Goodpatchでは先日、インクルーシブデザインについて学び合う社内勉強会を行いました。
本ブログでは勉強会でお話しした内容をもとに、インクルーシブデザインとは何かについてや、インクルーシブデザインを実践する際のポイントなどについて紹介したいと思います。

インクルーシブデザインとは

インクルーシブデザインの定義とポイント

インクルーシブデザインにはさまざまな定義があります。この記事の中ではインクルーシブデザインを以下のように定義しています。

インクルーシブデザインとは、あらゆる人間の背景や能力における多様性を理解し、彼らと共に課題を解決するデザイン手法です。

また、Microsoftのインクルーシブデザインチームではインクルーシブデザインを以下のように解釈しています。

インクルーシブデザインとはデジタル環境から生まれた、幅広い人間の多様性を尊重し、活用するためのデザイン方法論です。
最も重要な要素はさまざまな視点を持つ人々を包摂し、彼らから学ぶことです。

Inclusive Design – Microsoft Design より意訳

多くのインクルーシブデザインの定義には共通している2つのポイントがあります。
1つ目はこれまで排除されてきたユーザーの視点や課題をもとにデザインへ取り組むことを特に重視している点です。そして2つ目はデザイナーだけで課題を解決するのではなく、排除されてきたユーザーから学んだ上で、彼らと共にデザインをする点です。
これらの2つはインクルーシブデザインを行う上で欠かせないポイントです。

こちらはドミニク アポロン氏が自分の肌に合う絆創膏を身に付けることができた際の感動について投稿したツイートです。これまでは明るいトーンの絆創膏ばかりが販売され、その常識は私たちの生活に溶け込んでいました。ドミニク氏自身もこの「当たり前」を疑うことなく、明るい色の絆創膏を日用していたそうです。しかしある日、ドミニク氏は自身の肌に合う絆創膏を付けることでその当たり前はバイアスだったことに気付き、そして社会への帰属意識を感じたそうです。この感動や意識の変化について触れたツイートは50万以上のいいねを集め、多くの方に新たな気付きを与えました。

このような事例からも、インクルーシブデザインは一人ひとりが持っている見えざるバイアスを意識し、これまでどのような人間がどのような状況において排除されてきたのかを理解した上でその課題を共に解決するアプローチであることが分かります。

ユニバーサルデザインとインクルーシブデザインの違い

しばしばインクルーシブデザインと一緒に語られる単語として、「ユニバーサルデザイン」の存在があります。
「ユニバーサル」とは「汎用的な」「すべてに共通の」といった意味を持ちます。ユニバーサルデザインデザインとは、ユーザーの状況や能力にかかわらず、すべての人が調節することなくアクセスし、利用できる汎用的なデザインを表しています。

両者の大きな違いは以下のように、デザインのアプローチ方法にあります。

  • ユニバーサルデザイン
    始めからすべての人を対象にして生み出されたデザイン
  • インクルーシブデザイン
    ひとりの課題を解決することを起点にして生み出されたデザイン

「自らの肌の色に合う絆創膏が欲しい」という課題を解決する手法を例に、両者の違いに注目してみましょう。
ユニバーサルデザインのアプローチでは、すべての人が調節することなく絆創膏を利用できる必要があるため、例えば絆創膏の色を透明にするという解決策が考えられるでしょう。
一方でインクルーシブデザインでは、ひとりの課題を解消することを主眼に置くので、まずは特定のユーザーの肌と同じ色の絆創膏を作るという解決策が考えられます。

絆創膏を例にしたユニバーサルデザインとインクルーシブデザインの違い

このように同じ課題に向き合う場合でも、アプローチが異なることでアウトプットの形にも大きな差異をもたらします。

ここで注意したいのはユニバーサルデザインとインクルーシブデザインは対立するものではないということです。2つのアプローチにはどちらにもメリットがあるので、よりよいデザインを生み出すためにも両者を適切に活用しながら課題に向き合うことが重要です。

アクセシビリティとインクルーシブデザインの違い

また、インクルーシブデザインと一緒に語られる単語として、「アクセシビリティ」の存在があります。
アクセシビリティとは、すべてのユーザーがさまざまな状況で、物を手に取る・情報を取得する・場所へ行くといったあらゆる行動(アクセス)ができる度合いを意味します。

インクルーシブデザインとアクセシビリティの関係性

インクルーシブデザインがデザインアプローチであるのに対し、アクセシビリティはその性質を指します。アクセシビリティはインクルーシブデザインに内包される関係にあることからも、インクルーシブデザインを行う上で重要かつ、必ずと言っていいほど担保しなくてはならない要素だと言えるでしょう。

排除の正体

インクルージョンとエクスクルージョンの違い

インクルーシブデザインを理解し、実践するためにはエクスクルーシブ(排除)とは何かを考えることが欠かせません。この記事のタイトルにもあるように、排除について考えることはインクルーシブデザインにおける大切な要素であり、実践のための第一歩であると考えています。

排除とはどのような状態であり、どのような状況で発生する物か紐解いていきましょう。
排除と聞くと真っ先に障害の存在が連想される人も多いのではないでしょうか。この障害をどのように捉えるかによって、インクルーシブデザインの成果は大きく変化します。

障害は人間の視覚・聴覚・発声・四肢・肢体などの不自由によって起きる問題です。それでは、その障害は身体に不自由を抱えた個人が抱えるものでしょうか?確かに視覚に不自由を抱えている人は街を歩く際に、聴覚に不自由を抱えている人は音声が含まれるコンテンツを利用する際に支障をきたします。

その一方で視覚に不自由を抱えている人は白状と点字ブロックを使用することで街を歩くことができますし、聴覚に不自由を抱えている人は字幕を活用することで音声が含まれるコンテンツを利用できます。このように、個人は身体に不自由を抱えた場合においても、社会が障害を取り除くことで日常生活を送ることができるようになります。逆に、日常生活において個人が支障をきたす原因は、社会に障害が存在しているからと言い換えることもできます。このことから、障害は社会の問題であって個人が抱える物ではないという捉え方もできるのではないでしょうか。

このように障害を、旧来の個人が抱える物という考え方から社会が抱える物であると転換する発想方法に「個人モデル」と「社会モデル」という考え方があります。
これらの2つのモデルは、それぞれ以下のような考え方を意味します。

  • 個人モデル
    障害とは標準から外れた個人の健康状態であるという考え方
  • 社会モデル
    障害とは社会の形や仕組みが個々人に適応できていない状態であるという考え方

個人モデルと社会モデルを元にした障害の所在についての考え方

この定義をもとにすると、障害は個人の特徴とその人が生きる社会の特徴との間のインタラクションを映し出した物だと言えます。つまり排除の正体は、個人と社会が相互に作用する際の「ミスマッチ」であるということです。

そして、人間と世界との間のインタラクションに齟齬が発生している状態が排除であるならば、私たちデザイナーは私たち自身の取り組みやによってその齟齬を解消することができます。ミスマッチを増やすのも減らすのもデザイナー次第なのです。

デザインによって社会から障害が排除された例として「近視」の存在があります。近視は目のピントを適切に合わせることが困難になってしまうという、視覚における病気であり旧来は不自由を生み出す欠陥の一つでした。しかし今日現在、この病気を気にして生きる人は少ないのではないでしょうか。その背景には「眼鏡」の存在があります。13世紀後半に眼鏡が発明され、今日に至るまでに広く普及したことによって、近視は障害ではなくなりました。

この眼鏡の事例からも、障害は社会が抱えている物であり、私たちはデザインやテクノロジーを駆使することでその障害を取り除き、克服することができるということが分かります。

インクルーシブデザインはすべての人のためのデザイン

インクルーシブデザインに取り組む上で非常に大切な考え方は、インクルーシブデザインは排除されている人だけのための取り組みではないということです。

世界銀行が 2011年に刊行した「WORLD REPORT ON DISABILITY(障害に関する世界報告書)」によると、10億人または世界の人口の15パーセントは障害を経験するそうです。言い換えると、64億人以上は一時的に身体が健全であるだけに過ぎないということです。
また、身体の健康状態に限らず、以下のようなシチュエーションにおいて人間は特定のアクションを行うことに支障をきたします。

  • 非英語話者が英語で道を尋ねられた場合、一時的に会話(発話や聞き取りなど)が困難になります。
  • 電車の中でイヤホンが使えない場合は、一時的にスマートフォン内にある音声付きの映像コンテンツを利用することが困難になります。

つまり特定の状況や個人の能力に応じては、僅かな時間であっても誰しもが障害に直面する可能性があるということです。ひいては、インクルーシブデザインは将来的に身体や環境にディスアドバンテージを負うかもしれない私たちのためのデザインでもあるのです。

ユーザーの状況における摂食機能の障害の時間的変化

障害に直面するユーザーは、永続的・一時的・状況次第という3つの期間に分類できます。「触れる」行為に着目すると、片腕を失った人は永続的に、腕に怪我を負った人は一時的に、新米の親は状況次第で手を扱うことができなくなります。
私たちデザイナーはこのような時間関係を意識しながら、ユーザーがどのような場面において能力を失うのかを正しく理解できる必要があります。

誰しもが環境に応じて機能を失う可能性があるからこそ、インクルーシブデザインは心身に不自由を抱えた限定的なユーザーのためだけのデザインではなく、私たちデザイナーも含めたすべてのユーザーのためのデザインなのです。

インクルーシブデザインへ取り組むために

前章ではインクルーシブデザインや排除がどのような物であるかについてご紹介しました。
本章ではインクルーシブデザインに取り組む上での、どのようなポイントを大切にするべきかについてや、活用することでより見識が広がるツールや資料をご紹介します。

ツール・資料を適切に使う

ペルソナ・スペクトラム

ペルソナ・スペクトラム

Inclusive Design – Microsoft Design

ユーザーがどのような環境や状況において、どのような能力を失うかについての解釈を深めるためにはMicrosoftのInclusive Designチームが作成した「ペルソナ・スペクトラム」が有効的です。「ペルソナ・スペクトラム」をユーザーシナリオと照らし合わせて利用することで、ユーザーのモチベーション状態や排除が発生するシチュエーションについて理解することができるようになります。

アクセシビリティガイドライン

アクセシビリティガイドライン

デザインのアクセシビリティを担保するためにはアクセシビリティガイドラインが有効的です。
「Human Interface Guidelines」や「WCAG 2.1 解説書」などを用いながらデザインを行うことで、デザインのアクセシビリティが低い箇所やその対応方法について理解を深めることができます。
また、freeeが提供している「freeeアクセシビリティー・ガイドライン」は日本語で記述されていること・達成基準が簡潔に定義されていること・様々なプラットフォームに対応していることなどから、アクセシビリティの習熟度が低い方でも容易に参照することができるため、真っ先に活用したい非常に有益なガイドラインとなっています。

メルカリ「無意識バイアスワークショップ」

メルカリ 無意識バイアスワークショップ スライド

Diversity & Inclusion | 採用情報 株式会社メルカリ

メルカリが提供している「無意識バイアスワークショップ」もインクルーシブデザインに取り組む上でとても有益な資料です。
「無意識バイアス」とは、生まれ育った文化的背景や習慣によって、無意識下に定着した思い込みを表す単語です。私たちが生み出すデザインが知らずうちにユーザーを排除してしまうのは、この「無意識バイアス」が大きく影響しています。
この「無意識バイアスワークショップ」はそのような、自らに培われた無意識バイアスを認識できるようになることを目的に作成されたそうです。このワークショップを経て「無意識バイアス」を日常的に意識できるようになることで、排除を取り除くアプローチが実践しやすくなります。

インクルーシブデザインに取り組む際のポイント

① まずは沢山の事例を知ること

デザイン現場で実際にインクルーシブデザインに取り組むことも重要ですが、同時に沢山のインクルーシブデザインやアクセシビリティ対応の事例を知ることも大切です。

デザイン事例を知ることによって、これまでどのようなユーザーが排除されてきたのかについて理解を深めることができます。排除の事例を知ることで、自らがデザインに取り組む際にどのようなユーザーが排除されているかについての仮説が立てやすくなります。また、自らがこれまで創出してきたデザインにおいて、どのような人を排除してきたのかを知る機会が得られることから、今後取り組むデザインでの対応が容易になるという効果も得られます。

② 早く取り組む

続いてのポイントは早い段階からインクルーシブデザインに取り組むという点です。インクルーシブデザインはデザインが完了する間際に付け足そうとすると、非常に強い無理が生じます。
まず、初期段階からインクルーシブデザインのアプローチを実践できないことによって、どのような人がデザインの対象になりうるか発散することができないため、デザインのスコープが限定的な物になってしまう懸念があります。
また、デザインはさまざまな意思決定や合議を経て完成へ向かいますが、完成直前でのアクセシビリティなどの観点を盛り込もうとしても、議論を経て行われた意思決定はくつがえすことが難しいケースが多いため、修正するには多くの追加工数・予算が発生してしまいます。

③ 共にデザインする

最後のポイントは排除されている人々やコミュニティと共にデザインするという点です。さまざまな人々やコミュニティを巻き込むことで、多様な価値観やバックグラウンドを理解することに繋がります。インクルーシブデザインにおいて共にデザインするという観点を失うと、排除や障害が発生する状況についての理解が仮説や想像ベースになってしまい、デザイン成果物の効果が大きく低下する懸念があります。また、排除されている人が抱えている課題の理解が進むだけではなく、苦痛が生じたり、適切ではない課題解決の方法についても理解を深めることができます。

インクルーシブデザインが持つ可能性

私たちはなぜインクルーシブデザインに取り組んでいるのでしょうか?

ユーザーを増やすことで多くの利益を生み出すこと・市場で優位性を発揮すること・デザインプロセスの効率化によるコスト削減などが動機となるケースもあるでしょう。
いずれの動機も正統かつ素晴らしい物です。インクルーシブデザインはここまでお伝えしてきたように、これまで排除されてきたユーザーに機会や価値を届けるアプローチであるため、ユーザー数を増やすことや事業の成長にも効果をもたらすと言えます。

ただし、ビジネス成果をあげることだけをインクルーシブデザインの目的に置くことは、インクルーシブデザインが持つ可能性を奪ってしまう危険性があることに注意しなくてはいけません。

インクルーシブデザインが持つ可能性とは、これまで排除されてきた人々やコミュニティと共にデザインを行うという性質によって、新しい人と新しい方法でデザインを行う機会を得られることにあります。この機会は私たちの創造力を刺激し、ひいてはイノベーションを起こすきっかけになるのです。

以下の画像はiOSのMailアプリケーションのインタフェースです。
この画像の中にはインクルーシブデザインのプロセスを経て生まれたイノベーションが溢れています。

iOS Mail のインタフェース

例えば「Eメール」は難聴者であるヴィントン・サーフ氏が、聴覚障害者である妻と同じ部屋にいない場合でも電話のような手段でコミュニケーションを取りたいという課題を解決するために生み出された技術です。

また、「キーボード」もインクルーシブデザインのアプローチによって生まれたイノベーションです。発明家のペレグリノ・トゥーリ氏は徐々に視力を失いつつある愛人と手紙のやり取りをしたいが、他人に手紙の口述筆記をお願いするのは避けたいという課題を抱えていました。この課題を解決するためにトゥーリ氏は「タイプライター」を発明しました。このタイプライターが今日のキーボード及びソフトウェアキーボードの原型となっています。

そして、Mailアプリケーションや、スマートフォンそのものを操作するためのマルチタッチインタフェースにもインクルーシブデザインが活用されています。
「マルチタッチインタフェース」は手根管症候群という手のしびれを催す病気を抱えたウェイン・ウェスターマンによって生み出されたイノベーションです。彼と彼の会社のFingerWorksは手や腕に疾患を抱えている人が、手に力を入れたり細かい操作をせずともコンピュータを扱えるようにするために、複数の指でタッチ操作を行う入力デバイスを開発しました。
2005年にFingerWorks社はAppleへ売却しました。そしてFingerWorksによって生まれた技術は2007年に発売されたiPhoneのマルチタッチインタフェースやジェスチャーコントロール機能の基盤として組み込まれています。

Eメールやマルチタッチインタフェースは、初めは一人の課題を解決するために生み出されたテクノロジーです。しかし、今日では疾患の有無に関わらず多くのユーザーが活用し、恩恵を受けています。このプロセスはインクルーシブデザインが持つ「ひとりのために解決してそれを大勢に拡張する」という特徴を体現しています。

これらの事例からも、インクルーシブデザインは私たちの創造力を刺激し、すべての人にとって意義のあるイノベーションを起こすことを可能にするデザインアプローチと言えるのではないでしょうか。

おわりに

インクルーシブデザインとは多様性を認識することによって排除を断ち切るデザインであること、私たちはインクルーシブデザインを行うことによって社会に存在する障害を取り除けるということを、この記事全体を通してお話しました。

最後にインクルーシブデザインの定義を付け加えることができるならば、私はインクルーシブデザインを「あなたのありのままを愛する」行為と意味付けたいと思います。

私たちは障害をただ取り除くだけではなく、私たちが生み出すデザインに利用者への姿勢や思いを反映することができます。私はユーザーへの敬意や、ユーザーの存在を肯定していることの表明を反映したいと願いながらデザインに取り組んでいます。

ユーザーを肯定するということは、そのユーザーの個性を肯定することであり「あなたはあなたのありのままでいいんだよ」と寄り添うことを意味します。ユーザーが大がかりな準備をせずとも、自身の個性を意識せずとも、社会と接続できるようにするために、私はデザインを活用したいと考えています。そして、世界にはあなたのことを思っている人がいるよということを、直接は伝えられなくてもデザインを通して伝えたいと願っています。

あなたはデザインを通してユーザーにどのような思いを伝えたいですか?

今日よりも明日が、すべての人がお互いを尊重し合える社会に、すべての人が好きなことをできる社会へと近づくように、まずは排除を考えることからインクルーシブデザインを始めてみませんか。


この記事はGoodpatch Design Advent Calendar 2021 2日目の記事でした。
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