2018年に創設された三井不動産グループの事業提案制度「MAG!C(マジック)」。三井不動産グループ社員一人一人の「妄想」を起点に、会社を巻き込み「構想」、「実現」へ昇華させ、そのイノベーションにより「不動産デベロッパー」の枠を超えた「産業デベロッパー」というプラットフォーマーを目指すことを趣旨に開催され、提案者が事業責任者となり、自ら提案した事業を推進することを原則としています。

今回グッドパッチでは2020年度MAG!C審査を通過した直後の「ゴーストフローズンキッチン」(当時、現「mitaseru(ミタセル)」)チームの事業提供価値のブラッシュアップを中心としたPoC(Proof of Concept:概念実証)支援を2カ月間(2021年10月中旬~12月中旬)行いました。(グッドパッチプロジェクトメンバー:UI/ビジュアルデザイナー 有末、デザインストラテジスト 小林、デザインリサーチャー 村上、デザインリサーチャー 米田)

その後、約2年の検証期間を経て、三井不動産社内の本格事業化の承認を得ることができ、2024年4月事業会社の設立をもって新たな一歩を踏み出した「mitaseru」。ここまでの道のりで、グッドパッチと2カ月という短期間で徹底的に取り組んだ「顧客像の捉え直し」が重要な役割を果たしているとのこと。改めて当時のプロジェクトメンバーにお話を伺いました。

話し手:
株式会社mitaseru JAPAN 代表取締役 松本さん
株式会社mitaseru JAPAN 取締役 佐々木さん
Goodpatch デザインストラテジスト 小林
Goodpatch デザインリサーチャー 米田

課題は「顧客像の明確化」——手さぐりで進める初の新規事業立ち上げ

——まずは「mitaseru」の本格事業化、会社設立おめでとうございます!私たちもうれしく思います。早速ですが、グッドパッチにPoC支援をご依頼いただいた経緯と、具体的にどんな課題があったか教えてください。

株式会社mitaseru JAPAN(以下、mitaseru) 松本さん:
グッドパッチさんとの初めての接点は「MAG!C」選考フェーズの一環でプロトタイプ制作について研修をしてくださったときでしたね。その後、審査を無事に通過し喜んでいたのですが、私も佐々木も新規事業に携わるのは初めてで、立ち上げ方も進め方も分からない状態。そのタイミングで事務局側から改めてグッドパッチさんを紹介してもらいました。

Goodpatch 小林:
実は、ご一緒する前年の2019年度「MAG!C」でもグッドパッチが複数チームのPoC支援をしており、次年度もやりましょう!とお話しさせていただいていました。

mitaseru 松本さん:
事業案は「急速凍結技術により有名飲食店の料理を食卓へお届けする」というものですが、今後事業化を進めるにあたり、審査員側から特に求められていたのは「顧客像の明確化」でした。どういった方々が商品を買うのか、どういうシーンで利用されるのか、どういったマーケティングを行うべきなのかといった点の具体化が課題でした。

株式会社mitaseru JAPAN 代表取締役 松本さん

株式会社mitaseru JAPAN 代表取締役 松本さん

——それまでどのように顧客像や解決すべき課題を想定されていたのでしょうか?

mitaseru 松本さん:
定量アンケートや定性インタビューを通して、自分たちとライフスタイルや生活環境などが近しい30〜40代共働きといった世帯にサービスが刺さるのではないかと見立てていました。その他にも検証もなにもせず「三井不動産が展開している『&mall』というECサイトに出店すれば売れます!」と提案資料に記載していたり(笑)。今振り返ると、大企業の中でtoB向けにソリューションを提供する考え方に染まっていて、エンドユーザーを適切に捉えられていなかったと思います。

——本プロジェクトがスタートした時、グッドパッチではどういったところを課題に感じていましたか?

Goodpatch 小林:
お二人に初めてお会いして、アイデアを伺ったときに面白そうなテーマだとわくわくしたのを覚えています。一方、アイデアが先行し企画書だけが充実していて、具体的にどういったアウトプットになるのか分からない状態でした。

そこで、ビジュアルデザイナーのメンバーと、どういったウェブサイトで販売するのか、商品が実際にどのような形でお客様に届くのかといったことを一つひとつアイデアを確認することからプロジェクトを始めました。具体性を高めていかなければ、企画書上のアイデアから脱するのが難しそうだという印象でした。

Goodpatch 米田:
リサーチャーとして私が特に課題に感じたのは、プロジェクト当初の顧客像が、年代や家族構成といった「デモグラフィック情報」を軸に仮定されたものだったことです。顧客が本当に求めている食体験を提供するためには、顧客が何を大切にしているかなどの「価値観」を意識することが必要だと考えました。

加えて、これまでに行われてきた調査を分析したところ、冷凍食品に関する顧客の課題理解において「食べる」部分のみにフォーカスされていました。そのため、「献立を立てるところから片付けをするまでの、一連の行動を視野に入れた調査をしましょう」と提案させていただきましたね。

株式会社グッドパッチ デザインリサーチャー 米田

株式会社グッドパッチ デザインリサーチャー 米田

バイアスからの脱却、真に求められる価値を探った検証のプロセスとは

——当初の課題として、サービスの利用シーンや顧客像のブラッシュアップが挙がっていたのですね。実際の価値検証はどのように行われたのでしょうか?

Goodpatch 米田:
期間が2カ月と限られる中で必要な探索と検証を行うため、リサーチとサービスのプロトタイプ制作を同時に進めました。

リサーチでは、最初にこれまでに実施した調査内容の再分析と、追加でデスクトップリサーチを行いました。続いて、本プロジェクトに合わせて、対象者の価値観を見るための「日記調査」と、プロトタイプを用いて実際に近い一連のサービスを対象者の方に体験いただき、その様子をご自宅にお邪魔して観察する「密着調査」、食に関する日常生活や価値観を理解するための「インタビュー調査」を実施しました。

最後に、定量調査で本サービスの市場規模の見込みなど、数値的なデータを分析しました。

——定性から定量まで、さまざまなリサーチ手法を組み合わせて実施したのですね。「日記調査」について具体的に教えてください。

日記調査メッセージサンプル

日記調査メッセージサンプル

mitaseru 松本さん:
「日記調査」は、協力いただいた方々にその時々の食事の様子が分かる写真と短い文章を毎日送ってもらうというものです。送っていただいた内容から、献立を考えるところからゴミの処理までの食事に関わる「見えない家事」を含め、どういった困りごとがあるのかを理解するなど、価値観を深掘りしていきました。

Goodpatch 小林:
僕らとしては、mitaseruのお二人の中で固まりつつあった顧客像を、調査を通じて一度壊したいという意図がありました。

三井不動産さんに限らず、新規事業提案制度では、審査を突破するためにどうしても企画書先行で進みがちです。今回もその状況があったので、顧客像に対しても事業に寄った強いバイアスがかかっているように感じました。ですので、既存の仮説を検証する調査ではなく、新しい方向性の仮説を作る探索型のリサーチを通して、どんな課題があるのかをフラットに見直すことを意識しました。

株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト 小林

株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト 小林(肩書きはプロジェクト当時)

——続いて行われた「密着調査」はプロトタイプを実際に用いた調査ということでした。

Goodpatch 小林:
はい。密着調査では、実際のサービスに近いプロトタイプを作り、リサーチ対象の方に体験してもらいました。実際に食べていただく冷凍食品は松本さんと佐々木さんにご用意いただき、僕らは商品を入れる箱、解凍手順などを記したチラシ、真空パックされた食品に貼るシール、実際に使える状態に近いECサイトなどを制作しました。

mitaseru 佐々木さん:
実際の商品がお客様の手元に届いて、解凍して、食べるという一連のプロセスを完成度の高いプロトタイプで体験いただきました。その場でインタビューできる機会だったので、手間に感じた部分があったか、使い勝手はどうだったか、美味しいと感じたかなどリアルな声を聞けたことによって改めてサービスの提供価値の方向性を検証できました。

Goodpatch 小林:
やはりプロトタイプを実際にユーザーに利用していただかないと分からないことがたくさんあるな、と僕自身もこのプロジェクトで改めて認識しました。

印象的だったのが、穴子の白煮を食べてもらったときですね。ウェブサイト上の料理写真は平皿に乗せて薬味などが添えてあり、とても美味しそうに見えたのに、調査先の方のご自宅で解凍した後にツルッとした白いお皿に乗せた途端、全然違う印象になってしまって(笑)。体験としてどうしたらより良いものになるんだろう?など、新しい問いが出てきました。

密着調査において、作成した梱包・同封物プロトタイプの例

密着調査において、作成した梱包・同封物プロトタイプの例

——グッドパッチの2人はどういったことを意識して検証を進めていましたか?

Goodpatch 小林:
企画書ではサービスのスコープが「商品を売る」ところまでに限定されがちで、mitaseruも当初は「冷凍された名店の美味しい料理をお客さまに届けます」というパッケージ化された商品としての見え方が強かったです。ただ実際には、購入後に商品が届いて、同梱されたチラシを読んで解凍して、盛り付けて味わって、片付けるまでの一連の体験がサービスの範囲と捉えられます。

そこまで考慮して、ユーザーがどこに価値を感じてリピートしてくれて周囲に勧めてくれるのかということへの理解につながります。今回の調査によって、企画書から脱し、手触り感のある検証を行うことができたと思います。

Goodpatch 米田:
松本さんと佐々木さんが、グッドパッチの支援終了後もブレなく進んでいけるよう、事業を実際に進めていかれるお二人が一次情報に触れ、それを基に自身の言葉で話せるようになるための支援をする、ということを大事にしていました。

密着調査は週末に3〜4時間という長時間、リサーチ対象の方のご自宅にお邪魔して観察させていただくものなので本当に大変だったと思いますが、お二人が「ぜひ行きたい!」と仰ってくださったのはうれしかったです!

mitaseru 佐々木さん:
一次情報に触れる大切さは、とても実感しています。サービスローンチに関する記者発表会の際にも、グッドパッチさんと行った調査を踏まえて私たちなりの言葉でサービスの価値を説明できたことは本当にありがたかったです。

新規事業立ち上げの困難と孤独感——情熱を持ってコミットするパートナーの価値

——プロジェクト全体を通して苦労された点や、大変だった点を教えていただけますか?

mitaseru 佐々木さん:
初めての新規事業だったこともあって、これまで携わってきた業務のやり方との違いに苦労しました。今まではある程度手法が確立された仕事に対し自信を持ってやってきたのですが、今回はすべてが手探り。小林さんと米田さんから提示される私たちとは異なる意見を受け止め、自分たちで判断を下すこと自体がチャレンジングでした。マインドセットの切り替えに苦労しましたが、お二人のことを信頼していたので乗り越えていくことができたと思います。

株式会社mitaseru JAPAN 取締役 佐々木さん

mitaseru 松本さん:
短期間で日記調査や密着調査を実施していただいたため、すべての期日がタイトだったことが大変でした。リサーチ対象の方々をリクルートするのもそうですし、冷凍食品のプロトタイプに関しても調査に間に合わせるため奔走しました。でも「そこはやるんだ!」と腹を決めて、スケジュールが遅延しないように各々がそれぞれの責任で準備を進めることができました。今思い出してもすごいスピード感でしたね。

Goodpatch 小林:
こちらも大変なことを依頼している自覚はあったので、心苦しさがありましたね。ただ僕らが言わなければ検証のサイクルを回せないという状況があったので、嫌われそうだなと思いながらも言わせていただきました。

——お二人はデザインパートナーと協働するのは初めてだったとお聞きしました。プロジェクトをご一緒する中で、どういった点で価値を感じていただけましたか?

mitaseru 松本さん:
まず、2カ月というプロジェクト期間中、小林さんたちが最初から最後までフルコミットしてくれたことが衝撃的でした。常に一緒に動いてくれるだけでなく、僕ら以上に情熱を持ってくれている。そういった外部のパートナーの方は初めてでした。

協業を通じて、とにかく視野が広がったと思います。特に三井不動産のような大企業にいますと、強い固定概念や社内で当然視されている手法がどうしても存在します。そこに対して視野を広げて、違う道筋の可能性を打ち出してもらえることに一番価値を感じました。

mitaseru 佐々木さん:
社内の新規事業って本当に孤独なんです。基本的に事業について本気で考えるのは自分たちしかいない状況で、皆さんが親身になってさまざまな気付きをもたらしてくださったことは本当にありがたい時間でした。

私自身振り返ってみると、エンドユーザーから遠い仕事を社内でしていたころは、目が社内にしか向かない傾向があったと感じています。今回グッドパッチさんとの協働を通して「世の中に共感してもらうには?」というところを踏まえてさまざまな提案をしていただけたことが、非常に良かったですね。

mitaseru 松本さん:
スピード感については期待以上でした。リサーチを含めた2カ月という短期間で実際のサービスに近いプロトタイプを制作してもらっただけではなく、役員説明に使用する提案資料なども定量データを踏まえて数値的にしっかり分析されたものを作成いただき、とても助かりました。それら全部のサイクルを1.5カ月ほどで回し切るチームワークとスピード感に驚きましたね。

徹底的な顧客視点で磨き上げられる事業アイデア

——今回ご一緒して事業化に特に繋がったポイントや、その後の事業運営で活用されている点などありますか?

mitaseru 松本さん:
僕らが取り組んできた約2年半のPoCの最初の2カ月間で、グッドパッチさんと一緒にフラットにアイデアを考え直した経験が、現在まで続くマインドセットの土台になっています。リサーチを通じて顧客が何を求めていてどういった価値がUX的に刺さるのかという検証に集中できたのはとても価値がありました。

グッドパッチさんと協業した2カ月間で、実際にユーザーの声を拾いながら突き詰めた顧客視点のサービスであると社内でも理解してもらえたところが、事業化へつながったポイントだと感じていますね。

mitaseru 佐々木さん:
まず顧客の声を聞く頻度が変わりました。以前は定性調査なども1年に1回程度でしたが、現在は定期的に2カ月に1度実施するようになっています。また、商品を購入いただいたお客さまの声をアンケートで取り、それに必ず目を通すという習慣がつきました。

mitaseru 松本さん:
顧客視点は終わりなき旅といいますか、新しい声が常に出てくるものなのでそれを拾い続けなければいけない。それを当たり前にやらなければいけないというマインドセットが、現在にも生きていると思います。

「mitaseru」サービス開始から1年、反響と今後の展望

mitaseru ウェブサイト

——サービスとしてローンチされてからの実際の反響はいかがですか?

mitaseru 佐々木さん:
おかげさまで、お問い合わせや取材など含めて反響をいただいています。mitaseruでは厳選された飲食店様にレシピを提供いただいていますが、「飲食店と併走する」という事業モデルに賛同いただき順調にラインナップを増やすことでお客さまによりサービスを楽しんでいただけるよう進化しています。

——ますます充実するのが楽しみです。具体的に今後の展望について教えていただけますか?

mitaseru 松本さん:
国内のECを中心とした販売を着実に伸ばしていくことをベースに、短期間での早期のスケールアップを目指しています。

プレスリリースには書いていないのですが、社名に「JAPAN」をつけたのには強い想いがあります。事業を始めてから日本の食文化は世界に誇れる貴重なコンテンツだと心から感じていました。mitaseruを通じて日本の名店の料理を世界中の方々に食べていただきたいですね。ぜひ中長期的には海外販売まで視野を広げ、事業規模を拡大していきたいです。

——その際にはまたプロジェクトをご一緒できたらうれしいです。最後にプロジェクトを通してメッセージをお願いします!

mitaseru 松本さん:
気がつけば新規事業を担当して2年以上が経ちましたが、大変さだけではなく自分で面白さを見つけて、やりがいや楽しさにつなげていくというところをグッドパッチさんに伴走いただきながら体験できたことに感謝しています。

サービスはまだまだこれからですが、グッドパッチさんとの2カ月間があったからこそ、これだけの事業になったと言えるように我々も頑張っていきます!

mitaseru 佐々木さん:
未だに「あのときのあの資料はここにある」とすぐに思い出せるほど、グッドパッチさんとのお仕事は印象に残っています。携わっていただいた皆さんにmitaseruとの仕事を誇りに思っていただけるよう努力していきたいと思います。今後も、海外販売やブランディングに関してもご相談できたらと考えています。

——本日はありがとうございました。mitaseruの躍進を楽しみにしています!

 


「mitaseru」について

mitaseru公式サイト
https://mitaseru.com/


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