「UXデザイナーに必要なスキルはなんですか?」

この質問、就職活動に臨む学生だけでなく、若手デザイナーとの会話や中途採用でもよく聞く話です。ネットで調べても、似たような記事がわんさかヒットすることからも、ニーズの高さがうかがえます。

確かにUXデザイナーには有名な資格制度もあまりありませんし、業務の領域も幅広いため、求められるスキルも多岐にわたります。ただ、その中で最も重要なもの……と聞かれるなら、私は「共感力」と答えることにしています。

共感力というと「先天的」なもので、できるかできないかは性格によるものだと、苦手意識を持っている方もいるかもしれません。しかし、共感というのはれっきとした「スキル」で、その構造と特性、正しいトレーニング方法を知っていれば、誰でも鍛えられるというのはご存じでしょうか。

この記事では、クリスマスプレゼントも兼ねて(!?)デザイナー人生を「共感」とともに歩んできた私なりのトレーニング方法をご紹介できればと思います。

UXデザイナーに必要な「5つのスキル」

本題に入る前に、UXデザイナーに必要なスキルと共感力との関係性をおさらいしておきましょう。UXデザイナーには、以下の5つのスキルが必要だと私は考えています。

  1. 共感力:ユーザーの感情や価値観を知り次の意思決定や次の行動を予測する力
  2. データ分析力:定性/定量を含めたデータを分析し、情報の関係性を把握する力
  3. 構造化力:事実や情報を整理し、本質的な要素を抽出する力
  4. 発想力:見出した本質的な要素(課題やニーズ)とユーザーを繋ぐ、アイデアを生み出す力
  5. 言語化・可視化力:アイデアや発想に至るプロセスを自分以外の人に伝え、共感を生む力

データの分析や解釈、構造化については、事実に対して認知的バイアスがなるべくかからないようにするため、2人以上で作業します。アイデアを考えるのもなるべく多くの人で取り組み、掛け算でアイデアを膨らませていった方が良いものが生まれやすいですよね。

つまり、2〜4については、UXデザイナー個人がスキルとして持っておくべきではあるものの、他者と補い合ったり、チーム全体で高められるスキルと言えるでしょう。

一方で、1と5は「個人技」による部分が多いポイントです。スキルとして鍛えておくと、他のプロセスをスピーディーに実行でき、結果、チームとしてのパフォーマンスを最大化できます。

「共感力」が最も重要なスキルである理由

「デザイン思考」に代表されるように、ユーザー起点でモノづくりをするには、ユーザーの理解が不可欠です。観察やインタビューを通して、ユーザーのニーズや課題を発見していく手法は皆さんもうご存じでしょう。これが「Empathize(共感)」というプロセスなのです。

この「Empathize」の段階での発見は、プロジェクトや施策の前提条件となるため、どんな知見が得られるかは非常に重要です。後続のプロセスに大きな影響を与えますし、この出来がプロジェクトの成否を分けると言っても過言ではないでしょう。

デザインプロセスの図

ユーザー理解において、共感力が必要になる理由を端的に言うと「観察やインタビューから得られる情報はほんの一部にすぎない」からです。表面的に現れる発話や行動はもちろん重要なヒントですが、見聞きしたものは、あくまで氷山の一角だと認識しておかなければなりません。

氷山の図

人間には経験を通して無自覚に形成した価値観があり、それが言動の背景に隠れています。感情もまた表面的には出てきませんし、経験や価値観によって形作られるものです。つまり、単に言動を観察するだけでは、ユーザーの本質を把握できているとはいえません。

言葉にできない感情や価値観にアクセスし、言動に込められた意味や感情を理解する──ユーザーが抱える深層のニーズや期待に気付くためには、単なる観察だけでなく、彼らへの共感を基にした深い対話が欠かせないのです。

共感には「Empathy」と「Sympathy」の2種類がある

共感というと「相手と同じ気持ちになる」といったイメージをする方が多いと思いますが、これは半分正解であり、半分は間違っています。英語では「Empathy」と「Sympathy」という2つの単語があるように、スキルとしての共感力も大きく2つに分けられます。

Empathyは「情動的共感」といい、主に感情や感覚に対してまるで相手と同化したように共感し理解できることを指します。情動的共感力が強いと、ユーザーが製品やサービスを使用する際にどんな感情になるか、環境や状況が分かっていればユーザーの気持ちを自分のことのように想像することができます。

「こういう時にこういう体験をしてもらえれば、より感動的だと感じてもらえるだろう」といった想像ができれば、魅力的で愛されるサービスやコンセプトを考えることに役立ちます。

「Empathy」と「Sympathy」の違い

一方のSympathyは「認知的共感」と言います。これは情動的共感とは逆に、相手の感情を一歩離れた位置から、「事実」として解釈・認識することを指します。認知的共感力が高いと、ユーザーの環境や状況から、次の行動を起こしてもらうための阻害要因が何かを分析できます。

ユーザーが情報を理解しやすくする工夫や、特定のタスクやゴールを効率的に達成するためにどんなサポートが必要か考えることができれば、使いやすいツールをデザインすることに役立つでしょう。

共感力を高める2つのトレーニング

共感に苦手意識を持っている人の多くは、おそらく情動的共感を指しているのだと思われます。こちらが強い人は意識せずとも相手の気持ちに共感できるため、先天的なセンスのような印象になりやすいのでしょう。

しかし、実際はそうではありません。共感力は、この情動的共感と認知的共感に分けて捉えることで、誰でもトレーニングによって鍛えることができます。

情動的共感性を鍛えたい場合、周囲の人が「今どんな感情であるか」に敏感になり、そこに意識を向けることが有効です。例えば会議や飲み会の席など、複数人がいて誰かが話をする場面があったら、「この人はどんなことを考えながら、どんな気持ちで話をしているんだろう」と、その人の環境や状況や立場になって考えてみてください。

話している相手が親しい人であれば、自分の想像と合っているか確認して、違いがあった場合は、なぜその違いが生まれたかを分析してみるとより有効です。

何度やってもその人の立場になって考えてみることが難しい場合は、相手がどういうときにどういう感情になるか判断するための情報が不足していると考えられます。

身近な人の感情に関する情報を集めることが難しければ、映画やドラマ、書籍などの物語を活用しましょう。そういった芸術作品は、登場人物の感情を深く描写しています。その登場人物の感情に焦点を当て、心情を理解しようとすることで、状況や環境がどう感情に影響するか知ることができます。

一方、認知的共感性を高めたい場合、常に目の前の物事に興味を持ち、そこに疑問を持つように意識することが有効です。例えば買い物に行ったときに、周囲の人々や状況に対して観察するように意識しながら店内を回ってみてください。

買い物かご1つとっても、なぜそこに置かれてあるのか、なぜ1番上のかごだけ斜めになっているのかを考えながら観察してみます。人がよく通ったり、複数の商品を選んだ後に取れるような場所に配置してあることが分かるでしょう。かごが斜めになっていれば、両手に抱えていた荷物を入れやすく、自然にかごを手にとることができるようになっています。

認知的共感性において重要なのは、自分の感情を切り離し、自分自身の頭の後ろから今いる状況や環境を俯瞰してみるような意識です。自分の目線でものを見るのではなく、自分とは違った誰かの目線になることで、状況や環境を冷静に分析し、そこにあるべき状態を導くことができます。

ユーザーへの共感に加え、クライアントへの共感(理解)も大切

ユーザーに対して深い共感と理解をもって取り組むことで、本当に価値のあるサービスを提供できるという考え方はますます広まっています。私たちUXデザイナーはユーザーの代弁者となるべく、日々ユーザーの立場に立ち、目や耳、時にはすべての意識をユーザーに向けています。

一方で、グッドパッチのようにクライアントワークを行うデザイナーとして忘れてはいけないのは、クライアントに対する深い共感です。どのような事業やサービスを構築すべきか、そのビジネスの成功指標は何か、サービスや商品が生まれた後、事業を成長させるためにはどんな関係者や壁が存在するか。これらを徹底的に理解し、クライアントと共感し合いながら取り組む視点も極めて重要です。

また、クライアントの立場を理解した上で、彼らにもユーザー理解を深めてもらうサポートをすることも重要な役割です。

通常、人は自らの経験や感情、価値観に基づいて判断します。単に「ユーザーはこういう人で、こういうものが欲しいのです」と伝えるだけでは足りません。ユーザーへの共感と理解をサポートする方法はいろいろあります。例えば、インタビューや観察の場に同席してもらったり、特に重要な瞬間を動画で共有することも有効です。

膨大な発話データを分析し、抽象的に整理していく過程では、数多くの要素が削ぎ落とされ、最終的には要点が浮かび上がります。しかし、時には要点だけでなく、その要点に至るまでのプロセスや取り除かれた小さな要素も効果的に共有することで、1つの事象を多様な視点を持ちつつ、同じゴールを目指しながら考えられるようになります。

グッドパッチのデザイナーには「私たちのアウトプットを、さも正解や最適解のようにクライアントに押し付けてはならない」という考え方が強くあります。私たちのアウトプットは、よりよいサービスを作る上で、いいディスカッションを促進するための「アイデアのタタキ」なのです。

共感は脳のエネルギーを大量に使う作業 トレーニングのやりすぎには注意

この記事では、私なりの共感への考え方や、その力を鍛えるために私がやってきたトレーニングをご紹介しました。

ただ、トレーニングをする際に注意してほしい点もあります。「共感する」というのは、それを無意識にやってしまう能力がある人以外にとって、意識的に行うのはとても疲れる行為です。特に情動的共感は、相手の感情に引っ張られすぎてしまい、自分の感情がどうあるべきなのか分からなくなってしまう、というリスクもあります。

ご紹介したトレーニングを実施する場合は、短時間で集中して取り組み、慣れてきたら時間を増やしていくようにしましょう。

個人的におすすめなのは、5〜10分程度の短い時間のトレーニングを週に何回か定期的に繰り返す方法です。こうすると、例えばインタビューの時間だけ意識的に「共感モード」に入ることができるようになりますし、何かのトリガーで共感モードに入ってしまっても、意識的にそのモードを切り替えることができるようになります。

一見エモーショナルな行為のように感じますが、その特性や構造を理解することで、効果的かつ効率的に「共感」できる人が増え、世の中に価値あるサービスを増やしていけるといいなと思います。ユーザー理解のスキルを高めたい方は、時間に気をつけて、トレーニングに挑戦してみてください。