【デザインストラテジー】フィットネス・スタジオ経営再建のケーススタディ
Goodpatchでは、UI/UXデザイン領域の仕事はもちろん、デザインによるアプローチでクライアントの事業戦略を策定するプロジェクトも多数支援しています。従来とは異なる舵切りを必要とするクライアントとまだ見えてない理想像を打ち出し、その未来を実現するための道筋をデザインします。本記事では、上記のプロジェクトを専門に行うデザインストラテジストのマインドセットや業務内容を、フィクショナルなモデルケースに対するアウトプットを通して、紹介していきます。
また、こちらの記事でも、デザインストラテジストの役割や支援可能な事業フェーズについて触れていますので、合わせてご覧ください。
【Goodpatch仕事図鑑】ビジネス価値と体験価値を繋ぐデザインストラテジスト
目次
この記事のおすすめ読者
- 顧客体験を起点にサービスやプロダクトを開発したい方
- 経営にデザインを取り入れたいがまだアクションできていない方
- COVID-19の影響によって、経営の変革を余儀なくされた方
ケースの概要
このケースは、伝統的なビジネスモデルで長く経営を続けてきたフィットネス・スタジオが対象です。2020年初頭から世界的なパンデミックを引き起こしたCOVID-19による影響で、従来のような経営スタイルを維持していくことが難しくなったクライアントを想定しています。
SKY fitnessは、都市部の駅前を中心に総合型(マシン・スタジオ・プールなど)のスタジオを多店舗で展開する大手フィットネスチェーンです。COVID-19のビジネス的なインパクトをダイレクトに被った形となり、新規会員が獲得できないだけでなく既存会員の退会が相次ぎ、これまでのフィジカル*(※施設やマシン/器具などの物理的なアイテム)中心のサービスを見直さなければならない状況にありました。
一方で、SKY fitnessは、このパンデミックの渦中でも業績を悪化させないどころか逆に伸長している企業のことも知っていました。その企業の多くは元々デジタル中心、または早急にデジタルサービスに移行をした、という特徴を持っています。このことから、彼らはフィジカル中心に設計された従来型のフィットネスクラブのビジネスモデルをデジタルシフトすることを視野に入れています。
「弊社のメンバーとプロジェクトチームを組成し、一刻も早くそして顧客にとって真に価値のある選ばれるサービスを作り、変革を成し遂げたい」これがクライアントの担当者からのオーダーです。
プロセスの全体像
Goodpatchのプロジェクトは、課題にあわせたプロセス設計からはじまります。SKY fitnessのケースでは、上図のような(準備、基礎調査、顧客理解、コンセプト開発、結晶化)を実行することが想定され、発散と収束を伴いながら取るべき戦略の方向性を導きます。
以降、ケースに基づきながら、各フェーズで実施するアクションの例を紹介していきます。
Phase1. 準備
Goodpatchでは、プロジェクトの立ち上げにおける準備の期間を極めて大切にしています。この期間ではチームビルディングによって結束力を高めることをはじめ、このチームはどこに向かっているのか、に答えていきます。向かう方向は詳細な目的地のことではなく、東西南北の大枠の方向を指し示すものであり、道中で得た示唆を手掛かりに軌道修正を繰り返すことを前提に、プロジェクトを進めていきます。
キックオフ・ミーティング
キックオフ・ミーティングは意思決定者を含めプロジェクトに関係する全員が揃う場です。ここでは過去の経験や価値観を全員に共有することで各々のパーソナリティを理解していきます。デザインストラテジストはビジネスとデザインの架け橋ですから、クライアントやその他の関係者など全てのステークホルダーの特徴を理解するように心がけます。
加えて、このプロジェクトの発端に関するストーリーや、このプロジェクトで挑戦したいことなどもチーム全員で対話をします。この時、デザインストラテジストもプロジェクトにコミットするためのスイッチが入り、クライアントのビジネスを成功に導くためのスタンスを確かなものにしていきます。
エグゼクティヴ・インタビュー
キックオフ・ミーティングではボトムアップ型で情報共有や意見交換を行いますが、エグゼクティヴ・インタビューにおいては逆にトップの視点を獲得することを目的とします。今解決したい経営課題はもちろんですが、創業の想いやこれから先のヴィジョンについてもインタビューをします。
今回のケースでは「ナラティヴ・シート」という形式にアウトプットすることで、経営層が抱えている課題やこのプロジェクトに対する期待をプロジェクトの現場に共有し、共通認識の獲得を狙いました。
エグゼクティヴ・インタビューは、これまで大切にしてきたことや歴史、時代の変化・顧客のライフスタイルの変化によって浮き彫りになった事業課題、変革に対する意思と決意などプロジェクトに多くの示唆を与えてくれます。
Phase2. 基礎調査
「デザインを戦略の中枢に据える」ということは、顧客の視点・行動・感情をコアファクターとして、サービスをデザインしていくことです。ただし、顧客に関する情報だけをキャッチアップしていては良いサービスは作れません。忘れてはならないのは、マクロトレンドや競合サービスの動向、業界を取り巻くビジネスの原理原則など、様々なファクターを顧客の情報に「統合」しながらデザインをしていくということです。顧客の情報を取得する前に、基本的な情報を押さえるためにPhase2として基礎調査を実行します。
社内インタビュー
SKY fitnessが置かれている状況をより深く理解するために社内インタビューを行います。プロジェクトの中心メンバーはもちろんのこと、本ケースの場合では、「フィットネス・スタジオの店長」「スタジオインストラクター」「コールセンター担当者」など顧客との距離が近い人にもインタビューの協力を求めます。
インタビューで得た情報は、立場ごとの課題感の整理はもちろん、外部視点だからこそ発見される同社の価値、そしてその源泉はどこにあるのかの分析へと展開されます。
デスク・リサーチ
デスク・リサーチでは既存の文献やWebサイトなどから情報をキャッチアップします。観点は業界の動向、競合の動向を中心にしつつ、今回で言えばフィットネス業界をベースにリサーチをしますが、近しい業界の情報も参考になります。例えば、スポーツや瞑想、健康食品などはチェックしておいて損はありません。加えて、国内だけの動向ではなく海外にも目を向けることでバイアスを乗り越えるヒントを獲得します。
ただし、闇雲に情報を集めれば良い、というわけではありません。問い無きデスク・リサーチは、情報の波に飲み込まれ膨大な時間を浪費してしまうことでしょう。ここでポイントになるのは「問い」です。今回のケースでは以下のような問いを立て、デスク・リサーチに着手することにしました。
- フィットネスクラブのビジネスモデルを視覚的に確認できるものはないだろうか?
- COVID-19の環境下でも成長を続けるフィットネス系の企業はあるだろうか?
- COVID-19によって生まれたトレンドは構造化できないだろうか?
- 自社と同様の規模・モデルで展開している企業の状況はどうだろうか?
- 近接するスポーツや健康食品などの業界ではどのような変化をしているだろうか?
- フィットネスジムを失った顧客はどこで何をしているのだろうか?
例えば、問いaは、水道とバケツのメタファーを用いて、以下のようなまとめをすることができるでしょう。
上図が示すのは、典型的なフィットネス・スタジオでは、既存会員の解約が少なくないこと。ただし、それを上回る新規会員を日々獲得することで経営を成り立たせていたということです。
しかし、COVID-19が襲来。「外出自粛」や「3密回避」の影響を受け、既存会員の解約がさらに増加(バケツから流れ出る水が増え)、加えて新規会員の獲得が難化(水道から流れ入る水量が減り)、悪循環に陥ってしまったことが読み取れます。
問いを立てることで目当ての情報が浮かび上がってきます。さらに情報にアクセスし、状況を理解すると新たな問いが生まれたりもします。「問い→結論→新たな問い」というプロセスで情報を進化させていくことが重要です。
ビジネス課題仮設
ここまでの調査をもとに、ビジネス課題を設定します。あくまで現段階での仮説であり、調査を進めるなかで変更を加えられることもありますが、その時点での結論をもつことが大切です。今回は、以下の事象を課題として置きます。
- 顧客は、COVID-19の影響で、通いたくてもフィットネス・スタジオに通いづらくなった
- SKY fitnessは、フィジカルな場を媒介しなければ価値提供を十分に行えない
- 競合として、従来のジム以外に「オンラインコンテンツを有効活用するプレイヤー」や「マンツーマンに特化して顧客と深い関係性を築くプレイヤー」が出現してきた
ここまで進むと課題の打ち手を考えたくなりますが、デザインの効果を高めるためには、これらの仮説の中でも顧客に関わる部分の解像度を高めたうえで、打ち手の方向性を検討すべきです。では、顧客をより深く理解するためにどのような活動が必要なのか、次のフェーズで紹介していきます。
Phase3. 顧客理解
デザインの極めて重要なエッセンスの1つが深い顧客理解です。顧客の活動に直接触れることで得られる顧客の思考や行動情報を読み解くことで、コアとなる価値を発見します。
顧客調査
顧客理解をするための手法には様々なものがありますが、SKY fitnessのケースではスタジオでの実地観察と会員へのインタビューなどが適切でしょう。
これらの調査は、普段Goodpatchがリードしますが、伝聞でなく解像度の高い情報に触れていただきたいため、クライアントの皆さんにも同席をお願いすることが多いです。
インサイト分析
調査で得た一次情報をそのまま鵜呑みにせず、「なぜそのような発言が出てきたのか?」、「どうしてその行動が取られたのか?」、「それはどんな価値観に起因するのか?」といった根底の部分を明らかにすることでシャープな価値を捉えていきます。今回は上位下位分析という手法を用い、下図の3ステップで分析を進めました。
分析作業もSKY fitnessメンバーと互いの知恵を出し合いながら進めていきます。
Phase4. コンセプト開発
ここまでで企業が置かれている状況、経営者の意思、事業環境の情報、顧客のインサイトなど幅は持たせつつ深さも担保することを心がけてリサーチを実施してきました。ここからは「結合」のフェーズに突入していきます。結合とは複数のモノ・コトを構造や言語を用いて1つのコンセプトに集約していく様を指します。
ビジネス課題と顧客インサイトの結合
ここまでの顧客理解を深める活動を通して分かったのは、「SKY fitnessと顧客との結びつき」が元来弱かったということでした。
そこでビジネス課題に対して以下の問いを設定して、問題解決に取り組みます。「SKY fitnessはどうすれば、COVID-19によって露呈した“自社と顧客との希薄な関係性”を改善し、事業を好転させられるだろうか?」
また、事業コンセプトの検討を進めるにあたり、上記の課題を3Cの観点でブレークダウンし、コンセプトが満たすべき基準も設定します。たとえば顧客であれば「COVID-19下であっても日常的に取り入れるものにできるか?」。競合であれば「価格競争を避けながら、同時にSKYfitness独自の付加価値を取れるか?」。自社であれば「フィジカル中心に構築された強みを活用したうえでデジタルシフトできるか?」といった具合です。
ここまでの活動で、解決しなければならない課題と顧客の真のニーズが明らかになりました。ここからは、解決の方向性を探っていくフェーズに入ります。SKY fitnessは、都市部の駅前を中心に総合型のスタジオを多店舗で展開し、フィジカル中心のサービスで成長してましたが、この既存の枠内での思考にとらわれず、大きな枠で事業コンセプトの可能性を求めていきます。
コンセプトプロトタイプのワークショップ
またここでも個別具体のアイデアを出したくなる気持ちを抑えて、まずは方向性を定める作業が必要です。なぜなら、リソースは有限だからです。課題解決に使える経営資源には限りがあり、真に必要なことにリソースを集中させるためにも、コンセプトを策定しその範囲でアイデアを検討する必要があります。
コンセプトは課題解決と顧客の真のニーズを満たす必要があるため、必要な方向性を「タイトル+サブタイトル」と「写真」を使って表現することにしました。今回のケースではSKY fitnessとGoodpatchのメンバーが各々宿題としてコンセプトスライドを持ち寄ったうえで、ワークショップを実施しました。
ワークショップには社長も含めプロジェクト関係者全員が集まり、アイデアとその意図を各人が説明するところからスタートします。その場の議論から新しいアイデアを追加し、議論を深める時間も設けます。
ちなみにCOVID-19下の現在は、自社サービスであるStrapを使ったオンライン形式でのワークショップを数多く実施しています。
Phase5. 結晶化
そして、このプロジェクトの最後の「結晶化」のフェーズに突入します。ここでは、これまでのフェーズで発散と収束を繰り返した結果を、コンセプトとそのコンセプトに取り組むのための実行原理にまとめ上げます。
フォーカス&セレクション
コンセプトはこれから創造するモノ・コトの道しるべとなり、全体を貫く思想となります。加えて、Do’s(やるべきこと)とDon’ts(すべきではないこと)を示唆します。つまり、コンセプトとは未来の戦略のベースであり、ステークホルダーの中における合意形成のツールとしての役割を果たします。
ここでは、これまでのプロセスの中で明らかになった「経営者のナラティヴ」「ビジネス課題」「顧客インサイト」を総合的に勘案して3つの評価軸を設定し、コンセプトプロトタイプを絞り込んでいきます。
そして決定したのが「PEOPLE CONNECTED FITNESS 熱狂がつながりを生むフィットネス」です。
今回の採点方式には合議制の採用を想定しています。経営の危機に瀕した企業を根本から見直し再生に導くという、全社が一丸となって取り組む姿勢が不可欠であるため、誰か1人の強い意見で決めるのではなく、全員が納得できる合意形成の手法が必要だと考えられるためです。
ストラテジー
導き出したコンセプトから新しいビジネスモデルを考案します。決定したコンセプトとコンセプトを決定するために用いた評価軸に基づいて、以下のポイントを重視します。
- どうしたらSKY fitnessと顧客は強く繋がれるのか?
- どうしたら顧客と顧客が繋がれるのか?
- どうしたら顧客が熱狂できるのか?
顧客が自宅からSKY fitnessに接続可能で、顧客の活動がセンサーによってデータ化され、日々活動の動機が発生する仕掛けをつくることができないだろうか?
ハードウェアとソフトウェアを組み合わせたモデルの代表格で成功事例もある「SaaS plas a box で行こう」と合意形成されるのにそれほど時間は必要ありませんでした。
最大の目当ては伝統的なフィットネス・スタジオが抱えていた多くの課題を解決することにありますが、以下のような副次的効果にも期待できます。
- 初月での投資回収
- ハードウェアの所持による退会率の低下
- デジタル世界でのコミュニティ構築の可能性
従来とは大きく異なる、新たなモデルを実現するためには従来の事業運営から大きく舵を切り、新たな投資領域にリソースを投下していく必要があります。全てをゼロベースで構築するには時間がかかりすぎるため、外部との協業やパートナー契約などビジネス面での変革を迅速に推し進めます。
一方で、ハードウェア/ソフトウェア/コンテンツ/ロジスティクスは全てが重要な顧客体験ですから、その全ての領域にデザインの力を注入することが肝心です。
ここまでで事業変革のコンセプトと、そのコンセプトに関わるビジネスモデルや投資領域が明らかになりました。この後は、具体的に何を作り/どのような順序で/いつまでに誰が/と言ったようにプロジェクトのロードマップを描き推進していくことになります。
ここからはクライアントサイドもプロジェクトメンバーが増え、Goodpatchサイドもアサインされるデザイナーのロールが多岐に渡っていきます。戦略を描いて終了ということはなく、地続きでプロジェクトを進めていけるのがGoodpatchの強みの1つです。
結び
今回はデザインのアプローチで戦略を検討するプロセスの中でも、より重要なポイントをセレクトしてお届けしてきましたが、実際のプロジェクトではもっと膨大な情報量を取り扱いますし、意思決定も一筋縄にはいきません。
プロジェクトによってばらつきはありますが、おおよそ3ヶ月前後の期間を使って戦略をデザインしていくことが多くなっています。
- 顧客体験を起点にサービスやプロダクトを開発したい企業
- 経営にデザインを取り入れたいがまだアクションできていない企業
- COVID-19の影響によって、経営の変革を余儀なくされた企業
上記のような課題をお持ちの方に、少しでも気づきや何かしらの示唆を提供できていたら嬉しいです。また、「Goodpatchのデザインストラテジストと一緒にプロジェクトに取り組みたい」と感じていただけた方はぜひご連絡をお待ちしております。
また、デザインストラテジストとして、ハートを揺さぶるデザインでビジネスを成功に導く事を目指したい、そんな方の応募もお待ちしています。