グッドパッチでは、2022年に企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用して、新潟県の企業の事業支援や人材育成におけるデザイン経営の推進に取り組んできました。

今回はその取り組みの締めくくりとして、新潟市が目指すDXの未来や、行政のDXにおけるデザイナーの本質的な役割について勉強会を開催しました。

新潟市の職員のみなさんと、デジタル庁でデザインプログラムマネージャーも務める、サイフォン合同会社代表の大橋 正司さん、2022年度に新潟県参与 デザイン経営担当を務めたGoodpatch Anywhereの齋藤 恵太がお話しした内容をお届けします。

【登壇者】
箕打 正人(新潟市総務部デジタル行政推進課 課長)
川﨑 陽介(新潟市西区役所区民生活課保険料担当 主査)
堂前 壮史(新潟市教育委員会事務局保健給食課 主査)
大橋 正司(サイフォン合同会社代表社員)
齋藤 恵太(Goodpatch Anywhere ファウンダー/事業推進プロジェクトリーダー)

“訪問調査の日程調整”から考える「誰ひとり取り残さない」行政システム

勉強会ではまず、行政DXに向けての課題について新潟市が共有しました。最初に挙げられたポイントは「市民への訪問調査の日程調整」。市民の方のご自宅に訪問する日程調整を行う業務です。

元々は各家庭に日程調査依頼書を紙で送付したのち、電話でやりとりを行っていたそう。現在はそこから少し進み、依頼書に記載されたQRコードから希望日時を指定するシステムを採用。しかしそれでも、希望日時を受信したのち、担当職員の予定とのすり合わせを行う必要があり、完全なオンライン化が難しいのが現状です。

実務の様子を再現した動画を見た齋藤が開口一番、「僕も基本、電話を使わないので、この市民の方の気持ちがよくわかります」と言うように、同じような課題は多くの行政が抱えているはずです。では、このような課題に対しどのようなアプローチができるのでしょうか。

「民間だと比較的スムーズにDXのプロジェクト化が可能です。しかし行政の場合、プロジェクト化するまでに多くのプロセスを踏まねばならず、それが結局デジタル化の足枷になっています」(大橋)

新潟市の職員として業務にあたる箕打さんも、「デジタル化のアイデアはありますが、実際にみんなに納得してもらい、承認を得るところまで持っていくことがとても難しいと感じている」と言います。「既存のやり方でも回っているなかで、新しいことを導入するために、どのように説明すればよいか」という切実な悩みに、同じく行政でデジタル化を推進する大橋が答えました。

「このようなケースでは、既存のやり方では取りこぼされてしまう人がいるという前提で考えています。例えば、電話なら聴覚障害を持った方は応対が難しい。誰ひとり取り残さないために、どう選択肢を増やすのかと考えるんです」(大橋)

「デジタル化が持っている力とは、いろんなオプションを今まで以上に提供すること」と齋藤が言うように、伝えたい人に合わせてインターフェースを変えられることがデジタル化のメリットと言えます。一方で、選択肢が増えることによって、コストが重なってしまう懸念も。

「すべてを一度に実現することは不可能なので、一番効果が出そうなものを優先することが重要です。小さく始めて大きく育てることは、国の事業であるデジタル庁でも、県や市のプロジェクトでも、民間でも同じだと思います」(大橋)

行政におけるデザイナーの本質的な役割とは?

続いてのテーマを挙げた、ご自身も4歳のお子さんを持つ川崎さん。立地、定員、給食の有無……とさまざまな条件を照らし合わせて保育園を選ばなければならない中で、それらを110ページを超える紙やPDFの資料で照らし合わせている現状を改善したいと考えます。

保育園に入園するために市に提出する申請書には、第10希望まで入園希望施設などを記入しなければならず、子育て中の方にはかなりの重コストに。

そこで考えたのが、紙の資料に掲載されている施設情報のオープンデータ化です。市内の保育園の情報を希望する条件で絞り込める検索サービスの構想に、「やり方さえ分かれば個人ででも実装したい」と言うほど熱い思いを持つ川崎さん。

しかし、ただ単純に「オープンデータ化」すればいいわけではないと、病児保育のデータベース事業支援の経験のある大橋は指摘します。病児保育施設のデータベースの構築の場合、施設側に入力してもらう必要な情報は数十項目にも及ぶそう。利用者の利便性の裏側には、施設側の負荷が隠れているのです。

では、どのようにこの課題に向き合えばよいのか。大橋は、デジタル庁で行われたデンマークデザインセンターのCEOクリスチャン・ベイソン氏の講演を紹介しました。

市民を中心に置いて、コミュニケーションやインタラクション(サービス上のやりとり)をデザインしていくには、市民に対して問いかける必要があります。ただし、素朴に「何をお求めですか」と訊ねるということではありません。市民は、その実現方法を知りようがないのですから。そうではなく、もっと多くの時間やエネルギーをかけて、何が市民にとって真に重要なのか、どのように市民が生活をしているのかを理解するのです。

市民の声を聞き、本当に求められていることを提供することは行政が苦手とすることだと箕打さんは言います。そこで有効となるのが「デザインの力」です。「綺麗なものを作ることだけがデザイナーの仕事ではなく、ユーザーが何を求めているのかを見定めることがデザイナーの本質的な力」と齋藤が強調するように、行政におけるデザイナーの役割とは、市民の声を聞き、行動変容を促すことと言えるでしょう。

領域や境界を“越境”し、つながりを生むことがDX成功のカギ

ここで、「ユーザー(市民)に応えていかなければならない」という切迫感を組織にインプットするためにはどうすればいいのかという質問が箕打さんから寄せられました。

「Goodpatch Anywhereがプロジェクトを始めるときには、デザイナーを4〜5人ほどアサインします。人は誰でも、ひとりの力でロジックを貫き通すことはできないので、デザインに関して理解のあるメンバーを物理的に増やすんです。プロジェクトのコアとなる人をマイノリティにしないことが大事だと思っています」(齋藤)

「ジョブローテなどでプロジェクトの継続性を担保することが難しいのが行政組織。そのためには、トップが音頭を取り続けることが必要です。自分たちの地域をどうしていきたいのかを『語れる力』を持つ上層部をどれだけ巻き込めるかも同時にやるべきことではないでしょうか」(大橋)

これに対し、川崎さんからは「みんな課題には気づいているが、課題解決のためのリソースがない」現場の切実な声が上がりました。定常業務外の仕事をするための余白をどう作っていくのか、またその仕事にチームメンバーをどう巻き込んでいくのか。行政での経験を振り返りながら大橋はこう言います。

「行政の仕事はどれもが大事なので優先順位をつけることがとても難しいと思います。それでも優先順位をつけなければいけない。自分たちで順位付けできないのなら、第三者的にさばいてくれる人に頼ることもありなのではないでしょうか」(大橋)

行政のDXを進める最大の目的は、ユーザー(市民)の利便性を高めることです。そのために、行政職員の知見だけでなく、デザイン思考を用いて仕事をする外部人材が持つ“外の視点”も取り入れながら、実行と改善を繰り返していく必要があります。

「人はずっと同じ場所、属性で生きていくわけではありません。つまり、利用者目線で見ると、行政の管轄区域というボーダーを超えていかなければなりません。今後、より暮らしやすい社会にするためには、デジタル空間における『越境』、境界を超えて手と手を取り合うことが非常に重要だと思います」(大橋)

行政のDXを成功させるための鍵は「キーパーソンを巻き込み続ける」こと。そのために、組織内のつながりに留まらず、業界や領域を超えてつながることが何よりも大切なのです。

「この勉強会に参加しているみんなが仲間」と会を締めくくった齋藤。これからも、新潟市とGoodpatchは領域を越えながら、新潟市の未来のために協業を続けていきます。