マネージャーとして働きはじめた頃、私は毎週のように1on1を行っていました。スケジュール表には、メンバーとの30分や60分の枠がびっしり。形式としては「きちんとマネジメントをしている」感覚がありました。
ところが、終わったあとに残るのは、どこか物足りない感覚でした。
「この時間って、本当に意味があるのだろうか?」
タスクの進捗を確認し、困っていることがないか尋ね、必要があればアドバイスをする。私としては役割を果たしているつもりでしたが、メンバーの反応は淡々としていて、どこか距離がある。そんな空気が流れる1on1が少なくありませんでした。皆さんはそんな経験、ありませんか?
あるとき、思い切って「1on1って役に立ってる?」と聞いてみたことがあります。すると、返ってきたのは少し遠慮がちな「正直、進捗の話は定例でもできますよね」という言葉。胸に刺さりました。
私はその瞬間、「これはただの確認作業であって、メンバーにとって意味のある時間になっていないのでは?」と強く自分に問い直しました。
1on1の誤解──進捗管理と雑談の罠
上司と部下とのコミュニケーションの重要性を背景に、実施する企業が増えてきている1on1ですが、皆がその時間をうまく使えているかというと、おそらくそうではないでしょう。かくいう私もその1人です。
自分の1on1のやり方を振り返ってみると、多くの「誤解」にとらわれていたことに気付づきました。
- 1on1では進捗管理にも触れるべき
「お願いしたタスクは進んでる?」「困ってることは?」──このやり取りは、定例会議やSlackで十分に代替可能です。にもかかわらず、わざわざ1on1で確認するだけでは、メンバーにとっては「上司に呼び出されて報告する義務の時間」として映ってしまいます。
- 1on1では、雑談が大切
事前準備をせず「最近どう?」と切り出すだけでは、会話は雑談に流れがちです。雑談そのものは人間関係を和らげる意味がありますが、そこから一歩も進まずに終わってしまうと、「今日は何のための1on1だったのだろう」という虚しさが残りやすいです。
- 1on1では、メンバーにフィードバックをしなくてはならない
マネージャー自身が「時間内にいいフィードバックをしなければ」と力んでしまうこともあります。しかし、人の成長や関係性は短時間で解決できるものではありません。それを無理に成果に結びつけようとすると、ぎこちないやり取りや“不自然な気遣い”が生まれ、かえって関係が遠ざかってしまうのです。
こうした誤解に共通するのは、「何のためにこの1on1をやるのか?」という問いが欠けていることでした。
1on1を“発達支援の場”にするための「型」
では、1on1とは本来どんな場であるべきなのでしょうか。参考になるのが「1on1は部下やメンバーの発達支援の場である」という視点です。
ここでいう発達とは、単にスキルを伸ばすことに限りません。以下のような、広い意味での「成長」を支えるのが1on1という場なのです。
- 自分の現状を客観的に見つめ直すこと
- 仕事を通じて成長するための気付きを得ること
- 長期的なキャリアや働き方の方向性を考えること
人の成長は直線的に伸びるものではなく、一定のリズムで少しずつ積み重ね、ある時にジャンプするものだと言われます。ですから1on1は、そのリズムを意識しながら継続的に振り返りを行い、小さな気づきを積み重ねる場であるべきです。そして、そのためにマネージャーが意識するべきなのが「型」です。
「型」とは、問いかけ方や進め方の基本となる枠組みのこと。最初は不自然に思えるかもしれませんが、学び始めのうちはあえて守ることが大切です。型を通じて対話の基礎を身につけることができるからです。以下のような流れは、典型的な型の1つとして覚えておくと良いでしょう。
- アイスブレイク:雑談を交えて場を和らげる
- 傾聴:相手が直面している課題や気持ちをていねいに聞く
- 問いかけ:課題の背景や本人の考えを深める質問を投げる
- 共有と整理:マネージャー自身の視点を伝え、状況を整理する
- 次のアクション:一緒に「次に試すこと」を決める
特に「問いかけ」は、進捗確認とは大きく異なるポイントです。単に「終わった?」「できそう?」と聞くのではなく、背景や本人の考えを掘り下げる質問が求められます。
問いかけのステップ例
- 事実確認:「この1週間で一番時間を使ったことは何?」
- 感情の共有:「そのとき、どんな気持ちだった?」
- 背景の探求:「なぜそう感じたと思う?」
- 意味づけの整理:「それはあなたにとってどんな意味がある?」
- 未来への接続:「次にどう生かせそう?」
このように段階を踏んで問いかけることで、メンバーは自分の経験を整理し、次につながる気づきを得やすくなります。
最初は「型」に沿って問いかけを意識的に練習することが大切ですが、「守破離」という言葉があるように、やがて型を離れ、自然体の会話の中でもこうした流れを使えるようになっていくはずです。
問い直しから生まれた実践──LEGO®で俯瞰する1on1
問い直しを重ねる中で、私は1つの実験をしてみました。それが「LEGO®シリアスプレイ®メソッド」を取り入れた1on1です。
「最近の自分の状況を、LEGOで小さなモデルにしてみよう」
そう伝えると、メンバーは黙々とブロックを組み始めました。赤い塔はプレッシャーの象徴、透明のブロックは見えにくい課題、少し離れた位置に置かれた人形は、疎遠になっている同僚との関係……。
出来上がったモデルを前にメンバーが語り始めると、普段の会話では出てこない言葉があふれ出しました。
「この人形が少し離れているのは、最近うまく連携できていないからなんです」「この塔の下にある小さなブロックは、実は自分の不安を隠しているイメージで……」
その語りを聞きながら、私はハッとしました。タスクや成果の話ではなく、本人の内面や関係性の課題が可視化され、対話の土台が一気に広がっていました。

LEGOで“見える化”された状況は、私とメンバーが同じ風景を俯瞰することを可能にしました。そこには単なる課題だけでなく、「もっとこうなりたい」という成長の芽も映し出されていました。進捗確認では決して触れられなかった“その人らしさ”が、1on1を通じて浮かび上がってきたのです。
1on1を進化させる“問い直す姿勢”
この経験を通じて私が強く実感したのは、1on1は常に問い直し続けるべきものだということです。
- 進捗確認で終わっていないか?
- メンバーにとって、この時間は「成長のヒント」を得られる場になっているか?
- 次のアクションを一緒に見つけることができているか?
- 雑談も含めて「今のバイオリズム」に合った対話になっているか?
問い直しを怠ると、1on1は簡単に形骸化してしまいます。しかし、問い直す姿勢があれば、雑談ですらも意味のある時間に変わります。ときには何も結論が出なくても、長期的な発達サイクルにおいては、それも大切な「寝かせる時間」になるのです。
マネージャーの役割は、完璧な答えを用意することではありません。むしろ、メンバーとともに現状を俯瞰し、次の一歩を共に考える伴走者であること。
そして1on1を「進捗から発達へ」とシフトさせるために必要なのは、立派なフレームワークよりも、“問い直す姿勢”を持ち続けることだと思っています。
あの頃、私は「1on1をやっているのに成果が出ない」と焦っていました。しかし、その焦りこそが「成果を急ぐ」という罠であり、1on1を歪めていたのだと今なら分かります。
成果や答えを出すことよりも、「一緒に考えること」「成長の芽を見つけること」にこそ1on1の価値があります。問い直し続ける姿勢は、メンバーだけでなく、マネージャー自身の成長にもつながります。
だからこそ、これからも私は「この1on1は、本当に発達支援になっているだろうか?」と問い続けたいと思います。
