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「3年後に何も残らないAI投資」を避けるには? 松尾研究所と考える「AI資産」の作り方

“AIエージェント元年”と呼ばれた2025年を経て、2026年はいよいよ「AIをどう実務に組み込むか」が問われる段階に入りました。一方で、目の前の業務に追われてしまうなど、多くの企業では中長期的な競争力につながる「AI資産」を蓄積できていない現実も。

「日本企業は短期成果を求めるPL思考に偏りすぎています。このままでは、3年後に何も残らない可能性があります」

そう指摘するのは、株式会社松尾研究所(以下、松尾研究所) AI開発事業ディレクターの東稔さん。グッドパッチは2026年5月、松尾研究所を招いてAIの勉強会を実施しました。本記事では100人近くの社員が参加した、勉強会のダイジェストをお届け。日本企業のAI投資の課題と、これからのAI開発、実装に必要な視点を紹介します。

株式会社松尾研究所 AI開発事業ディレクターの東稔さん

株式会社松尾研究所 AI開発事業ディレクターの東稔さん

 

AI投資に必要な「BS思考」。モデルが進化しても変わらない価値に投資せよ

日本のAI研究・社会実装を牽引する松尾研究所。基礎研究から企業との共同研究、スタートアップ支援まで、日本の産業競争力を底上げするAIエコシステムを築いてきました。

「基礎研究、講義、企業との共同研究、インキュベーションの4つの要素を循環させるのが、松尾研が目指すAIエコシステムです。基礎研究を社内にとどめず、先進的な講義として提供し、さらに企業との共同研究によって社会実装へとつなげています。共同研究には優秀な学生も参画し、そこで経験を積んだ学生の起業を支援。学生が講義を受け、共同研究でプロジェクトに携わり、スタートアップを立ち上げるのが一つの型になっています」

松尾研が目指す、日本の産業競争力を底上げする「AIエコシステム」

松尾研が目指す、日本の産業競争力を底上げする「AIエコシステム」

こうして生まれた松尾研発スタートアップは現在42社。最近では、海外にもAIエコシステムを拡大しています。

「2026年4月に開講した全世界でオンライン受講が可能な『GCI World』には、2万6000人から申し込みがありました。どの国も頭脳流出に悩んでいますので、講義を受け、国内で経験を積み、起業するという自国で回るサイクルは、経済強化の視点で注目いただいています。こうした動きによって日本の国際的なプレゼンスを高め、日本を再び技術立国にしていきたいと考えています」

さまざまなやり方でAI推進を行う松尾研究所から見て、日本企業のAI投資の現状は「できることからやる」発想が強いと東さん。業務自動化や工数削減など、わかりやすく成果が出やすい取り組みから着手する企業が多い一方、AIの加速度的な進化に追いつけず、作成したAIがすぐに陳腐化する事態が起きていると言います。

「AI活用のプレッシャーが強い分、多くの企業が短期成果を求めるPL思考に偏っていますが、中長期のAI資産を溜めるBS思考も重要です。『やれること』ではなく、『やるべきこと』を行う方向に転換しなければ、四半期の成果は出ても3年後には陳腐化し、何も残らない事態が起き得る。それが日本のAIを取り巻く現状です」

AI推進の際は、「チャットボットやAIエージェントといったAIアプリケーションレイヤーと、それを下支えする仕組みの2つに分けて考えた方がいい」と指摘します。

下支えする仕組みとは、自社独自のデータやいわゆる「暗黙知」といった、他社との差別化になり得る武器をAIが活用できるようにすることを指します。例えば「データの資産化」。構造化、非構造化を問わず、AIが活用しやすい形に整理し、継続的に蓄積していく必要があります。

AI推進を下支えする仕組みが大切という趣旨のスライド

アプリケーションだけでなく、AI推進を下支えする仕組みが大切だという

もう一つ、下支えする仕組みの中で触れたのが、暗黙知の組織知化の話です。東さんは「暗黙知の形式知化するアプローチ」と「暗黙知を暗黙知のまま学習するアプローチ」の2つの選択肢を挙げます。

「暗黙知の形式知化のアプローチは基本であり、これで組織知化できる部分も多くあります。ただ、制約があるのも事実です。判断基準などの思考プロセスの全てを言語化できるわけではありませんし、ベテランの知恵を形式知化するには時間がかかり、プロンプトも複雑になりやすい。さらには形式知化した瞬間から古くなってしまい、度々プロンプトの大改修が発生する可能性もあります」

だからこそ、「暗黙知を暗黙知のまま学習させる」ことも検証すべきだと続けます。ベテラン社員のノウハウを言語化するのではなく、出力データへのフィードバックを繰り返すことで、その考え方自体をAIに学習させるイメージです。

このアプローチで開発した特化型モデルを活用することで、回答精度・時間・コストの全てで通常のRAG(自社データや外部データベースを検索し、そこから得た情報をもとに文章を生成する技術)よりも良いパフォーマンスを出せる実例も出てきていると話しました。

暗黙知を組織で使えるようにするための2つのアプローチ

暗黙知を組織で使えるようにするための2つのアプローチ

「複雑なタスクをAIに任せたい」人はわずか10%

最後に、2025年にMITが公開した「STATE OF AI IN BUSINESS 2025(2025年 ビジネスAI白書)」について触れました。本白書では「AIプロジェクトの95%は失敗している」とされていますが、キャッチーな言葉に踊らされず「もう少し具体的な数字で見た方がいい」と東さんは解説します。

AI導入・開発プロジェクトは大きく『既製品を買う』『自社開発』『共同開発』の3つに分かれます。1つ目のSaaSなど「既製品を買う」場合、効果が個人の生産性にとどまり、企業全体の利益にはつながりにくい。自社開発の場合は、表面的なアプリ開発に限定され、肝心なデータ学習の精度向上に課題が残り、成功率は33%。3つ目の共同開発では、自社の業務知見と外部のAI知見を組み合わせることにより、導入コストは高いものの成功率は66%まで上がります。

「ここでいう成功とは、『AIプロジェクトの結果が実用に到達し、企業のPLに影響を与えること』。その成功率はAIプロジェクトの種類によって異なることを把握し、各企業での選択に繋げていくのが重要です」

同白書からの学びとして、「タスクによってAIへの期待度が変わるのも重要なポイント」と東さん。簡単なタスクと複雑なタスクに分け、AIと人間の若手社員のどちらに任せたいかアンケート調査を行ったところ、70%の人が「単純なタスクだったらAIに任せたい」と回答したのに対し、複雑なタスクに関しては「人間に任せたい」人が90%に達しました。

「おそらくChatGPTなどのツールで思うような回答が得られなかったことが反映されているのだと思います。その結果、企業のAI推進は『とりあえず簡単な業務にChatGPTを使えばいい』となってしまいがちですが、複雑なタスクでも適切にアプローチすれば精度は高められます。AIの可能性を正しく伝えることで、『複雑なタスクもAIに任せたい』人が多数派になる未来を作っていけるはずです」

松尾研が考えるAIと人間の役割分担

松尾研が考える、AIと人間の役割分担

松尾研究所に聞く「リアルな」AIプロジェクトの進め方

勉強会の後半は、参加していたグッドパッチのメンバーから、実務を想定した具体的な質問が多数寄せられました。クライアントワークの経験も多数ある松尾研究所の東さんからの回答も含め、ここではその一部を紹介します。

Q. 現場プロジェクトでBS思考の観点をどう取り入れる?

質問者:
「BSとPLの観点でAI投資を考える」というお話がありましたが、BS観点の重要性を説得するためのポイントがあればお聞きしたいです。

東:
我々がお伝えしているのは、「PLは大事。でも、PLだけではダメですよね」ということです。稟議書では「〇〇業務工数の削減」といった内容が目指すべきビジネス効果として書かれることがありますが、定量だけではなく定性効果も必要です。短期と中長期で刈り取れる効果も整理が必要です。PL思考を否定するのではなく、それ以外に漏れている視点を取り込みましょうとのトーンであれば反発を受けることはほとんどありません。クライアントと一緒に言語化し、視野を広げていくのが前進のポイントだと思います。

Q. AIプロジェクトの場合、工程の定義や品質管理の仕方は変わる?

質問者:
プロジェクトマネジメントの方法として、既存のやり方とAIプロジェクトで変えたことがあれば知りたいです。AIが絡む案件の場合、すぐに「それっぽい」ものはできるものの、精度を高めるのに時間がかかるため、工程の定義や品質管理の仕方が違うように思っています。

東:
おっしゃる通り、それっぽいものが1日でできるのがAIです。しかし、業務に求められる精度まで引き上げるためには、一定以上のコストがかかると認識する必要があります。

また、生成AIは確率的なものであり、100%の精度にはなりません。Human in the Loop(AIの学習・意思決定プロセスに人間が意図的に関与する仕組み)も使いながら、どの程度の精度を許容するのか、考えなければならないのもAIならではのポイントです。


「AIを導入する」こと自体は、もはや難しくない時代になりました。一方で、実務レベルの精度まで到達させ、継続的に改善しながら競争力へ変えていくには、依然として大きなハードルがあります。

グッドパッチは「AI Driven Design Company」を掲げており、最近では、生成AIを活用したプロダクトの開発プロジェクトや、組織への生成AI導入に関わるケースも増えてきています。こうした勉強会で学んだ知見も生かしながら、今後もデザインの視点を通じ、「使われるAI」「現場に根づくAI」の実装に向き合っていきます。

AI時代の新しいプロダクト開発を伴走