。

最近では「人的資本経営」がキーワードとして注目されていますが、これからの時代のビジネスにおいて、最も価値を持つのはやっぱり「人」なんですよね。それは「優秀な人を集める」という側面もありますが、それ以前に、一緒に働いてくれる人の能力やキャリアを伸ばせる組織かどうかがまず重要です。

誰だってまるで「使い捨て」のような扱いをされたら、能力やキャリアが「搾取されている」と感じ取るはず。人材が育たなければ、ゆくゆくは日本が死んでしまいますから。そんなことを平気でやるような会社には、ご退場願いたいですね。

「メンバーの成長に寄与する」という思いは、創業期から変わっていません。かなり早い段階から、未経験者の採用や新卒採用を行ったり、経験の浅いメンバーにもチャンスを渡したりしてきました。その人にとって人生がより良い方向に進むことなら、何でもサポートしたい。「人材成長カンパニー」であり続けることは、ずっと意識しています。

経営から求められるデザイナーの輩出が僕の使命

中長期の方針を出したこと以外に、今年後半のトピックとして、NewsPicksさんと「DESIGN LEADER IMPACT AWARD 2023 Powered by Figma」を開催したのも、とても印象に残っていますね。

このアワードは、みんなの先頭に立って旗を立てる「デザインリーダー」が普段どういう仕事をしているのか、何を意識しているのかが世の中にまったく伝わっていない、という課題感の下に企画したものです。

審査基準の議論から始まり、審査員になっていただく方々へのお声がけや、応募いただいたデザインリーダーの審査などのさまざまな準備、イベント当日の登壇なども含め、社長である僕自身が10カ月以上相当なコミットをすることになったのですが(笑)、結果として、やって本当によかった。経営層で活躍できる「デザインリーダー」の多様なロールモデルを提示できたことが、大きな成果だったと考えています。

<土屋のnote>
「経営に入り込むデザインリーダーになるための示唆を与えるかもしれないnote」
https://note.com/naofumit/n/nf2efb661b016

先ほど「人材成長カンパニー」でありたいという話をしましたが、その意味で、グッドパッチはビジネスの経営層と対等に渡り合えるリーダーシップを持った人材、たとえばCDO(Chief Design Officer)のような存在を輩出する場所にならなきゃいけないわけです。ひいては、それがデザイナー全体の価値を高めることにつながりますから。

グッドパッチは“Good design equals good business”(良いデザインを良いビジネスにする)というコアバリューを掲げていますが、経営層と対等に渡り合うためには、少なからずビジネスインパクトを生む存在でなければいけません。

結局、それが「顧客体験を起点に企業変革を前進させる」という点につながっていくんです。企業変革に関わる以上、デザインのことだけではなく、ビジネス全体を理解し課題解決をする視野が求められる。

生成AIの進化によって、「デザイナー不要論」のようなものも出てくる中で、意志を持って動いたり、モノを作っていかないと、デザイナーの価値は下がっていく一方だと考えています。受け身の姿勢ではダメで、変化に適応する必要がある。ビジネス理解も生存戦略の一例だと考えていますし、その点ではデザイナーもマインドセットを変えないといけません。

言葉やストーリー、デザインの力を使って共感を生み出し、事業をドライブさせる。これは合理的な判断に強いAIには、現状できないことでしょう。そういうことができるデザイナーが増えてほしいと切に思っています。人間ができることは、たとえ20%、30%の勝率しかない状況でも、それを選んで正解にすることですから。

ROIが求められるのは、「ビジネスの世界でデザインが認められてきた」ということ

2024年は、事業共創型のビジネスで新たな価値を生み出す事例をさらに作っていきたいです。すぐに結果が出るビジネスモデルではありませんが、未来に向けてしっかり種まきをすることを大切にしたい。既存事業を伸ばしながら、非連続な領域にも挑戦していきたいと考えています。

社内に関しては、マネジメント層の強化にさらに取り組みたいです。これから事業共創のプロジェクトが増えていく中で、プロジェクトリーダーやマネージャーに求められる役割は広がっていくでしょう。

Mutureを例にすると、丸井グループという創業93年の大企業の変革に直接携わらせてもらっています。自分たちの提案が、日本を代表する企業の変化の重要なピースとして機能するということは責任も大きい分、本当に刺激的だと思うんです。ナレッジやノウハウをただ渡して終わるのではなく、一緒に戦う仲間として並走する。そういう価値を提供できるのがグッドパッチだし、グッドパッチで働く面白さなんじゃないでしょうか。

これまでの10年は、UI/UXデザイン市場の成長やDX投資のモメンタムとグッドパッチが提供できる価値が重なって成長してきました。ある意味ラッキーだったんですよね。ですが、今は状況がまるで違います。

デザインの価値を定量的にも定性的にも証明できなければ、ビジネスプロセスにデザインは不要だと見なされてしまう。最後の最後までこだわったプロダクト作りだけでなく、ビジネスに対するアウトカムも意識したモノづくりが求められるわけです。

ただ、裏を返せば、これはビジネスにおいてデザインの価値が認められ始めているということでもあると思うんです。ビジネス上の価値を認められたから、投資対効果を求められるようになっている。デザイン市場にとって、実は良い風が吹いているのかもしれない。

一昔前は、経営層にデザイナーを入れようという発想はありませんでしたが、今はCDOなどのポジションを置く企業も増えてきています。他の専門職に比べて、恵まれている状況にあると思います。デザイナーの価値や立場を底上げするモメンタムが来ているということを、もっとデザイナーに意識してほしいし、経営に携われる素地を持ったデザイナーを増やしていきたいですね。

そういう意味で、グッドパッチの経営層に上がってくるデザイナーのメンバーも、もっと増えてほしいですね。誰にでも「執行役員」のタイトルをつけられるわけではありませんが、自ら名乗りを上げるメンバーが増えてくれると良いなと期待しています。

長く社会に必要とされる、「残るべき会社」であれるか

グッドパッチという会社は、これまでの10年で、UI/UX領域を通して少なからず日本のデザインの価値の向上に貢献できたのではないかという自負があります。

ここから先、会社を大きくしていくのは、「グッドパッチ」というブランドを世の中に残せるかどうかの戦いだと思っています。創業者として考えるのは、僕がいつかいなくなったときに、残るべき会社であれるかどうか。そうでなければ、潰れるか、どこか別の会社に吸収される存在になるだけです。残るべき会社であるというのは、「存在しないと困る人」がどれくらいいるかで決まると考えています。Amazon、Google、Apple……といった名だたる企業のように、なくなってしまったら生活が成り立たなくなるレベルの会社はありますよね。ソニーやリクルート、任天堂なども存在しないと一体どうなっていたことか。

これはグッドパッチ自体が世の中に価値を提供できるかという話でもありますが、事業共創を通じて「なくてはならないサービス」を複数立ち上げることによって、実現できる未来でもあるのではないかと。

そういう、複数の事業をきちんと運営できるような経営体制や仕組みを残すことも、これからやりたいことのひとつです。人は自然と入れ替わりますが、仕組みは残り続けるので。デザイナーが経営陣に入れる仕組みや文化も残していきたいですね。

「グッドパッチ」という会社、ブランドが10年後、50年後も残り続けるために、何ができるか。メンバーと一緒に考え続けたいと思っています。