生成AIによってUIデザインやコード生成ができるようになりつつある今、デザイナーに求められる価値や役割も変わり始めています。アウトプットの質やスピードだけでは差別化が難しくなる中で、デザイナーはどのようにAIを取り入れ、自身の存在価値を高めていけばいいのでしょうか。
グッドパッチ全社のAI推進を担う執行役員・石井克尚が登壇した、2026年2月開催の電子情報技術産業協会(JEITA)デザイン部会ヒューマンインターフェイスデザイン(HID)委員会主催のセミナーの内容から、AI時代のデザイナーの役割と求められる力を探ります。
目次
社内のAIスキルを底上げさせるには「トップランナー」を作る
生成AIの進化によって、デザイナーの価値や役割が変わると言われている今、グッドパッチでも代表の土屋がデザイン×AIで企業、そして社会の変革を推進する「AI Driven Design Company」を掲げ、全社でAI活用を推進しています。執行役員としてその指揮を任されているという石井は、「全社横断組織と各々の事業部、トップとボトムの双方からAI導入と社員のAIスキルの底上げを進めている」と、そのプロセスを説明しました。
最初に手をつけたのは、AIツールの利用申請フローの整備です。日を追うごとに次々と新たなAIツールが登場する昨今、さまざまなツールを使いたいという社員がいる一方で、入力したデータがツールの学習に使われるといったセキュリティ面のリスクがあるのも事実。
そこでグッドパッチでは、AIツールの利用を始める際は必ずワークフローで申請して、情報システム部門が確認できる形にし、データ学習のオプトアウトも徹底させています。「原則として申請は全て承認するように言っています。『まず使ってみる』の回数を増やすことを大切にしているので」(石井)

プロフィール:株式会社グッドパッチ 執行役員 石井克尚
事業会社のエンジニアを経て、2014年グッドパッチに入社。iOSデベロッパー、UIデザイナー、PdM、新規事業担当などを務め、2024年ゼネラルマネージャー、2025年6月執行役員に就任。主な管掌領域は、デザインパートナー事業 Design Division・Goodpatch Anywhere Division(デザイン領域)。グループ会社の株式会社Layermate取締役を兼任。
また、汎用的なAIの使い方を学び、業務に生かすことを意識した研修も実施。ノーコードツールの「Zapier」を使い、『Googleドライブに特定のファイルがアップロードされた』ことを検知し、Geminiでファイルの解析方法を指示、解析結果をスプレッドシートに転記し、作業完了後に通知を飛ばす、といったように、AIを使ったワークフローの作成を全社員に体験させています。
他にも、自分が使っているプロンプトを自由に共有できるページを作ったり、各事業部でAIリテラシーに差があることを踏まえ、必要に応じて「この業務をAIでリプレイスしてほしい」といった具体的な指示出しも行ったりしていると話す石井。そういった取り組みの結果、デザイン現場でのAI活用が広がっていると言います。
「実務での使い方として、例えばCursorからNotionのMCPサーバを通してナレッジを持ってきて、アウトプットのファーストバージョンを作っています。『こういう要件のユーザーインタビューをしたい』とプロンプトを投げ、Notionのナレッジを参照してインタビュー設計を出させる、といった使い方をしているUXデザイナーが多いですね」
社内のAIスキルを底上げするポイントは「トップランナーを作ること」。生成AIの使い方を日々研究し、積極的に活用している人の存在がカギを握ると強調しました。
「当社の場合、自発的にAIを活用し、ノウハウをGoodpatch Blogや社内ブログに公開するメンバーが複数いたので、それを見た人が真似して試してみる、というサイクルが生まれました。ただ、必ずしも全員がノウハウを発信してくれるわけではないので、各部門で勉強会を開催するなど、良い使い方をしているけれど知られていない人にスポットライトを当てることも大切です。四半期に一度、AI活用事例を表彰する制度もあり、多くの人がエントリーしてくれています」
AI時代、デザイナーは“二極化”する?
こうしたAI活用によって、石井は「今後のデザイナーは、大きく2つの方向に分かれていくのでは」と指摘。事業のKPIを伸ばせるプロダクトマネジメント寄りのデザイナーと、デザインから開発までを一人で担えるエンジニアリング寄りのデザイナーという、2つの方向性を提示しました。
グッドパッチでも、CursorやClaude Codeの活用によってPdMがデザイン実装まで担うようになり、「社内システムを作るような案件では、デザイナーなしでプロジェクトを進めるような体制も検討する段階に入っている」と続けます。
「AIによって未来がどうなるか分かりませんが、現状では個人が複数の専門性を持ち、幅広いスコープで活躍できる人材にならざるを得ないと思います。特に当社は特定のドメインに強いデザインファームではないので、『対応できる案件の幅が広く、能力の高い人』が価値ある人材になりやすい状況です。個人のケイパビリティを広げることは組織全体として意識していますね」
一方、手の込んだアウトプットは生成AIの得意領域になる可能性が高く、「アウトプットだけで価値を証明する職人的なデザイナーは難しくなる」と石井。そのような世界でAIとデザイナーの価値の差を生むものこそ、ストーリーだと強調します。
「どういうコンテキストがあるのか、誰が作っているのかなど、アウトプットの背景が差別化の源泉になります。例えば、当社が手掛けたテレビプロデューサー・佐久間宣行さんのWebページのデザインは、デザイナーが非常に良いものを作っただけでなく、『佐久間さんが持つストーリーを、デザイナーがどういうアプローチで表現しようとしたのか』という制作の背景が多くの方に受け入れられた要因だと考えています」

デザインシステムを使ったブランディングの進め方 AIに代替されない「らしさ」をどう定義するか
JEITA HID委員会のデザイナーの皆さんが、生成AIとともに気になるトピックとして挙げていたのが「ブランディング」です。セミナーの後半では、ブランディングへの向き合い方について話が及びました。
先ほど触れたように、手の込んだアウトプットが生成AIの得意領域になる可能性が高くなるということは、どの企業も製品やサービスそのものでは差別化が図りにくくなります。デザインの背景にあるストーリーが重要になるように、AI時代、企業や製品はブランディングが重要な差別化ポイントになるでしょう。AIでは代替できない企業や製品の“らしさ”をどう定義し、どのようにデザインへ落とし込んでいくのか、ブランディングのプロセスを石井が解説しました。
「最初のステップでは、プロジェクトにおいて何を達成すべきか、どのような理想状態を作るか、言語化をしていきます。僕は最初のヒアリングで出てくる課題を『現象的な課題』と呼んでいるのですが、重視しているのはその奥にある『本質的な課題』へのアプローチ。当社のバリューの一つに『Inspire with why』がありますが、現象的な課題に『なぜ』を重ねていくことで、本当に解決すべき課題が見えてきます」
目標を定める際の注意点は、ブランディングそのものを目標に据えないこと。成果が分かりにくくなってしまうので、定量的な目標を設定することが重要です。実際、『コープデリ宅配アプリ』のリブランディングプロジェクトでは、経営サイドに「ECへの転換率を〇%にする」という数値目標があったことを紹介しました。
会場からは「デザイナーが定量的な目標を設定するためには経営の知識が必要か」という質問の声が挙がりましたが、「難しく考える必要はない」と石井。
「クライアント側からすると、相手がデザイナーだから『〇月までにリブランディングを依頼したい』と与件だけを伝えていることが多く、『なぜブランディングしたいのか』『どのようなリターンを得たいのか』を聞けば答えが出てくることがほとんどです。その上で、相手のニーズに対してリブランディングが適切でない場合、別の方法を提案することもあります」

セミナーのモデレーターを務めたパナソニックの東江さん
その後、現状を踏まえ、理想とのギャップを要件として定義。そのギャップを解消した時の理想的なユーザー体験を「言語による表現」と「UIデザインなどのアウトプット」の両方で行います。
「まずは『このアプリケーションにおいて一番重要な体験はどこか』を考え、ユーザーのストーリーを定義し、その箇所のUIデザインを作ります。ポイントは、一切の制約を無視して最高の体験を追求すること。ここがデザイナーの腕の見せ所ですね。デザインができたらみんなで触ったり、ユーザーインタビューをしたりしながらコンセプトデザインを作り、最後にデザインシステムを構築していきます」
その際、最初にデザインシステムを作ってプロダクトのデザインをするのは「避けた方がいい」と続けます。
「デザインシステムを使って『らしさ』を生み出すのではなく、『らしさ』の再現性を高めるためにデザインシステムという仕組みがあります。だからこそ、まずは理想的なUIデザインを作り、それを効率的に再現するためのデザインシステムを作るという順番であるべきです。とりあえずスタイルを仮置きしてUIデザインを作り、後で色を変えて『らしさ』を表現するようなやり方はかなり厳しいと思いますね」
ブランドの「らしさ」を引き出すアプローチの一つが、インタビューです。コーポレートブランディングであれば経営者に創業の思いや思い描く会社の未来など、徹底してストーリーを聞き、それに対して従業員がどう感じているのか、ヒアリングを重ねる。そうやって言語化と構造化を繰り返しながら「らしさ」を定義していきます。
「最終的に『らしさ』を定義するには、タッチポイントがないと無理だと思っています。Webページであれば見てもらう、アプリケーションであれば、実際に動くものを作って触ってもらい、ユーザーの気持ちを確かめることでしか定義はできません。そうしないと、頭の中の『らしさ』のイメージが各自でブレてしまいますから」
「意思決定コストを下げられる」デザイナーが重宝される時代になる
セミナーで石井が繰り返し述べていたのは、生成AIなど技術トレンドが変わっても、成果を出すことが重要であることには変わりがないということです。これは「デザインの力を証明する」というミッションを掲げる、グッドパッチが大切にしているスタンスでもあります。
グッドパッチの場合、クライアントに対して価値を提供するというのは、すなわち事業成長に必要なデザイナーだと思ってもらうこと。売り上げを伸ばす、コストを下げるといった事業のKPIから逆算した要素のどこにアプローチできるか、それを定量的に示せるかに尽きると言います。

セミナーのモデレーターを務めたオムロンヘルスケアの佐藤さん
その上で、コストを下げられるデザイナーについて石井は言及。ポイントとなるのは「意思決定のコスト」にあると強調しました。
「長くクライアントワークをやってきて思うのは、プロジェクトが前に進むかどうかを決めるのは、アウトプットの質ではなく、デザインの意図にあるということです。理由が伝わらないと、クライアントも判断することができない。クライアントに判断基準を与えるということが重要なんです。AIによって作業コストは単純に下がっていくと思いますが、意思決定のコストは変わりません。だから、意思決定コストを下げられるデザイナーというのは、非常に重宝されると考えています」
1週間で出せるアウトプットが5倍、10倍になったとしても、そのうちの多くがボツになったり、手戻りをしてしまっては、生産性が上がったとは言えない──これは個人レベルではなく、企業としての生産性の観点です。デザイナーに限らず、企業組織にAIを導入する際に大切な視点と言えるでしょう。
「組織としての生産性、ベロシティのようなものを向上させるには、意思決定コストをどうマネジメントするか、そのためにどういったワークフローを組むのかが大切。グッドパッチとしても、これから向き合う課題ですね」

