他者の視点を理解し、自らの価値を知る。「探索型リサーチ」は一生をかけて極める価値がある——デザインリサーチャー米田
私たちは世界に何を残せるのか──そんな問いを背景にグッドパッチでは「MAKE A MARK」というコンセプトをグループ総会で掲げました。
グッドパッチで働くデザイナーたちは、なぜグッドパッチに集い、これから何を残していきたいのか。MAKE A MARKというコンセプトに沿って、各々が胸に秘めた思いに迫るインタビュー企画。今回はデザインリサーチャーとして働く米田が登場。
パナソニックやP&Gでの経験を通じてリサーチの重要性に気づいた米田。リサーチャーというポジションがない中グッドパッチに入社し、商材とチームを作り上げてきました。
現在は、リサーチを極めるために北海道上川町に移住。なぜそこまでリサーチを探求するのか。彼女が考える探索型リサーチの重要性とは。これまでのキャリアとともに聞きました。
目次
人の生活に向き合い、理解する──選んだキャリアは「リサーチャー」
新卒では、ものづくりを通して生活や環境が向上することに携わりたいと、パナソニックに入社しました。家電は人の生活に入り込んでいて、世界中の人に価値を届けられると考えたからです。ところが、配属された部署は経理でした。そこでは海外販売会社の経営状況の分析などの経験を積みましたが、「ユーザーの生活」と自分の仕事とのつながりに実感を持てず、違和感も募ってしまいました。
他のメーカーに就職した友人たちともよく話していましたが、様々なメーカーで前年よりも高性能だったり多機能なモデルを開発しなければいけないために「技術をどう活かすか」が優先され「ユーザーの生活」への視点が後回しになってしまうジレンマが存在することを感じていました。
その後、価値を届ける相手である「人」を理解したい気持ちが強くなりP&GのCMK(コンシューマーアンドマーケットナレッジ)という、リサーチ専門部署に転職します。前職と同様自社のシェア分析などの経営分析的側面も含めた数値的なリサーチ業務と、定性・定量リサーチの両方を扱いユーザーを調査・理解する業務を半分ずつくらいのウェイトで担当しました。ここで、リサーチを通じて人を理解する過程や重要性を学びました。
私、P&Gのある文化がすごく好きで。P&Gでは、人を理解するプロセスを経ないと商品が世に出されない仕組みになっているんです。商品だけでなくCMなどの発信物も規定のリサーチステップを踏むことが定められていて、人を理解してからつくることが企業として確立されているんですよね。
P&Gで経験を積めば積むほど、人を理解するリサーチだけに集中したい気持ちが強くなっていきました。これを仕事にしたいと考え調べていくうちに、デザインリサーチャーやサービスデザイナーという職種を知り、グッドパッチに転職しました。
転職時は数社お話を聞かせていただきましたが、グッドパッチが新しい企業だったのが決め手になりました。リサーチに関するサービスや手法が確立されていないからこそ、一緒に作っていけるのではと考えたからです。
市場分析や技術ドリブンではない、ユーザー起点の事業開発には「探索型リサーチ」が必要だ
入社当初、まだリサーチャーというポジションが社内になく、UXデザイナーとして入社しました。そんな状態から、社内のLT大会(ショートプレゼン大会)でリサーチャーをやりたいと宣言したり、商材として売りはじめたり、社内外で発信していきました。
商材化した当時のプレスリリース:心と思考を探索して新規事業創出や既存事業改善を実現する「Insight Research」を本格提供開始
そもそも、それまでのグッドパッチではクライアントワークの一つのフェーズとしてリサーチを行うことはあっても、リサーチ単体で受注することはほとんどありませんでした。そこで、リサーチを担当するために、まずはクライアントを探す必要があったんです。「商談可能な営業先があったら教えてください」と社内にかけあってみたり、一緒にやってくれるメンバーを探したり。
大変な面もありましたが、社長の土屋さんも含めグッドパッチの多くの方が応援やサポートをくれたので進めることができました。
リサーチは、仮説の確からしさを検証する「検証型リサーチ」と、新しい方向性の仮説をつくるための「探索型リサーチ」と大きく2つの型に分けられます。私は、行動や感情を探り価値を探索できる後者の探索型リサーチを極めたい気持ちが強くありました。これまでの経験から、市場分析や技術を起点とするサービス開発以外にも、人を起点にしたサービス開発という切り口が有効であること、そしてそれが広まっていくことの重要性を信じていたからです。
探索型リサーチは、ユーザーを含むステークホルダーを理解することで、ステークホルダーへの見方が変わることが魅力だと思っています。つまり、視点を変えることあるいは新たな視点を得ることなのかなと思います。
リサーチプロジェクトの中で、印象に残っている言葉があります。医療領域のクライアントさんとリサーチ分析を進めていた時、「医師も人間なんだな」と呟かれたんです。お医者さんって高尚でどこか自分達とは違う生き物と捉えておられたのかなと感じて。「自分とは違う生き物」から「同じ人間」へ、視点を変化させることができた。この差によって提供するサービスやコミュニケーションは変わってきますよね。
また、ステークホルダーへの理解が深まると、その視点から見た業界や自社の関わる領域、あるいは自社自体の見え方を理解できます。それは、客観的視点で見た時の自社の価値の位置付けや創造につながると思っています。さらに、自分たちが思ってもいなかった価値に出会えたりあらためて自分たちの価値を認識することは、自分の仕事への誇りや熱意、ワクワクにもつながります。そんな、自分たちが持つ視点を増やした先に起こる変化に面白さを感じています。
商材とチームとポジションをつくり、ようやくリサーチャーと名乗れるようになったのが、入社から2年ほど経った頃でしたね。
町の魅力を理解し、課題を解決する 北海道上川町でリサーチをしながら暮らす日々
今は、北海道上川町役場と一緒にお仕事をしています。総務省の「地域活性化起業人制度」という枠組みを活用していて、2022年12月からは、実際に上川町に移住して住み込みでのリサーチを始めました。
移住したと言うと驚かれることが多いのですが、リサーチを深めるならそれが一番いいよね。という、自分としてはいたってシンプルな選択でした。実際に町で暮らしながら、探索が深まっていくことに面白さを感じている日々です。
米田のnote:北海道上川町に住み込むデザインリサーチャーの話
具体的には、町の課題と魅力を理解して、課題を解決して魅力を活かしていくことがテーマです。移住してすぐのころは、排他性がなく温かい「人」が魅力だと率直に感じていました。ですが、リサーチを続けていくうちに発見に出会います。
上川町には、自分たちで事業を興す方が多いんです。ジビエ加工場や酒蔵だったりをつくったり、町おこしの会社を立ち上げたり。新しいことに挑戦する方々が多くいらっしゃいます。
特徴的なのが、自分のためだけでなく「町を活性化させる」視野でやっている方が多いということ。これが上川町の一つの魅力だと感じています。多くのステークホルダーがいる町の中で「自分の行動でいかに町に良いことをもたらすか」という視点で動くことは、奥深いサービスデザインだと感じています。町のサービスデザインはステークホルダーも多いので奥が深いですね。
2024年4月からは「Sci-Fiプロトタイピング」という手法で、上川町の未来を描いてみようと考えています。これまでは町の歴史など過去と現在の姿から探っていましたが、アプローチを加えて未来から。新たなステークホルダーにまつわる視点に出会える気がして、ワクワクしています。
探索型リサーチは、一生やっていきたいですね。
「ラベル付け」は大の苦手 一人ひとりの価値観の理解を諦めたくない
探索型リサーチを深める上で、大事にしていることが2つあります。
1つは、クライアントに並走すること。ただ納品するだけでなく、一緒にチームに入って探索型リサーチに意味があることを感じてもらいたいんです。実際に自分達のユーザーさんやステークホルダーに触れてもらい、クライアントさん自身で理解して解釈する工程の重要性を知ってもらいたい。そのプロセスにこそ価値があると考えています。
もう1つは、次のアクションに繋げること。クライアントワークにおけるリサーチの難しさは、事前にアウトプットの形を問われることなんです。なので、商談ではリサーチを通じて次にどんなステップを目指しているのかを確認するようにしています。事前にアウトプットは定めないので、バイアスをかけずに広く探ることができる。その上で、次のアクションに繋がる成果物を作ることにはこだわっています。
リサーチをして「面白かったね」で終わりにしたくはないんです。あとは、社内で上申するための資料ってしばしば見受けられますよね。リサーチをそういった仮説立証を目的にした資料作りの手段にしたくない気持ちもあって。難しさと面白さをいつも抱えています。リサーチがライフワークな私ですが、リサーチによく用いられる“ラベル付け”や“定量化”が苦手な面もあります。
一人ひとり生活が異なる人たちを無理やり纏めることに抵抗があるんです。だから、定量調査よりも定性調査の方が好きだったりします。もちろん定量が当てはまるフェーズや場面もあります。ただ、例えば100と20という数字で表せる状況。ここで単純に100を選択すると、20の方は切り捨ててしまうことになってしまいますよね。それに、人を数字で集約させる時に「子連れ」「お母さん」「シングル」などといったラベル付けがどうしても必要になります。でも、当たり前ですが同じラベルでも全く異なる人同士じゃないですか。
こういった事業者目線のラベリングは、どうしても思い込みやバイアスが入ってしまいます。その視点で作ったサービスは外れたものになってしまう。人の価値観や大事にしているものを理解し、それをベースに考えることを諦めたくないんです。
私自身の働き方に対する価値観も年々変化しています。
段々とやりたいことを仕事にしていったおかげで、今は日常と仕事のやりたいことが地続きになってきました。今年は、上川町の面白い人たちに、個人的にもインタビューをさせていただきたいなと思っています。仕事もプライベートも全部、面白いからやっている。だから今、結構幸せです。
視点が増えるほど、発見がある。人間以外の「環境」をも取り込んだサービスづくりがしたい
クライアントワークを通じて、探索型リサーチへの理解を深めていただけたらなと思っています。将来的にはクライアント企業内に探索型リサーチをする組織を作ってみたり。そんな形で価値を伝えたり文化を作っていくようなことに挑戦していきたいです。
以前、探索型リサーチを5つの段階にわけて解説した「GUIDE」という資料を作成しました。正直、こういったフレームを作るのは嫌いな側面もあるんです。ですが、いざ活用してみるとクライアントの行動変容に対する手応えを感じました。ここに書いてあることにすべて従うのではなく、一つの道標として参照し「自分でもできるかもしれない」と感じてもらえるきっかけになると気づいたんです。
Insight Researchにおける探索型リサーチを5つの段階で行う「GUIDE」について解説した記事
これまで事業者視点だった企業が探索型リサーチを取り入れることで、ステークホルダーへの視点、またステークホルダーからの視点を増やすことに繋がります。視点を増やすほど、発見がある。その見えているステークホルダーを増やしていくことができたらいいなと思っています。
もう少し未来には、サービスのステークホルダーに「環境」といった人間以外の観点ももっと入れていきたいと思っています。そんな新しい観点を取り入れたサービスづくりにも関心があります。これに気づいたのも上川町のおかげです。上川町には大雪山という国立公園が街の中にあるんですが、大雪山からの影響ってとても大きいんです。これも絶対に町のステークホルダーなんですよね。
探索型リサーチが選択肢の一つとして広まることで、「事業者」の視点だけでなくステークホルダーの視点を入れしっかりと体験設計されたサービスが世の中に増えると信じています。一人ひとりの価値観や生活に沿ったサービスが生み出され続ける。そんな世界を残していきたいです。