デザイナーが考える「組織デザイン」⑦:AIが導く「正解」に負けないチームをつくるには? 「システムコーチング®」に学ぶ、関係性の大切さ
皆さんは「チームでの会議が、イマイチうまく進まない」と悩んだことはないでしょうか。
「もっとうまくコミュニケーションが取れたら」「なぜか議論が噛み合わない」──。1対1で話しているときはそんなことはないのに、チームとして集まると急に会話が少なくなったり、ぎこちなくなったり。
私自身、デザイナーとしてプロジェクトの初期段階やコンセプトを作るときなど、まだ形のないものに対してチームで対話し、共通理解を深めていくプロセスが非常に重要になります。しかし、その過程で意図せずすれ違いが起きたり、関係性がギクシャクしてしまったりすることも少なくありません。
優秀なメンバーが集まっても、チームとしてうまく機能しないこともある。そのたびにチームのパフォーマンスを最大限に引き出すために、何が必要なのかを模索してきました。その中で気付いたのは、個人のスキルや知識だけでなく、チームメンバー間の「関係性」が大切だということ。
人間関係、といえば当たり前に聞こえるかもしれませんが、「仲良くしなさいよ」と言って解決するような簡単な話ではありません。今回の記事では、関係性を良い方向に育み、チームのパフォーマンスを高める手法として、昨今注目が高まっている「システムコーチング®」という考え方と、それがチームの関係性やパフォーマンス向上にどのように貢献するのかをご紹介したいと思います。
目次
システムコーチング®とは? なぜ「関係性」に注目するべきなのか
「コーチング」というと耳にしたこともいると思いますが、「システムコーチング®」は知らないという方がほとんどではないかと思います。
一般的なコーチングが1対1の関係で行われ、個人の目標達成や課題解決に焦点を当てるのに対し、システムコーチング®が扱う対象は、チームや組織などの「システム」です。
システムというとITの世界で使われることが多い言葉ですが、もともとは「相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組みの全体」という意味を持っています。これをチーム(組織)に置き換えると、「単なる人の集まりではなく、メンバー同士の相互作用や関係性を含んだ全て」ということになります。
端的にいえば、「共通の目標に向かって動く、依存関係にある集団」を一つのシステムとして扱うのです。関係性というのは絶えず変わっていくため、進化し続ける生命体を扱うようなイメージでしょうか。システムコーチングはこのシステムに対して、良い方向に導くために、外部の存在である「コーチ」が行うコミュニケーションを指す言葉になります。
多くのチームでは、より良い成果を出すために、効率的な意思決定やスピード重視の行動が求められます。もちろん、個々の高いパフォーマンスも重要です。しかし、それだけでは「チームで仕事をしている」というよりも、「個人が寄り集まって仕事をしている」状態にとどまり、本来のチームの力が発揮されにくくなる場合があります。
システムコーチング®は、まさにこの「チームの関係性」に光を当てます。関係性が良ければパフォーマンスも高くなる──そう単純に言い切ることはできません。しかし、建設的な対話や、お互いを尊重し合う健全な批判が生まれるには、「質の高い関係性」が必要不可欠だと私は考えています。
コミュニケーションのズレはなぜ起こる? 3つの「現実レベル」に注目しよう
記事の冒頭で「会議で議論が噛み合わない」という事象を取り上げましたが、これはシステムコーチングでよく扱われるテーマです。
例えば、アイデアブレストの会議で、あるメンバーが「顧客の潜在的なニーズに応える、これまでにない体験を生み出したい」と熱意を込めて語っているのに、別のメンバーがすぐに「それは開発コストに見合わない」「現行のシステムでは対応できません」と、具体的な実現可能性や予算の話に終始してしまい、議論が袋小路に入ってしまう──。
話しているトピックは同じはずなのに、視点が全く違うために対話が成立しない。システムコーチング®では、これをコミュニケーションの「現実レベル」がずれていると表現します。現実レベルとは、扱っているトピックや視点などを総合したものを指し、主に以下の3つのレベルがあるとされています。
- 合理的現実レベル
誰もが合意できる客観的な事実や情報、データなどです。時間、お金、タスクの進捗などがこれにあたります。ビジネスの場では、このレベルでの会話が中心になりがちです。事業目標やKPIなどの数字がこれにあたります。 - ドリーミングレベル
個人の内面にある思い、願い、感情、葛藤、動機など、目には見えない主観的な世界です。「本当はこうしたいと思っている」「この状況にもやもやする」といった感情や願望がここに属します。人がエネルギーをもって動くためには、数字や事業目標に紐づく感情である「ドリーミングレベル」のデザインも必要です。 - エッセンスレベル
ひらめきや直感、言葉にならない感覚や予感など、個人を超えたより深いレベルの気づきや本質的な部分を指します。体に感じる「ゾワゾワする」「何か引っかかる」といった感覚もこのレベルから生じることがあります。言葉にできない文化や雰囲気、その場に漂う空気感や質感もこのレベルの現実です。
ビジネスシーンでは「合理的現実レベル」の会話が中心となりますが、システムコーチングでは、ドリーミングレベルやエッセンスレベルでのコミュニケーションも重視しています。合意的現実レベルのやり取りは重要ですが、それだけでは表面的な問題解決に終始し、チームメンバーの深層的なモチベーションや、真にクリエイティブな発想が生まれにくくなるというデメリットがあります。
特に心理的安全性が低い場では、ドリーミングレベルやエッセンスレベルでの発言は難しくなり、結果として合理的現実レベルの会話に終始してしまいやすいです。それだけにこのような「3つの現実レベル」を意識することは、対話の質を高める上で非常に重要です。これが物事を「自分ごと化」できるか、つまり「しっくり」くるかどうかに直結するのです。
成長への壁を乗り越える、「エッジ」という考え方
コミュニケーションレベルと同じくらい頻出するテーマ(課題)に「会議で会話が少なくなる」というものがあります。これは先ほど触れた心理的安全性にも関連しますが、「本当にこんなことを言っていいのだろうか」「失敗したらどうしよう」といった心理的なハードルが生まれるというのがよくある理由です。
チームや個人が新しいことに挑戦したり、変化しようとしたりする際には、人は誰しも抵抗を感じることがあります。目に見えない「壁」や「ためらい」、システムコーチング®ではこれを「エッジ」という概念で捉えます。
エッジというのは「端っこ」という概念であり、具体的には既知の領域から未知の領域へ移行する際の心理的なハードルや抵抗感を指しています。既知と未知、それぞれを「一次プロセス」と「二次プロセス」と呼びます。先ほどの会議の例で言えば、「もっと主体的に発言したい(二次プロセスへの誘い)けれど、批判されるのが怖くてなかなかできない(一次プロセスに留まる)」といった状況というわけですね。
私自身も新しいワークショップのデザインや、これまでにないチームビルディングのアプローチを試みる際、「過去の成功事例に倣って、安全な選択肢を選ぶべきか」と「これまでの常識を打ち破るような、全く新しい体験設計に挑戦すべきか」の間で葛藤し、参加者からの反応や成果への不安から、つい慣れ親しんだやり方に戻りたくなることが少なくありました。
しかし、エッジという概念を認識し、その恐れと向き合い、あえて未知の領域に踏み込もうと決めたことで、予想をはるかに超える学びや、チームとしての新たな一体感が生まれたことを経験上知っています。
エッジは、個人だけでなくチーム全体にも存在します。例えば、組織として新しい方針を打ち出しても(二次プロセスへの誘い)、現場のメンバーが変化への不安や過去の経験から抵抗を感じる(一次プロセスに留まろうとする)場合などです。このエッジの存在に気付き、それが何なのかを対話を通じて探究し、どう乗り越えていくかを考えることが、チームの成長にとって非常に重要になるのです。
AIが発達した今だからこそ、デザイナーは「関係性」に着目する
ここまでシステムコーチング®の基本的な考え方をお話ししてきましたが、デザイナーとしてチームの関係性に着目するのには理由があります。
特にサービスデザインの考え方では、サービスを提供する側の作り手にもスポットを当て、作り手側が良い状態であることも重視します。サービスというのはそれを使うユーザーだけでなく、作り手側も含めた一種の「システム」のような存在だからです。
特にデザインプロジェクトの上流工程では、ユーザーの課題は何か、どんな価値を提供できるのか、それをどう表現するのかといった、形のない曖昧なトピックを扱います。多様な意見を出し合い、建設的な批判を交わし、本質的な議論をするためにも、共感を通じて深いレベルで理解し合う「質の高い対話」が不可欠なのです。
デザイナーは人の感情や体験を深く洞察し、それを形にする専門家。チーム内の目に見えない感情の動きや関係性のダイナミクスにも敏感であり、それをより良くしていくことに関心を持つのが望ましい姿だと考えています。
また「関係性に着目する」という試みは、AIが発展している今だからこそ重要だと考えています。AI技術の進化は、私たちの働き方やチームのあり方を大きく変えつつあります。今後、定型業務や情報処理の多くをAIが担うようになる中で、個人のスキルや効率性は飛躍的に向上するでしょう。その一方で、人間にしかできない「協働」や「創造性」の価値がより一層重要になるのではないでしょうか。
AIがどれほど優れても、人間の持つ複雑な感情や、そこから生まれる直感、そして人と人との間で織りなされる「関係性」そのものを理解し、創造することはまだ難しいはず。AIは優れたツールとなり得ますが、チームとしての共感や、言葉にならないエッセンスレベルでの深い理解、そしてエッジを乗り越えるための人間的な葛藤と対話は、やはり人間である私たちにしかできない領域です。
AI時代に求められる「分からなさ」に向き合う力、ネガティブ・ケイパビリティ
AIが膨大な情報や選択肢を提示し、「正解のようなもの」が瞬時に生成される現代では、「すぐに着地(解決)しない思考」が苦手になり、分かりやすい答えに飛びつきがちになるというリスクもあります。しかし、この「すぐに着地しない思考」こそが、真に新しい問いや価値を生み出す土壌となるのです。
AI時代に求められるのは、むしろ「AIの誘惑を断ち切る力」。チームとして最適な解を見出し、新たな価値を生み出すためには、メンバー間の質の高い対話、相互理解、そして強い信頼関係が不可欠です。
システムコーチング®とも深く関連する概念に「ネガティブ・ケイパビリティ」というものがあります。これは「複雑なものを複雑なままに、わからないことをわからないままに、痛みを痛みとして、判断を保留して抱え持つ力」のことです。システムコーチング®では、まさにチームが「分からない」状況に直面した際に、安易な解決策に飛びつくのではなく、その「分からなさ」を共に探究し、乗り越えるエッジを支援するアプローチと言えるでしょう。
- チームを一つの「システム」として捉え、その「関係性」に焦点を当てること
- コミュニケーションにおける「3つの現実レベル」を意識し、すれ違いを防ぐこと
- 成長の過程で現れる「エッジ」を認識し、それを乗り越える勇気を持つこと
AI時代において、私たちの創造性や協働の質が問われる中で、普段のチーム活動の中で、少し立ち止まって自分たちの「関係性」について考えてみるきっかけになれば幸いです。
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いかがでしたでしょうか。次回は、「リフレクション」というテーマで、より具体的なアクションについてお話しできればと思います。お楽しみに!