ユーザーの生活に深く潜り込む、エスノグラフィで大切にしたいマインドセット
目次
はじめに
この記事は Goodpatch Design Advent Calendar 2020 の8日目の記事です。
Goodpatchのクライアントワークではデジタル領域のUXリサーチやUIデザインを行う以外に、商品企画に関わるリサーチを行うこともあります。今回は商品企画のリサーチフェーズにおいてプロジェクトチームでエスノグラフィを実践した際の手法とその中で私が大切にしていたマインドセットについてご紹介いたします。
エスノグラフィとは
そもそもエスノグラフィ(ethnography)とはethno(=民族)にgraphy(=画法や記述したもの)という接尾語がくっついた言葉で、主に文化人類学や社会学の調査手法の1つです。
観察者とは異なる文化圏にいる人々の生活やコミュニティの様子を深く観察し、入り込むことによって理解することを目的として実施することが多いです。アンケートのような定量調査とは異なり、観察者が対象者の行動を注意深く観察し、対象者の生活を理解することでより多くの「気づき」を得ることが大切です。
その気づきを拾い上げるためには、製品としてこうあるべき、とか私たちの目指すプロダクトはこうなのだ、というビジネス視点でのバイアスをかけずに愚直に調査対象者の行動を観察し続けることが大切になってきます。
チームで共通のマインドセットを持つ
エスノグラフィは定量調査ではなく定性調査であるため「結果が得られなかったことも結果」として扱うマインドセットも非常に大切です。
クライアントワークの中では、目に見える成果を求められがちですが、特定の対象者から気づきが見つけられない=成果が得られなかったのではなく、その対象者の行動に特異点がなかったことを象徴する成果であることを社内外ともにチームで共通認識にしておく必要もあります。
定量調査を何度か経験していると、仮説や命題に対して得られた事実の真偽を白黒はっきりつけたいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、エスノグラフィにおいては実証主義ではなく解釈主義を念頭において実施する調査のため、事実の真偽よりも事実に対する観察者の解釈が大切だと私たちは考えています。
チームで観察や調査の分析を行う場合は、調査対象者の行動をそれぞれの観察者ごとに全く異なる観点で見てしまうことがあるため、目的によってはユーザーの一般的な行動を共通認識として持っておく必要があります。その一般的な行動に対して「このユーザーはここが面白い」とか「この行動は一般的ではないのではないか」といった形で議論をするためです。
実施した手法と実感したこと
私たちのプロジェクトではプロジェクトメンバー4名で16名の対象者に対して、日記調査と定点カメラによる撮影調査、そしてそれを踏まえたオンラインでのデプスインタビューを約1ヶ月程度でクイックに実施しました。
プロジェクトを実施する上でチームで検討した調査の目的と実施したあとに感じたことを簡単にお伝えします。
日記調査
日記調査は、対象者が普段している行動を対象者自身からいただくことで、対象者の行動、思考などの全体像を広く理解することを目的として実施しました。
チームメンバーの発案でLINEを活用し、気軽に参加してもらえる仕組みを作って調査を実施したのですが、それによって生活に馴染む形で情報を収集することができました。のちに少し触れますが、LINEで参加できる手軽さが調査内容以外の雑談などに繋がり、対象者との関係値構築に最適だったと感じています。
定点カメラによる撮影調査
定点カメラによる撮影調査は、対象者自身が気づいていない潜在的な課題やニーズを把握することを目的として実施しました。
準備の際は、実際の環境を想定してカメラの設置位置の検討や身近な人に依頼して一連の調査の流れをテストすることなども実施しました。また、撮影していただいた動画の分析を行ってみると、製品の利用方法が千差万別であることなども明らかになり、多くの気づきを発見できました。
デプスインタビュー
そして、日記調査のデータと撮影調査で得られた動画を元に4名で1人ずつ確認し、対象者の行動の中で深堀るべきポイントを定め、デプスインタビューを実施しました。
デプスインタビューはオンラインでの実施でしたが、都心や地方など幅広いエリアの方々を対象としたエスノグラフィとは相性は非常によかったです。訪問インタビューと同じように対象者の方の室内の様子や身の回りのものなどを見せていただけたのもオンラインであるメリットだと感じました。
また、日記調査の回答や定点カメラで撮影した動画をお見せしながら行動の背景や理由などを伺えたことも多くの気づきを得るきっかけになりました。
※Goodpatch Blogではリモートで実践するユーザーインタビュー、ユーザービリティテストの方法もご紹介しております。ぜひ参考にしてみてください。
対象者との関係値を構築することの重要性
エスノグラフィはユーザーの生活への深さや解像度の高さを必要とする調査であるため、調査対象者の方々との関係値をしっかりと築く必要があります。今回の私たちの調査は非常に短期間でしたが、エスノグラフィは短くても2,3ヶ月、長いものだと数年ほどの長い時間をかけて対象者の方々に協力いただくような調査手法のため、信頼関係を丁寧に構築することが非常に大切になってきます。
調査対象者とのしっかりと関係値を築くメリットは大きく2つあると私は考えています。
ユーザーの本音や本性を垣間見ることができ、データの質が向上する
1つ目は、ユーザーの本音や本性を垣間見ることができ、データの質が向上することです。
一般的なインタビューではユーザー側は表層的な課題や聞こえの良い表現を使ってしまいがちですが、関係値を築くことで普段聞けないような質問にも答えてくれます。実際に私たちがインタビューをした時はほとんどの方から「ぶっちゃけ」「本音を言っちゃうと」のような発言を引き出すことができました。肌感覚ではありますが、普段のインタビューと比較しても多かったように感じます。
特に自分が日記調査を担当した方々に対しては、これまでの調査を踏まえてその人に合った対応や言葉選びでインタビューすることができました。
調査からの離脱を防ぐこと
2つ目は、対象者の調査からの離脱を防ぐことです。
今回のプロジェクトでは調査の規模が大きく複数の調査を跨ぐため、対象者にストレスがかかってしまい、途中で調査から離脱してしまうのではないかという懸念がチームで調査の設計をした当初からずっとありました。しかし、丁寧な対応などを徹底することで対象者は誰一人離脱することなく、大規模なエスノグラフィを完遂することができました。協力いただいた調査会社の方にあとから伺った話だと、この規模のエスノグラフィの例ですと数名は離脱者が発生してしまうことが多いとの話を聞くこともできました。
先に触れたようにLINEなどで調査以外の雑談を行うことで対象者の生活や行動の解像度を上げることも関係値をよくする良い方法でした。当たり前のことではありますが、即レスや丁寧な対応を心がけること、各対象者に対して観察の担当を決めることなどでも対象者の距離を縮めることができ、データの質に大きく貢献できたと考えています。
また、クライアント様からもこのエスノグラフィで得られたデータは量と質、共に非常に良い評価をいただくことができました。そして、エスノグラフィによって得られた深いユーザーの情報は、今後の商品企画において役立つ財産になったため、「今後は商品企画のプロセスにも活用していきたい」と言っていただくことができました。深くユーザーの生活に潜り込むことで得られた情報は非常に濃度の高いデータであるため、商品企画だけでなく様々なシーンで活用できるデータであることを実感しました。
おわりに
プロジェクトでエスノグラフィを実施した上で私が大切にすべきマインドセットは3点あると考えています。
- 対象者の行動に対して正解不正解を判断するのではなく、対象者の生活に深く入り込み、共感すること
- 正解ではなくチームで共通認識として設定した一般論を念頭において、そことの差分や対象者独自の特異点を探すこと
- 調査結果の質を上げるために丁寧な対応を心がけ、対象者との信頼関係を構築すること
この3点を大切にすることで、質の高い「気づき」を得るための足掛かりになると思います。しっかりと対象者に興味を持ち、面白いところやツッコミポイントを探すことでチームでも活発な議論が生まれ、質の高いデータの得られるエスノグラフィになると思います。
私が今回の調査を通じて常に意識していたことでもありますが、エスノグラフィでデータを得るためといえ大前提として調査の全ては人と人とのコミュニケーションで成り立っています。できる限り丁寧な対応を行い、対象者を尊重したコミュニケーションや対応をチーム全員が心がけることで、自ずとデータの質も気づきの量も増えていきます。
ぜひエスノグラフィなど長期に渡るリサーチを実施する際には参考にしてみてください。