Goodpatchのメンバーが今、読者の皆さんにオススメしたい本を紹介する「読書週間2023」。4日目のテーマは「頭で理解すること、心で感じること」。

読書を通じて、知識だけではなく、UXデザイナーとして大切な「思考の切り替え方」を学んでいるという秋野。ビジネス本とミステリー小説、対極にあるような存在の2冊をご紹介します。

人の「意思決定」に向き合う仕事

天高く馬肥ゆる秋……栗やかぼちゃ、さつまいものスイーツが巷に溢れ、食べたら太ると分かっていても、心奪われたスイーツをほおばってしまう今日この頃。

わたしがスイーツを食べてしまう言い訳ではなく、人間は頭で理解できる事柄をもとに意思決定すると思われがちですが、実際には感情がなくなると意思決定ができなくなるといわれています。すごく合理的に判断しているようにみえる人でさえ、「合理的な判断が良い」と感じているだけなのです。

例えば、価格が安くてもパッケージからおいしそうと思えない食品は購入を躊躇しますし、どんなにスペックが高い電化製品があっても、色が気に入らなければ別の商品を検討するという人もいるでしょう。

「ユーザーの感情に寄り添うべし」という職種についているせいか、「合理的な判断」と「感情的な判断」のどちらが正しいのか?なんて迷いをさまざまなところで耳にします。

UXデザイナーのわたしからは、読書週間というこの機会に「頭で理解すること、心で感じること」を考える上で、全く違った方向から参考になった2冊の本をご紹介します。

「UX改善ってビジネスにどんな影響があるの?」

まずは、「UXが向上した結果、サービスにとって数値的にどんないいことがあるの?」といったお題に答えるために試行錯誤していた時期に出会った『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティングという本を紹介します。

この本で得たさまざまな学びのおかげで、UXデザイナーとして「なぜユーザーの感情に寄り添うことが必要なのか」といった問いに、強い説得力をもって答えられるようになりました。

わたしがこの本と出会ったのは、前々職で「PayPayフリマ」というサービスのグロースを担当しているときでした。当時の事業部内では売上向上施策が最も優先され、ユーザビリティやロイヤルティ向上といったUXやCXに対する施策は、後回しにされやすい環境でした。「それをやって、数値的にどんな影響があるか証明せよ」といった思想が強く、ユーザー調査の費用を捻出するため日々頭を抱えていました。

ユーザーのサービスにおける満足度やロイヤルティを測る指標としては「NPS(ネットプロモータースコア)」が一般的ですが、別の角度からの説得材料を持ちたく「NPS以外にそういった指標って策定できるものなんですか?」と先輩に質問したところ、「NRSってのがあるよ」というアドバイスとともに紹介してもらったのが本書でした。

NPSは、顧客アンケート調査において「商品やサービスを親しい人にどの程度おすすめしますか」という質問から「0〜10の11段階」で回答を得て、サービスへのロイヤルティを算出する手法です。

NPSは顧客満足度とは異なり、企業の収益と相関が強い点から経営指標として活用されてることが多いです。ところが、特に日本人の場合「私はいいと思うが、他の人は状況が違うかもしれない」といった理由から、本来感じている数字で回答されないことも多いことが問題点として挙げられています。

一方のNRSはネットリピータースコアといい、「1年後もこのサービスを利用したいか」という質問で計測します。スコアが低い場合の「離反リスク」がNPSよりも判断しやすいといったメリットがあります。

科学的に顧客ロイヤルティを高める

マーケティングの界隈でよく耳にする「ロイヤルティ」という言葉。日本語に直訳すると「忠誠心」ですが、ビジネスシーンではサービスや商品、企業に対する「愛着」といった意味合いで使われます。よく似た「ロイヤリティ」という言葉もありますが、これは著作権など、権利の使用料を指す意味で使われることが一般的で、意味が全く違います。

英語ではRとLの発音で区別されますが、日本人には難しい発音なので「ル」と「リ」で区別しているんだとか。

本書では、ロイヤルティの中でも特にサービスや商品に対しての顧客ロイヤルティを高める手法について、定量化から向上施策までの実践手法を細かく解説しています。

特に「数字で語るべし」といった経営層の理解を得るために活用できたのは、「ロイヤルティを構造化し、定量化することで売上との関係性を証明する」といった手法です。

ロイヤルティには経済ロイヤルティ、行動ロイヤルティ、心理ロイヤルティがあり、単にたくさんお金を落としてくれたりサービスの中でたくさんアクションをしてくれるユーザーを「ロイヤルティが高い」と判断するのではなく、「心理ロイヤルティが高いユーザーこそ、サービスにとって最も重視すべき顧客である」というのが本書の考え方です。

一時的に行動が多いユーザーは、そのサービスをたまたま使っただけにすぎません。そのユーザーの心理ロイヤルティが高まる施策を実施することで、短期的に上下しない、安定した売上に繋げることがサービスにとって重要です。

次にロイヤルティを計測し、どういった施策を実施すべきか構造化して考えます。顧客のサービスや商品に対するロイヤルティが向上するには、複合的な要因が影響します。それぞれの要因は「頭で合理的に評価したもの」と「心で感情的に捉えたもの」に分類できます。

例えば、アパレルショップに対する良い点として挙げられる「価格が安い」「品揃えが多い」といったものは合理的ですが、「スタッフの愛想がよく親身に相談に乗ってくれた」といったものは感情的です。

冒頭でお伝えした通り、私たちは普段、意思決定のほとんどが感情的要因に左右されています。

もちろん、合理的要因と感情的要因が複合的に購入の意思決定に影響しますが、その2種類の要因で構成されている、と知っているだけでも取れる対策の幅が広がります。

本書では、サービスにおけるカスタマージャーニーマップから顧客の「頭の満足」と「心の満足」に影響するポイントを洗い出す方法、それぞれの計測方法、施策実施後の効果測定の方法まで、実践的に細かく解説されています。「今ここを改善したいんだ!」といった主張を定量的に実証したい方はぜひ読んでみてください。

「頭で理解すること」「心で感じること」

わたしはデザインやマーケティング、心理学の本も読みますが、実は小説も大好きで、東野圭吾さん、貴志祐介さん、恩田陸さんの小説をよく読みます。特に東野圭吾さんは学生の頃からずっと好きで、ほぼ全書拝読してるといっても過言ではないほど。

2冊目にご紹介する本は大好きな東野圭吾さんの作品の中でも、「頭で理解すること、心で感じること」について深く考えさせられた1冊、『人魚の眠る家』です。

あらすじ:

娘の瑞穂がプールで溺れ、脳死状態になってしまうという突然の悲劇に襲われた夫婦の和昌と薫子。

もう二度と目を覚まさない娘の臓器を提供するかどうか、厳しい判断を医師から求められる。人の気持ちを考えられる優しい娘を思い浮かべ、一度は臓器提供を決断するが、最期の日、娘の手がかすかに動くのを薫子は目撃してしまう。

IT系機器メーカーを経営している和昌は、人工呼吸器を外し人工知能呼吸コントロールシステムを装着する手術を瑞穂に受けさせる。筋肉に電気信号を流し手足が動かせるようになり、普通の子がただ眠っているような姿のまま成長していく瑞穂。

脳死したはずの娘が電気信号で動くことを気持ち悪がる人間もいたが、家族は薫子を思い違和感を口に出せずにいた。エスカレートする薫子の行動に危機を感じ、瑞穂の死を受け入れなければならないと考えるようになるが……

頭では、娘は脳死状態だと理解している母の薫子。機械の補助があるとはいえ、体が動く自身の命より大切な娘の「死」を受け入れるというのは、そんな簡単な言葉で表現していいのか躊躇するほど「難しい」ことです。

「合理的な判断の方が正しい」といった主張は、ビジネスの世界では重視される考え方です。一方で自分の家族に起こる事象になったときに合理的な判断を用いたら、その主張は「冷たい」と言われかねません。

ビジネスで扱う製品であっても、使うのは誰かの家族である「人間」であると捉えるのが人間中心設計であり、UXデザインの思想です。

盛大なネタバレになるので記載は避けますが、物語ラストでの薫子の主張はまごうことなき正論です。しかし、正論は人の心を救うのでしょうか?

頭と心、どちらが正しいかを決める必要はない

合理的な判断は他者に説明しやすい面がある一方で、自身の印象に強く残るエピソードや強い共感を誘う出来事は、感情を強く揺さぶられるものだったりします。

「頭で理解すること」と「心で感じること」はどちらも存在します。

今、目の前で起きていることを合理的に考えるとどのような事実を捉えることができ、周囲の関係者にどんな感情を引き起こしているのか……頭と心を行き来することで、その複雑な絡み合いを丁寧に分析することが大切で、「どちらが正しいか」を決める必要はないというのが私の持論です。

デザインを考えるとき、具体のプロダクトと抽象的なコンセプトを行き来することが良いデザインを生むと言われています。ビジネス書と小説を行ったり来たりすることで、頭と心を行き来する──私は本や読書から知識だけではなく、UXデザイナーとして大切な思考の切り替え方も学んでいるのかもしれません。

最近はビジネス書ばかり読んでいたので、読書週間の今くらい心震わせるミステリーの世界に存分に浸ろうと思います。もちろん、秋の味覚を存分に使った大好きなスイーツを側に。