ビジネスパーソンが「デザイン」を学ぶ──。「デザイン思考」という言葉が日本に広まって以降、徐々にではあるものの、デザインの意義や効果を学ぶビジネスパーソンは増えてきています。
グッドパッチは2024年、累計1万人以上の卒業生を輩出してきた、日本最大のビジネススクールであるグロービス経営大学院と、MBAプログラム受講生に向けた「デジタル・プロトタイピング」という科目を共同で開発しました。
MBAの取得を目指すビジネスパーソンがFigmaや生成AIを使い、プロトタイプを開発するという「異色」の授業としてスタートして約2年。生成AIが台頭し、誰でも簡単にビジュアルを作れるようになった今、ビジネスリーダーが実際に手を動かしてデザインを学ぶ意義はどこにあるのでしょうか。
デザイン思考を専門領域とし、「デジタル・プロトタイピング」の担当講師も務める難波先生と、この授業の科目開発から携わり、難波先生と共に教壇に立つグッドパッチのサービスデザイナー、三浦に話を聞きました。
話し手:
グロービス講師 難波 美帆さん
Goodpatch サービスデザイナー/マネージャー 三浦 寛大
目次
なぜ、MBAでプロトタイプ作りを学ぶのか 組織のリーダーが「アイデアを形にできる」ことの重要性
──今回はグッドパッチとグロービス経営大学院で共同開発した授業「デジタル・プロトタイピング」についていろいろなお話を伺えればと思っています。まず本科目を新しく設置した背景を教えてください。
グロービス経営大学院 難波さん:
今や新規事業を立ち上げるのに、デジタルやテクノロジーの活用は必須です。これまでのMBA教育は、論理的な考え方やリーダーとしての意思決定にフォーカスしてきましたが、今はリーダーこそが最新のツールを誰よりも早く理解し、活用できなければならない時代です。
リーダー自身が技術を「知っている」状態から一歩踏み込み、実際に「使える」状態にまで近づく必要がある。そこで「デジタル・プロトタイピング」の授業では、デジタルツールを用いて、アイデアや設計を「見える化」するプロセスを学んでいただきます。

グロービス講師 難波 美帆さん
──「知っている」と「使える」の間には、大きな溝があるということですね。エンジニアやデザイナーではないリーダーが「ツールを使える」とはどういうことでしょう?
グロービス経営大学院 難波さん:
頭の中で思い描いているものを、他人に分かるように可視化するのは、チームで意思決定をする上でとても大切なことです。ツールそのものの設計や、プロのデザイナーがどのようにツールを使っているかを見ることで、言語化されていない「設計の本質」やエッセンスを体得してほしいと考えています。
グロービス経営大学院では、「デザイン思考」の授業も行っており、プロトタイプの重要性も伝えてはいますが、プロトタイピングは、実際に手を動かして作ってみないとわからないところがあります。座学ではなく、実践的なプロジェクト型で学ぶ意義があると考えています。
Goodpatch 三浦:
ビジネスの前線にいる方々は、思考のスピードが早く、クリティカル・シンキングに長けています。しかし、いざアイデアを「設計」という形で具体化しようとすると、苦労する人が多いようです。言葉だけで議論を続けていると、物理的な製品だけでなく、目に見えないサービスの構築であっても、認識のズレが生じてしまいます。プロトタイプという「絵」にすることで、事業を客観的に俯瞰できるようになり、チーム全体での合意形成もスムーズになるのです。
特に最近は、生成AIが進化したことで、図やイラスト、動画などの「絵」にする能力はデザイナーだけのものではなくなりました。誰もが使えるスキルになったからこそ、デジタルツールを使いこなすことが事業を作る上でも重要になってきているのを感じます。
6回の授業でプロトタイプを「2周」 受講生が苦労するポイントは?
──改めて「デジタル・プロトタイピング」での授業内容を教えてください。受講生はどのような壁にぶつかり、そこから何を学んでいくのでしょうか。
Goodpatch 三浦:
授業では、皆さんにチームを組んでいただき、特定のクライアントからの架空の依頼に対して、モバイルアプリをテーマに企画からプロトタイプの作成、ユーザー検証までを行う模擬プロジェクトを体験してもらいます。特徴は、全6回のうち前半の3回目までに1回目のプロトタイプを完成させることです。
一度形にして、それを実際のユーザーに使ってもらって検証する。そこでの気付きを基に改善していき、6回目に最終発表をするのです。自分たちが作りたいものではなく、クライアントのビジネスへの貢献と、エンドユーザーの課題解決という2つの視点をうまく取り入れる必要があります。「誰の」「どんな課題」と向き合うのか。この設定が難しく、皆さんとても苦労されますね。

講義の様子
──MBAの授業というと、参加者同士での議論が中心というイメージがありました。チームを組んだり、自ら手を動かしてプロトタイプを作ったりするというのは、珍しいスタイルなのでしょうか。
グロービス経営大学院 難波さん:
そうですね。もちろん、テーマについて白熱した議論を行うことはケースメソッドの授業と変わりありません。他の授業と大きく違うところは、毎回違うケースに取り組むのではなく、全6回にわたって1つのケースに取り組むというところです。
受講生の皆さんは、短時間で意思決定のトレーニングを完結させるサイクルに慣れているので、最初は戸惑う方もいらっしゃいます。今までのようにケースに沿った課題分析と思考だけを行って準備をしてくると、自分がやってきたことと講師が求めていることが違うと気付いてショックを受ける人もいます。
──プロトタイプに対する、ユーザーからの厳しいフィードバックにも驚くでしょうね。
Goodpatch 三浦:
実際にユーザーインタビューをしてみたら、まったく手応えがなく、アイデアに行き詰まってしまうチームもあります。でも、それがこの授業の狙いでもあるんです。自分たちの経験や慣習をもとに話し合っていたときには相容れなかったメンバーが、ユーザーの声という「共通のファクト」と向き合うことで理解を深め、結束していく。その様子を何度も見てきました。
グロービス経営大学院 難波さん:
人ってちゃんと裏を取らないで、勝手な思い込みでいろんなことを考えるんですよね。だからデータが重要なんです。プロトタイピングを用いてエビデンスをとることで、自分の視野がいかに狭かったか、思い込みで顧客を判断していたかに気付けます。授業の前半で一度プロトタイプを作るからこそ、本質的な試行錯誤ができるのです。
AI時代は「思い込み」が加速しやすい 一次情報の「質」と「検証」が大事になる
──今は生成AIの普及により、一瞬でデザイン案を生成できる時代になりました。AIがこれほど進化した状況で、ビジネスパーソンがデザインやプロトタイピングを学ぶ必要性はどこにあると考えますか?
グロービス経営大学院 難波さん:
生成AIが登場したことで、「見える化」を自然言語でできるようになりました。自分たちが使っている言葉で、キーボードを使ってAIと対話して、絵を描けるわけです。例えば、デザイン案を修正したい時に、気になる点を書き出したり、思いつくままに話した内容を録音して生成AIに読み込ませれば、一瞬で修正されたデザインが出力されます。
一方で、最初のプロトタイプを作るための言語化する力は、ますます必要になってきています。AIは何でも作ってくれますが、提示されたものが「正しいのか」「どこが違うのか」を判断し、それを再定義して言葉にして修正するのは人間側で行わなければならない難しい作業です。
Goodpatch 三浦:
今の時代、SNSなどで欲しい情報を集められますし、生成AIを使えば、まるでエンドユーザーにインタビューをしたかのような情報を得ることさえできます。「もっともらしいペルソナ」や「整った画面」は一瞬で作れますが、それは時に思い込みを加速させてしまうリスクもはらんでいるのです。
事業を作る立場の人は、「このアイデアが市場に受け入れられるかどうか」という点を冷静に見極めなければいけません。誰もが簡単に作れるようになったからこそ、実際に足を運び、ユーザーの声を拾い上げる「一次情報の質」の重要性が増していくんじゃないかと思っています。

Goodpatch サービスデザイナー/マネージャー 三浦 寛大
──ペルソナの設定から最終成果物まで、すべての工程をAIで作ったものは「デザインされている」と言えるのでしょうか?
Goodpatch 三浦:
形にできたからといって、デザインできているわけではない。それが「デジタル・プロトタイピング」の授業で伝えたいことの一つではあります。デザインリサーチを通じて得られた一次情報の文脈が、プロトタイプとしっかりとつながっていることが大切です。その点が「作れる」と「デザインができる」の決定的な違いなんです。
AIを活用しながらスピーディにプロトタイプを作って、検証する。授業の中でも、このフェーズを行き来する機会を設けています。
──AIが作るものに対して「なぜこの案なのか」を判断する力が問われているわけですね。
グッドパッチに期待した「デザインをビジネスの文脈で捉える力」
──この授業を立ち上げる際のパートナーとして、なぜデザイン会社であるグッドパッチにお声がけいただいたのでしょうか。
グロービス経営大学院 難波さん:
最も期待を寄せたのは、デザインファームとしての実績です。先ほど三浦さんが話していたように、プロトタイプを作って検証するというサイクルを体験してもらうには、実際にデザインの力でビジネスを推進しているグッドパッチの皆さんとご一緒するのが良いと思いました。
実はパートナー候補の企業は他にもあり、データサイエンス的なアプローチを検討したこともあったんです。ただ、グロービスの既存科目である「リーンスタートアップ」や「デザイン思考」の内容を、思考を巡らせるだけでなく、手を動かして「見える化」するにはグッドパッチの皆さんが持っている「デザインをビジネスの文脈で捉える力」が必要だと感じました。

──デザイナーとビジネスパーソンとでは、時に考え方に乖離があるとも言われます。その点はいかがでしたか。
グロービス経営大学院 難波さん:
デザインの世界では、「自分たちのやっていることはデザイン思考ではない」と、ビジネス用語としてのデザイン思考を敬遠するデザイナーさんがいらっしゃいます。その点、グッドパッチの皆さんはデザインをビジネスの文脈で捉えることを当たり前のこととしてデザイン思考を自然に活用されていて、話がスムーズに進められるのでありがたかったです。実際、三浦さんと授業をしていると、デザイン思考が暗黙の共通言語になっているのを感じます。
Goodpatch 三浦:
期待と実態に乖離がなかったと聞けて安心しました(笑)。グッドパッチは大学での講義実績も豊富ですし、社外の、デザイナー以外の人たちに向けてデザインを伝えてきた経験があります。私自身も、グロービスでの講義を通じて「どのように伝えればビジネスパーソンに響くのか」をケーススタディ的に学べていて、それによって実務でクライアントとのコミュニケーションの質が上がっているのを実感しています。
グロービス経営大学院 難波さん:
三浦さんと二人三脚で授業をするのはとても楽しいです。普段、教員は孤独な仕事です。基本的には教壇に立つのは自分一人で、授業が始まったら誰にも頼れない。ところが、この授業では三浦さんと2人で、デザインとビジネス、両方の視点からフィードバックできるので、学生にも好評なんですよ。私にとって三浦さんは「信頼できる相棒」です。
「デザイナーとコミュニケーションを取るのが怖くなくなった」

──開講から約2年が経ちました。受講生たちのその後の活躍や、実務への波及効果について、どのような手応えを感じていますか。
グロービス経営大学院 難波さん:
先日「デジタル・プロトタイピング」を受講した第1期生の卒業式があり、「授業で学んだことを、仕事に生かせるタイミングが来た」という報告を複数受けました。当時は差し迫って必要ではなかったけれど「近い将来、こういう仕事をするときに役立つはずだ」と見越して受講し、実際にキャリアの中で生かせる場面を自ら作り出したのだと思います。
──組織の中の課題解決や必要スキルとして、「デジタル・プロトタイピング」に着目した受講生がいたのですね。
Goodpatch 三浦:
大手企業に勤めている方も多く、銀行や商社、エンタメ業界など、幅広い分野のリーダー層が受講しています。マネジメント層の方々からは「メンバーやプロジェクトを監督するために必要だと思って受講した」という声も聞きました。
グロービス経営大学院 難波さん:
今の時代、どんな業界であっても顧客との接点でデジタルを介さないということは考えられません。自分でアプリを作る立場ではない、デジタルツールは自分の専門外、と諦めずに、生成AIを使うことで自らのスキルとして伸ばして欲しいですね。
──受講した方からは、どんな声が届いていますか?
グロービス経営大学院 難波さん:
アンケートで多いのは「仕事でデザイナーとコミュニケーションを取るのが怖くなくなった」という声です。これまでは「話が通じない専門家」だと思っていた相手と、共通言語で話せるようになる。プロの視点を知ることで、適切なリスペクトを持ちつつ、フィードバックができるようになったという話はよく聞きますね。
Goodpatch 三浦:
机上で悩み続けるのではなく「まずは形にしてみようと思えるようになった」、という声があったのはうれしかったですね。授業では「考える前に手を動かす」「作って壊す」といった、デザインにおける重要なマインドセットを繰り返し伝えてきました。
これこそがプロトタイピングの本質であり、試作と改善のサイクルを何度も回すことで初めて成果物の質が向上するからです。単なるツールの理解を超えて、プロトタイピングの意義を体得してもらえたことに講師として大きな手応えを感じています。
グロービス経営大学院 難波さん:
デジタルツールに対して壁を感じている人もいますが、これからは誰もが当たり前に使いこなす時代です。ビジネスリーダーが自ら手を動かし、設計の本質を掴もうとする姿勢が重要です。我々も、ツールの変化に合わせて授業内容を柔軟にアップデートしつつ、生成AIとともにデザインを武器にできる次世代リーダーを輩出していきたいです。
インタビュイーのお二人が教える「デジタル・プロトタイピング」は、次回2026年10月に開講予定です。科目の概要はこちらからどうぞ。また、講師の難波先生が受講学生と対談している動画もあります。本科目にご興味を持たれた方は、こちらも合わせてご覧ください!
