多くの企業が「ユーザーのため」「ユーザー第一」を掲げていますが、実際に展開されているサービスやプロダクトからはその理念や姿勢が感じられないケースが少なくありません。

今回、デジタルマーケティングの実践情報サイト『Web担当者Forum』編集長の四谷さんとグッドパッチのUXデザイナー・秋野の対談を通して、ユーザーを思って作られたサービスやプロダクトが、ユーザーのためにならないのはなぜなのかや、ユーザー目線になるために必要なことについて考察します。

話し手:
四谷志穂さん
Web担当者Forum編集長。大学卒業後、物流企業で営業兼Web担当者を経験。コーポレートサイトのリニューアルやデジタル広告の運用、倉庫の営業に携わる。2013年にインプレスに入社し、Web担当者Forumの編集者となり2018年から現職。

Web担当者Forum:https://webtan.impress.co.jp/

秋野比彩美
グッドパッチUXデザイナー。ヤフーでUIデザイナーとしてキャリアをスタートし、トップページの事業責任者を経験した後、大手通信企業のグループ会社でUXデザイナー兼組織マネージャーとして、クオリティー管理、UXデザイナーの採用と育成に取り組む。2022年にグッドパッチにUXデザイナーとして入社し、ユーザーリサーチ領域をリードする傍ら、サービス/プロダクトデザイン部門のマネージャーを務めている。

さまざまなサービスを知る中で抱いた違和感

——四谷さんは、編集長として普段、主にどんなことをされているんでしょうか?

Web担当者Forum・四谷氏:
2018年から編集長を務めており、日々の編集活動や年に4回の大型イベント、読者交流会、講座企画などを担当しています。また、ライターとして記者会見に参加し、記事を書くこともあります。編集長としての最大のミッションは、売上の向上やユーザー数を増やすこと、読者との交流を深めることです。

Web担当者Forum・四谷志穂さん

——編集長自ら、ユーザーと向き合っていらっしゃるのですね。Web担当者Forum(以下、Web担)は多くの方がご覧になる巨大メディアですから、当然編集長である四谷さんのもとには日々、さまざまなサービスの情報が届くかと思います。そうした中で感じることがあると伺いました。

Web担当者Forum・四谷氏:
そうですね、今回の対談テーマでもあるのですが「ユーザーを中心に考えたサービスとは何か」についてや、特定のサービスの良し悪しを論じるより、サービスの謳い文句や特徴がプロダクトアウトだと感じることが多いんです。

サービスに携わっている方は「ユーザーのために」という思いがあるはずなのに「なぜ?」と思います。

——さまざまな情報にアンテナを張っている四谷さんだからこそ感じることかもしれないですね。さて「ユーザーのため」「ユーザー目線」と密接に関連するのが「UX」ですが、Web担では「UX/CX」というグローバルナビゲーションを設置されているのが印象的です。UIではなくUX、さらにUXとCXが並列になっている理由はなんでしょうか?

Web担当者Forumのトップです。

Web担当者Forumのグローバルナビゲーションの一部に「UX/CX」とある

Web担当者Forum・四谷氏:
「UX/CX」とカテゴライズしたのは、私ではなく前任の創刊編集長なんです。私自身は、自社のサービスの利用者を「ユーザー」と呼ぶか「カスタマー」と呼ぶかは企業によって異るもののそれは表現の違いでしかないと考えています。

ユーザーはカスタマーであり、カスタマーはユーザーである。だからUXとCXは並列でなければならないという思いを込めて「UX/CX」という名称になっているのだと私は理解しています。

優れたUXデザインとは?

——UXもCXも本質的な意味合いとして同質的なものだと捉えられているわけですね。そう考えるようになったきっかけはあるのでしょうか?

Web担当者Forum・四谷氏:
Web担に入ってすぐの頃、UI/UXについて専門家に取材をさせていただく機会がありました。

取材を通して共通して感じたのは「UIはUXの中に含まれている」という考え方でした。UIの課題を解決するには、ユーザーがサービスを使う瞬間だけでなく前後の文脈まで広げて「どんな人がなぜそのサービスを使うのか」UXの観点で深掘りしないと本質にたどり着けない。「UIは点であり、UXは面である」。近視眼的にならず、全体を見なさいということだと学びました。

一方で、UXやUXデザインの定義は人によっても企業によってもバラツキがあると感じているのですが、グッドパッチさんでの定義があればぜひお聞きしたいです。

グッドパッチ・秋野:
私たちはUXデザインを「ユーザーがサービスを利用する際の一連の体験の仕方を設計すること」と定義しています。

利用する前から体験中、体験していないときも「人の感じるもの全て」がUXであり、UXとは人の感情であり、それはコントロールできないものです。

【関連記事】UXデザインとは?UIデザインとの違いや設計プロセス、事例を紹介

グッドパッチ・秋野比彩美

Web担当者Forum・四谷氏:
「人の感じるもの全て」がUX、なるほど。

グッドパッチ・秋野:
ユーザーにとって心地よい体験を提供できるようにサービスの理想的な状態や、ユーザーのゴールが何なのかを設計するのが私たちの役割と言えますね。その点で、グッドパッチではUIデザイナーもUXを考えてUIを作っている。アプローチこそ違えど、皆がUXを考えてデザインに向き合っていると思います。

Web担当者Forum・四谷氏:
興味本位でお聞きしますが、秋野さんが思う「優れたUXデザインのサービス」の代表例はなんですか?

グッドパッチ・秋野:
多くの人にとって身近で、なおかつ世界規模になってもユーザー視点が損なわれていないサービスの代表例を挙げると、やはり「Netflix」でしょうか。当初はDVDのレンタルサービスでしたが、ユーザーのニーズとネット通信速度の高速化によってストリーミングにシフトしていきました。さらにパソコンだけでなくスマホで見ている人が思いのほか多いことや、逆に「大画面テレビで見たい」といった、さまざまなニーズに応じて、デバイスの解像度に応じたプランができました。

他にも同居するパートナー同士がひとつのプランを共有していた場合、パートナー関係が終わったらそれぞれがアカウントを持ったまま別々のプランに加入できたり……。ユーザーの使い方や要望を取り入れながら、どんどんサービスをアップデートしています。

ここまで優れたUXデザインが実践できるのは、常にユーザーの使い方や要望をキャッチアップし、その奥にある「真のニーズ」を捉える姿勢があるためだと捉えています。

実際、Netflixでは定性的なリサーチとデータに基づいた、膨大なA/Bテストで常に検証を続けているようです(※)。

四谷さんが思う「優れたUXデザイン」は、例えばどんなものがありますか?

※参考:https://blog.adobe.com/jp/publish/2019/05/08/cc-web-interview-with-netflix-user-experience-drives-design-ui

Web担当者Forum・四谷氏:
UXデザインの話題はWeb/IT系のサービスになりがちですが、コンビニも非常によくできている業態だと思います。

コンビニは店舗ごとに間取りや広さが違います。並んでいる商品も系列により季節により違っています。それでも私たちはどこのコンビニに入っても、どこに何が置いてあるかを直感的に理解して、おにぎり、飲み物、ほしいものをパパっと手に取ってレジに並び、いくつもある決済方法から自分の使いたいものを選んで、スムーズに買い物を終えることができます。

UXデザインが完成され、かつ日々アップデートされているからこそ、スムーズな体験が提供されているのだと思います。

——確かに、Netflixやコンビニは「優れたUXデザイン」の代表例ですね。

Web担当者Forum・四谷氏:
客観視すると、そのサービスの良いところを見つけやすいですが、ユーザー自身が「これはいいUXデザインだ!」と気付かないものこそが最も優れたUXデザインだと思っています。

サービスやプロダクトは、困りごとを解決したり、より便利で快適な何かを達成したりするためにあります。困難を感じずに達成されればそれで終わるので、途中経過であるサービスやプロダクトの良さに気付くということは、まだゴールに達していないのかもしれません。

なぜユーザー目線が薄れるのか

——実際にサービスを開発する段階で、「ユーザー目線」が薄れてしまう原因についてどうお考えになりますか?

Web担当者Forum・四谷氏:
私は開発者や経営者ではなくいち編集者の視点での考えになりますが、企業がサービスを提供したり商品を開発する際に、ユーザーを意識していないということはないと思います。

しかし、きちんと調査や分析をしないで、開発者や上層部が「ウチのユーザーはこうだ」という理想や思い込みに基づいたユーザー像を設定していると、外れてしまうことが多い。外れたまま進むから、どんどんユーザー目線が薄れてしまうんではないでしょうか。

グッドパッチ・秋野:
「ユーザー像の思い込み」は、多くの企業が陥りがちな落とし穴ですね。ユーザー調査をしていても、表面的に話を聞くだけでは不十分です。人間は自分が「こうだ」と思っている事象に目が向きがちなので、「ウチのユーザーはこうだ」と思いながら調査に臨むと「やっぱりそうだった」と再確認するだけにとどまってしまうんですよね。

Web担当者Forum・四谷氏:
これは私たち編集者にも当てはまると思います。よく「読者像はこういう人」と定義しますがそんな人は実際どこにもいない。想像なんです。会社から課されているミッションがあり、やらなければならない仕事もある。経験則から自己都合で読者像を定義し、そのまま仕事をする。そうした中で見落とした小さな部分がいずれ「あれ?なんか違う」というズレになっていく。

グッドパッチ・秋野:
グッドパッチのクライアントも、そうした状況に陥っているケースがよくあります。そこでお伝えするのは、最初の段階でユーザー像の要素を見落としていても、サービスローンチ後にも定期的にユーザーからフィードバックをもらって改善し、ユーザー像の解像度を上げていくことが重要だということです。

実際のユーザーから得られるフィードバックには改善のヒントがたくさんあります。世に支持されたイノベーションの多くは、開発者が思ってもみなかったところにユーザー側が価値を見出したり、新しい使い方を「発見」してくれたり、その部分を伸ばし磨き上げることで進化しています。

Web担当者Forum・四谷氏:
少し話が逸れますが、つい最近、自宅にWi-Fiの中継器を設置したのですが、なぜかうまく機能しなかったんです。簡易的な説明書に記載があった「接続できない場合はこちらへ」の誘導に従ってスマホからアクセスしたところ、ようやく対処法が記載されていたのですが、隅々まで読まないと解決せず、結局設定に3時間もかかってしまいました。

「初心者でも簡単に設置できる」というコンセプトで、同梱の説明書を簡易的にしすぎたために、結果的にユーザーに負荷を強いることになっていて、「私が想定外のユーザーだったのか」「そもそもコンセプトがズレていたのか」と、ちょっと考えてしまいました(笑)。

グッドパッチ・秋野:
中継器のメーカーは、ユーザーが箱を開けてすぐ設置したら喜んでくれるだろうというところまではUXデザインができていたけれど、「誰もが使いこなせる」という思い込みからか、「うまく接続できなかった人が、どうしたらスムーズに問題を解決できるか」という思いまでは至らなかったんでしょうね。

UXデザインでは基本的に、まずは「中級者向け」に作っておくことがセオリーなのですが、四谷さんのケースは、「上級者向け」だったのかもしれません。

Web担当者Forum・四谷氏:
私の理解力が足りなかっただけかもしれませんが……(笑)。

グッドパッチ・秋野:
UXデザインは「プレゼントを選ぶこと」に似ているんですよね。相手の趣味や好みを思い浮かべて、どんなものを贈れば喜んでくれるだろうかと考える。その人がそれを見たときに喜んでくれるか、飾ったり愛用してくれたりしているシーンを想定しながら、迷いに迷ってこれだというモノを選びますよね。

でも、どんなに一生懸命考えても想定から外れてしまうこともあります。そもそもリサーチが足りなかったかもしれないし、あの人は喜んでくれるはずという思い込みがあったかもしれない。あるいは相手も受け取って初めて「自分はこれがあまり好きじゃない」「こんなに使いづらいと思っていなかった」と気付くかもしれないのです。

ユーザーを想い、寄り添ったサービスに磨き上げる

——先ほどのお話から、ユーザー目線が薄れることは、そもそもユーザー像が実態とかけ離れていることが大きな要因の一つだと感じました。それを防ぐためにはどんなことが必要でしょうか?

グッドパッチ・秋野:
まず、ユーザーの生活や行動を深く理解することです。これは「探索フェーズ」と呼ばれるプロセスで、具体的にはユーザーインタビューや観察を通じて、実際のニーズや課題を洗い出します。

目の前のユーザーがすべてのユーザーの公約数ではありませんし、インタビューではこちらの問いかけに対してパッと思いついたことを返答しているだけの場合もあります。

「ユーザーを深く理解する」というのは簡単ではありません。実は私たちはインタビューでユーザーの言ったことをそのまま受け取るのは60%程度です。残り40%はユーザーが口ではそう言っているが自分でも認識していない真実を、言葉や非言語情報から読み取っています。

【関連記事】ユーザー調査の「使いたいと思います」を信じてはいけない、3つの理由

次に「検証フェーズ」に進みます。データを基にサービスを構築したら、それが当初の目的に沿っているかを時間の許す限り、あらゆる角度から検証します。これは開発段階だけでなく、リリース後も定期的に実施します。時間の経過とともに環境は変わりますし、ユーザーも変わります。

【関連記事】【保存版】UXリサーチ完全ガイド|成功のポイントと手順を徹底解説 ※秋野監修

また、最初にどういうユーザーを対象にして、そのユーザーがどう成長するのか、その先にどういうユーザーが増えてくるのかという、ある程度のロードマップを作ることも大事です。ロードマップがないままとりあえず作り始めて、想定していたユーザー層が飽和してきたときに、行き当たりばったりに別の層も取り込もうとすると、当然溝ができてしまう。

だからこそ、「たくさんの人に使ってほしいからターゲットは決めたくない」「ターゲットは全員」という想定から始めることはおすすめできません。

Web担当者Forum・四谷氏:
そうしたアプローチはとても緻密ですね。実際にユーザーに対する深い理解を前提としたプロセスを経ることで、真のニーズに応えることができるんでしょうね。

私が行う取材インタビューとUXリサーチのインタビューはまったくの別物だと感じます。私たちの場合、記事を作るのが目的なので、インタビューを用意する時点で文字量や記事構成、聞きたいポイントや書きたいことなどがおおよそ決まっています。そこからどれだけ深められるか、派生させられるところはないかなど探すようなインタビューです。

UXリサーチのインタビューは、ユーザーの行動から新しいサービスや改善点を探るという目的なので、聞き方やスキルが全く違うんだろうなと思います。目的が違うと手段が違うのは当然ですから。

「餅は餅屋」と言いますが、UXデザイナーはそうしたニーズを探る専門家であるわけです。課題にぶつかったときに自分たちで解決する方法もあるけれど、専門家に力を借りたほうが速くて的確なこともありますね。

——ユーザーが「課題」や「不」に感じることを解決するためにサービスやプロダクトが作られていく。ただ、そうするとサービスやプロダクトが飽和気味になり、課題解決の機会はどんどん減っていくのではないでしょうか?

グッドパッチ・秋野:
確かに、最近は「課題がなくなってきて困る」とUXデザイナー同士で冗談半分で話すことがあります。世の中が便利になりすぎて課題がなくなって、新しいサービスがなくても便利に過ごせるので、これ以上どんな新しいサービスをつくればいいんだという難しさはあります。

「ユーザーに聞いてもイノベーションは生まれない」なんて言いますが、言われてみたら確かにあったほうがいいけど、もともと不便には感じていなかったというのがほとんどです。

とはいえ、業務管理サービスのようなBtoBの領域は、特にまだまだ課題解決の余地があると思っています。

BtoCサービスは、例えばネットショッピングをしたいとき、アマゾンでも楽天でもほしいものを取り扱っているブランドのECサイトでも、好きな方をユーザー一人ひとりが選べばいいですが、BtoBサービスの場合は現場の社員一人ひとりでは選べない。ただ、使わないと業務ができないので、「もっとこうしたらいいのに」という課題はどんどん出てきます。だからこそ、現場で使う社員第一を目指したBtoBサービスを作りたい、改善したいという依頼は増えています。

——なるほど。ただ、BtoCであれBtoBであれ、ユーザーの課題や困りごとを解決したり、より便利で快適な使いやすさを追求する結果、サービスごとの差別化が難しくなってくるのではないでしょうか?

Web担当者Forum・四谷氏:
私はそうは思いません。みんなが使い慣れているやり方は、ある種のルールとして踏襲された方が、ユーザーの使い勝手や快適さは向上します。先ほどの“いい”UXデザインであるコンビニの例はまさにその一つですよね。

重要なのは、見た目は一緒でも、その根底にある思想や個性がユーザーに伝わり、理解されることだと思います。

私は漫画が好きで、複数の配信サービスを契約しています。どのサービスでも漫画を読む、選ぶの操作性に差異はありませんが、配信している漫画や推している漫画には配信サービスごとの特徴が出ます。私が特に気に入っている配信サービスは、なぜか私が好きそうな漫画に出会えるんですよね。中でも「編集部のおすすめ」が好きで、「私の勘所を押さえているな」と勝手に感心しています。

つまり、開発者や提供者がユーザーを思い、寄り添ったサービスに磨き上げることができるかで差別化ができるのではないかと思います。

グッドパッチ・秋野:
クライアントとの打ち合わせで「ウチのサービスのダメなところをユーザーに聞いてください」とリクエストされることがよくあります。「ユーザーの課題や不満を解消したい」という切実な思いからでしょうが、私はいつも「ウチのサービスのどこがいいですか?と聞くことも重要ですよ」とお話ししています。

ユーザーに自分たちの良いところを聞いて、そこを伸ばし磨き上げる。もしかしたら、自分たちの思いもよらなかった価値が発見できるかもしれません。

四谷さんが「漫画配信アプリの編集者のレコメンドが好きだ」とおっしゃっていましたが、ぜひ制作サイドの方にももっと知ってほしいですよね。「そこを気に入って他社よりもウチを選んでくれているんだ」となれば、もっとレコメンドに力を入れるでしょう。

そうしたプラスポイントを磨き上げていった先に、差別化はもちろん真の「ユーザー目線」のサービスやプロダクトができていくのだと思います。