大手SIer・日本ユニシスが「UXデザイン室」を設置しユーザー中心設計を社内啓蒙している理由
海外では2011年頃から、大企業によるデザイン会社の買収が相次ぐなど、デザインの価値が変化し始めています。そして最近、日本でもデザインの重要性が叫ばれ始めています。同じようなサービスが乱立する中で、その差異を生むのは使いやすさ・わかりやすさなどの体験の心地良さに依るところが大きいからです。
一方で、ユーザーのことを徹底的に考えられたプロダクトはまだまだ少ないと感じますし、特に企業向けのシステム・サービスで使いやすさに感動することはほとんどありません。複雑怪奇な画面に日々格闘されている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回インタビューさせていただいた日本ユニシス株式会社様は、幅広い領域でITソリューションを提供されている大手SIer企業です。システムエンジニアが多数在籍する同社では、『ユーザビリティ&デザインセンター(以下UXデザイン室)』が2010年前後に誕生し、デザインの必要性を社内に啓蒙されています。
豊洲の一等地に自社ビルを構え、グループ総勢で8,000人を超える企業が「デザイン」に力を入れているイメージは、正直のところほとんどありませんでした。ですが、UXデザイン室の業務内容や思想を伺うことでそのイメージは大きく変化し、数多くの教訓を得ることができました。
今回は、同社のUXデザイン室がどのようにして生まれたのか、そしてどのようにデザイン文化を社内に根付かせようとしているのかについて伺いました。
お話を伺った人:
日本ユニシス株式会社
プラットフォームサービス本部 ビジネスプラットフォーム部 UXデザイン室長
香林愛子さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)
プラットフォームサービス本部 ビジネスプラットフォーム部 UXデザイン室 担当マネージャー
小林誠さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)
プラットフォームサービス本部 ビジネスプラットフォーム部 UXデザイン室 担当マネージャー
澤田憲之さん
約10年前からデザインに力を入れ始めたわけ。
──本日はよろしくお願いします。まずは、UXデザイン室がどのようにして始まったのかについて教えていただけますでしょうか?
香林 弊社は基幹システムの構築に強みを持っているので、仕様通り動くシステムを作ることは得意です。でも使いづらいものが多かったんです。数々のシステム開発案件を行う中で、機能の充実だけではなくユーザビリティを考える必要があると気付いた上層部の人が、声を挙げたのが最初です。
小林 今(2017年)から10年前くらいにタスクフォースとして始まり、他の案件を持っているメンバーが週一くらいで集まって、色々な本を読んでユーザビリティの原理原則を調べながら「使いやすいUIってなんだろう?」を追求していました。UXやサービスデザインといった言葉はほとんど聞かず、人間中心設計についても認知していませんでした。
──そのタスクフォースは事業のひとつだったのですか?それとも有志だったのでしょうか?
小林 半分半分くらいでした。活動に関しての費用は少しもらったり、業務時間内に行ったりしていました。ですが、最初はきちんと組織化されていたわけではなく、知る人ぞ知る活動でした。活動の共有は、社内wikiを通じて他の社員も見られるようになっていました。でも、wikiの使い勝手が悪かったんです…(笑)。
当時、システムエンジニア(以下SE)でUIについて興味を持っている人は多くありませんでした。「決められた仕様どおりに作ってるでしょ!」「使い勝手への配慮って、仕様に書いてますか?」といったスタンスで。そこに課題意識を持った方がいて、タスクフォースとして始まったんです。
──現在のUXデザイン室の役割・ミッションを教えてください。
香林 ユーザビリティ・UXデザイン・サービスデザイン領域において、ユーザー中心設計を軸に案件に入って支援しています。
弊社の組織体制については、金融や製造などの業務領域でわけている部署を縦串、UX・IoT・AIなどの技術を切り口に、横断的な支援をおこなう部隊を横串と呼んでいます。私たちは横串にあたり、あらゆる事業領域のお客様にたいしてUI要件の整理や提案などおこなっています。だから我々はUIUXだけやっていても許されるんです(笑)。
最近ではサービスデザインの案件が増えてきています。社内の新規事業開発部と一緒になって、デザイン思考などのアプローチを用いてユーザーインタビューやアイディエーションを実施しています。
また、UXデザイン室として蓄えてきた知見を使って社内啓蒙にも勤しんでいます。入社3年目の社員向けの研修があるのですが、ユーザー中心設計を学べるカリキュラムの開発をおこない、研修の講師も担当していますね。
──とても幅広くご活躍されているのですね。UXデザイン室のメンバーは何名で構成されているのでしょうか?
香林 私含め、12名です。そのうち3名はCMSをメインに担当しており、ユーザー中心設計を専任している人は9名ですね。
──ユーザー中心設計のことを他の社員の方々に伝えるのは、難しそうな印象があります。どのようなコミュニケーションを心がけていらっしゃいますか?
香林 私自身ずっとSEとして働いてきて、使い勝手の良くない画面を作ってきた過去があります。当時のUXデザイン室に入った時はタスクフォースから組織化して最初の年だったのですが、ユーザービリティやデザインに知見がなかったため、強烈な異文化を感じていたんです。なので、その時の気持ちを忘れないことをポリシーにしています。
例えば、当室のメンバーが事業部の人のために作成した資料の中に、SEがあまり使わないような用語が使われていたら、「この用語は注釈で説明をいれないと事業部のSEには伝わらないよ、私もこの組織に来るまで知らなかったから」というSE視点での資料のレビューを行い、指摘をしています。
技術とデザイン、ビジネスの関係性
──社内のデザインコンサルのような形で活動されていると思うのですが、他部署からは参加してほしいと声がかかるのか、それとも関わりを求めに入っていくのか、どちらでしょうか?
香林 両方ですが、今は依頼をもらって取り組む方が多いです。とはいえ、まだまだ社内の中でも認知度が高くないので社内セミナーをSE向け・営業向けにおこなって、精力的に発信していますよ。目指す方向性としては、もっと社内へとアピールしていき、受託案件の提案前にお客様と交渉をして仕事を取ってくるくらいになりたいと思っています。
澤田 案件で我々と関わったメンバーは少なくとも効果を感じているようで、彼らを起点に口コミが広がり、相談が来るケースが増えています。幸いなことに、リピーターが多いですね。
香林 ほぼリピーターになってくれますね。
──徐々にデザインに関心を持つ方が増えていて、定着につながり始めているんですね。リピートは良い例だと思います。ちなみに、皆さんがリピートしている理由ってわかっていたりするのでしょうか?
澤田 ひとつだけわかっているのは、事業部の人たちだけではできないことだということです。これからはなるべく、事業部のメンバーが体制を作って彼らだけでプロセスを回していけるようにできたら定着したと言えると思います。そのために研修やワークショップを継続して主催していますし、それらを通してユーザー中心設計の考え方やプロセスが根付いてくれたらいいな、と考えています。
香林 リピートしてくれるのはありがたいです。でも、同じ領域で同じ支援を頼まれることが続くと「そうじゃないよね、うちはただの人貸し部隊ではありませんよ」とあえて言わせてもらうこともあります。現場に定着しないと意味がありません。より難易度の高い依頼であればうれしいですが、同じレベルのプロセスに対して「ここはUXデザイン室さんやってね」という依頼に対しては「やりませんよ」と伝えています。
──デザインの話をする時に、同時にビジネス的な要素も求められると思うんです。ビジネスとデザインのバランスに関しては、どのように考えられていらっしゃいますか?
小林 上層部からは「それって儲かるの?」「マーケット規模はどれくらいなの?」といった視点で問われることが多いですよね。
香林 SEが多い会社なので、やはり技術に力を入れている人たちがほとんどです。その中で、ユーザービリティを意識し出してUXまで考えられるようになってきました。でも、ビジネスってなったときに「え?」となってしまうんです。SE出身で、ビジネスのことまで考えている人は多くありません。
以前、社内の新規事業促進を検討するプロジェクトに関わり、これまでの新規事業の企画書を複数本読んでみました。すると、そこにはユーザーが出てこないんです。「市場規模はこれくらいだから期待ができる」というビジネス一色で。その市場規模のうち、この新規事業の価値を実感するのはどういう人たちなのか、どれくらいの規模があるのか、そういったことは書かれていないんです。
それを見た時に、私たちがやっているユーザー中心設計って価値があるんじゃないかって思いました。これまではビジネスサイドから新規事業を起こしてきたけど、UXデザイン室はデザインを武器にできる。ビジネススキームを考えられるメンバーと連携できれば、何か起こせるんじゃないかなと思っています。
デザインを大企業に浸透させていくためには?
──デザインの必要性が世の中的に広まってきた中で、大手企業の現場にデザイン思考を導入したり組織文化を変えたりできているところは多くないように感じています。その中で、御社はUXデザイン室を作ってデザイン文化の定着に奔走されてらっしゃいます。他社企業でそういった動きを起こすためには、何が必要だと思いますか?
澤田 最初は、執行役員がユーザービリティの大切さについてお客様と会話していたところが発端となりました。理想的にはボトムアップからデザインの必然性を訴えていく方が良い気がしますが、ある程度トップから伝えていくことが重要なのではと感じています。色々なセミナーに参加する中で、やはりトップダウンで伝える方が圧倒的に成功確率が高いという例も聞いていますし。
小林 トップダウンもそうですけど、ボトムアップとの両立が大事だと思いますよ。
香林 当初はタスクフォースといいつつも、動きが良かったんですよね。関わっているメンバーはそれぞれ案件を持っていたのにも関わらず、です。
当時、タスクフォースの時にExcelプロトタイプができるツールを作っているし、原理原則のレベルで180個くらいの項目があるユーザービリティ評価チェックシートも作り上げ、ユーザー中心設計のプロセスを、会社のエンジニアリングプロセスに入れようと動いていました。そういった動きは、私がUXデザイン室に入った時に既に行われていたんです。トップダウンでもありましたが、ボトムアップでできていったことも事実です。
──御社クラスの規模になると、トップの人に伝える機会もなかなかなさそうです。
香林 執行役員がデザインを大好きな人だったんです。ひとりでロフトワークさんのセミナーに行ったりして、私たちに「ロフトワークの林さんになれ」って冗談交じりに言ってきたり…(笑)。
小林 SEって、新しいツールを使うのが好きな人が多いんですよね。「これからはユーザビリティについて考えよう」とだけ言ってもなかなか手は動かないですが、(次の案件で)「このツールを使ってみよう」と伝え、少しずつツールを用意していったのは、今思えば正しいアプローチだったかもしれません。
──タスクフォースの段階で社内に発信・共有しながらツールの導入を同時に進めたことで、根付きやすくなったんですね。
小林 発信したものを現場で使ってもらい、我々と一緒になって使っています。使って終わり、ではなくてともに協力していくのがUXデザイン室、という認知が広がっているんだと思います。
──最後の質問です。今後UXデザイン室が目指していくのはどんなところでしょうか?室長、よろしくお願いします!
香林 やはり全ての根幹はユーザー中心設計っていうところにあります。新入社員が入ってきたら、まずはドナルド・ノーマンの『誰のためのデザイン?』を読んでもらっていて、「先輩、分厚いです」って言われながらも「付箋貼って返して」と伝えています(笑)。
技術が大好きな人でも「誰のためのシステムなの?サービスなの?」という視点が忘れられがち。ユーザー中心設計の考え方はSEも知っておくべきことだし、これからも繰り返し伝えていきたいと思っています。
一方で、研修でもよく「ユーザー中心設計はユーザーに迎合することではない」と言っています。つまり、技術視点・ユーザー視点・ビジネス視点、すべてバランス良く考えましょうよということです。
例えば、デザイン制作会社が開発すれば、ユーザー中心設計はできるかもしれないけど、技術が弱くなりがちです。我々は技術の会社であり、ユーザー中心の開発を実現できる。加えてセールスも一緒にやれば、ビジネス的な考え方も入れられる。こうやって三方良しのバランスの取れた開発を、うちがやらなければ誰がやるの?と思っているし、研修などでもいつも伝えています。
そういったことを実現するために、UIUX・ユーザー中心設計を忘れずに、これからも支援を続けていきたいです。
小林 はじめて人間中心設計を知ったときは、全然興味が湧かなかったんですよ。「使い勝手って人それぞれじゃないの?」と思っていたので、そんなことやってもしょうがないと思い込んでいました。でも調べていくうちに、使い勝手もロジカルに説明ができる領域だとわかってきて、もっと深めたくなったんです。
香林 私も当初は懐疑心しかありませんでした。「たしかに、考え方はわかった。なんだか良さそうだけど、うちみたいなSIerでどうやってやるの?」って。あの時の疑いの目はこれから社内に啓蒙していく上で大事ですよね。当初の気持ちを忘れずに邁進していきたいです。
デザインの重要性はわかっていても、デザインに注力する社員をアサインしたり新たな事業部を作ったりなどで組織を実際に動かすことはなかなか難しいように感じます。そんな中で同社がUXデザイン室を開設してデザインを組織にインプットすることに成功できているのは、トップダウンだけではなく継続的に社内啓蒙を行ったりツールの導入を進めているボトムアップでの動きがあったからだとわかりました。
作ることがゴールになって使う人のことを考えられていないシステムやプロダクトは、これだけ多くのサービスが乱立する中でユーザーに受け入れてもらえないでしょう。デザインの重要性に気付き、声を上げて人を動かす組織が増えていったらうれしいですね。
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