費用と時間がかかっても、企業がウェブアクセシビリティに取り組むべき6つの理由
2024年4月から施行される法改正によって、障害を持つ方への「合理的配慮」の提供が、民間企業にとっても法的義務となります。
今回の法改正を受けて、ウェブデザイン分野ではアクセシビリティ対応に注目が集まっています。ウェブアクセシビリティの確保は、それ自体が法的義務ではないものの、合理的配慮の提供と密接に関わっているためです。詳しくは以下の記事をご覧ください。
一方、いざウェブアクセシビリティの確保を進めようと思っても、専門的な人材や、部門横断での対応が必要な場合もあり、その場合はかなりの費用と時間がかかります。対応すること自体は法的義務でないにもかかわらず、なぜそこまでして取り組む必要があるのでしょうか?
今回の記事では、ウェブアクセシビリティに取り組む意義とメリットを、6つの観点から解説していきます。
目次
理由1:サイト(サービス)を利用できる人が増える
当たり前ですが、ウェブアクセシビリティを確保すれば、自社のサイトやサービスを利用できる人が増えます。実際、どれくらいインパクトがあることなのでしょうか?アクセシビリティを確保することで恩恵を受けやすいと考えられる層を中心に、具体的な数字を交えて見てみましょう。
❶ 障害を持つ人
視覚、聴覚、認知、運動機能などに関して、さまざまな障害や特性を持つ人がいます。厚生労働省の調査によると、2016年の推計値では日本にいる障害者の総数は936.6万人。人口の約7.4%を占めています。
障害を持つ人のうち、ウェブアクセシビリティの恩恵を受けやすいとされるのは、以下のような人たちです。
- 視覚障害のある人
- 身体障害者手帳を持つ人のうち、31.2万人いると言われている
- 聴覚障害のある人
- 身体障害者手帳を持つ人のうち、34.1万人いると言われている
- 視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう)
- 1.4万人ほどいると言われている
- 上肢障害のある人
- 上肢・下肢を含めた肢体不自由の人は193.1万人いると言われている
- 発達障害や学習障害のある人
- ASD、 ADHD、 学習障害などは、人によって程度が異なったり、自他ともに障害を認識できていない場合もあり、総数の特定は難しい
- 知的障害のある人
- 41.9万人いると言われている
また、先天的に以下のような視覚の特性を持つ人もいます。
- 色覚特性がある人
- 眼科で正常色覚と診断されるC型色覚以外の人は、500万人いると言われている
引用元:
- 平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)
- 東京盲ろう者友の会 Webサイト
- 厚生労働省「身体障害児・者実態調査」(平成18年)
- NPO 人にやさしい色づかいをすすめる会 Webサイト
こうした障害や特性にはグラデーションがありますし、複数の障害・特性が併存する場合もあります。また、例えば手が震えやすいなど、ここに挙がっていない例ももちろんあります。
❷ 高齢の人
人間は、加齢によって視覚、聴覚、認知能力などが衰え、情報を取得することに負担を感じるようになります。また、指先の細かい動きが難しくなるなど、物理的にもデバイスの操作がしづらくなることがあります。
日本では高齢化が進んでいて、現在世界で最も高齢人口の割合が多い国です。総人口に占める65歳以上の割合は、2040年に35.3%になると推定されていて、15年後には3人に1人が高齢者となる見込みです。
引用元:統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-
❸ 一時的な制約のある人
アクセシビリティの恩恵を受けやすいのは、「障害を持つ人」と「高齢の人」というイメージが強いかもしれませんが、他にもこのような形でアクセスが困難になることも考えられます。
- コンタクトが外れて見えづらい
- 突発性難聴を患って聞こえづらい
- 右手を骨折して操作しづらい
- 太陽光が強くて画面が見づらい
- イヤホンを忘れて電車で音声を再生するのが難しい
- マウスが壊れて操作できない
- 曖昧な表現で書かれていて認識しづらい
こうした状況は誰にでも起こり得るので、自社のウェブコンテンツがさまざまな状況下でも問題なくアクセスできるかを確認しておけると良さそうです。
❹ 通信環境や端末の制約がある人
昨今は、ウェブコンテンツを利用するときの通信環境や端末が多様化しているため、限られたデバイスに合わせて制作してしまうと、それ以外のデバイスではアクセスしづらい場合が出てきます。考慮ポイントには、例えば以下などがあります。
- 端末
- PC、スマートフォン、タブレット、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイス、VRデバイスなど
- 通信環境
- 携帯電話やPHSでインターネットに接続する人もいる
- 操作方法
- タッチ操作、マウス、キーボード、音声や目線で操作するなど
- 点字ディスプレイや、ハンドルやボタンがついたコントローラー等を使って操作する人もいる
- ウェブブラウザ
- Google Chrome、Microsoft Edge、Safari、Firefox、Arcなど
もちろん全ての環境に合わせることは難しいため、目的に合わせて合理的に範囲を決めることが必要ですが、通信環境や端末をどこまで対応するかも、アクセシビリティの1つの観点だということを認識しておきましょう。
理由2:新たな市場にリーチするチャンスを作れる
理由1で挙げたように、状況によってウェブコンテンツにアクセスしづらくなっている人たちがたくさんいます。アクセシビリティ対応は、このように十分なサービス提供ができていない市場で成長への道を開き、ユーザーとの信頼を築くチャンスになります。
一例ではありますが、これからますます高齢社会となる日本では、やはり高齢者向け市場が注目されます。
- 2025年までに高齢者向け市場の規模は100兆円を超えると言われている
- 日本の金融資産の60%以上(1200兆円)を60歳以上の世代が保有していると言われている
- 高齢者世帯(世帯主が65歳以上)の消費支出は、全世帯平均より約47,000円少ない
引用元:
- みずほ情報総研 海外スタートアップが狙う世界の高齢者市場
- 内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 資産所得倍増に関する基礎資料集
- 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-
例えばオンラインショッピングやデリバリーなどは、幅広い年代に向けたサービスであることがほとんどですが、出かけづらくなった高齢者にとって非常に便利でしょう。介護関連に限らず、生活全体でエイジフレンドリーな環境を作るための「エイジテック」という分野も注目され始めています。
今回は高齢者向け市場を例にしましたが、世界的な潮流を見ても、アクセシビリティを配慮していないサービスやプロダクトは、将来的に多くの人から選ばれなくなる可能性が高いです。
理由3:いいユーザー体験にとって不可欠だから
プロダクトやサービスによって「いいユーザー体験」を提供したいと考えるとき、多くの人はまずユーザビリティ(使いやすさ)を考えるのではないでしょうか。ユーザビリティとは「ある時点での使いやすさ」であり、多くの場合、マジョリティに対する最適化といえます。
一方でプロダクトやサービス、情報などのコンテンツは、ユーザーのもとに正しく届き、活用できる状態になっていることで初めて価値を生み出すものです。したがって、そこにアクセスできない状況にあるユーザーにとっては、存在しないも同然となります。
アクセシビリティを考えることは、特定のマジョリティだけではなく、あらゆる人に配慮した「使える状況の幅広さ」に目を向けることと言えるでしょう。
特定の人に対する使いやすさを極めるのもよいですが、使える状況の幅を広げながら、同時に使いやすさに磨きをかけることで、総合的にプロダクトのユーザビリティを向上させることにつながります。
例えば、Appleのアクセシビリティページの冒頭には「必要に応じてカスタマイズ」というコピーと共に、アクセシビリティについてのメッセージが語られています。
最高のテクノロジーは、すべての人に役立つもの。だから、私たちの製品とサービスにはアクセシビリティ機能が組み込まれ、インクルーシブであるように作られています。好きな人とつながる。好きなものを作る。好きなことをする。そのすべてを、あなたにとってベストな方法でどうぞ。
このページでは「あなたに合わせて」「あなたらしく」という言葉が多用されています。
ここから読み取れるのは、Appleがつくるアクセシビリティ機能の対象は、特定のセグメントではなく、Apple製品を使うすべてのユーザーに置かれているということです。 単にアクセスできる人を増やすことにとどまらず、「すべての人に役立つ最高のテクノロジー」を目指す、そんなAppleの姿勢が感じられる事例です。
このように、アクセシビリティを究極的に取り組んでいくと「すべての状況のすべての人が使いやすく」と考えるようになり、自然とユーザビリティの向上に取り組むことになるのかもしれません。
理由4:「多くの人に使ってもらいたい」という企業としての姿勢を示せる
少し抽象的な考え方ですが、アクセシビリティの確保に注力することで、企業としての姿勢や品格を示すことにもつながります。さまざまな立場の人に使ってもらいたいツールであれば、アクセシビリティへの取り組みをブランドイメージとして持つことで、ツールを選定してもらえる理由や差別化ポイントになる可能性もあります。
例えば、freee社は自社で制定した独自の「アクセシビリティガイドライン」を公開していたり、アクセシビリティの専門人材がいたり、外部発信やセミナーなどにも力を入れています。
理由5:将来的な訴訟リスクを抑えられる
米国では「障害を持つアメリカ人法(ADA)」という法律によって、障害を持つ人が州政府、地方自治体、事業者などのウェブサイトにアクセスできるようにすることが義務づけられています。 ADA法によるウェブアクセシビリティ関連の訴訟は年々増加しており、2022年には3,000件前後あったと言われています。Amazonやドミノ・ピザなどの有名企業も訴訟の対象となりました。
日本でも、2024年4月からの法改正によって障害を持つ人への「合理的配慮」が法的義務となりますし、今後米国のようにウェブアクセシビリティの確保自体が義務化される可能性もあります。万が一訴訟が起きると、アクセシビリティ改善だけでなく、訴訟費用や専門家証人を雇うといった費用がかかります。将来的なリスクを考えても、ウェブアクセシビリティを確保しておく価値はありそうです。
理由6:「マシンリーダブル」になる
人にとってアクセスしやすいウェブコンテンツは、同時に「機械」にとっての読み取りやすさ(マシンリーダビリティ / machine readability)も兼ね備えていることが多いです。例えば、アクセシビリティ機能である「音声読み上げ」に正確に対応できるウェブコンテンツを制作するには、機械的に解釈可能で、合成音声に変換できるHTMLソースを用意する必要があります。
ウェブコンテンツがマシンリーダブルになると、 GoogleやYahoo!といった検索エンジンにとっても情報を取得しやすくなり、SEO(検索エンジン最適化)の効果があると言われています。Goodpatch社内では「サーチエンジンだけではなく、AIが情報を解析する際にも恩恵を受けられるんじゃないか」といった意見もありました。
自社のアクセシビリティ対応、見直してみませんか?
アクセシビリティ確保に対して大変、面倒といったイメージを持つ方もいると思いますが、これからの社会では取り組む意義がどんどん大きくなると考えられます。また、プロダクトやサービスを長期的に成長させ、社会に価値を生み出すためには、避けて通れない課題といえるでしょう。
Goodpatchは、UX/UIの専門的な知見から、プロダクトやサービスの成長を見据えたアクセシビリティ対応に伴走していきたいと考えています。お手伝いできることがあれば、お気軽にご相談ください。
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