2020年は新型コロナウイルスの感染拡大によって、様々な産業・場面でDXが推進されました。デジタル庁立ち上げをはじめ、行政においてもDXが推進されています。そのような中で、内閣官房ICT総合戦略室が発表した「デジタルガバメント 実現のためのグランドデザイン」ではデジタル行政におけるユーザー体験の重要性が認識されています。

日本の行政DXが推進されていく中で、優れたユーザー体験のサービスを実現する手がかりとして、Goodpatchでは2020年末から2021年初にかけて、電子政府として評価の高い海外の行政サービスについてユーザー体験の視点で独自にリサーチを行いました。

対象としたのは、電子政府ランキング上位3カ国のデンマーク、韓国、エストニアと、ユニークな行政サービスを提供しているスウェーデン、中国(上海)です。これらの国のリサーチ結果を、全5回に渡って紹介していきます。

今回は、電子政府ランキング1位のデンマークのリサーチ結果をご紹介します。

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リサーチの方法

国連の電子政府ランキングで1位と、高い評価を受けるデンマークの行政サービスについて、ユーザー体験の視点でリサーチを行いました。


国連電子政府ランキング(United Nations E-Government Survey2020

リサーチは、政府発表の公式資料やレポートを中心としたデスクリサーチと実際にデンマークで暮らしサービスを利用している国民の方へのインタビューの2つの方法で行いました。

インタビュー項目は、行政サービス(特にデジタルサービス)に関する全体的な印象や不満の有無、IDカード(日本でいうマイナンバーカード)と関連するポータルサイトなどのデジタルサービスについてです。

電子国家ランキング1位のデンマーク

デンマークは、前掲の電子政府ランキングにおいて1位に輝いています。

まずは、国際的に評価されている国のデジタルサービスに対して国民がどのような印象を持っているのかインタビューの結果をみていきましょう。

デンマークでは早い段階で行政サービスのデジタル化が進んでおり、国民もオンラインで行政手続きを行うことに慣れていました。そのため、インタビュー対象の方も数年単位では大きな変化はなく行政サービスに対して不満もないと感じているようです。

実際、デンマーク統計局の発表によるとデンマーク国民のデジタル行政サービスに対する満足度は91%となっており、国民の満足するサービスを提供することができているといえます。

利用率90%を超える電子認証システム「NemID」

次は、デンマークの電子認証サービス「NemID」について詳しくみていきましょう。

NemIDは、デンマーク政府が発行する電子署名、電子認証を行うためのIDサービスです。オンライン上で行う手続きにおいて個人を証明するために使用します。

NemIDは、デンマークの国民番号(保健サービスや納税手続きに利用する)に紐づけられています。デンマークの個人番号制度は日本のマイナンバー制度とは若干異なりますが、NemIIDはマイナンバーをオンライン上で使用し認証するために必要なIDであり、日本でいう「マイナンバーカード」のようなものと考えていいでしょう。

デンマークでは国民番号は自動的に発行されますが、NemIDを使用するのには手続きが必要です。

そのNemIDの普及率は、前述の統計によるとデンマークの全国民の92%に及びます。同じように手続きが必要な日本のマイナンバーカードの普及率は2020年1月現在で24.2%であることに比べるとかなり高い水準であることがわかるでしょう。

NemIDは公的サービスに止まらずあらゆるオンラインサービスで使用され、デンマークで生活する上で必需品ともいえます。

NemIDを使った認証は現在スマートフォンのAppを利用することでFaceIDやtouchIDなどで簡単に行うことができ、利便性の高いサービスです。

生活のあらゆる場面で利用されるNemID

NemIDは、現在様々な場面で使用されています。

デンマークでは公的サービスへの支払い、行政手続きなどの公的なサービスから、親戚への送金、オンラインショッピングやインターネットバンキング、病院の予約など多様なシーンでNemIDによる認証が行われています。

NemIDについて、普段から利用しているデンマーク国民に詳しくインタビューしてみると、以下の3つのNemIDの利用体験の特徴が見えてきました。

①共通プラットフォームとしての利便性

インタビュー対象の方は、「オンラインショッピング、親戚への送金、子供の学校とのやりとりなど様々な場面でほぼ毎日NemIDを使用している」と話します。NemIDはプロバイダー契約を結ぶことで銀行や民間企業の認証にも使用することができため、様々なサービスにおいてこの認証方法がとられるのです。

そのため、国民はいちいちサービスごとにパスワードやIDを変える必要がなく簡単に個人認証を行うことができます。

②高度なセキュリティによる安心感

NemIDは、PKI方式(「公開鍵」と「秘密鍵」という2重のパスワードを使用する暗号方式)というセキュリティ方式を採用しているため、安全性が担保されています。

ほぼ毎日利用するNemIDの利用体験について、インタビュー対象の方は「スワイプするだけなので不便と思ったことないし安全性を疑わないから普通に認証を許可してしまう。NemIDならセキュリティを毎回気にしなくてもほぼ思考停止状態で安心して使えるのがありがたい。」と話していました。

セキュリティが担保されているからこそ、様々な場面で求められる認証も安心感を持って行うことができているといえるでしょう。

③使い勝手に優れたアプリケーション

現在、NemIDはスマートフォンのアプリケーションを利用して顔認証、指紋認証などの方法で個人の認証を行うことができます。

後述しますが、NemIDは以前は紙のカードを使用したやや煩雑な認証を行う必要があったのが、現在は非常に簡単に(一般のWebサイトやアプリケーションで認証するのと同じように)認証することができるようになりました。

インタビュー対象の方は、「NemIDのアプリ自体は非常にシンプル。認証方法(指紋、faceID)を設定するか、プッシュ通知を許可するかしか選べない。だから簡単に使える。」と話しています。

使いやすいUXを提供することでNemIDの利用を促進することができているのでしょう。(NemIDの利用率はアプリがリリースされてから85%→95%に上昇)

ユーザーに寄り添い継続改善を続けるデンマークの行政サービス

NemIDは当初Appを利用した認証はなく、紙に書かれたパスコードを入力する必要がありました。

利用登録をすると送られてくるNemIDカードには、4桁の数字+5桁のパスワードの組み合わせが132個記載されています。NemIDでの認証が必要な場合、まずPCなどの画面上に4桁の数字が表示されます。ユーザーはその4桁の数字に対応する5桁のパスワードをカードから探して入力しなければなりません。

毎回パスワードが変わる秘匿性の高いシステムであるものの、毎回数字を探すという面倒な作業が必要なため不便に感じるユーザーも少なからずいました。

そこでデンマーク政府は2018年からスマートフォンの顔認証や指紋認証を使って簡単に認証が行えるAppの提供をはじめました。スマートフォン上で認証を行うことができるようになり、パスコードを探す作業がなくなったため利便性が大きく向上しました。

さらにデンマーク政府は2021年からはNemIDに変わる新たな電子認証サービス「MitID」の提供を開始します。すでに多くの国民が使用しているサービスでも改善を続け、より良いユーザー体験を提供していることがわかります。

デンマーク政府がユーザーの声を取り入れ行政サービスを改善し続けている例は他にもあります。

デンマークは税方式の公営医療制度を取っており、そのため医療サービスのほとんどが国(税金)に運営されているのが特徴です。

デンマーク政府は、ユーザーの声を取り入れ国民に提供する医療サービスの質を向上させる2つの取り組みを行なっています。

一つは、入院患者の体験に関する全国調査です。病院での入院体験に関する全国調査が毎年行われ、入院時のサービスに関する意見がデータとして集められます。

もう一つは、患者が医療に関する不安/不満を医師と話し合える制度です。医療サービスを受けて感じた不安や不満を患者が申し立てた場合、医師はそれに応じて話し合う場を設けることが制度で義務付けられています。この話し合いの内容も、データとして記録されます。

この二つの取り組みによって得られたデータは、専門の臨床医療分析官の元に集められ、分析されて政府に渡ります。そして分析結果は政府の発信で全国に公開されるとともに各地の医療審議会や病院に届けられ、サービスの改善につながっていくのです。

デンマークの行政サービスのユーザー体験を支えるデザイン組織

これまでみてきたことから、デンマークではユーザーの体験を重視し継続改善するサービスによって国民が満足するサービスを提供できていることがわかりました。

では、なぜデンマークはこのようなサービス開発ができるのでしょうか。その理由の一つとして、デンマークにはデザイン思考やデザインプロセスを用いてサービス設計を行なってきた歴史があります。

デザイン思考はユーザーの視点に立ちより良い体験を届けるための思考であり、デザインプロセスはそれを実現するための方法といえるので、デンマークでユーザーの体験に寄り添うサービスが提供できていることに説明がつくでしょう。

ここでは、デンマークの行政サービスと関わりの深い2つのデザイン組織を紹介します。

①デンマークデザインセンター(Danish Design Centre)

デンマークデザインセンターは、1978年に設置された国家機関です。行政サービスや公益性の高い民間のプロジェクトおいて、デザインの知見を提供し活用するための支援を行っています。

日本でもデザイン思考の認知はされつつありますが、デンマークは40年位以上前からデザイン思考を取り入れたサービス開発を行ってきました。ちなみに、デンマークデザインセンターは前述のNemIDの開発にも関わっています。

②破壊的タスクフォース(Disruption Task Force)

②破壊的タスクフォース(Disruption Task Force)
破壊的タスクフォースは「マインドラボ(MIND LAB)」を前身とする、デジタル化を推進するための組織です。

マインドラボは、2001年に「イノベーションラボ」として設置された政府組織です。ユーザー志向を行政サービスで実行するために発足し、デザインワークショップを開催するなどの取り組みを省庁を横断して行ってきました。

15年に渡り活動を続けたマインドラボは現在活動を停止し、2018年によりデジタルサービスに焦点を当てた「破壊的タスクフォース」が設立されました。このタスクフォースにはマインドラボの精神が受け継がれており、「MIND LAB2.0」とも呼ばれています。

このように、イノベーションラボマインドラボ、破壊的タスクフォースと、時代の要求と国民のニーズの移り変わりに合わせて姿を変えながらも、デンマークはユーザー志向の組織を持ち行政サービスを作り続けてきたといえるでしょう。

まとめ

電子政府として世界最高の評価を受けるデンマークの行政サービスは、継続した改善により満足度の高い上質なユーザー体験を提供しています。このようなサービスを設計するにあたり、早い段階からユーザーを起点とするデザイン思考、デザインプロセスを行政に取り入れてきた歴史があることがわかりました。

デンマークのサービスや組織づくりからは、行政に限らずサービスのユーザー体験を向上させるためのヒントが得られます。ぜひ参考にしてみてください。