デザイナーが考える「組織デザイン」(1):「心理的安全性」って本当に必要か?
こんにちは。グッドパッチでデザインストラテジスト兼ワークショップデザイナーをしている田中拓也です。
「ワークショップデザイナー」というと珍しがられるかもしれませんが、グッドパッチでは、ユーザー視点のモノづくりを学ぶワークショップのほか、組織開発を目的としたワークショップなども提供しています。
仕事上、さまざまな企業の組織課題を目にするわけですが、突き詰めると悩むポイント(本質)は似ていることが多く、解決の糸口も共通するものになってきます。そこで、この場をお借りして、連載形式で「組織デザイン」のポイントを解説していくことにしました。
最初の第1回は「心理的安全性」という言葉について取り上げます。皆さんも働く中で一度は聞いたことがあるはず。しかし、僕は当初この言葉が好きになれませんでした。
目次
心理的安全性という名の「呪縛」
グッドパッチに限らないことですが、プロジェクトベースで仕事が進む企業は、組織変更などによる人の入れ替わりによる変化が激しいです。成長著しいスタートアップやベンチャー企業も似たところがあるでしょう。
ある案件が終わったら、また新しい人たちと顔を合わせて案件が始まる。僕自身、これまで慌ただしい環境に慣れず、戸惑うことも少なくありませんでした。
「はじめまして!よろしくお願いします!」から、簡単なオンボーディングやチームメンバーの自己紹介をして、明日からすぐに仕事が始まるということもよくある話。
そのときの僕の感情たるや。どう頼って良いんだろう……頼らずやったほうがいいんだろうか? 不安でいっぱい+結果を出さなきゃ、と頑張って行動するが空回りするなんてしょっちゅう。
「活気のある組織を作るには『心理的安全性』が大切」なんて言葉をよく聞くけれど、どうやって作ればいいんだ、結局は都合のいい言葉だけじゃないか──。当時の僕は、心理的安全性という言葉に期待して、勝手に失望する。そんな「呪縛」にかかっていたように思います。
特に最近では、コロナ禍でリモートワーク形態を採るケースが増え、メンバー間でコミュニケーションが取りにくくなり、心理的安全性をはじめとした、チームや組織の課題に目を向ける企業が増えています。
こうした問題意識もあってか「チームビルディング」にスポットライトが当たることもありますが、個々人の趣味や好きなこと/嫌なことなどを共有して終わってしまった、みたいな話を聞くことも。これでは大した効果は挙がりません。
なぜ「心理的安全性」が必要なのか?
「心理的安全性」と聞いて、皆さんはどのような印象を持つでしょうか。
相手へのリスペクトを持ちながら、不安なことやネガティブなことも安心して言い合え、メンバー間の会話が増えて、より結束力が増す……そんな説明をされることが一般的かと思います。
しかし、そんなことを言われても、実現できるイメージがすぐに湧く人は少数派でしょう。コロナ禍も落ち着き、リアルとオンラインが混在する昨今、そんな自由な対話ができる環境を作るのは簡単なことではありません。
少し考えてみてください。「心理的安全性」なんて言葉を使うのは誰か、大抵は組織のリーダーや経営者でしょう。経営にとって、組織にとってメリットがあるから心理的安全性を実現したいというわけです。例えば、以下のようなところでしょうか。
■メンバー視点でのメリット
- 「仕事の質や効率を上げる」ための対話や言いづらいことも、言える関係性ができる
- メンバーの現状の状態や感情を理解し、リスペクトし合いながらの共同作業ができる
- 役割を超えて(染み出して)ボールを取り合う関係性になる
■チーム・組織視点でのメリット
- 目的をもって自走できる
- 能動的に話し合ってくれて、リーダーの負荷軽減につながる
こうして並べてみると、「組織の生産性が上がる」というところはもちろんですが、個々人が変な遠慮をせずに心地よく働ける、という点にもつながることが分かるでしょう。
モノづくり組織は、「分断」のデメリットを特に受けやすい
とはいえ、環境の変化の中で「心理的安全性」がうまく機能している現場がなんと少ないことか(自戒を込めて)。
特に私たちのように、複数人が協働してモノやサービスを作る「モノづくり組織」では、心理的安全性の有無が与える影響は大きいです。
モノづくりは一人ですべてを担うことはできません。チームメンバーひとりひとりの役割からクライアントの役割における各階層、やカスタマーの文脈や意図を「正しく伝達」し理解する必要があります。
文脈や意図を知り、制作するということは、時には戻って確認したりテストを行い、行き来することでチームでよりよいプロダクトやサービスを作り上げる必要があります。
しかし、昨今はリモートワークなどの影響もあって役割分担が過度に進んでしまい、横のつながりや関係性を構築する必要性を感じにくい環境になってしまっているようにも思います。
「自分が与えられた仕事や役割をしっかりやればOK」。そんな指向性を持つ人も少なくないでしょう。なんとなーく、他人とのコミュニケーションがぎこちない。話が通じない……皆さんも一度は経験があるのでは?
しかし、モノづくりの組織で「分断」状態に陥ってしまうと、サービスやプロダクトの品質にも深刻な影響を及ぼしかねません。部分最適な発想に陥ってしまう、デザインの整合性が表現しづらくハリボテ感が出てしまう。セクショナリズムに苦しむ大企業などでも、似た話は多いかもしれません。
いいアウトプットは、メンバーのいい関係性から──「組織の成功循環モデル」
こうした分断を防ぎ、メンバーが快適に働ける良いチーム、組織を作るにはどうするか? ここでよく話に上がるのが「組織の成功循環モデル」というものです。
これは、MIT組織学習センター共同創始者のダニエル・キム氏によって提唱されたモデルです。
成功循環モデルでは、「関係の質」が高くなると自然に考え方も前向きになり、目的意識が高まり「思考の質」が上がる。それが人々の積極性や主体性と言った「行動の質」を高め、成果が生まれ「結果の質」につながる。すると、ますます関係の質が高くなるといった好循環を指しています。
ここで注意したいのが、「結果の質」と「行動の質」は目に見えやすい一方で、「思考の質」や「関係性の質」は見えにくいということです。人の心の深層にあるのですから、当然のこと。しかしだからこそ、その点に着目する必要があります。
いいアウトプットを目指したいなら、まずはメンバーの「関係性の質の向上」から。これが組織に心理的安全性が必要な理由と言ってもいいでしょう。
「どんなチームにしたいのか」の合意を取ることが、雰囲気・文化づくりの第一歩
では、いいチームを作るにはどうすればいいのか。Goodpatchでは「偉大なプロダクトは、偉大なチームから生まれる」という言葉をクライアントワークの最初のキックオフで必ずお伝えします。
クライアントの方と現場のメンバーは「受注/発注」の関係性ではなく、同じビジョン、ミッションを持って課題に取り組むチームであることを意識付けるためです。
そうはいっても簡単なことではないので、私の場合は第三者に「コーチ」として現場に入ってもらい、チームの「関係性における意図的な合意」を行っています。難しく聞こえるかもしれませんが、「要するにどんなチームにしたいのか」という意思を共有し、合意を取るということです。
どのような「雰囲気・文化」にしたいかをしっかり発話しながら、声の大きい人だけではなく、発言していない人にも日を当てることで、言えない雰囲気を作らないようにしています。
また、同時に「それが達成できないときにどうするか」という決めごとも行います。雰囲気や文化というものは、すぐに外的・内的圧力で壊れやすいものです。だからこそ「難しくなったら」というトリガーアクションを作ることで、その状態になったらすぐに言える文化が必要なのです。
心理的安全性の構築は、一度何かのアクションを行ったら大丈夫というわけではありません。チームの状態も日々変化していくからこそ、健康診断のように「雰囲気・文化」「難しくなったら」のバージョンアップを行う必要があります。そうした、たゆまない努力が「何でも言い合える」文化を作るのです。ぜひ、試してみてください。
次回は「メンバーを増やせば生産性が上がるのか?」をテーマにお話ししたいと思います。