「お金を払った感」はどのようにデザインすればよいのか
私たちは普段、お店でものを買う際には必ず「お金を払う」ということを行っています。現金やクレジットカード、交通系電子マネーに加え、最近ではApple Payなどのスマートフォンによる電子決済サービスも登場しています。そのような新しい決済サービスを使ったことがあるという方も増えてきているのではないでしょうか。
このブログでも度々注目されているお金とデザインのこと。先日起こった私の実体験を通して、このような「お金を払う」という体験のデザインについて考えてみたいと思います。
目次
とあるコーヒーショップでの体験談:フィードバックの勘違い
これは、とあるコーヒーショップでバーコード決済アプリを利用した際に体験した実話です。
さて、3コマ目で私はなぜ「会計が終わったな」と勘違いしてしまったのでしょう?
振り返ってみると、会計時に私はこんなことを考えていました。
1コマ目:「電子決済アプリで支払いたい」
2コマ目:「音が鳴ったから支払いが終わった見たい」
3コマ目:「会計が終わったからiPhoneをしまおう」
4コマ目:「支払い終わったと思ったのになぜ……?」(支払いに失敗した)
バーコードを読み取った際の「ピッ」という電子音は、レジがバーコードの読み取りに成功したことを知らせるフィードバック音です。もしも音がなく無反応ならば、本当に読み取りがうまくいっているのかがわかりません。このフィードバックがあるおかげで、レジを扱う店員さんはバーコードの読み取りがうまくいったことを音で理解することができているのです。これはお客さんも同じように体験しています。
このようなフィードバックは、世の中のあらゆる道具に必要不可欠な要素となっています。ユーザーが何か動作を行ったら道具はその結果を返す、それによってユーザーは道具の状態を知ることができる、この関係がすなわち「インタラクション」と呼ばれるものです。
一般に、ユーザーが道具を扱う際には何かしらのフィードバックがあることが良いとされています。
お店での会計という場面においては、お客さんが受けるフィードバックには次のようなものが挙げられるかと思います。
- バーコードの読み取り音
- 電子決済アプリの表示や音、振動
- お釣りとレシート会計が終わった商品の受け取り
- 店員からの一言「ありがとうございました」
私のコーヒーショップでの体験は電子決済アプリであったことから、支払いに対するフィードバックはバーコード読み取り時の音であると勘違いしてしまいました。バーコードを読み取った時点で「支払った」ものだと思い込んでいたのです。
フィードバックにはさまざまな表現がある
例えば「ブロックを叩いた音」や「ダメージ音」が鳴らないスーパーマリオを想像してみてください。
マリオとブロックの距離に特段注目しなくても、ブロックを叩いた音でマリオが衝突したことを十分に理解することができます。クリボーに限界まで近づいてしまったとしても、「ダメージ音」が鳴らなければ明らかにセーフだと理解できるわけです。
ゲームプレイ最中の様子を観察してみると、ユーザーは視覚のほかに、聴覚や触覚を働かせて常に状況判断を行なっているということが伺えます。
これが電子決済アプリとなると、マリオの動きを常に追っているゲームとは違い画面に注目し続けるというものではありません。現実世界での動作とアプリの操作を行き来しなければならないので、どうしても画面上のフィードバックには意識が向きづらくなってしまいます。
そこで電子決済アプリでは、視覚以外のフィードバック、音や振動を活用することが重要だと考えられます。
適切な音のフィードバックとは
音のフィードバックに着目すると、音はただ鳴れば良いというものではありません。それを聞いて瞬時に意味が理解できる、明快かつ簡潔な効果音が求められます。
日常生活で耳にする家電の操作音を思い浮かべてみてください。
たいていの扇風機やエアコンでは、電源を入れると「ピピッ」というような短音が鳴ってそれが正常に作動したしたことを知らせてくれます。続けて電源を切ると「ピー」というような長音が鳴って停止したことを知らせてくれます。
この「ピッ」というキレのある音の響きがなんとなく肯定的で正常な音、「ピー」という音の響きが否定的あるいは異常がある音のように感じられます。
普段からこのような音に慣れていますから、電子決済アプリで鳴らす音もそれに寄せてデザインした方が良いと考えられます。
仮にもしもこれらの音が逆にデザインされていたとしたら……。
実は私の家のエアコンは、リモコン操作時の音がそのようにデザインされてしまっているのです。
電源を入れた時の音が「ピピー」、切った時の音が「ピーッピッ」といった具合に、聞いただけでは一体どちらの状態なのかが判断しづらい音のフィードバックになってしまっています。このことが原因で、エアコンを消したつもりが実は点けっぱなしだった、ということが何度もありました。
このような、ユーザーを混乱させたり誤った印象を与えるフィードバックは時に悲惨な結果を招いてしまうこともあるため、適切とは言えません。
冒頭のコーヒーショップの例でも、問題なく支払いができた時には肯定的に感じられるあっさりした音を鳴らす、金額が足りない時やバーコード読み取りエラーの時には少し長めの音を鳴らす、音に合わせて振動も行う。このような適切なフィードバックが行われていれば、私は「もう支払いできたんだな」と勘違いせずに済んだかもしれません。
ここまで「フィードバック」に関して考察してみましたが、その他にも「支払った感」にとって大切な体験とはどのようなものであるのかを考えてみました。
お金を払った感を感じるために、大切な体験とは?
ものが消える体験
電子決済サービスは数多く登場していますが、現金派のユーザーは「電子決済はお金を使いすぎてしまうのではないか」という漠然とした不安を抱いているのではないかと思います。(ちなみに、私もそうです。)
一体何が原因で不安を与えてしまっているのでしょうか?
この原因を探るために、現金での支払い体験と、電子決済アプリでの支払い体験を比較してみましょう。
現金で支払うと、自分の財布からお金が物理的に移動して、手元からは無くなります。当たり前で誰もが理解できる現象です。
対して電子決済アプリで支払った場合は、物理的なお金がそこに存在するわけではないため、目に見えないデータとしてのお金が加減算されるのみとなります。何か物体が無くなったりするわけではありません。
現金派ユーザーにはこの「持っているものがどこかに移動して無くなる」という、「消える体験」が足りていないのではないでしょうか。
ここでデザインができることはなんでしょう?例えば、支払い時に掲示したQRコードやバーコードが、決済が完了した瞬間にパッと消える(ここでは、QRコードやバーコード=自分のお金と考える)などが考えられます。
ただ単にデータの値が変化するのではなく、お金のメタファーがきちんと手元から無くなることで、「あ、いまお金を消費したな」といった払った感を演出できるのではないでしょうか。
どこから来たお金なのかを示す
現金決済ではお財布からお金を取り出しますが、アプリ決済ではどこからお金を取り出すのでしょう?
冷静に考えれば、自身のクレジットカードや銀行口座と分かります。しかし、ユーザーと現物のお金に物理的な距離があること、実態はデータのやり取りであることが、モノとしてのお金がどこからどこへ移動したのか思い描きづらい原因を作っています。
この課題に対して考えられる例としては、「直前まで所持していた金額をまず表示した上で、利用額を引いていく過程を動きで見せる」というものです。決済前の残高がクルクルとスロットのようにアニメーションしてから最新の残高を見せるようにすれば、何がどう変わったのかが一目瞭然です。
まずはきちんと「このアプリに入っているお金を消費した」という自覚を持ってもらい、お金を使った・支払ったという感触を与えることが必要だと思います。
終わりは挨拶で締める
買い物を終えた後に店員さんが必ずかけてくれる「ありがとうございました」という挨拶。
実質、この「ありがとうございました」が、支払いが正常に完了したことを示す指標となっています。もし払ったお金が足りなかったり、買いたい商品が準備できなければ、この言葉はかけてもらえません。
ECサイトでのショッピングでは、店員さんが「ありがとうございました」を言う代わりに、決済完了画面があるので、ちゃんと支払い終えたな、というのが実感できています。
アプリ決済でも、ユーザーが気づく形で決済の完了通知を行い、終わりの「挨拶」をすることで、一連の支払い行為の終了が明確になり、満足ある支払いになりそうです。
さいごに
一言で「支払う」と言っても、その言葉には様々な行為や認知が含まれている、ということがお分かりいただけたでしょうか。
もちろんこれだけが「お金を払った感」ではありませんが、元が抽象的な表現でも、このようにユーザーの体験を分解し、取り組むべき課題の粒度を細かくしていくことで、それぞれに対するアイディアを考えやすくなります。皆様もプロダクトやサービスを作るときには、ぜひユーザーの体験を分解する工程を取り入れて設計してみてください。