好奇心が紡ぐ自分なりの読書──歴史を探索した結果、「AI」にたどり着いてしまったUXデザイナーの話
読書の秋、とも言われる季節ですが、皆さんは最近、本を読んでいますか? 日本では、文化の日を中心にした2週間が「読書週間」と定められています。
そこで今年は、Goodpatchのメンバーが「今、読者の皆さんにオススメしたい本」を紹介する「読書週間2023」を開催します!本日から記事を連日公開しますので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
本企画のトップバッターは、UXデザイナーの黒子。「歴史とAI」をテーマに3冊を選んでくれました。一見、関係がなさそうに見える両者の共通点とは……?
目次
好奇心が紡ぐ「読書」
こんにちは。GoodpatchでUXデザイナーをしている黒子です。突然ですが、皆さんは普段、どのように本を選んでいますか?
自分はふと目についた本を、レビューも見ずにそのまま買うことが多いです。目についた本、少しでも興味を惹かれた本は無性に欲しくなり、気がついたらそのまま購入していることもしばしば。特に脈絡も無く、テーマも絞らず本を選んで読んでいる気もします。
ただ、面白いことに、そんな「乱読」に近いような、好奇心に引っ張られるような読書を続けていくと、いつの間にか仕事に繋がっていることも。
この記事では、歴史学を専攻していた学生が、いつの間にか仕事でAIに携わるようになるまでを3冊の本とともに紹介していきます。気になったらぜひ、好奇心の手を伸ばしてみてください。
歴史観と「脳」をつなげた本:『On Deep History and the Brain』
1冊目は『On Deep History and the Brain』。ハーバード大学の歴史学の教授も務めた、ダニエル・スメイル氏の著書です。
この本に出会ったのは、カナダの大学で歴史学を学んでいた3年生のとき。歴史学では、主な対象は過去の文献や文化的遺産になります。ではそれらがない時代は、どのように知ることができるのか……そんな素朴な疑問から、興味を広げていた時期でした。
本書では、現代における進化論や考古学の研究から、認知神経科学などの脳科学領域までをつなげて歴史を見ることで、脳の進化と文明の進化の関連性を探求しています。
メソポタミア文明をはじめとする文明が生まれ、発展するにつれて人間の脳は大きさを増し、複雑性を獲得し、新しく生まれた環境に適応してきました。同時に、その複雑性によって、より発達した文明が構築され、人類史が生まれています。
当時、文系ど真ん中だった学生にとって、脳科学や認知神経科学などの領域に触れることは非常に新鮮でした。とりわけ、「認知の伝達」に注目し、広くはDNAも含むメディアの人類史における意味や役割は、歴史や人間、知性に関する思考の広がりを感じさせてくれます。
振り返ると、この本が人間の認知構造とそれに合わせた伝達方法を考えるきっかけになっていました。
歴史と哲学を「人工知能」につなげた本:『人工知能のための哲学塾』
大学を卒業してからも、人間の認知構造への興味は消えず、仕事のかたわら、いろいろと情報を漁っていました。
そんなときに出会って自分の好奇心を掻き立てたのが、日本屈指のAI研究者でもある三宅陽一郎氏が執筆した『人工知能のための哲学塾』です。
まえがきにもある通り、この本は「人工知能を支えるさまざまな哲学」について述べられた本です。人工知能と哲学、一見関係なさそうに見える2つの領域ですが、実は密接に繋がっています。
ニューロサイエンスに代表されるように、人工知能は人間の知能を目指して作られたものである以上、「0」「1」に支配された機械仕掛けの世界観だけでは、構築することはできません。高度な人工知能を生み出すためには、哲学的な足場が必要なのです。
例えば、本の中で「人工知能の意識のメカニズム」について言及されている章があります。意識を持つためには、「何かに対して」という対象化が発生し、自意識を持つためには、自分を対象化して認識を行います。では、このメタ的な側面も持つ意識は、どのように説明することができ、AIではどのように再現されるのでしょうか?
このような問いに対して、フッサール、ユクスキュル、デカルト、デリダ、そしてメルロ・ポンティといった著名な哲学者の思想に触れながら、人工知能の哲学について述べられています。
身体と環境の関係性、空間的な存在としての人間、自意識の構造の認識。さまざまな角度から人工知能の本質を理解するため、そして考えるために必要な問いが投げかけられています。
歴史を学んでいた自分にとって哲学は隣の畑で興味はあったにせよ、哲学と人工知能を鮮やかに接続する三宅氏の思考には感動しました。人工知能はエンジニアリングの側面も強いため、哲学的な話はあまり表面化しませんが、哲学との接点こそ、人工知能を理解するために必要なものだと感じさせる本でした。
人工知能の「可能性」を分かりやすく紹介してくれる本:『大規模言語モデルは新たな知能か』
3冊目の本は、『大規模言語モデルは新たな知能か』です。この本は日本を代表するAI企業でもあるPreferred Networksの岡野原大輔氏が執筆した本です。
自然言語(≒話し言葉)による質問に、スムーズな言語で回答する──昨今、業界業種を問わず大きな注目を集めるChatGPTですが、その基盤となる技術が「大規模言語モデル(LLM)」です。
「ビジネスを一変させる存在」「コンピューターの新たな歴史の始まり」など、その凄さを表現する言葉はさまざまですが、どれほどの衝撃なのかは、人によって受け止め方が違うのではないでしょうか。
自分も受け止め方には戸惑った時期もあり、今でもその価値は掴めてないように思います。というのも、それまで自分が趣味と仕事の触れてきた自然言語処理や物体認識技術などの機械学習とは、汎用性の幅が大きく異なり、技術としての性質も異なるように感じられるからです。
そのような、漠然とした戸惑いを整理してくれるのがこの本です。130ページほどと読みやすい文量の中で、LLMの技術背景や可能性、リスクなどの観点が分かりやすく紹介されています。技術的な専門知識は必要なく、誰でも手に取りやすい本です。
最後の章「人は人以外の知能とどのように付き合うのか」では、LLMを「人とは違う新たな知能を持つシステム」として見る中で、そのシステムの使い方や人との関係性についても考察をしています。
LLMを使ったAIでも間違いはあるし、人の要求に100%応えてくれるわけでもありません。ただ、AIと共存することで生活は豊かになる可能性は十分にあり、そしてAIと対話し交流することで、知能や知性というものに対して理解を促す可能性もあります。
この本は、これからAIが広げる可能性に目を向けさせてくれるでしょう。
歴史専攻の学生が、UXデザイナーとしてAIの可能性を探求するようになるまで
私は現在、UXデザイナーとしてサービス企画/開発のプロジェクトに携わる傍ら、サブプロジェクトとしてGoodpatachのメンバー数名とともに「AI×デザイン」の可能性を探索しています。
LLMを始めとした生成AIの技術が、技術的な「特異点」とも言える状況になった今、デザイナーとしてどのようにAI、人工知能に向き合っていくべきでしょうか?
一人のUXデザイナーとしては、技術への理解を深めながら、それらが人の生活や日常に溶け込むようなサービスや体験を作っていきたいと思っています。
今回紹介した3冊の本は、どれも人や知性を理解することがテーマにおかれており、2冊目と3冊目は、人と人工知能との関係性を探索する本でもありました。
技術への理解を深めることと、人への理解を深めること。両者は補完関係であり、価値を高めるための相乗効果を生むものでもあるはず。そんな捉え方は、これからより重要な観点になるでしょう。サービスや体験をデザインする上でも、この観点は心がけていきたいです。
歴史から認知神経科学、哲学、そして人工知能──。好奇心が導くままに本を読んでいたら、史学を学んでいた学生が、いつの間にかデザイン会社でUXデザイナーになり、さらにはAIにも関わることになりました。
自分でも「変なキャリア」だなと思うことがありますが、それも自分の好奇心を大切にしてきた結果でしょう。何がどこにつながるか分からないこの時代だからこそ、いろいろな本に接して、影響を受けることが大事なんだと実感しています。
過ごしやすく夜も長い秋。思いがけないつながりを求めて、たまには本に手を伸ばしてみるのはいかがでしょう。