【デザインストラテジー #02】 老舗音響機器メーカーが新たな打ち手を生み出すためのアプローチ
Goodpatchでは、UI/UXデザイン領域の仕事はもちろん、デザインによるアプローチでクライアントの事業戦略を策定するプロジェクトも行っています。本記事では、このプロジェクトを専門に行うデザインストラテジストのマインドセットや業務内容を、フィクショナルなモデルケースを通して紹介していきます。
デザインストラテジストの役割についてはこちらの記事でも詳しく触れていますので合わせてご覧ください。
【Goodpatch仕事図鑑】ビジネス価値と体験価値を繋ぐデザインストラテジスト
目次
この記事のおすすめ読者
- 社会構造や市場の変化、COVID-19の影響などで、経営の変革を余儀なくされた方
- 顧客体験を起点にサービスやプロダクトを開発したい方
- 経営にデザインを取り入れたいがまだアクションできていない方
Phase1. 準備
20XX年。Goodpatchは一通のメールを受け取りました。
「初めまして。大日本音響機器の経営企画部の谷村と申します。弊社は長らくイヤホン・ヘッドフォンを開発・販売してきたのですが業績に行き詰まり、昨今新たに参入したスリープテック市場でも製品の売り上げが伸び悩んでいます。今後のビジネス展開の見直しについてご相談できませんでしょうか?」
初期ヒアリング
早速、ご担当者とGoodpatchで初期ヒアリングを行います。どんな会社がどのような状況下で何を求めているのか、正確に把握することがプロジェクトの確度に影響するため、このプロセスが非常に重要だと捉えています。ヒアリングの結果、下記の概要が見えてきました。
|会社概要
|依頼背景
大日本音響機器は創業1920年の老舗企業。技術力に定評があり、2000年代はノイズキャンセリング(以下NC)技術を強みにイヤホン・ヘッドホン市場を開拓してきました。しかし2015年、NC技術の特許が切れ、2017年、NC技術をマイクロチップ化した破壊的製品が登場。参入障壁が下がったことによりデザイン性に優れた他社製品の台頭を許してしまいます。「音質といえば大日本音響」と言われたブランド力も今は昔。若者には古びたイメージを持たれ、コアファンは40~60代の中年層以上。かろうじてブランド力があるうちに、レッドオーシャン化したイヤホン市場のみに頼らない新たな事業の柱を作りたい。
そう考え、2019年、快適な睡眠を実現するウェアラブルデバイス「sleepin」でスリープテック市場に参入。
そこそこ話題にはなったものの想定していたほど売上は伸びず、経営陣は「sleepin」を改善する方向をとるべきか、それとも新しい市場を探索すべきか、次の打ち手に頭を抱えています。以上の理由から、今回の依頼につながりました。
▼大日本音響機器のこれまでの事業展開図
Phase1 ヒアリングからの現状まとめ
破壊的技術の登場によって他社製品にリードされるようになった老舗企業、大日本音響機器。現状を打開すべく新たにスリープテック市場に進出して新製品を投下するも、思うように売り上げが伸びず、方向性を見失っている状況。
キックオフ・ミーティング
Goodpatchでは「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」を標榜し、チームビルディングからプロジェクトを本格的に開始します。プロジェクトに関わるすべてのメンバーが集まり、目的やスケジュール、一人ひとりの強みや役割分担を確認することでプロジェクトの成功確度が上がります。
Phase2. 基礎調査
調査はクライアント企業について深く知ることから始まります。企業のルーツや現在の経営課題、将来のビジョンを明文化しながら未来の理想像の輪郭を共に描いていきます。
エグゼクティブインタビュー
クライアントのエグゼクティブにインタビューし、企業がどんな想いで生まれ、どんな道のりを辿り、これからどこへ向かおうとしているのかをヒアリングします。今回のような歴史の長い企業に限らず、創業者の想いや企業の歴史・理念の中には過去から引き継いできた強みや「らしさ」の遺伝子が存在しており、それが今後の事業の重要な拠り所となるからです。
メンバーインタビュー
プロジェクトメンバーへのインタビューでは、このプロジェクトにかける想いはもちろん、エグゼクティブインタビューから得た理念が現場のどこまで浸透し実践されているのか、など等身大の企業の姿を掴んでいきます。また、今回のプロジェクトでは現場の技術開発者の方々にもインタビューを行い、技術力を支える組織の体制・風土についても理解していきました。
マクロ環境分析
同時に、自社ではコントロールできない、企業の活動に影響を与える世の中の大きな動きを分析し、仮説を導き出します。たとえば、「COVID-19下による巣篭もり時間の増加で、騒音など音に対する課題が生まれているのではないか」などの仮説が生まれます。このような目星をつけてからユーザー調査に臨むことで、既成の枠を超えたところに機会がみつかることもあります。
Phase2 インタビューから見えてきた大日本音響の強み
100年間、受け継がれてきた「音へのこだわり」と、そこから生まれた独自の技術の数々とそれを創り出してきた技術者、生産体制、組織風土が強み。
Phase3. ユーザー調査
ユーザーインタビュー
sleepinは睡眠障害で寝付きが悪い、または睡眠中の騒音に悩むユーザーのために開発された耳栓型のデバイスです。ノイズをキャンセルするだけでなく心地よい音を流すことで、快適な睡眠をサポートする仕組みです。ユーザーインタビューでは、sleepinユーザーと非ユーザーの両方に話を聞き、製品の課題にとどまらず、広く住環境に関わる潜在的なニーズを探りました。その結果、下記の声が上がってきました。
さらに、COVID-19下ならではのインサイトも抽出しました。
Phase3 ユーザーインタビューからの発見・考察
1. 既存プロダクトに関する課題
睡眠時にそもそも耳に何かを入れることによる閉塞感は、そもそも好んでいない。
また、睡眠時に限らず、本当はデバイスなどは体に装着したくない。
2. 音の環境に関する課題
COVID-19下で家の内外の騒音が気になるため、仕方なく窓を閉め切っているが、本音では、部屋を締め切らず開放的な環境にしていたい。
3. 体にデバイスの装着を許容できる用途、範囲
一人の世界に没入したい時は、デバイスを身につけて閉じこもる人は多いが、長時間は耐えがたい。一方、普段の生活の中では、開放感と静音を両立したい。
Phase4. 分析・戦略策定
競合調査・市場機会の決定
これまでの基礎調査や企業とユーザーへのインタビュー結果を総合的に分析し、大日本音響が今後目指していくべき領域を探索します。
手始めに、分析で抽出された企業の強みや弱み、事業の機会や脅威を整理しました。その上でさらに分析を進めると、イヤホンなどのハードウェアに固執するあまり、ソフトウェアの技術力を活かした新しい展開に踏み出せていない、という課題が見えてきました。新しいビジネス展開を考える上では、まずはこの固定概念を破壊することが重要だと考えました。
また、インタビューからは、イヤホンにおいても空間においても閉塞感に対する本能的な抵抗、という共通の課題が見えてきました。そして、COVID-19下で自宅での騒音に対するニーズを市場機会として重視し、未充足の本質的なニーズは住環境における静音と開放の共存だと設定し、下のように図式化して整理しました。
▼音と空間に対する本質的なニーズの探索図
そして、領域を「住環境における静音と開放の技術開発」に最終決定する前に、4つの判断基準でチェックしました。
1. 競合の有無
住環境市場では、ソフトウェアによる静音技術を開発する競合は非常に少ない。
2. 競争優位性
自社のソフトウェアによるNC技術開発力に競争優位性がある。住宅市場をリードする企業の競争力のあるハードウェア技術と組み合わせることで、さらに参入障壁が上げられる。
3. ビジョンとの整合性
「音にまつわる社会の課題解決をする」ことは「人と音との良い関係を作る」という会社のビジョンと整合する。
4. 実現可能性
具体的な技術開発を実現させる手段として、下図のように「住宅市場で遮音のハードウェアに強い会社との連携」というアイデアに勝ち筋を見出した。
▼他社との連携による新たな勝ち筋の探索図
Phase4 結論
Before イヤホン市場、スリープテック市場に絞ったBtoC事業を展開
↓
After 「開放と静音の共存」をテーマにBtoBの住宅市場へ拡大
音響機器というハードウェアにこだわったビジネスモデルからソフトウェアの技術開発力が軸のビジネスモデルへとピボット
最終的に、事業の新しい方向性について明文化した「戦略コンセプト」を全社の方針としてクライアントの社内外に提示しました。
今後、大日本音響はCOVID-19の音に対する課題を解決するために、住宅業界をリードするメーカーと強者タッグを組んで、開放と静音を両立させる技術開発を行い、日本の住環境の新しい音空間を作っていくことになりました。この決定に、「音へのこだわり」で古くから会社を支えてきた技術開発部は奮起し、営業は新たな販路や営業手法の開拓へと乗り出し、社内全体の気運は高まりました。
将来的には、「ソフトウェア技術」を価値提供のコアに据えたハードウェアに依存しないソリューションは、居住目的に限らない大規模施設、商業店舗、移動車両内等の新しい体験のデザインを生み、異業種企業との連携も行いながら新しい市場創出へと可能性を広げていきます。大日本音響機器は今後も、創業時から受け継がれる遺伝子を大切にしつつ、常に時代の波を読んで「人と音の新しい関係」を提案していきます。
結び
このように、Goodpatchではデザインストラテジーのメソッドを用いてユーザーや社会の本質的課題を構造化・可視化し、企業の新しい成長シナリオを描きます。今後も新規事業構想や事業戦略立案など、ビジネスの上流から様々な企業の戦略を共創していきます。
今回はデザインのアプローチで戦略を検討するプロセスの中でも、「老舗音響機器メーカーが新たな打ち手を生み出すためのアプローチ」というケースをセレクトしてお届けしてきましたが、実際のプロジェクトではもっと膨大な情報量を取り扱う上に、意思決定も多様で一筋縄にはいきません。
プロジェクトによってばらつきはありますが、おおよそ3ヶ月前後の期間を使って戦略をデザインしていくことが多くなっています。
- 社会構造や市場の変化、COVID-19の影響などで、経営の変革を余儀なくされた方
- 顧客体験を起点にサービスやプロダクトを開発したい企業
- 経営にデザインを取り入れたいがまだアクションできていない企業
上記のような課題をお持ちの方に、少しでも気づきや何かしらの示唆を提供できていたら嬉しいです。また、「Goodpatchのデザインストラテジストと一緒にプロジェクトに取り組みたい」と感じていただけた方はぜひご連絡をお待ちしております。
また、デザインストラテジストとして、ハートを揺さぶるデザインでビジネスを成功に導く事を目指したい、そんな方の応募もお待ちしています。