サービスデザインとは、サービスに関わるみんなの「幸せ」に向き合って、その「幸せの循環」を願い、描いていく営みであるーー。

Goodpatchには現在、約30名のUXデザイナーが在籍しており、UXデザイナーの中でも専門性はいくつかに分かれています。そんなUXデザイナーの中でも、プロダクト単体だけではなく、プロダクトに関連する全ての体験の品質向上に専門性を持つのがサービスデザイナーです。「ユーザー」「組織」「ビジネスモデル」の3つの視点に着目しながら、すべての“体験”の集合に対して、持続的な価値の提供をデザインしています。

前回は、これら3つの視点をもってサービスデザインに取り組んだ事例を「Goodpatchが実践するサービスデザインとは?」という記事でご紹介しました。今回も引き続き実践編として、「3つの視点の組み合わせ方」をテーマに、私なりに実践している内容と獲得した知見についてご紹介します。

それでは参りましょう!

1:「ユーザー」「組織」「ビジネスモデル」3つの異なる視点の組み合わせ方

3つの視点を組み合わせるとはつまり、「ユーザーと組織の良き関係性を明らかにし、その関係性が持続・循環するようなビジネスモデル(全体像)を描く」ということだと捉えています。では、どのように取り組んでいけば良いのでしょうか。まずは、私がサービスデザインに取り組む際によく用いているツールの紹介から始めていきます。

もちろん、手法に唯一解というものは存在しません。「すべての“体験”の集合に対して、持続的な価値の提供をデザインできるならば、手法は何でも良い」とも言えるでしょう。あくまでも具体例として「私はこのようなツールを使って3つの視点を組み合わせています!」という話ができればと思います。

サービスブループリント(行動同士を組み合わせる)

サービスブループリントとは、ユーザーや組織といったステークホルダーにまたがって連なる「行動」を、時系列に可視化するためのツールです。

サービスは1人では完結しません。例えばレストランというサービスは、お客さんだけでなくホールスタッフやシェフといった複数のステークホルダーにより構成されています。「食べる」というプロセスの裏には「配膳する」というプロセスがあり、その裏には「料理する」というプロセスがあるのです。なお、サービスデザインの世界では、ユーザーと組織という2軸だけでなく、組織の中でも「フロント」「バック」の双方を考慮することが重要であると言われています。先の例で言うと、「ホールスタッフ」と「シェフ」がそれにあたります。例えば、以下のように表せそうです。

このように、「ユーザー」「フロント」「バック」それぞれのプロセスを破綻なく繋いでいくためのツールがサービスブループリントです。行動というレイヤーで「ユーザー」と「組織」を組み合わせながら、サービス全体の「ビジネスモデル」を描いていくアプローチであると言えます。

※なお、「ユーザー」「フロント」「バック」に加えて「システム」も入れてあげると、よりサービス全体の動きがクリアになります。

グロースサイクル(状況同士を組み合わせる)

行動の背景には「発生することが望ましい状況」が存在します。「このような状況が望ましいので、そのために行動をする」という論理です。

1つのサービスにはユーザーや組織といった複数のステークホルダーが関わり、ステークホルダーごとに様々な「望ましい状況」が存在します。そして、これら状況同士を組み合わせて、つながりや循環をモデル化するためのツールがグロースサイクルです。

例えば、「レストランを訪れる」という行動の背景には、「お料理に大変満足できている」「提案されたメニューを素敵だと思えている」といった望ましい状況があるはずです。「サードプレイス的に落ち着くことができている」といったケースも考えられるでしょう。従業員も同様に「お客さんに楽しんでもらえて嬉しいと思えている」「お客さんの好みをわかっている」等が挙げられるかと思います。例えば、以下のように表せそうです。

「ユーザー」だけでなく「組織」も含めて、望ましいであろう状況の循環を「ビジネスモデル」として描く。これがサービスデザイナーから見たグロースサイクルの肝だと思います。先述のサービスブループリントが「行動」のレイヤーを扱っていたのに対し、こちらは「状況」のレイヤーです。サービスをデザインする際、いきなり「行動」を考えられる程に、人間はシステマティックには動いていません。想定通りに動いてくれる駒ではないのです。「行動」のレイヤーで考えるのは、「望ましい状況」の循環を描いた後で良いというのが私の肌感です。「行動」は自ずとついてくるものなので。

※ちなみに、「望ましい状況」に近い言葉として「価値」があるかと思います。言い換えていただいても良いのですが、個人的には「価値」という言葉が深すぎて捉えきれていないので、今時点でしっくり来ている「望ましい状況」という言葉を使用しています。

ステークホルダーマップ(関係性を表す)

ステークホルダーマップとは、ステークホルダー同士の関係性をマップとして図示したものです。

ユーザーや組織といったステークホルダーを洗い出すことで、サービスブループリントやグロースサイクルで組み合わせるべき対象がクリアになります。そして、マップから見えてくる関係性そのものがビジネスモデルであるとも言えます。パッとサービスの全体像を示すことは、チームが共通の認識を持って歩むためにも重要です。一旦の想定だとしても「とりあえず、こんな関係性だよね!」を積極的にチームメンバーに提示していきたいものです。

2:サービス開発の各フェーズにおける取り組み方

では、仮にこれらのツールを使って3つの視点を組み合わせるとして、そのタイミングはいつでしょうか。チームメンバーみんなでアイデアを発散する時でしょうか?あるいは、ある程度方向性が固まり精緻に設計していく段階でしょうか?

私の答えは「粒度や検討スピードを変えながらずっと」です。それぞれのフェーズに、それぞれのやり方や貢献があります。ここからは、私が実践する中で見つけてきた、各フェーズにおける取り組み方をご紹介します。便宜上、デザインプロセスの1つであるダブルダイアモンドに沿ってお送りしていきます(ダブルダイアモンドとは、探索〜提供の4Stepからなる、サービスの新規開発やリニューアルのプロセスを表したものです)。

探索フェーズ

探索フェーズにおいて大事なことは「早くラフにプロダクトを形にして、ユーザー検証をすること」です。なので、先述したようなツールを粛々と精緻に作成することは、そのスピード感に合わない恐れがあります。

だからこそ「粒度や検討スピードを変えながらずっと」なんです。いくらラフとはいえ、そのための旗印は必要。そこで私がよく実践するのは、ステークホルダーマップやグロースサイクルをパッと作成することです。「このサービスって、つまりはこんな感じ?」という全体像を「ステークホルダー間の関係性」や「望ましい状況の循環」で提示します。パッと作るのがポイントで、精緻である必要はありません。それこそ、私が最初に作るグロースサイクルは以下の図くらいの粒度だったりします。

そして、特にクライアントワークでBtoBサービスを担当する場合は、業務のキャッチアップを目的に、サービスブループリントをパッと作成することもおすすめです。もちろん「だいだいこんな感じだね」という程度で構いません。BtoBサービスの多くには、業務的に最低限抑えておかなければいけないプロセスや流れが存在します。ユーザーや組織それぞれの動きだけでなく、2者間でのお作法があったりもするのです。それを把握し、チームで認識を合わせた上でアイデア検討などをしていきたいですね。なのでTo-BeというよりはAs-Isのキャッチアップという意味合いのほうが近いのかもしれません。

最後に、ツールの話からは逸れますが、サイトストラクチャやナビゲーションといったプロダクトの構造について検討を始めることも重要です。UIデザイナーと連携しながら「全体像はこんな感じ。どうやらこんなオブジェクトがありそう。だったらこんな構造かな?」みたいな検討を始めるのです。もちろん精緻である必要はないのですが、この段階だからこそ自由度高く考えられることも事実です。後になればなるほどに「決まり始めている要件」などの制限制約に阻まれるものです。構造というものはある意味でシステマティックに考える部分もありますが、「ユーザー」と「組織」を組み合わせながら「ビジネスモデル」を描くサービスデザイナーだからこそ落とし込める構造があるはずです。ぜひ積極的に考えていきましょう。

定義、展開フェーズ

定義、展開フェーズにおいて大事なのは、「サービスがイケてることをポジティブに検証すること」であると捉えています。

この段階になると、発散したアイデアの方向性が見えてきます。そしてユーザーインタビューやユーザー検証などを通して、様々な情報も集まってきています。これらのアイデアやファクトを基に、ビジネスモデルをブラッシュアップしていきましょう。

例えば、発散フェーズでパッと描いたグロースサイクルに対して「このような状況が望ましいと思っていたけれど、実際はこっちかもしれない」「ユーザーと組織の望ましい状況が相反しそうなので、ちょっと工夫が必要かも」といった気づきを得るはずです。これらを踏まえて、足りないピースを補ったり、違和感の出てきたピースを取り替えたりするのです。これは、粗探しをするというよりは、本当にユーザーと組織の良い関係性を築くことができているのか?もっとサービスを「届ける」「伸ばす」ためには何が必要なのか?をポジティブに検証する作業だと捉えています。

具体的な方法として、例えば私はグロースサイクルよりも細かく「望ましい状況の連鎖」を図にします。ユーザーインタビューやユーザー検証などを通して集まってきた情報をインプットに、KA法や上位下位分析などの手法も使いながら「望ましい状況」をバーっと洗い出し、その連なりを表してみるのです。細かすぎるくらいで丁度良いです。

一旦ぐちゃぐちゃで構いません。望ましい状況の連なりを具体的に考えるからこそ、見えてくるストーリーがあり、考慮できていなかったポイントがわかる。最終的にその内容を凝縮させる形で、グロースサイクルをブラッシュアップできれば良いのです。きっと、より納得感のあるビジネスモデルになっているはずで、結果として必要な機能に関する解像度も高まっていることでしょう。繰り返しますが、状況がわかると行動(機能)は自ずとついてくるものなので。

また、ステークホルダーマップやサービスブループリントも同様で、当初想定していなかった人物、想定していなかった関係性やプロセスが見えてきます。ブラッシュアップしていきながら、チームメンバーの共通認識をアップデートしていきましょう。チームの認識を揃えることも、サービスデザインの大切な役割なのです。

提供フェーズ

提供フェーズにおいて大事なことは、これまでの検討を要件定義に正しく反映することです。

このフェーズにおいて私がよく実践するのは、サービスブループリントの精緻化です。明らかにしてきたサービスの全体像を、プロセスという「行動」レイヤーに落とし込む。基本的にプロセスと機能は紐づいているので、ここがしっかりしていると要件定義がぶれません。

そして、その上で重要なのは優先度が見えていることです。要求定義から要件定義に絞るための評価軸とも言えます。私がよくやるのは、グロースサイクルを段階ごとに分割することです。

「これだけは発生させたい状況」で作ったサイクルをStep1とし、徐々にStep2、Step3と拡げていく。つまりこれはロードマップであり、要件定義において必要機能を選定する際の評価軸でもあるのです。チームメンバーとあーだこーだ言いながら作ってきたグロースサイクルだからこそ、チームとしてもその優先度に納得感が生まれやすいはずです。

3:サービスの外側にある“社会”との向き合い方

最後に3点目として挙げたいのは、より抽象的な「社会という文脈との向き合い方」についてです。つまり、「サービスの外側にある社会というレイヤーをどこまで、どのように考えるべきか」という点について、私なりの考えと実践している内容をご紹介します。

サービスデザインの潮流と、それを取り込む難しさと

昨今、「サーキュラーエコノミー」「サステナブル」といった循環型社会について考える機会が増えていることかと思います。そして、その潮流はサービスデザインの界隈にも到達しています。例えばそれは、先日デンマークはコペンハーゲンにて開催されたService Design Global Conference 2022の登壇内容からも色濃く感じたことです。

もちろん大いに賛同するのですが、「現場でゴリゴリとデザインする現実的な自分」というフィルターを通すと「その壮大なテーマを現場でどのように取り扱うのか」という迷いを感じることも事実です。クライアントワークにせよ自社の事業にせよ、時間やスケジュール、コストに制限制約がある中で、そこまで考える余地が十分でない場合も多いぞ、と。

少しだけ、外側の“社会”という文脈に想いを馳せてみる

ただ、これは物事全般に言えることですが「AかBか」というイシューではないと思います。「考える・考えない」ではなく「自然な流れで想いを馳せられると良いよね」というスタンスからはじめてみるのはいかがでしょうか。

レストランのお客さんのことを考えていたら「地球に優しい野菜の栽培」に行き着くかもしれない。業務システムのことを考えていたら「日本における労働生産性の向上」について考えるかもしれない。つまりは「ユーザーや組織にとっての望ましい状況を考えていたら、自然と社会に目が向いていた」ということです。

何度か言及していますが、「届ける」「伸ばす」という観点はサービスデザインにとって大切なことです。つまりはユーザーと組織の良き関係性が、持続的に続いていくビジネスモデルである必要がある。そして、持続を生むには、社会といった外側の文脈に沿っていることが欠かせません。だからこそまずは馳せた想いを起点にしながら考えてみませんか。その先にあるのがいわゆる循環型社会なのかもしれません。

馳せた想いを可視化する方法

それでは、その馳せた想いはどのように可視化しましょうか。私がよくやるのは、これまでご紹介してきたツールに少しだけ書き足すことです。

例えば、グロースサイクルには、ユーザーや組織だけでなく「社会にとっての望ましい状況」を書き足す。サービスブループリントには、ユーザー、組織以外に登場するステークホルダーのプロセスを書き足す。つまり、全く新しい検討をしているわけではなく、これまでにチームメンバーみんなで考えてきた内容を、社会という外側の観点に想いを馳せながらブラッシュアップする作業と言えそうです。

社会を考えなきゃ!サステナブルを考えなきゃ!というスタンスでなく、内から湧き出るものとして、取り組んでみてはいかがでしょうか。

結び:私もずっと試行錯誤です。お話しませんか?

ここまで長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

「ユーザー」「組織」「ビジネスモデル」の3つの視点に着目しながら、すべての“体験”の集合に対して、持続的な価値の提供をデザインする。そのためのツールの使い方と勘所、サービス開発の各フェーズにおける取り組み方、そして社会というサービス外側の文脈についての考慮といった内容をご紹介しました。

どれだけユーザーや組織のことを考え抜いても、私はあなたにはなれない。どれだけ社会に想いを馳せても、唐突に巻き起こる感染症なんて知る由もない。でも、それでも、今あるファクトを大事にしながら、サービスに関わる「みんな」を考え抜く。きっと大事なことは「望ましいであろう状況」という、言ってしまえばユーザー、組織双方の「幸せ」に向き合うことなんだと思います。幸せな状況が廻っていくことを願いながら、一生懸命にサービスをデザインしていく。それは自ずと「みんな」にとっての幸せな行動につながっていくはずなんです。そのサービスが生み出す期限付きの永遠とやらに、私は向き合っていたいのです。

これからも試行錯誤をしていきます。だからこそ皆さんと話しながらもっとサービスデザインについて知っていきたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

※この記事はGoodpatch Design Advent Calendar 2022 22日目でした!面白い記事が満載なので、他の記事もぜひ読んでみてください!