2022年4月27日、Goodpatchは株式会社丸井グループ(以下、丸井グループ)と合弁会社『Muture(ミューチュア)』を設立。Goodpatchから2名のデザイナー(UX、UI・BX)が経営陣として出向。丸井グループの組織変革や人的資本戦略、新規事業の創出に努めます。

小売とフィンテックをかけあわせた独自のビジネスモデルやサステナブル経営の先駆者として世界的に知られる丸井グループと、「デザインの力を証明する」をミッションにクライアントのビジネスをグロースさせるGoodpatch。2021年5月にスタートした取り組みは、丸井グループのDX推進だったといいます。そこからなぜ合弁会社を設立するに至ったのか。

 丸井グループ代表取締役社長 代表執行役員CEO青井浩さん、上席執行役員 CDO 相田昭一さん、そしてGoodpatch代表 土屋、デザインストラテジスト 長友に、経緯と現時点で得られた成果を語っていただきました。

経営者として圧倒された丸井グループの先駆性

 丸井グループ代表取締役社長 代表執行役員CEO 青井さん(以下 青井さん):
久しぶりですね。

 Goodpatch代表 土屋(以下 土屋):
3ヶ月ぶりくらいですね。

 Goodpatch デザインストラテジスト 長友(以下 長友):
「Muture」が立ち上がるまでは、ものすごい密度でお会いしてましたよね。

 丸井グループ上級執行役員 CDO 相田さん(以下 相田さん):
社内のメンバーより濃密な時間を過ごしていたんじゃないでしょうか。

 青井さん:
共通の知り合いを介して初めて土屋さんとお会いしたときは、これほどの関係になるとは想像もしていませんでした。イケてる若い人から選ばれる、めちゃくちゃイケてる会社ぐらいの企業理解でしたから。

 土屋:
僕はもちろん丸井グループのことは知っていましたが、生活者目線で商業施設の「マルイ」や「エポスカード」を知っていたぐらい。お声がけいただいたのを機に経営者目線で調べて雷に打たれました。人的資本経営が注目されるずっと前から一貫して人材に投資してきた姿勢や、BASE(株)をはじめとするスタートアップとの共創、将来世代をステークホルダーと明言するサステナブル経営、Well-beingな社会を目指す取り組みなど、こんな素晴らしい会社があったのかと驚いたんです。

 青井さん:
僕のほうも、土屋さんに驚かされましたよ。最初に丸井グループで内製しているデジタルプロダクトを見てもらったとき、改善点を次々とあげてくれただけでなく、「DX推進に向けてデジタル人材を採用したいということですが、そもそも丸井グループが目指しているビジョンとマッチしていますか?解像度をあげないと、なにもはじまりませんよね?」と。僕は本質的な考えが好きなので、めちゃくちゃいいなって思いました。

丸井グループ代表取締役社長 青井さん

土屋:
最初から意気投合できたのは嬉しい一方で、プレッシャーでもありました。デジタルプロダクトの開発ならいざしらず、組織や人材の課題を一緒に解決してほしいと言われ、うちが介在価値を発揮できる余地ってあるのかな?って。これまでの足跡を踏まえると、外部に頼らずに解決できそうに思えたので。

Goodpatch代表 土屋Goodpatch代表 土屋

長友:
そう、戦略をデザインするストラテジストとしても迷いました。でも、最終的にお手伝いできることがあると確信を持てたのは、土屋さんの一言です。「うちが貢献できることと言えば、変革スピードを圧倒的に速めることくらい」と。自社で解決できることでも、より速く、効率的に推進できれば、より多くの成長機会につながるはず、そこにコミットしようと。それでまずは外部から見えない実態や、みなさんが言語化できていない課題を把握する広範囲のリサーチをご提案しました。最初からソリューションを決め込むのではなく、丸井グループのコアに触れ、その分析をもとに本質的なソリューションにつなげようと。遠回りに映りますが、基盤を固めることが後のスピードにもつながると考えました。

 相田さん:
僕が印象的だったのはプロジェクトにジョインしてくださったGoodpatchメンバーです。土屋さんやリサーチャー、デザインストラテジスト、ブランドエクスペリエンスデザイナーなど、様々なプロフェッショナル人材がプロジェクトに関わってくれました。こちらも応える形で青井を筆頭に、僕や経営企画、人事といったメンバーで臨みましたが、このメンバーだからこその濃密なミーティングが刺激になりました。そうして設計されたリサーチは、経営層や各事業部から30名くらいを対象に実施いただきましたが深度がすごい。それも納得で、中期経営計画や共創経営レポートや30ページにのぼる弊社の組織図など、ぜんぶ頭に入れた状態で臨んでくれたんですよね。

丸井グループ CDO(Chief Digital Officer)  相田さん

丸井グループ CDO(Chief Digital Officer)  相田さん

長友:
はい。丸井グループという組織の構造や力学、価値観がインストールできていないと形式的なリサーチで終わってしまい、有益な分析にいたらないので。客観性は保ちつつ、丸井グループの一員になった気持ちで徹底的に頭に入れました。

 相田さん:
おかげで、参加したメンバー全員に気づきがありました。

 長友:
そう言っていただけると嬉しいです。特に意識していたのは、青井さん、相田さんといったトップマネジメントが見えていない課題や伸びしろをどれだけ提示できるか。これまでも多くの組織施策を取り入れて来られてますし、組織も事業も大局的な視座で見ているお二人です。一方でアジャイルな働き方を実践すべき実際の開発現場で何が起きているかといった、ミクロな一次情報はそこまで目にする機会がないのではと思ったんですよね。そこで僕らは「実際のデジタルサービスの開発現場で起きている人と人の相互作用」など具体的な事象を徹底的にヒアリングし、分析しました。ミクロからのフレームで、現状と未来に向かう道筋をリアルに示せたらと考えたんです。一つ一つはミクロだけど、様々なチームで同様のことが起きていそうな”再現性の高い問題”、アジャイルチームへの変革において大きなボトルネックになりうる”重要度の高い課題”を提示し、それを解決しうる人材像を定義したという形ですね。

Goodpatch デザインストラテジスト 長友Goodpatch デザインストラテジスト 長友

土屋:
プロジェクトやリサーチの設計は長友さんに任せていたんですが、経営者の立場から見て良いアプローチだなぁと感じていました。分析レポートや施策の提案を抽象的に伝えるのではなく、実際の社員さんを例に具体的に示すのもすごくいい。現場のリアルをイメージしづらい経営層の気づきにつながるなぁと。

 青井さん:
確かに、わかりやすかったです。それに嬉しかった。Goodpatchさんは「人」への興味関心がハンパないというか「人」を中心に仕事をされているんだな、と感じましたね。熱いなぁと思いました(笑)。弊社の社員を深く理解し、ポテンシャルも踏まえて組織変革施策に織り込んでくれたのが嬉しかった。

 長友:
DXというとデジタルに意識が向きますが、大切なのは「人」。社員のみなさんに寄り添って、生きがい、働きがいにつなげるデジタルシフトが基本になります。その観点から、丸井グループで働く人のDNAともいえるホスピタリティマインドはなにより大切にしたいと思っていたんです。ただ、そのまま織り込むようでは変革につながらないとの見方もできました。なぜならホスピタリティマインドは完璧主義にもつながりやすく、知見が浅いデジタル領域は外部パートナーのやりやすさを優先して丸ごと委託しようという意識が生まれやすい。それでは本質的なDXにつながりません。ホスピタリティマインドはそのままに、完璧じゃなくていいから、デジタルを基盤に新しい価値の創造に臨む機運が高まる施策を意識しました。

 土屋:
丸井グループがこれから採用・育成を強化する人材として、「自己完結型プロダクトマネージャー」を提案したのも、そこにつながるんだよね。ホスピタリティマインドと新しい価値の創造をブリッジする人材。

 長友:
そうなんです。端的に言えば、プロデューサー的な役割を担うゼネラリストです。新たな価値を創造するといってもアーティストやクリエイター集団ではないので、0から1を生み出すわけではありません。将来世代や共創パートナーのクリエイションと丸井グループのアセットを編集するプロデューサーの採用・育成を変革手段とすることで、DNAを継承しながらアフターデジタルを見据えたアップデートがはかれるのではないかと考えたのです。

 青井さん:
その提案がすごく刺さり、その後の中期経営戦略で「プロデュースbyデジタル」というキーワードに結実しました。言葉どおりデジタルを基盤にプロデュースを通じて新たな価値を創造するということなんですが、デジタルは手段であって主役は「人」、ホスピタリティマインドに裏打ちされたプロデュースと定義しています。

 長友:
嬉しいです。「プロデュースbyデジタル」というキーワード、すごくいいなぁと感じていました。丸井グループのもうひとつのDNA「共創」にも通じていますよね。

丸井グループが発表した2022年3月期 決算説明と今後の展望

 青井さん:
そうなんです。僕はもともと0→1という言葉には懐疑的で。ひとりでなんて創れない。やっぱり組み合わせ、プロデュース。漠然と思い描いていたこととカチリとつながった感じでした。

 土屋:
「ひとりでなんて創れない」という考え方は、Goodpatchとも親和性がありますね。僕らは「偉大なプロダクトは、偉大なチームから生まれる」という考え方を大切にしています。そうした意味でも、合弁会社も含めた3社でチームをつくれたことは感慨深いです。

採用力向上にGoodpatchのブランドアセットを提供

土屋:
合弁会社といえば、リサーチをもとに組織や人材に関するご提案をしていた場で、僕が脈絡なく「一緒に合弁会社をつくりませんか?」と提案したのが発端です。あのときの青井さんの意思決定の速さが印象的でした。スタートアップ並みだなぁと。

 青井さん:
こちらとしては渡りに船というか、え!その展開もアリ?ぜひやりましょう!って即決でしたね。

 相田さん:
あの展開には驚きましたね。「自己完結型プロダクトマネージャー」をはじめ組織変革に関する提案は刺さった一方で、そもそもそのような希少性の高い人材をどうやって採用すればいいんだろうって話をしていたとき、土屋さんから想定外のご提案。Goodpatchのみなさん「え?」って表情で(笑)。

 長友:
ほんと驚きました。でも、わくわくしましたね。経営陣と推進するプロジェクトならではのダイナミズムです。

 土屋:
思いつきのように発言しましたが、デザイン/デジタル領域に丸井グループのブランドが浸透しきっていないことは取り組みがはじまったときから懸念していたことなんです。採用力を底上げする飛び道具的なアイデアが必要だろうな、と。その思考のベースがあったので、合弁会社という形でデザイン/デジタル領域におけるGoodpatchのブランドアセットを提供しよう、と思いついたんです。

 相田さん:
僕は本当に嬉しくて。みなさんの気持ちが変わらないうちにと前のめりで話をつめていきました(笑)。

 長友:
嬉しさを感じる一方で、僕はいったん冷静になりました。合弁会社を設立するというソリューションはありだとしても、Goodpatchは最適なパートナーなのか。ほかに丸井グループの規模や要件にフィットするデザイン/デジタル系の企業がある可能性を踏まえ、広く検証するべきではないかと。でも、すぐに考え直しました。
確かに僕らが自身のことを中立的、コンサルタント的な立場と捉えるのであればそのようなアプローチをするべきです。ただJVのパートナー候補のような相手は、実績や企業規模といったスペック情報だけでは決められないはず。それよりも両者の熱意や覚悟、共通の価値観といったものの方が変数として重要であると思ったんですよね。つまり僕らがとるべきスタンスはもはや「コンサルではなく当事者である」と気づくことができてからは迷いなくこのプロジェクトを進めることができました。

 青井さん:
僕は最初から、この組み合わせに確信がありました。たとえば合弁会社に出向してもらう丸井グループの社員について話していたとき、Goodpatchさん側が挙げる顔ぶれと、僕らが念頭に置いていた顔ぶれとほぼ一致していた。以心伝心というか、これはうまくいかないわけがないと確信しました。

 相田さん:
Goodpatchさんは、僕らの立場で考えてくれるんですよね。外部という垣根を感じないし、なんでも言える関係がすでに築けていると感じていたので、僕もうまくいくイメージしかなかったです。

 土屋:
共通のカルチャーや価値観が根底にないパートナーシップなら、そもそも提案しません。権威におもねらない。どんな会社ともフェアな関係で共創する。人と向き合う。利他の精神。挙げたらキリがありません。

 長友:
ミーティングが終わるたびに土屋さんが「青井さん、俺と似ているわ〜」って嬉しそうだったんですよね。僕は「そうっすね〜!」って、聞き流していましたが(笑)。

変革のブースター『Muture』の影響力

土屋:
合弁会社『Muture』も走りだしましたね。

 相田さん:
はい。丸井グループが変革に本気なことを社内外に示せたと感じています。とくに影響の大きさを感じるのが社内です。丸井グループだと執行役員は40代後半からが一般的ですが、『Muture』の経営には若い社員が抜擢されたことで組織の士気が高まっています。当面のミッションである丸井のライフスタイルアプリや出店サービス「OMEMIE」の改修も道筋が見えてきたのも嬉しいですね。そう、素晴らしいデジタル人材を迎えることもできました。『Muture』の「相利共生」という思想に惹かれて入社を決めてくれたと聞いています。

 青井さん:
僕もすごく手応えを感じているんです。もちろんライフスタイルアプリやエポスのUXがどう変わるのか見えてきたときが本当の勝負だと思うので成果を語るのは早いのですが、たとえばGoodpatchさんから出向しているじゃみさん(EO・UXデザイナー 莇さん)と会話しているだけでも、たくさんの気づきがあるんです。UXのプロフェッショナルってこういうことか、すごいなぁって。しかもその感動が机上の空論にとどまらず、プロダクトに結実する。すごく楽しみです。

 土屋:
丸井グループの既存開発チームと共創しながら、従来と違う開発スタイルを取り入れていると聞きました。

 青井さん:
そうなんです。これまで開発と運用が完全に分断されていて、運用フェーズに入ったとたん進化がとまるような危機的な状況にあったのですが、『Muture』がアジャイル開発への移行を推し進めてくれて救われた感があります。

 長友:
『Muture』メンバーとは、丸井グループが人材に投資することで育んできた個人の専門性や創造性が発揮できる環境づくりにも貢献したいね、と話しているんです。仮説思考やユーザーエキスペリエンスの設計スキルを習得するための研修など行っていますよね。実践につなげることで投資効果を最大化しつつ、丸井グループが社会へのインパクトとして追求する「一人ひとりの『しあわせ』を共につくる」を社内から広げていけたらと。

丸井グループとGoodpatchのメンバーからなるMutureの経営陣

青井さん:
みんな楽しそうですよね。僕らにとって、デジタル領域ははじめて見る海のような感覚。山から降りてきて、おっかなびっくり海に入った感じで、海で育って自在に泳ぎまわっているGoodpatchさんとは感覚がぜんぜん違う。その状態を『Muture』が既存部署との連携も含めて「まずは顔を水につけてみましょう!」といった具合に導いてくれているので、とても楽しそうです。そうした『Muture』のアプローチをスタンダードにできたら、丸井グループで推進しているスタートアップとの共創も加速するだろうなと感じています。いま20社ほどとプロジェクトを推進していますが、みんなデジタルネイティブの海の人。コミュニケーションが変われば、もっと楽しい展開が広がると思うんです。

 土屋:
いや、ほんとそうだと思います。『Muture』にとどまらず、僕らGoodpatchも日本どころか世界をリードする丸井グループの挑戦を加速させたいと思っています。最近だと、環境負荷を軽減するアクションとして渋谷マルイを木造主体に建て替える取り組みにも象徴されますが、丸井グループのビジョンはより良い未来を拓くものだと確信してるので。

 青井さん:
ありがとうございます。僕は未来志向が強いですし、未来をより良くすることは僕ら世代の責任と思っています。だからこそ将来世代と共に未来を創り、個のエンパワーメントにも通じる共創のプラットフォームをつくりたい。そしてその先で、すべての人が「しあわせ」を感じられる社会を共創したい。やりたいことは尽きないんです。その想いに対しボトルネックと感じていたのが、思考と実装の分断でした。Goodpatchさんは一気通貫で伴走いただけるので、本当に頼もしく感じています。これからが楽しみです。