デザインの力をもって、さまざまな企業の課題に向き合っているグッドパッチですが、デザインによる課題解決が求められているのは企業「だけ」ではありません。
その一つが「地方自治体」。人口減少を背景とする少子高齢化や、働き手不足、行政サービスの質の低下といった、構造的な課題に直面しているのは想像に難くないでしょう。
経済産業省・特許庁では、2018年5月に報告書『「デザイン経営」宣言』、さらに同省では、2020年4月にサービスデザインの手引書及び調査研究報告書をとりまとめて公表しています。人口減少社会における少子・高齢化、働き手不足等の構造的な問題に加え、顧客の求める価値が多様化、複雑化する中、これからの行政運営、企業経営には継続的な変革=イノベーションが求められており、“デザインの力”は必要不可欠なスキルになりつつあります。
グッドパッチのフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere」では、新潟県や島根県など、地方自治体とのプロジェクトも多数行っており、その知見やノウハウを広めるべく、2024年5月に地域課題の解決をテーマとするイベント『Local Design Day』を開催しました。
本イベントでは、デザインの力を早くから政策立案に生かし、プロジェクトで活躍された職員の皆さまを招き、グッドパッチとどのような取り組みを行ったのかお話しいただきました。本記事では、イベントの一部始終をサマリーとしてご紹介します。
目次
行政に「市民目線」をインストール、デザイン会社と業務改善に取り組む新潟市
イベントのオープニングでは、『「行政×デザイン」の現状・あるべき姿』をテーマに、元新潟市デジタル行政推進課長の箕打氏とGoodpatch Anywhere ファウンダーの齋藤が話し合いました。
箕打氏は総務省から新潟市に派遣された当初、各部署の課題解決に取り組もうとヒアリングをするも、最初はうまくいかなかったと当時を振り返ります。「サポートします、と話しても『大丈夫です、困っていません』という感じで。現場の皆さんに心を開いてもらうまでが大変でした」(箕打氏)
Goodpatch Anywhereとプロジェクトを進めるようになったきっかけは、新潟で地域に根差した課題解決に取り組むDERTA(デルタ)取締役CDOとして働きつつ、Goodpatch Anywhereのメンバーとしても活躍するデザイナー、須貝との出会いでした。
「行政で働いていると『市民目線が足りない』と感じる場面は少なくありません。大きいインフラはすぐには変えられませんが、小さい業務改善を重ねる中で少しずつ行政のあり方が変わればと考えていたので、一緒に取り組める地域企業・デザイナーと出会えたのは良かったです」(箕打氏)
新潟市、Goodpatch Anywhere、そしてDERTA。三者が共同で最初に取り組んだのは課題の可視化でした。「市の悩みや課題を共有し、アプローチを公開することで、市役所内の動きを高めていきたかった」と齋藤は当時の狙いを話します。
Goodpatch Anywhereのメンバーが職員にヒアリングを重ね、狙い通り市役所内のアクションは増え、中にはデザインの勉強を主体的に始めた人もいたそうです。このやり取りを公開勉強会としてオンライン上で公開したことをきっかけに、新潟市のファンになった人もいたと言います。「『いい取り組み、新潟市にふるさと納税します』と視聴者から言われたのはうれしかったです」(箕打氏)
https://goodpatch.com/blog/2023-06-niigataaw
デジタル化を進めようとすれば、コンサルやシステム会社などと組む選択肢も考えられますが、そういった企業とGoodpatch Anywhereのアプローチの違いについて問われた箕打氏は、次のようにまとめました。
「ソリューションを持つ会社が相手だと、業務改善の過程で彼らの手法に合わせる場面が少なからず出てきます。アドバイスはありがたい一方、『自分たちの方が業務を知っている』と思う職員も少なくありません。GPに伴走してもらえたことで、事例集やバナーなど具体的なデザインの成果物を作りつつ、どうしたら課題を解決できるかにフォーカスして、試行錯誤しながら進められましたので、ありがたかったですね」(箕打氏)
生産性向上だけでなく、イノベーションを目指して 新潟県がデザイン経営に取り組む理由
続くセッション「新潟県内企業のデザイン経営推進」では、特許庁デザイン経営プロジェクト 中小企業支援チーム長の菊地氏、元新潟県産業労働部創業・イノベーション推進課長 田中氏の2人から話題提供がありました。
セッションの前半は、菊地氏から特許庁のデザイン経営に関する取り組みについて説明がありました。2018年の経済産業省と特許庁による『「デザイン経営」宣言』を踏まえ、デザインによってブランド力とイノベーション力を高める必要性を訴える中、宣言の内容が大企業寄りだったため、「デザイン経営は大企業や余裕のある組織が取り組むものではないか?」という受け止めもあったそう。
デザイン経営が企業規模に関係なく有効であることを示し、全国に広げていくため、2020年度に特許庁のデザイン経営プロジェクトチーム内に「中小企業支援チーム」を設立。現在は地方自治体や支援機関と連携し、デザイン経営を全国に広げるためのワークショップや調査活動に取り組んでいます。
セッションの後半では、新潟県がデザイン経営の推進に取り組むようになった経緯を田中氏が説明しました。新潟県では、1人あたりの付加価値額が低いことから、生産性と付加価値の向上が課題だったと言います。そこで県が着目したのはDX(デジタルトランスフォーメーション)でした。
県内企業・自治体・金融機関・ITベンダーの連携、首都圏のIT企業の誘致、ITイノベーション拠点施設「NINNO(ニーノ)」の開所といった施策を進める一方で、付加価値の向上は難航したと田中氏は話します。
「ロジカルに考えられる施策を積み重ねても『生産性向上』にとどまってしまい、付加価値の向上までたどりつきません。改めてどのようにイノベーションを起こしていくのかを考える必要がありました」(田中氏)
そんな折に田中氏は「デザイン」に出会ったと言います。DERTAの前身であるデルタ新潟(勉強会イベントを行うチーム)で須貝が開いていた「デザインアプローチをどうやって地方に取り入れるか?」をテーマとした勉強会が同氏の目に留まり、「UPDATE LOCAL」を掲げる株式会社DERTAの設立や新潟県のデザインやコミュニティの概念を取り入れたプロジェクトへとつながっていきます。
そして、県の企業の事業支援や人材育成における、デザイン経営をさらに推進するべく、企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用する形で、2022年12月に齋藤が新潟県の参与(デザイン経営担当)に就任。Goodpatch Anywhereもこの活動に加わりました。
https://goodpatch.com/news/design_driven_mgmt_advisor_saito
「僕らが嫌なのは、都会のデザイン会社がそれっぽいモノをつくり、膨大なフィーだけを受け取って帰ってしまうことです。そんな仕事をしていては、その後のデザインに対する投資が地方で起こりにくくなってしまいます。案件単位だと採算が合うかは難しいこともありますが、フリーランスや副業人材など、いろいろな人がプロジェクトに混ざっていくことで、皆が幸せになる状況を作れる可能性はあると思います」(齋藤)
齋藤の話を受け、田中氏は次のようにセッションをまとめました。
「地方創生が流行ったころ、東京のコンサルが絵を描いて終わりということは確かにありました。採算が合わないからこそ、地域のプレイヤーがやり方を変える必要があります。本来なら、行政が旗振り役をしていくべきですが、旗を振っても動ける人がいなくては意味がありません。さまざまなプレイヤーの方々が関わり、デザイン経営を進めていけるよう、引き続き頑張っていきます」(田中氏)
「自身のありたい姿を描けるように」島根県で進むデザインワークショップ
最後のセッションでは、「島根県内企業のDX推進」をテーマに、島根県商工労働部産業振興課産業デジタル推進室 前室長 安達氏、株式会社島根情報処理センター 代表取締役会長 北村氏の2人をゲストに迎えました。モデレーターはグッドパッチの佐々木と松島が務めます。
島根県では、IT分野における技術開発とオープンイノベーションの加速に向け、「しまねソフト研究開発センター(ITOC、アイトック)」を2015年に設立したものの、思うような成長曲線を描けていない現状に暗中模索している日々ですと安達氏は話します。
「島根県は、国産プログラミング言語『Ruby』を軸に産業振興を推進している土地です。Rubyが徐々に国内外へ普及していったように、小さな火種を軸に、地域の中に多様なコミュニティが生まれ点から面へ活動は展開してきましたが、真の共創関係には道半ばで、地域産業の飛躍にはまだまだ課題を残しています。本来、手段であるはずのオープンイノベーションを目的にしていたのではないか、と考えるようになりました」(安達氏)
現状を打破するにあたり、解決すべき問題を経営者が自分自身で設定できるかが課題でした。現状と目指すべき姿(as is/to be)の差分を考えようにも、あるべき姿が描かれなくては問題設定もできません。
新たなビジネスを創出し、ステークホルダーとのより一層の共創を進める意味でも、UXデザインの力が必要だと考えた安達氏は、2016年にグッドパッチに最初のコンタクトを取ったそう。「グッドパッチは常に問いを投げかけながら、答えを一緒に考えてくれるパートナーだと感じました」(安達氏)
この連携をきっかけに、グッドパッチと開催したのが「デザインプロセスワークショップ」です。2017年に県内の専門学校で開催されたのを皮切りに、松江高専や島根大学などでも開催されました。
当時ワークショップに寄せていた期待について安達氏は、「座学で知識を得るだけでなく、ワークを通じたコミュニケーションの中で、他者の思いを知覚することができれば、メタ認知も高まります。他者と自己の変化からハートが揺さぶられ、ありたい姿を描けるようになれば」と話します。
ワークショップが一過性の活動にならないよう、地元の中小企業やIT企業にも少しずつ活動に加わってもらいました。その一社が、北村氏が会長を務める島根情報処理センターです。北村氏は「未来を考え、提案できるエンジニアが1人でも多く必要」と過去の反省を振り返ります。
「過去に他社のUXデザインセミナーに参加した際、自分たちは顧客企業のボトルネックにある真の事業課題解決につながらない提案をしていると反省したことがあります。受託開発を進める自分たちこそ、デザイン思考を知り、顧客にとっての使いやすさを踏まえたプロジェクト設計、開発できるエンジニアを育成するためにグッドパッチと連携することにしました」(北村氏)
地方こそDXの推進が必要、「H型人材」の育成がカギに
島根県も先にセッションを行った新潟県と同じく、DXの推進を目指していました。グッドパッチの松島は「地方こそDXの推進が必要になる」と説明しました。
「島根県をはじめとする多くの地方で生産年齢人口の減少が進む中で、現状維持に努めるだけでは地元の衰退を招くことになりかねません。例えば島根県の製造業においては、大手の完成品メーカーではなく、中間工程の部品加工メーカーが多いため、サプライチェーンの制約を受けやすく、本来のありたい姿を考えにくいというバイアスがあります。DXを推進するためには、同じ課題意識、目的意識を持つ仲間を巻き込む必要があります。」(松島)
北村氏も「IT業界だけでなく、その他の業界にもDXを推進できる人材が必要」だと話します。
「今後DXを進める上で求められるのは、組織・産業・既存知識を越えて、点と点を結ぶデザイン思考を持てる『H型人材』です。モノをつくる人材が全産業で育っていかないと、地域が衰退していくため、県全体でH型人材を増やす必要がありました」(北村氏)
H型人材の育成に向けて、グッドパッチでは、県内の中小企業とIT企業によるDX人材の育成に向けたデザインプロセスのワークショップ、県内企業の定性調査ならびに課題の把握に取り組みました。
さらに2024年から、地域の企業コミュニティづくりに向けた施策とDX人材育成のためのワークショップに注力していくとグッドパッチの佐々木は話します。
「2024年からは島根の企業が集まるためのコミュニティの仕組みづくりに取り組む予定です。並行して、DX推進のための実践デザイン思考講座も島根県とチーム出雲とともに進めていきます。チーム出雲というのは、島根県出雲市に拠点をおくIT関連企業が集まった組織です。加盟企業は約20社、エンジニアの総数は300人を超えます」(佐々木)
これに対し、北村氏は「いい意味で行政を当てにせず、行政側で取り組むこと、民間側で取り組むことを意識し、われわれがやることに後からついてきてもらえるような活動をしていきたい」と話を締めくくりました。
Goodpatch Anywhereと一緒に、地域課題を解決しませんか?
デザインの力でどのように地域に貢献できるか、今回のイベントではGoodpatch Anywhereが取り組んだ、島根県様との県庁職員向けDX研修および島根県内の企業向けのDX研修・ワークショップ、新潟県様とのデザイン経営イベント開催、新潟市役所様とのデジタル化伴走支援等の事例をご紹介しました。
この記事で触れたのは、取り組みのほんの一部。Goodpatch Anywhereでは、地域で”デザインの力”を必要とする自治体、企業、高等教育機関等を巻き込みながら地域共創のフレームづくりにつなげることを目指しています。より詳しくプロジェクトについて知りたい方は、ぜひお問い合わせください。