デザイン組織を運営していると、こんな課題に直面することはないでしょうか。
- 個人のスキルによって、アウトプットの品質にばらつきが出てしまう
- ナレッジを蓄積しても、読むだけで終わり、実務で活用されない
- 新しいメンバーが加わるたび、一から教育するのに時間がかかる
- デザインプロセスの標準化を進めたいが、個性や創造性を奪いたくない
私たちグッドパッチのUXデザインチームも、まさにこうした悩みを抱えていました。Notion上に50ページを超えるUXナレッジを整備しても、整備したナレッジが、実務で十分に活用されないという課題が残っていたのです。
その溝を埋めるために、私たちはAIを活用した新しい仕組みを構築しました。本記事では、NotionとMCP(Model Context Protocol)を組み合わせて、蓄積したナレッジを”使える資産”に変えた取り組みをご紹介します。
目次
「ナレッジが使われない」との長い戦い
グッドパッチのデザイナーは、日々のプロジェクトでさまざまな学びを得ています。ペルソナ設計のコツ、カスタマージャーニーマップの効果的な活用方法、特定ドメイン(医療、金融、ECなど)における業界特有の知見など……。
しかし、プロジェクトが終わるとそれらの知識は個人の中に留まったり、散発的にドキュメント化されても、体系的に整理されずに埋もれていったりしていました。
結果として、同じような課題に直面した別のメンバーが、また一から試行錯誤する——そんな非効率な動きが繰り返されていたのです。
解決の第一歩:標準プロセスとナレッジの体系化
この課題を解決するため、私たちはグッドパッチ標準のデザインプロセスおよび各フレームワークの品質基準を体系的にドキュメント化することにしました。
具体的には、以下の要素をNotion上で整備していきました。
- 標準デザインプロセス:プロジェクトの各フェーズで何をすべきか
- 各フレームワークの目的:なぜそのアウトプットが必要なのか
- 品質基準(Do/Don’ts):良いアウトプットと悪いアウトプットの定義
- アウトプットテンプレート:すぐに使える雛形
- 案件での活用事例:実際のプロジェクトでどう使われたか
こうして、50ページを超えるUXナレッジが体系的に整備されました。

新たな課題:ナレッジが「読まれるだけ」で活用されない
ナレッジを体系化したことで、組織の資産は確実に蓄積されていきました。しかし「整備したナレッジが、実務で十分に活用されない」という新たな課題が浮上します。
ナレッジの活用状況を把握するためのアンケートを毎月実施し、UXメンバーへのインタビューを通じて「どんなときにナレッジを参照したいか」「なぜ活用しないのか」といった行動の背景を深掘りしたところ、問題は「Notion上にあるナレッジ集へのアクセス方法」にあることが分かりました。
- プロジェクトの文脈に合わせて、どのナレッジを参照すべきか判断するのが難しい
- 「Notionで検索して該当ページを開き、内容を読み込む」というプロセスに時間がかかる
- 読んだ内容を自分のプロジェクトにどう適用するか、改めて考える必要がある
結果として、経験豊富なメンバーは自分の経験で進められるためナレッジを参照せず、経験の浅いメンバーはナレッジを読んでも実務に落とし込めないという状況が生まれていたのです。
改善策を仮説検証する中でたどり着いたのが、 「メンバーがすでに利用しているAIツールをインターフェースに、Notion上のナレッジを無意識的に活用できないか」 という施策でした。
NotionMCP×Cursorで実現したこと
仮説検証を繰り返すうちに、Notionの公式MCPサーバーがリリースされました。
MCPは、AIがさまざまな外部データソースに安全にアクセスするための標準的なプロトコルです。これにより、AIがNotion上のナレッジを直接参照しながら、プロジェクトの文脈に合わせた回答や生成を行えるようになりました。
私たちが構築した仕組みは、以下のようなシンプルな構成です。デザイナーがCursor上でプロンプトを入力すると、AIがNotion上のUXナレッジを参照し、プロジェクトの状況に合わせた適切なナレッジを引用して回答してくれます。

NotionMCPとCursorの組み合わせを選んだ理由は以下の3つです。
- すでにNotionでナレッジを管理していた
新しいツールを導入するのではなく、既存の資産を活用できる - 技術的なハードルが低い
設定ファイルの編集だけで導入でき、特別なエンジニアリングは不要 - セキュリティと柔軟性のバランス
MCPは安全にデータアクセスできる標準プロトコルで、必要な範囲だけAIに参照させられる
この仕組みにより、これまで「Notionで検索 → 該当ページを探す → 読み込む → 自分のプロジェクトに適用」というプロセスが、プロンプト1つで完結するようになりました。
具体的な活用ユースケース3選
ここからは、実際にどんな場面でこの仕組みを活用しているか、プロンプト例や出力結果の動画を交えつつ、3つのユースケースをご紹介します。
ユースケース1:プロセスの再設計
こんな時に:KPIに変更があり、プロセスを見直す必要がある時
プロンプト例
「@プロジェクト概要.md のKPIを変更したので、タスクリストを参照して適切なプロセスを再設計してください」
AIが出力してくれる内容
- グッドパッチの標準デザインプロセスに基づく、プロジェクトに最適化されたプロセス
- 必要なタスクの詳細
- 想定成果物の一覧
ユースケース2:UXアウトプットの初稿作成支援
こんな時に:ペルソナやジャーニーマップなど、UXアウトプットの初稿を作成する時
プロンプト例
「@インタビュー結果.md このインタビュー結果を基に、ペルソナテンプレートと品質基準を参照して ペルソナ設計の初稿を作成してください」
AIが出力してくれる内容
- UXナレッジの品質基準に即したペルソナのたたき台
- 参考事例を踏まえた具体的な記載
- ブラッシュアップすべき観点の提示
重要なポイント
このケースで強調したいのは、AIが作るのはあくまで「たたき台」であり、最終的な品質責任はデザイナーが持つということです。
AIは過去のナレッジを参照して必要な項目を網羅した初稿を作成してくれますが、プロジェクト固有の文脈理解やユーザーの解釈は、依然として私たちデザイナーの仕事です。むしろ、初稿作成の時間を短縮できる分、ブラッシュアップや本質的なインサイト理解により多くの時間を使えるようになりました。
ユースケース3:品質チェック
こんな時に:作成したアウトプットをセルフレビューしたい時
プロンプト例
「@コンセプト設計.md この体験コンセプトを品質基準(Do/Don’ts)に照らしてチェックしてください」
AIが出力してくれる内容
- 品質基準に基づいた具体的な改善点の指摘
- Do/Don’tsに照らした評価
- さらに品質を高めるための参考事例の提示
- 優先度付けされた修正提案
効果
これまではシニアデザイナーにレビューを依頼していた部分を、まず自分でセルフチェックできるようになりました。組織のナレッジを活用した客観的なフィードバックにより、品質が底上げされています。
導入後の効果とオンボーディングでの活用事例
導入から数カ月が経過した現在、この仕組みは当初想定していたUXデザインチームを超えて、全社員が利用できる環境として展開されています。結果として、社員の誰もが高品質のUXデザインを生み出せる状態を実現しています。
- UIデザイナー:UXデザイナーと同様の品質基準でアウトプットを作成
- プロダクトマネージャー:UXの観点を理解した要件定義や仕様検討
- エンジニア:UXの意図を理解した実装判断
特に効果的だったのが、新入社員やジュニア社員のオンボーディングでの活用です。従来は、経験豊富なメンバーが一から指導する必要がありましたが、この仕組みにより、以下のような効果を生み出すことができました。
- 新入社員が、自分でナレッジを参照しながら学習を進められる
- ジュニアメンバーが、先輩の助けを借りずに品質の高いアウトプットを作成
- オンボーディング期間の短縮と品質の向上を両立
さらに、オンボーディングでの利用を通じて、マニュアルの改善や体験向上も継続的に行われており、仕組み自体が進化し続けています。
生成AI時代、ナレッジは「読むもの」ではなくなる?
今回の取り組みを通じて感じているのは、AIは決してデザイナーの仕事を奪うものではなく、デザイナーがより本質的な仕事に集中できるよう支援してくれるパートナーだということです。
定型的な初稿作成やナレッジの検索はAIが効率化してくれる一方、プロジェクト固有の文脈理解や0→1の発想、クライアントワークにおける信頼関係構築など、人間にしかできない部分の価値はむしろ高まっています。
デザイン組織のナレッジマネジメントは、多くの企業が抱える共通の課題でしょう。せっかく蓄積したナレッジが活用されない、個人のスキルに依存してしまう、標準化と個性のバランスが難しい……。
私たちがNotionとCursorを組み合わせて構築した仕組みは、こうした課題に対する1つの解決策です。誰もが再現可能な形でスモールスタートができ、使いながら育てていける仕組みです。
この記事が、同じような課題を抱える組織の参考になれば幸いです。そして、デザイン業界全体でナレッジマネジメントやAI活用の知見が共有され、AI時代の新しい当たり前を共にデザインできることを願っています。
