2015年3月のApple Watch発表直後、Twitter社でデザインディレクターとして勤務しているMike Kruzeniski氏は“Jony’s Patience”というブログ記事を発表しました。本記事は、本人の許可を得た上でそれを日本語翻訳、一部編集したものです。

ジョニーの忍耐

数ヶ月前にジョナサン(ジョニー)・アイヴについての話を聞かされて以来、それについて随分考え続けている。その話によると、6〜7年前にとある大会社がジョニー・アイヴを採用して自社のデザインを受け持ってもらおうとしたらしい。ジョニーは謹んでそれを断った。その時ジョニーが会社側に伝えたのは、過去10年間必死に頑張って、やっと自分のやりたかった仕事が出来る場所へとAppleを到達させることが出来たのだから、そこを離れようとなどしていない、ということだった。彼は、Appleでの自分の仕事は始まったばかりなのだ、と伝えたのだ。

この話が本当に真実であるかどうかは分からないが、このような話があったと仮定しよう。こんな男を採用しようとするなんて馬鹿げているように思えるが、多くの会社がそれを試みたに違いない。もちろん、今のところ誰も成功してはいないが。

もしこの話が真実ならば、ジョニー・アイヴは2008年から2009年頃に、Appleでの仕事が「まだ始まったばかりだ」と感じていたことになる。その頃、iMacは今日のものに比べて少しもたついた、洗練されていないものだったが、現在の形とさほど遠くはなかった。MacBook ProやMacBook Airについてもそうだ。Apple TVの第1世代まであと数年というところまで来ており、iPod nanoについては既に第5世代まで出ていた。iPhone 3GSがその夏にリリースされ、App Storeには約7万5千のアプリがあった。iPhone 6とApple Watchまであと5〜6年はかかったが、それらが無かったとしても、素晴らしい仕事例だ。どんなデザイナーも、この中の一つでもいいから自分のポートフォリオに加えたいと思うはずだ。けれども、彼にとってはまだ始まったばかりだったのだ。

アイヴは1992年からAppleで働き始めた。1997年の6月、アイヴが働き始めてから5年経った頃の雑誌Wiredの表紙はこれだ:

訳注:Pray=祈り

92年から97年の間、スティーヴ・ジョブスが戻ってくるまでに3人の異なるCEOがAppleを運営した。スティーヴは会社を軌道に戻したが、2000年代前半に入るまで会社は利益を生み出せる状態に戻ってはいなかった。この年月の間、Appleが楽しく働ける職場だったとは想像しがたい。たった1年や2年の辛い期間ではなく(そのくらいはどの会社でも起きうるだろう)、ほぼ10年連続での試練の期間である。アイヴとそのチームは本当に厳しい時期においても結束を続け、その後のことは既に歴史となった。今、アイヴはAppleで23年過ごしたことになる。

アイヴがApple Watch のアイディアを思いつくまで、あるいはそのための正しいデザインを見つけるまでに20年かかったとは思わない。Appleとアイヴは過去20年の間、Apple Watchを作ることが出来る会社を慎重に作り上げてきた。それは、23年に及ぶ優れた人材の発見作業、正しい人材の採用作業、正しいチームの構築、人間関係の発展、スキルや技術への投資、製造及び流通ラインの構築、そして製品とビジネスモデルを証明する作業である。20年かけてAppleと共に成長することに対するアイヴの忍耐が、彼が今日の世界において最も優れたプロダクトをデザインすることを可能にした。他の企業もスマートウォッチを作ることは考えただろうが、AppleだけがApple Watchを作ることが出来たのだ。

時間

先週デイヴ・モリンは、サンフランシスコにおける平均在職期間は15ヶ月間だとツイートした 。情報源を知らないのでどれだけ正確かは分からないが、もっともらしく聞こえる。私はGoogleやAmazonといった企業での在職期間は1年、Appleで2年という短さだというレポートを見た。15ヶ月あれば、何かしらの仕事を終えられるだろうが、たくさんは出来ない。大きなモノは出来ない。iPhoneやApple Watchのような規模のモノは出来ない。

あなたの会社がテック企業だとしたら、その会社は10年前には存在しなかった可能性が高い。あるいは5年前。もっと言えば1年前。そういった新しい会社は全て、事業を進めながら自分達が何をしているのかを掴もうとしている。良い製品を作り出すのは難しいが、それがどのように動作するべきか、どのぐらいの期間を要するかについての勘が私達には備わっている。ホワイトボードにプロセスとスケジュールを描くことがもできる。あなたはそういう風に訓練されているだろう。優れた会社を作り出すのはずっと難しい。優れた製品を幾つも創り出すことが出来る優れた会社を作り出すのは、その中で最も難しいことだ。

会社がどのようにして作り出されるべきかについては多くの意見やアイディアがあるが、指示書というものは無い。どの会社も異なり、時を経て変化するし、そして人間というのは複雑だ。政治的で、感情的で、やっかいだ。時々私は、会社を作り上げることに関する諸々について、ただデタラメな製品をデザインしているだけのように感じる。私達は皆、ただ優れたモノをデザインしたり生み出したりすることにフォーカスしたいのだが、会社を作り出すことは自分が志す仕事をすることを支えるためのことで…そして時間がかかるのだ。会社に関する諸々が複雑になった時、文句を言ったり、責任があると思える人物を名指ししたり、単純に辞職することは簡単だ。

けれども、それを手助けするのがあなたの仕事だ。会社におけるあなたの役割はプロダクトのデザイナーとなることだけではない。あなたの役割は会社のデザイナーとなることで、その会社が、あなたが作りたいと熱望するプロダクトを作る力を持った会社となれるよう、手助けをすることだ。入社した時、恐らくあなたは会社作りに手を貸すためにサインしたとは思わなかっただろうが、実はそういうことだったのだ。自分の会社がより働きやすい場所になるための手助けをすることで、そこが色々なモノをデザインしたり作り出したりするのにもっと適した場所へとなっていくのだ。もし、デザインこそが自分の勤める企業の成功にとって不可欠だと信じるのなら、毎日それを証明しなくてはならない。あなたがこの先3ヶ月、6ヶ月、あるいは12ヶ月の間にデザインしなければならない1つのプロダクトのことだけを考えるな。あなた自身とあなたの会社が今後2年、5年、7年、10年先に必要とするであろうスキル、人間関係、そしてツールを考え、それに今から取り組もう。直近のプロジェクトの結果だけで自分自身を測ろうとするな。自分の仲間達が取り組んでいるプロジェクトの質に対して自分自身を測るのだ。問題を目にしたら、誰も指示していなくても取りかかれ。それを改善し、現在・未来の同僚たちが同じ問題に対処しなくていいように、自分ごと化しよう。あなたの会社における次世代のデザイナー、そして恐らく未来の自分自身も、あなたの仕事にかかっているのだ。

忍耐

Twitterに入社する前、私はMicrosoftに4年半勤め、その前はNokiaに4年いた。Microsoftを辞めた時、あまりに早く退職することに対して何人かの同僚から厳しい思いをさせられた。友人からは冗談気味に、少なくとも数回「ショートタイマー(短期の勤務者)」と呼ばれた。Microsoftでは、5年や10年、それ以上の長きに渡って在職することは珍しくない。在職中、私はWindows Phoneや「Metro」のデザイン言語に取り組む幸運に恵まれた。「幸運」と言ったのは、私はたまたまMicrosoftの好期に在職していたからだ。Metroにおけるリーダーの一人だったビル・フローラはMicrosoftに19年勤めていたが、1995年頃にEncartaといったプロダクトの中でMetroのアイディアを遊ばせ始めた。Microsoftが優れたデザインワークを始め、その後何年にも渡って続けられる状態にしたのは、ビルのようなロングタイマー達だったのだ。

デザインやテックは目を見張る速さで成長していて、取り組むべき面白いモノが尽きることはない。もしあなたがきちんとしたスキルを持っているなら、働くべき会社やプロダクトを選り好み出来るだろう。あなたはきっと、4〜5人のリクルーターから毎週Eメールを受け取っていることだろう。Fast CompanyやWiredは、新しいデザインのチャンスを強調したストーリーを毎日シェアしている。あなたには需要がある。あちこちを飛び回ることは魅力的に思えるし、たくさんの人がそうしている。1995年にアイヴと同様のポジションにいた私達の中で、彼のような忍耐を持って押し進めることが出来た人間は、果たして何人いるだろうか?

20年も一つの会社に留まるために必要とされる忍耐を私自身が持ち得ているかは分からないが、長い間留まっている人達も、きっと最初からそのつもりでは無かったのだと思う。私が思うに、ある時からジョニー・アイヴは自分の仕事を楽しみすぎて、年数を気にしなくなったのではないだろうか。今、私が自分の仕事において取り組んでいることは、20年後もここで頑張り続けているつもりで仕事に向き合うということだ。私は今後4〜5年先に作っていたいプロダクトや、それを作るためにはチームや自分にどんな能力が必要かについて考える。短期的なプロジェクトに取り組んでいるため、私は自分自身や同僚達、チームに対して長期的な投資も必ず行うよう意識的に努めている。こういう働き方は、自分の労働環境を改善し続けていくのに役立つ。より良くなっていけば、ただ単純に続けていくための良い理由が増えていく。気を散らすようなことも減る。次の20年なんて、あっという間に過ぎるかもしれないじゃないか。

もし、今の会社でこの先20年働き続けると分かっていたら、あなたは明日から何を変えるだろうか?

「どんな小さなことでも数年はかかる。巨大なことをやろうとしたら、少なくとも5年、大概の場合は7〜8年はかかるだろう」 — Steve Jobs, 1995