IoT、DX、生成AI──。さまざまなITトレンドが移り変わる中で、開発現場は高度化し、複雑になり続けています。
エンジニア、デザイナー、QAなど専門性の異なるプレーヤーが増えるほど、領域を越えた連携は難しくなり、全体像を把握するのが困難になるもの。
「最新版のデザインデータはどれだろう?」「この要件変更は共有されていたはずでは?」「デザインの意図と実装内容が違う」といった認識のズレや情報伝達の漏れによる手戻りは、多くの開発現場で発生しているのではないでしょうか。
小さなミスに収まればいいですが、ビジネス側と開発側、あるいは職能ごとの「異なる文化背景やアプローチの違い」が摩擦を生み、コミュニケーションロスや手戻りが増え、開発のスピードが落ちてしまった……といったケースは枚挙に暇がありません。
こうした問題は、特定の部門だけでは対処できない上、単にツールを導入すれば解決するというものでもありません。関係者を横断した対応が必要になります。
どうすれば、エンジニアとデザイナーをはじめとした開発チームがうまく手を組み、スムーズな開発ができるようになるのか。グッドパッチのUI/UXデザイナーが、エクスラボ&コンサルティングの開発環境に入り込み、組織の仕組み改善にまで踏み込んだ実例を基に解説します。
目次
まずやるべきはツール導入ではなく、ていねいな課題探索
エクスラボ&コンサルティングは、事業課題の特定からDXコンサル、アプリ・システム開発、運用までを一貫して手がける企業です。
同社では、デザイナー、エンジニア、QAなど、それぞれのチームがプロフェッショナルとして独自のルールや進め方を築いてきました。しかし、その結果としてチーム間の接点が減少し、徐々に情報格差が生まれるという課題に直面していました。
例えば、古いデータをもとに作業が進んでしまう「先祖返り」や、認識のズレによる伝達ミスなどは、その代表的な事象です。
さらに、事業状況に応じて、スピードを重視するアジャイル開発と、品質や安定性を重視するウォーターフォール型開発が混在していました。異なるリズムや価値観を持つプロジェクトが同時に進行することで、チーム間の調整負荷は増加。後工程へ向かうほど情報のすり合わせや確認作業による、コミュニケーションコストが膨らんでいました。
こうした状況を見ると、「バージョン管理ツールを導入すれば解決できるのではないか」と考えるかもしれません。しかし、実際にはツールの導入だけで根本的な解決に至るケースは多くありません。
なぜなら、ツールを利用し運用するのは現場の人だからです。現場の業務フローや課題構造と噛み合っていなければ、どれだけ優れたツールであっても定着は困難です。また、チーム間の依存関係や情報の流れを整理しないままツールによる管理だけを強化しても、業務負荷やコミュニケーションコストそのものは解消されないのです。
重要なのは、目先の解決策を急ぐことではなく、まずはチームの境界を越えて現状を理解し、本当に解決すべき課題は何なのかを探ること。
グッドパッチとエクスラボ&コンサルティングの協業においても、まずは立場の異なるステークホルダーへのヒアリングから着手しました。業務フロー全体を俯瞰し、なぜ古い情報が紛れてしまうのか、どこで「正解」が分からなくなっているのかを紐解くことで、「デザインから実装への受け渡しの瞬間に、認識のズレが起こりやすい」という真のボトルネックが見えてきました。

属人的なルールを捨て、「システムが品質を担保する」運用へ
課題の構造が見え、組織全体で共通認識を持てたら、次は再発を防ぐための仕組みづくりです。ここで重要なのは、個人の経験や努力、暗黙の了解に依存しない組織の体制を作ることです。
「手作業で差分を反映する」「最新版のURLをチャットで共有する」「担当者同士で都度確認する」といった運用は、少人数のフェーズでは柔軟かつスピーディーに機能します。しかし、組織が拡大しプロジェクトが複雑化するにつれて、そうした個人の注意力や配慮に頼る運用は限界を迎え、抜け漏れや認識の齟齬が発生しやすくなります。
だからこそ必要なのが、人が頑張ることで品質を担保するのではなく、仕組みそのものが品質を担保する状態をつくることです。
そこで今回の取り組みでは、Figmaのブランチ機能を中核に据えた新しいデザインワークフローを設計しました。メインファイルを「本番環境と一致する唯一の正」と定義し、デザインの変更は本番環境とは切り離されたブランチ上で実施。レビューと承認を経たものだけをメインファイルへ統合する運用にすることで、「どれが最新なのか分からない」「気づかないうちに古いデータを参照していた」といった問題を防げるようになります。
このように、個人の確認作業に依存していたプロセスをシステムで制御できる状態へ置き換えることで、コミュニケーションコストを減らしながら、より安定した品質を実現できるようになります。

また、ワークフローの刷新に加え、チーム間の共通言語となるルールの整備と、その自動化にも取り組みました。
ルール整備については、ユニバーサルデザインシステムや文言ガイドラインを構築。デザインやコンテンツ制作の判断基準を明文化することで、担当者ごとの解釈の違いを減らし、一定の品質を担保できる状態を目指しました。
さらに、それらのルールが正しく守られているかを確認するため、Figma上でデザインシステムや文言ガイドラインへの準拠状況を自動できるカスタムプラグインも開発し、まさに「仕組みが品質を担保する」状態を具現化。品質管理の効率化と属人的なレビュー負荷の削減を実現しています。

このように、ルールを整備し、それをシステムによって運用・チェックできる仕組みを構築することで、属人的な作業や人為的ミスを減らし、品質を安定して担保できる土台が確立されました。
もちろん、新しい仕組みが最初からうまく機能するとは限りません。だからこそ重要なのが、仮説検証を前提とした運用です。実際の業務の中で試しながら、「現場に定着する設計になっているか」「運用負荷が高すぎないか」を継続的に検証し、改善を重ねていきました。
仕組みは作ることが目的ではなく、現場で使われ続けて初めて価値を生みます。プロジェクトでは、運用と改善を繰り返しながら、組織に定着する仕組みへと育てていきました。
デザイナーの関わる範囲を見直し、ユーザー体験の品質を高める
ワークフロー改善を進める中で、もう一つ見えてきた課題がありました。それは、デザイナーの関与範囲です。
どれだけデザインデータの受け渡しを改善しても、要件定義や実装確認の段階で認識齟齬が発生してしまえば、ユーザー体験の品質は担保できません。そこで本プロジェクトでは、ワークフローだけでなく、デザイナーの役割そのものも見直しました。
きっかけは、「デザイン起因のバグをゼロにする」という目標でした。従来は、要件定義書をもとにUIデザインを制作し、デザインデータを納品した時点でデザイナーの役割が終わるケースも少なくありませんでした。しかし、それでは本当に意図した体験が実装されているのか、ユーザーに価値が届けられているのかをデザイナー自身が最後まで見届けることが困難です。
そこで、
- 要求整理
- 要件定義
- 体験設計
- UIデザイン
- 実装確認
- リリース後の改善
といった、プロダクト開発の全ライフサイクルに一貫してデザイナーが伴走できる新たな体制を整備しました。

新たな体制の下でPMやエンジニア、QAと連携しながら、「意図した体験が実際に実装されているか」「ユーザーにとって使いやすい状態になっているか」を継続的に確認できるフローを設計しました。これにより、実装段階での認識齟齬や体験品質の劣化を開発の早期に発見・解消できるようになり、リリース後の手戻りを最小化できる体制が確立されました。
デザイン成果物を作ることではなく、ユーザー体験の品質に責任を持つこと。そのための組織設計やプロセス設計も、デザインが果たすべき重要な役割です。
ツールの力を生かすためにも、関係者をつなぐプロセスをデザインする
技術が進歩し、どれだけツールが進化しても、それを使う人間同士のコミュニケーションがすれ違っていれば、生産性や事業価値は高まりません。今回紹介したのは、エンジニアとデザイナーのコラボレーションを最適化した事例ですが、他の職種やテーマでも同じことが言えます。
情報格差をなくし、プロセスの歪みを整え、誰もが迷わず同じゴールに向かえるように仕組みを再構築すること。複雑化する開発現場に今求められているのは、単なるツールの導入ではなく、関係者を横断して業務のあり方そのものを見つめ直す「デザインの力」に他なりません。
うまく開発が進まない、ビジネスのスピードが出ない……そんな悩みを持っている方はぜひ、一度組織に目を向けてみてください。その歪みを紐解き、仕組みから変革していくために、私たちデザイナーがきっと力になれるはずです。

