「お腹すいたし、今日の昼はガッツリ系にしたい」「なんかテンション上がるお店ないかな」

そんな今の気分に合った飲食店を、生成AIを取り入れた独自のワード検索で探すサービス「タベチャム」が、2024年11月にリリースされました。

開発したのは日本有数の総合電機メーカーである三菱電機。タベチャムは主力事業とは大きく異なるジャンルの新規事業であり、サービス開発プロジェクトにグッドパッチが参画し、サービス構想の具体化や、プロトタイプ制作による検証といった面で支援をしてきました。

今回はサービスのリリースを記念して、プロジェクトチームにインタビュー。なぜ三菱電機が異業種の新規事業に挑戦しているのか、どのようなプロセスでサービスが出来上がっていったのか、プロジェクトを通じて見えた新規事業の課題と成功のカギとは──。三菱電機とグッドパッチの両チームが語る協働の裏側をご紹介します。

<話し手>
三菱電機株式会社 モビリティインフラシステム事業部 統合エンジニアリング部 モビリティソリューション事業推進グループ 主任 田村さん
Goodpatch クリエイティブディレクター/UIデザイナー 栃尾
Goodpatch テクニカルディレクター/ソフトウェアエンジニア 池澤

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三菱電機が異業種の新規事業「タベチャム」に挑戦する理由

──今回グッドパッチが検証を支援した新規事業、「タベチャム」はどういったサービスなのか、改めて説明いただけますでしょうか?

三菱電機 田村さん:
タベチャムはユーザーが選ぶワードから気分にぴったり合う飲食店をレコメンドしてもらえるサービスです。レビューや画像といった情報ではなく、「ジューシー」「元気が出る」「あつあつ」といった感覚的なワードだけで検索するところに特徴があります。

三菱電機株式会社 モビリティインフラシステム事業部 統合エンジニアリング部 モビリティソリューション事業推進グループ 主任 田村さん

三菱電機株式会社 モビリティインフラシステム事業部 統合エンジニアリング部 モビリティソリューション事業推進グループ 主任 田村さん

──サービスのアイデアはグッドパッチにご相談いただく以前からあったということですが、どういった背景で生まれたのでしょうか?

三菱電機 田村さん:
私が所属している事業本部は、行政や鉄道事業者などが主な取引先で、私自身は車両の電機品などを扱う鉄道系の部署に在籍しています。技術出身者が多く、これまで研究してきた技術や培った知見を持ち寄って新規事業創出に挑戦しているグループです。

2021年から地方を訪問する人を増やす試みの一環として、「食」に関するサービスを検討してきました。インフラ関連の既存領域に加えて、外食産業という新領域に進出できる事業アイデアとして生まれたサービスになります。

──鉄道をはじめとする、インフラ関連事業がベースにあるんですね。

三菱電機 田村さん:
飲食店の情報を通じて「現地に足を運びたい!」と思ってもらえたら。将来的には、旅先の地方企業との協業を見据えています。

──アイデアがあり、プロトタイプも自社で制作されていたということですが、社外に協力を求めるきっかけは何だったのでしょうか?

三菱電機 田村さん:
自社のエンジニアが機能面のみを作成したプロトタイプはあったのですが、今後、多くの人に検証で使ってもらうことを考えると、デザインも大切だと考えていまして。加えて、インフラ事業ならではの品質重視かつ慎重な姿勢ゆえ、プロトタイプの改善に必要以上に時間がかかりそうだったという点も懸念でした。

プロジェクト開始当初、提示された画面イメージ

プロジェクト開始当初、提示された画面イメージ

──既存事業と新規事業では、リスクの捉え方が異なりますよね。

三菱電機 田村さん:
そう思います。やはり新規事業では、最小限の機能を低コスト・短期間で実装し、フィードバックを基に素早く改善していく方が相性が良いですね。そのため、自社と異なるスタイルで開発を進められるパートナーとして、短期間でプロトタイプを制作でき、デザイン力と提案力のバランスの良い協力会社を探すことにしました。

──複数の候補から、グッドパッチを選んでいただいた理由は何だったのでしょう。

三菱電機 田村さん:
グッドパッチさんはウェブサイトで過去の事例紹介なども拝見していて、「うちもお願いしてみたい!」と惹かれました。他社さんはデザインは素敵でも、事業アイデアをブラッシュアップさせていくパートナーとして考えたときに頼りなく感じるところもありました。あと、知人からの評判が良かったというのもありますね。

──クチコミですか!

三菱電機 田村さん:
同僚とグループ企業の三菱商事の方を交えたランチで新規事業の話をした際にグッドパッチが挙がったんです。その方も他のプロジェクトで評判を聞いて、という感じで。いろいろな会社に話を聞いていたときで、ちょうどいいタイミングでした。また、「三菱商事さんの紹介であれば」と社内の稟議もスムーズに進んだという思わぬメリットもありました(笑)。

──ありがたいお話です。

「3枚の絵」から2カ月で完成した価値検証プロトタイプ 社内外で事業価値が伝わるように

──ここからはプロジェクトの具体的な内容について、お伺いできればと思います。グッドパッチのメンバーは、サービスのコンセプトに対してどんな印象を持ちましたか?

Goodpatch 栃尾:
「感覚的なワードを軸にお店をレコメンドされる」という一連の体験を、デザインという手法でさらに面白くしたい!というのが最初から頭にありました。ワードの見せ方や選び方が一番のキモになるので、ユーザーにとって魅力的な体験を考え尽くしたいとメンバーと話していました。

──どのようにプロジェクトを進めていったのですか?

Goodpatch 栃尾:
今回のプロジェクトは、価値検証が可能なプロトタイプの制作をゴールとする「フェーズ1」と、プロトタイプの改善からサービスリリースまで進めた「フェーズ2」に分かれます。

フェーズ1は2023年末に始まりました。コンセプトとサービスのイメージがすでに決まっていたので、改善できそうなことやUI/UX観点で抜け落ちているところをグッドパッチ側で補う、というのが基本姿勢となります。最初にサービスのイメージ画像と機能に関する箇条書きのリストを共有いただき、田村さんがやりたいことを読み解くところから着手しました。

Goodpatch クリエイティブディレクター/UIデザイナー 栃尾

Goodpatch クリエイティブディレクター/UIデザイナー 栃尾

三菱電機 田村さん:
本当に要素を切り張りしただけの3枚の資料でして、今思うと申し訳なかったです……(笑)。機能に関しても、やりたいことはたくさんあったのですが、どこに主眼を置くのか、優先順位が付けられていない状態でした。

Goodpatch 栃尾:
どんな機能が必要なのか判断するためにも、とにかくコミュニケーションが必要でした。最初の1カ月は毎日30分時間をいただき、ラフなワイヤーフレームで作ったビジュアルを見ながら互いの認識を合わせていきました。

──毎日30分って、相当なペースですね。

Goodpatch 栃尾:
期間が2カ月ということもあり、とにかくスピードが大事な状況だったので。密にやり取りをしたことで、画面を作ることに集中できました。

三菱電機 田村さん:
経験したことないようなやりとりの頻度とスピード感でしたが、グッドパッチの皆さんから「ここはどれくらい大事なのか?」「最も重視しているものは何なのか?」と問いを繰り返しもらったおかげで、サービスイメージの輪郭を際立たせることができ、優先順位も自ずと明らかになっていきました。

印象的だったのは前日のミーティングで「イメージとちょっと違うかも」と話したところに対して翌日すぐに3案出していただける熱意。負担をおかけしたと思いますが、サービスの価値として軸になる部分をていねいに問い直せた良い時間でした。

──グッドパッチ側と検討した内容を、田村さんがチームメンバーに共有する形だったのですか?

三菱電機 田村さん:
そうです。チーム内では規約やシステム管理などにおける社内的な観点を確認したり、栃尾さんたちに作っていただいた画面を実際に触りながら、操作性に対する意見をもらったりしていました。

毎回5人くらいに聞いて回っていましたが、実際に触れる画面を作っていただいたことで、フィードバックももらいやすかったです。「これどうやって作ったの?」と驚かれることもよくありました。いい意味で、三菱電機らしくないデザインに仕上がったと思います。

──初めてのグッドパッチとの協働で、印象に残ったことはありますか?

三菱電機 田村さん:
「短期間でここまでできるんだ!」という感動が一番大きかったですね。必要最低限の部分をきちんと作り込んで、検証して次に進む、というサイクルを回すことができて、改めて先に進む力が大切なのだと実感しています。

また「こんなに一緒に考えてくれるんだ」と感じる場面も多かったです。こちらが温めていたイメージを解釈してくれて、より良いものを提案してくれる。大変ではありましたが、とても楽しい時間でした。

──デザインのクオリティが高いプロトタイプには、どんな価値があると感じていますか。

三菱電機 田村さん:
新規事業は社内からも「それってどんなリターンが得られるものなの?」と問われる場面が多くあります。やりたいことのコアな部分が表現できているプロトタイプを実際に見せることで、こちらもサービスの説明がしやすいですし、相手にも伝わりやすい。「面白い試みだね」と実感を持って応援いただくことも増え、サービスの価値を認めてもらいやすくなりました。

──応援してくれる方が増えることで、社内でも動きやすくなりそうですね。

生成AIの導入で広がった「タベチャム」の可能性

──フェーズ1が終了し、半年後に再びグッドパッチとのプロジェクトが始まったと伺っていますが、この間はどういった動きがあったのでしょうか。

三菱電機 田村さん:
制作いただいたプロトタイプを用いたユーザーインタビューを行っていました。一般の方からフィードバックを受けたり、データを取ったりということ自体、これまで社内でもあまりやってこなかった試みなのですが、こうしたプロセスを含めて社内で評価され、リリースに向けて順調にステップを進めることができました。

──引き続き、グッドパッチにご依頼いただいた理由を教えていただけますか?

三菱電機 田村さん:
規定に則って他社さんも併せて検討はしたのですが、私やチームメンバーとしては引き続きグッドパッチさんにお願いしたいと思っていました。こちらの事情を細やかに捉えてくださっている安心感がありましたし、提案力も十分に実感していたので。

──フェーズ2ではプロトタイプの改善をしていったということですが、具体的にどこが変わったのでしょう。

Goodpatch 栃尾:
もともとは、フェーズ1で作ったプロトタイプに足りていない観点があればそれを補う……というご依頼だったのですが、せっかく改善するのであれば、田村さんが描いた世界観を最大限実現したい!と、無邪気にさまざまなアイデアをご提案させていただきました(笑)。

 

全体的にユーザーにとってより分かりやすいビジュアルデザイン・UIに改善していますが、新たに追加したのは「なんとなく」気になって選んだワードから、気分にぴったり合う飲食店に出会えるという体験の設計です。

──どのように進化したんですか?

Goodpatch 栃尾:
フェーズ1の段階ではさまざまな制約があり、あらかじめリスト化されたワード群からユーザーが気になるものを選ぶ、という設計にしていました。

ただ、それではどうしても「サービス側から提示された選択肢から選ぶ」という構図になってしまい、なんとなく、という体験からは少しずれてしまうと考えていました。今回、バックエンドの開発に入っていただいたNTT先端技術と協力し「フリーワードを入力し、そこからキーワードがレコメンドされる」という生成AIを活用した機能を入れませんか、と提案したんです。

──なるほど。偶発性というか、いわゆる「セレンディピティ」のような要素を目指したかったわけですか。

三菱電機 田村さん:
まさにそうなんです。セレンディピティはチーム内でもキーワードとして挙がっていて、いかにそれを生み出すかが課題でした。LLM(大規模言語モデル)が発達してきたこともあり、何かで使いたいと考えていましたが、具体的な使いどころが見えていなかったところ、栃尾さんからご提案いただいてありがたかったです。

MVPだからこそ突き詰めて考える、「生成AIのコスト」と「ユーザー体験」のバランス

──面白いですね。生成AIを活用した新機能ということで、実装を担当されたエンジニアの池澤さんはどういった動き方をされていたのですか?

Goodpatch 池澤:
今回、AIはGoogleの「Gemini」を使っているのですが、どのAIサービスを使うのか、APIはどういうものにすべきかなどの要件整理や、AIを使うエリアの設計から取り組みました。

フリーワードから新たなワードをレコメンドするという一連の動作の中で、どこにAIを使い、どこで切り離すかが工夫すべきポイントでした。AIサービスもタダではないので、使えば使うほど無尽蔵にコストが膨らんでしまいます。

Goodpatch テクニカルディレクター/ソフトウェアエンジニア 池澤

Goodpatch テクニカルディレクター/ソフトウェアエンジニア 池澤

──言われてみればたしかに。

Goodpatch 池澤:
今回はMVP(Minimum Viable Product)としてリリースし、市場の反応を見るのが主目的なので、コストがかかりすぎるのはよくない。生成AIというと、会話型の仕組みなども考えられますが、そうなるとAIを介するやりとりが増えて費用も増えてしまいます。体験のリッチさとコストのバランス、そして仮にユーザーがたくさん来ても耐えられる設計になっているか──といった点を意識しました。

──実際、そこはどういった形で着地したのでしょう。

Goodpatch 池澤:
まず、ユーザーが入力したフリーワードに対する解釈、つまりそこからどんなワードが提示されるかはAIの力を頼っています。サービスの体験の中心部分なので、楽しいコミュニケーションの実現にもAIは欠かせません。

そこで提示されたワード(タグ)から店舗情報を導き出すところは、こちら側で事前にデータを作っておくことで、いくら検索を掛けても従量課金にならないような構成にしています。予算を抑えつつも高い拡張性と担保し、楽しいコミュニケーションを実現できるかがカギでした。

──実装時のグッドパッチ側の連携はどのようになっていたのですか?

Goodpatch 池澤:
栃尾さんがやりたいことは、毎日見ていたFigmaを通して理解していました。実装面で難しいと感じたアイデアに関しては、落としどころを相談していましたね。

Goodpatch 栃尾:
私が見逃してしまっている観点をちゃんと開発者目線で指摘してくれるので助かりました。体験としてどうしても達成したい点に関しては、たとえ難しいとしても一緒に落とし所を探してくれるところも頼もしかったです。

──そういったやりとりを経て、プロトタイプが改善されていくところを見て、田村さんはいかがでしたか?

三菱電機 田村さん:
段階的にプロトタイプが改善されていく様子が見えていたので安心感もありましたし、良い勉強になりました。池澤さんがNTTさんと連携しながら進行管理もしてくださり、AIが実装されたあとは周囲からも「真新しさが感じられる」と評判でした。良いものが出来上がっていく実感がありました。

セキュリティテストもLPも。サービスリリースの最後まで並走

──ちなみに今回はセキュリティテストもグッドパッチが担当したと聞きました。

Goodpatch 池澤:
はい。三菱電機さんの審査に通さなければいけないセキュリティに関する項目をいただいて、それに適うようなテストケースを私のほうで作成し、実施しました。

三菱電機 田村さん:
会社的にやはりセキュリティに関する審査は提出書類も多く重いのですが、池澤さんのおかげでスムーズに通過できました。サービスをリリースするにあたって、法律面の項目をクリアすることが大きな課題だったので、二人三脚で進めてくださって心強かったです。

Goodpatch 池澤:
ドメインを決めるのも楽しかったですね。

三菱電機 田村さん:
サービス名やドメイン決めの際には、グッドパッチさんからネーミングのプロの方も入って、アイディエーションの機会を作っていただいて。その際に、チームメンバー含めそれぞれがこのサービスに対して抱いているイメージに意外と差があることも明らかになりました。社内だけで完結していたら、気が付きにくかった観点かもしれません。

サービス・ドメイン名のアイディエーションの様子

サービス・ドメイン名のアイディエーションの様子

──リリースにあたっては、ロゴのデザインやLPにも栃尾さんたちが関わったらしいですね。

Goodpatch 栃尾:
やはり最終的なゴールはこのサービスをいろんな人に使ってもらって、価値があるものだと分かってもらうことです。そのためにもまずはサービス自体を認知してもらうことが大切。LPをはじめとしたタッチポイントもグッドパッチがサポートしたいと考えていたので、制作できてよかったです。

三菱電機 田村さん:
本当に作っていただいてよかったです!LPと合わせて作っていただいたSNS用の広告も早速配信していますが、(グッドパッチが手掛けていないバナーと比べて)クリック数が目に見えて違うんです。プロダクト自体のデザインも大切ですが、マーケティングや伝え方の大切さを実感しました。

新規事業はとにかく「やりたいことを大切に」 デザイン会社との協働で分かったこと

 

──無事にタベチャムがリリースできて良かったです。今回、新規事業を進めていくにあたって、グッドパッチのようなデザイン会社と一緒に進めることにどのような価値を感じられましたか?

三菱電機 田村さん:
まず、栃尾さんや池澤さんをはじめ、関わってくださったグッドパッチの皆さんがチームの一員となって尽力してくださったことに感動しました。池澤さんは途中からの参加でしたが、当初からプロジェクトへの理解度が初年度からアサインされている人と遜色なく、社内共有がきちっとされている印象を持ちました。

私自身はデザイン会社と協働するのは初めてだったのですが、「やりたいことを大事にして、コアの部分を見失わない」といったマインドセットにはチームメンバー含め影響を受けました。これまではやりたいことがあっても、その手前にある、やらねばいけない細かいことにどうしても目が行きがちでした。今回のプロジェクトを通して視野が広くなり、視点を変えることでやりたいことを実現するための道筋が複数見えるようになりました。

──チームへの影響もあったということですが、具体的にはどういった変化があったのでしょう。

三菱電機 田村さん:
以前に比べてフランクな会話が増え、アイデアが生まれる土壌が醸成されてきていると感じます。アイデアの検証に関しても、引き続き小さく作って改善のサイクルを回していくやり方を浸透させていきたいですね。これまでは社内で最初の一歩を踏み出すときにためらうこともありましたが、やりたいことのコアな部分を見失わなければ、プレッシャーに負けることなく前に進めることを学んだので。

──ありがとうございました!最後にタベチャムの今後の展望を教えてください。

三菱電機 田村さん:
やっと世の中に公開できたところなので、引き続き広報とフィードバックを受けて改善に注力していきたいです。次のステップとしてはタベチャムで得たデータを持って既存領域以外の業界に進出し、企業との協業を視野に入れながら進めていけたらと考えています。

グッドパッチさんには引き続き伴走いただきながら、今回の検証で得られたデータを基にさらなる改善を行っていく予定です。別チームの新規事業案に関してもご相談できたらと考えているものがありますし、今後もさまざまな形でご一緒できたらうれしいです。

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