2020年は新型コロナウイルスの感染拡大によって、様々な産業・場面でDXが推進されました。デジタル庁立ち上げをはじめ、行政においてもDXが推進されています。そのような中で、内閣官房ICT総合戦略室が発表した「デジタルガバメント 実現のためのグランドデザイン」ではデジタル行政におけるユーザー体験の重要性が認識されています。
日本の行政DXが推進されていく中で、優れたユーザー体験のサービスを実現する手がかりとして、Goodpatchでは2020年末から2021年初にかけて、電子政府として評価の高い海外の行政サービスについてユーザー体験の視点で独自にリサーチを行いました。
対象としたのは、電子政府ランキング上位3カ国のデンマーク、韓国、エストニアと、ユニークな行政サービスを提供しているスウェーデン、中国(上海)です。これらの国のリサーチ結果を、全5回に渡って紹介していきます。
今回は、電子政府ランキング3位のエストニアのリサーチ結果をご紹介します。
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目次
電子国家ランキング3位、世界標準の電子政府システムを持つエストニア
2020年に国連が発表した電子政府ランキング(United Nations E-Government Survey2020)において、エストニアは第3位にランクインしています。
エストニアは世界初の電子選挙の実施や電子国民制度の導入など、世界最先端の電子国家として知られています。
2000年に電子内閣(e-cabinet)を設立して以来、エストニアは行政サービスの電子化を進めてきました。現在では、行政サービスのほぼ全て(99%)がオンライン上で手続き可能になっています。
出典:エストニア電子政府 https://e-estonia.com/
また、COVID-19の感染が拡大し始めた直後の2020年3月中旬、エストニアの通信省はパンデミックに対応するためのオンラインのハッカソンを開催しました。州のチャットボットやボランティアと支援を必要とする人のマッチングサービスなど、ハッカソンで生まれたアイディアのいくつかは既に実現しサービスが提供されています。
電子政府プラットフォーム「X-Road」
電子国家エストニア政府のデジタルサービスを支えるのが、「X-Road」というプラットフォームです。X-Roadは様々な情報システムやデータベースを連携させる基盤として2001年に開発されました。
X-Roadはエストニアだけでなく世界中に輸出され様々な公共機関、民間企業のデジタルサービスの基盤として機能しています。前掲の電子政府ランキングでそれぞれ4位、5位にランクインしているフィンランドとオーストラリアでも導入されており、まさに世界標準の電子政府システムといえるでしょう。
進化する電子ID。満足度の高いエストニアの電子サービス
Goodpatchは、エストニアのデジタル行政サービスについて実際にエストニアで暮らすエストニア国民に対しインタビュー調査を実施しました。
インタビューをしてわかったのは、エストニア国民の行政サービスに対する満足度の高さです。デジタルサービスの範囲の広さや技術力の高さだけでなく、サービスのユーザー体験の質の高さもエストニアの特徴といえるでしょう。
ここからは、エストニアのデジタル行政サービスの体験をより詳しくみていきましょう。サービスの利用に欠かせない国民IDについて紹介します。
様々なシーンで利用できるエストニアの国民ID
エストニアで行政サービスを利用するためには、日本のマイナンバーにあたる国民IDで個人を認証する必要があります。エストニアの国民IDは基本的に全ての国民に割り当てられており、エストニア国民の99%が国民IDカードを所持しています。
エストニアでは、国民IDでの認証によって行政手続き以外にも多岐にわたる公共・民間のサービスを受けることができます。以下はその一例です。
- EU内での身分証・旅券として使用できる
- 健康保険証
- 銀行口座へのログイン
- デジタル署名
- 電子投票
- 医療記録の確認、納税申告書の提出
- 処方箋の取得
このように、日常生活の様々な場面でIDが利用されていることがわかります。インタビューでも国民IDを毎日利用しているとの声がありました。
インタビューで国民IDの利用シーンをさらに深掘りしました。インタビュー対象者の方は、銀行口座と連携した決済手段としてよく利用するといいます。エストニアの国民IDは個人の銀行口座と紐付けられており、街中での買い物やオンラインショッピングでの支払い、個人間での送金に使用することができます。
インタビュー中にも「クレジットカード代わりにしています。クレジットカードよりもIDカードを信頼しています」との発言がありました。
簡易なプロセスと最高水準のセキュリティ
IDを使用した認証のプロセスを詳しくみていきましょう。ここでは、個人間の送金のプロセスをみてみます。My Bankという銀行口座と連携したアプリを起動し、目的(今回は送金)を選択します。IDでログインし、金額を入力し2段階認証が済むと送金完了です。
国民IDでの認証プロセスを踏みながら、決済アプリのような簡易なプロセスでの送金ができます。さらに、プロセスの簡易性だけでなくセキュリティ面での安心感があるのも特徴です。
エストニアの国民IDはeIDAS(欧州電子ID保証制度)において最高水準の評価を得ており、信頼性の高いIDであるといえます。そのため、セキュリティを気にすることなく国民も安心して利用することができています。
参考:エストニア情報システム庁より
https://www.ria.ee/en/state-information-system/trust-services/eidas.html
進化し続けているIDの形態
エストニアの国民IDは、2002年にIDカードとして発行されて以来、インターネットやスマートフォンの普及とともに新しい形態を取り入れてきました。
2007年にはSIM型の「モバイルID」が発行され、さらに2017年にはアプリケーション型の「スマートID」がリリースされました。
モバイルIDによりカードリーダーの必要性がなくなり、スマートIDでは手続きや認証時の手間も少なくなりました。このように継続的にサービスの改善を続けることで、エストニアは国民の生活をよりよくし続けているといえます。インタビューにおいても「サービスが使いやすいように改善・発展されている」との声があり、国民もそれを実感していることがわかりました。
また、完全な置き換えではなく手段を選択できるように残していることも特徴的です。実際、若年層を中心にスマートIDの利用が増加しつつも、モバイルIDのサービスは継続しています。行政手続きにおいても、オンラインでできる手続きも役所での対面の手続きやサポートは継続しており、デジタルデバイド(情報やデジタルリテラシーによる格差)が生じないようサービスが設計されているといえます。
徹底的なユーザー体験の追求と継続的なサービス改善を実現するエストニアの行政サービス戦略
ここまで、エストニアの行政サービスは優れたユーザー体験を実現し、継続的にサービス改善をし続けていることがわかりました。
リサーチを進める中で、このようなサービスを提供できる背景としてエストニア政府のデジタル戦略や、デジタルサービスに関わるリーダーの思想が浮かび上がってきました。
ユーザー体験を追求するエストニアのデジタル戦略
エストニアは2020年に、2035年に「国家の2035年までの成長戦略」を発表しました。その戦略の基本となる5原則の一つに「エストニアは革新的で、信頼に値し、人間中心の国家である」が挙げられています。
また、2016年に発表した「SDGs達成に向けたエストニアの取り組みの展望」では、2020年に公共サービスの満足度を85%達成することを目標に盛りこんでいます。KPIとしてサービスの満足度を設定していることは、ユーザーの体験を重要視している証拠といえるでしょう。
参考:SDGs達成に向けたエストニアの取り組みの展望
https://sustainabledevelopment.un.org/content/documents/10647estonia.pdf
フィードバックを歓迎し、継続改善を実践
開発を担当する民間企業においても、ユーザーを中心にした継続的なサービス改善を重視しています。
SmartIDなどの電子認証サービスを開発しているエストニアの民間IT企業SK ID SolutionsのCEOであるKalev Pihi 氏は「私たちは自社サービスを継続的に改善し、ユーザーからのあらゆるフィードバックを歓迎します」と話します。
このように、エストニアではデジタル戦略を描く政府から実際に開発を担当する民間企業まで、一貫したユーザー中心のサービス設計思想が浸透していることがわかりました。
まとめ
電子国家として名高いエストニアをリサーチすると、技術力の高さだけでなくユーザー体験を重視することで、満足度の高いサービスの提供を実現していることがわかりました。また、サービスの裏にはユーザーを中心にした戦略と思想が深く関係していることが明らかになりました。
デジタル社会を実現するにあたり、そのトップを走るエストニアの事例からは、官民双方でのサービス戦略・設計のヒントが得られるのではないでしょうか。