AIプロダクトの導入が加速する中、「作ったけど使われない」という課題が顕在化しています。BCGの調査によると、74%の企業がAI導入の価値をスケールさせることに苦戦しているとのこと。この「実装ギャップ」を埋める存在として、いまFDE(Forward Deployed Engineer:フォワードデプロイドエンジニア)という職種が注目を集めています。
本記事では、FDEとは何か、なぜ今話題になっているのか、そしてAI時代においてどういった価値を持つのかについて考察していきます。
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目次
フォワードデプロイドエンジニアとは何か
FDE(Forward Deployed Engineer)は、顧客の現場に数カ月間常駐し、プロダクトの導入から定着までを一貫して支援するエンジニアです。「Forward Deployed」はもともと軍事用語で「前線配備」を意味します。つまり、本社にいるのではなく、顧客という「前線」に配備されるエンジニアというわけです。
このモデルを確立したのが「Palantir(パランティア・テクノロジーズ)」です。2003年に設立されたデータ分析企業で、政府機関や大企業向けに複雑なデータを統合・分析するプラットフォームを提供しています。2024年には株価が340%以上上昇し、いま最も注目されているAI企業の一つです。
元OpenAI Chief Research OfficerのBob McGrew氏は、FDEの本質を「Productized Consulting(プロダクト化されたコンサルティング)」と表現しています。単なる受託開発でもなく、単なるSaaS提供でもない、その中間に位置するアプローチと言えます。
日本でもこの動きは広がり始めており、LayerXの「AI-BPO」モデル、SmartHRの「エンタープライズサクセスユニット」、AI Shiftの「FDE職」設立など、顧客の現場に入り込んで価値を届けようとする企業が増えています。LinkedIn上でのFDE求人は800〜1000%増加しているというデータもあり、グローバルでも注目度が高まっている職種です。

なぜ今、FDEが求められているのか?
では、なぜ今FDEが注目されているのか。背景には、AIプロダクト特有の導入難度があります。
従来のSaaSは、導入すればすぐに使い始められることが価値でした。一方、AIプロダクトは以下のような特性を持っています。
- 出力が不確実:AIの回答は常に「確率的」であり、正解が保証されない
- 業務への組み込みが必要:単体で使うのではなく、既存の業務フローに統合する必要がある
- 継続的なチューニングが必要:プロンプトの調整、データの整備、モデルの更新など、導入後も手がかかる
- 組織の変化が必要:人の働き方やプロセスを変える必要があり、技術だけでは解決しない
- Human in the Loop(人間による確認・介入)の設計が必要:AIエージェントが自律的に動く時代、「人間がどこでどう介入するか」の設計が重要に。この設計はドメイン・企業・業界ごとに異なり、汎用的なテンプレートでは対応できない
つまり、AIプロダクトは「導入して終わり」ではなく、個社ごとのチューニングと環境設計が鍵を握るため「定着するまで伴走」しないと価値が出ないのです。このAIプロダクトのラストワンマイルの問題を解決するために、パランティアはエンジニアを顧客の現場に「配備」するモデルを作り上げました。
従来のコンサルティング、SIerとの違い
「顧客に常駐して支援する」——これだけ聞くと、従来のコンサルティングやSIer(システムインテグレーター)と何が違うのか分かりにくいかもしれません。違いを整理すると、以下のようになります。
| 従来のコンサル/SIer | FDEモデル | |
|---|---|---|
| 成果物 | レポート、設計書、カスタム開発 | 自社プロダクトの導入・定着 |
| ゴール | プロジェクト完了 | 顧客が自走できる状態 |
| 知見の行き先 | その案件で完結 | 自社プロダクトに還元 |
| スケーラビリティ | 人月ビジネス(スケールしにくい) | プロダクト収益へ移行(スケールする) |
最大の違いは「知見の行き先」です。従来のコンサルティングでは、顧客ごとにカスタマイズした成果物を納品して終わり。その知見は基本的にその案件で完結します。
一方、FDEモデルでは、顧客の課題を深く理解しながらも、その知見を自社プロダクトにフィードバックします。個別のカスタマイズで終わらせず、共通化できるパターンをフィードバックしながら、再利用可能なプリミティブ(データモデル、ワークフローエンジン、テンプレートなど)としてプロダクトに還元する。
これにより、最初はサービス収益(労働集約的)でも、徐々にプロダクト収益(スケーラブル)へシフトできる。ここがFDEモデルの核心といえるでしょう。FDEでは、「プロダクトがどれだけ進歩したか」が評価指標になります。
FDEモデルが機能する条件
ただし、FDEモデルはどの企業でも機能するわけではありません。a16zのMarc Andrusko氏は「The Palantir-ization of Everything」の中で、重要な警告を発しています。
プラットフォーム基盤なしにエンジニアの埋め込みを優先すると、維持・アップグレード不可能なカスタムデプロイメントの泥沼に陥る
この記事を踏まえると、FDEモデルが機能するには、以下の3点がそろっていることが重要だと考えられます。
- 再利用可能なプラットフォームがある:顧客ごとにゼロから作るのではなく、共通基盤の上にカスタマイズを載せる構造
- 知見をプロダクトに還元する仕組みがある:個別対応で終わらせず、学びを再利用可能なプリミティブとして蓄積
- エリートな人材を配置できる:技術とビジネスの両方を理解し、自律的に判断できる人材
これらがないと、結局は「より洗練されたコンサルティングファーム」になってしまい、スケールしない人月ビジネスに陥るリスクがあるのです。
FDEに求められる3つのスキル領域──BTC
では、FDEにはどのようなスキルが求められるのか。この観点では、いわゆるBTC(Business、Technology、Creativity)の3領域をバランス良く持つことが重要だと考えています。

Business(ビジネス)
顧客の事業構造を理解し、どこに価値を生み出せるかを見極める力です。
- 業界特有の課題や規制の理解
- ROI(投資対効果)の設計と説明能力
- ステークホルダーとの関係構築
現場に入り込むFDEは、単なる技術者ではなく、顧客のビジネスパートナーとしての役割を担います。「この機能があると便利」ではなく、「この機能があると売上がX%上がる」という視点で語れることが重要です。
Technology(テクノロジー)
AIプロダクトを実際にデプロイし、運用できる技術力です。
- AIモデルの特性理解(何ができて何ができないか)
- データパイプラインの構築
- システム統合とAPI連携
- 継続的なチューニングと運用
FDEの「Engineer」の部分です。要件を把握した上で、実装・デプロイすることができるスキルが求められます。また、技術的な制約と可能性を理解した上で、適切な判断ができるテクニカルディレクションのスキルも求められます。
Creativity(クリエイティビティ)
ここでいうクリエイティビティとは、問題解決における創造的なアプローチ全般を指します。その中には、デザインの領域も含まれます。
- ユーザーの声を現場で受け止め、本質的な課題を見つける力
- 複雑な業務フローを整理し、最適な体験を設計する力
- プロトタイピングと検証を繰り返す力
- 既存の枠にとらわれない解決策を発想する力
技術力だけがあっても、ユーザーの本当の困りごとを理解できなければ、的外れなソリューションになってしまいます。一方で、クリエイティビティだけがあっても、実際にプロダクトをデプロイして価値を届けることができません。
3つの領域をバランスよく持つこと、あるいはチームとしてカバーできることが、FDEには求められると考えられます。
タイニーチームでFDEを実践する
ここまでBTCの3領域を挙げてきましたが、これらすべてを一人で担うのは現実的ではありません。そこで選択肢として考えられるのが「タイニーチーム(Tiny Team)」という形態です。
タイニーチームとは、AIツールを活用した小規模チーム(10人以下)が、従来の大規模チームを凌ぐ成果を出すという働き方です。マイクロソフトでは、4人と20体のCopilotエージェントで構成されたチームが、リリースサイクルを6週間から10日に短縮した事例もあります。
タイニーチームが成立する条件として、以下の4点が挙げられています。
- AIツールの深い活用:コーディングからカスタマーサポートまで、業務の深部でAIを実装
- ゼネラリスト人材:マルチスキルを持ち、企画から顧客対応まで横断的に担当
- 小規模構成:10人以下のチームで、個人当たりの成果が顕著化
- 非同期コミュニケーション:ミーティングを極小化し、チャットとAIが齟齬を埋める
FDEに求められるBTCのスキルセットを、一人のスーパーマンに求めるのではなく、少数精鋭のチームでカバーする。そしてAIを活用することで、少人数でも高い生産性を発揮する——これがAI時代におけるFDE実践の一つの形なのかもしれません。
なぜクリエイティビティがFDEに重要なのか
FDEに求められるスキルの中で、なぜクリエイティビティ、広くはデザインが重要なのか、もう少し掘り下げてみます。

現場でのヒアリング能力
FDEは顧客の現場に入り込みます。そこで求められるのは、ユーザーの声を聞き、本質的な課題を見つける力です。
「何に困っていますか?」と聞いても、ユーザーは本当の課題を言語化できないことが多い。観察し、深掘りし、背景にある構造的な問題を見つける——この力がFDEには必要です。デザインリサーチやユーザーインタビューの手法は、まさにこの領域で生きてきます。
課題特定と要求定義
AIプロダクトの導入では、「何をAI化すべきか」という問いに答える必要があります。すべてをAI化すればいいわけではなく、人間がやるべき部分とAIに任せる部分を見極める必要があります。
特にAIエージェントの時代においては、「Human in the Loop」——人間がどこで、どのように介入するか——の設計が重要になっています。AIエージェントが自律的に業務を処理しつつ、検証者としての人間が確認・修正を行う。この構造設計が、AIプロダクトの成否を分けるポイントになりつつあります。
このHuman in the Loopの設計は、業界の規制、企業の文化、業務の特性によって大きく異なります。例えば、金融業界と製造業では求められる確認プロセスがまったく違います。汎用的なテンプレートでは対応できず、現場に入り込んだ深い理解が必要です。
この判断には、業務フローの全体像を俯瞰し、何が求められているのか、どこにボトルネックがあるかを特定する力が求められます。
形にする力
アイデアを素早くプロトタイプとして形にし、ユーザーからフィードバックを得る。このサイクルを回す力がFDEには求められます。
完ぺきなソリューションを最初から作るのではなく、仮説を検証しながら徐々に精度を上げていく。デザイン思考における「プロトタイピング」と同じアプローチです。
また、最近注目されている「コンテキストエンジニアリング(AIにどのような情報を入れていくかを整理・設計すること)」という概念も、業務への深い理解が必要な領域です。AIプロダクトの価値は、モデルの性能だけでは決まりません。そのAIがどのような文脈で使われ、どのような情報を参照できるか——。ここの設計が成否を分けます。
これからのAIプロダクト開発に向けて
「AIプロダクトの価値は、導入ではなく定着で決まる」。これがFDEモデルから得られる最大の示唆だと考えられます。
先行企業は「顧客の現場に入り込み、価値が出るまで伴走する」方向に舵を切っています。そして、その伴走に必要なスキル——ヒアリング、課題特定、形にする力——は、BTC(Business、Technology、Creativity)のバランスが求められるものです。
技術だけでも、ビジネスだけでも、クリエイティビティだけでも不十分。3つの領域を横断できる人材、あるいはチームが、AI時代の価値創出において重要な役割を担うのではないでしょうか。
グッドパッチでは、デザインの領域を軸に、ビジネス戦略や開発の領域も含めた支援を行っています。FDEに求められるBTCのスキルセットは、グッドパッチが強みとする領域でもあります。AIプロダクトの定着支援や、クライアント企業がFDE的に動く際のサポートなど、この領域でお手伝いできることがあれば、ぜひお声がけいただければと思います。
FDEという職種の登場は、「作る」と「届ける」の境界が溶けていく時代の象徴なのかもしれません。この潮流がどのように発展していくか、引き続き注視していきたいと思います。
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