デザイン思考、UXデザイン、デザイン経営宣言──。

十数年前に比べると、「デザイン」なる概念がさまざまなキーワードと共に広く知れわたるようになったのは明らかです。

直近では「Tama Design High School」がトップデザイナー・研究者を講師陣に揃えつつ無料受講できることで注目を浴びたり、「広がりすぎたデザインを接続する」というビジョンを掲げたイベント「Designship」が過去最高の集客数を達成するなど、誰もがデザインに触れる・学ぶ・議論するためのコンテンツやカンファレンスに参加しやすくなりつつあると言えるでしょう。

Designship

これら自体はとても喜ばしいことです。が、その一方で「デザイナー人口」が増えているかどうかについては、立ち止まって考える必要があると考えています。

特に新卒デザイナー就活をめぐる状況は、むしろ厳しさを増しています。一般的な採用スキームに則った中小企業は倍率が高く、美大生を中心に憧れる人の多い小規模の事務所やクリエイティブスタジオは経験者採用しか行わないところがほとんど。「新卒人材がデザイナーという肩書きで社会に出ること」は、まだ理不尽なほど困難と言っても過言ではないのです。

この問題は、昨今の流行り廃りの激しいデザイントレンド、高等教育機関におけるデザイン教育、新卒採用市場の仕組みなど、さまざまな社会状況、慣習、ステークホルダーの思惑が複雑に絡み合って起きています。

私は元美術大学の職員で、現在は「ReDesigner for Student」という新卒デザイナー就活プラットフォームを運営しています。長くデザイン教育〜採用業界に関わってきた立場として、「デザイナー就活」にまつわる問題点を紐解いていきたいと思います。

「新卒デザイナーの採用要件が高すぎる」問題はなぜ起こるのか

大学職員の立場から言えば、日本のキャリア教育は、中小〜大企業の新卒採用〜育成モデルを主軸としています。「書類選考」「複数回の面接」「内定」「研修」「配属」と言った形です。

多くの高等教育機関が、いわゆる就職活動ナビサイトを利用しながらキャリア指導するというのも一般化されています。学校によっては、必修ガイダンス内でナビサイトへの登録会を行ったり、プロフィールページを完成させるような授業を行うケースもあります。これは総合大学のみならず、美術系大学や工業系大学においてもよくあるケースです。

企業側もまた、こうしたナビサイト(企業側にとっては新卒採用サービス)を利用して、一斉採用・メンバーシップ型採用を行っているケースがほとんどです。ジョブ型採用を試みる大手企業なども出てきていますが、「ジョブ型採用のみに絞る」というケースはほとんどありません。

日本人の読者においては、前述のような新卒採用〜育成モデルに違和感を持つ方はほとんどいないのではないでしょうか。長期インターン文化が薄い日本においては、採用試験や研修を経て適性を見た上で、配属が決まるのが一般的なスキームです。

そう、ここに新卒デザイナー採用をめぐる課題の根源があります。昨今の「デザイン人材重視」「高度デザイン人材への期待」というトレンドを踏まえた上で、このスキームを前提にすると「適正」への見極めが厳しくなり、メンバーシップ採用をする企業の多くが、以下のような高い採用要件を設定せざるを得なくなるというわけです。

これらのスキルには、このようなイメージと言い換えられるかもしれません。

これらを総合すると、採用したいペルソナは「今後の高度デザイン人材になり得るような素養を備えつつ(更にそれをアピールでき)、現場で手を動かしてアウトプット/アウトカムを出せる技術を持ち、苦難を乗り越えながら研鑽を乗り越えられる人材」といったところでしょうか。

書きながら思ってしまいますが、そんな人は一握りしかいませんよね。

新卒デザイナー採用界隈では、現場の若手デザイナーが「今の採用基準だと(自社に)受からないかも」と冗談めかしてつぶやくことがままありますが、そう感じる方が多いのは事実でしょう。明らかな要求過多になってしまいがち、ということです。

「自社新卒採用がうまくいけばそれでいい」という話ではない

もちろん、こうした一般的な就活/採用スキームに則らない企業・学生も存在します。クリエイティブに関する職種であれば、イラストレーターやアニメーター、CGクリエイター、アートディレクターなどが思い浮かぶのではないでしょうか。これらの職種においては、現状のクリエイティブスキルを主軸に据えた審査で合否が決まるケースが多いと思います。

もちろん学生側にも、就活ナビなどを活用せず自らデザイン事務所に応募したり、長期インターンや起業経験を経てそのまま社会に出ていくようなケースも多々あります。

しかし、問題はこの「一般的な就活/採用スキーム」が「あらかじめ自律的に行動ができる人材」や「学業と並行して長期インターン企業に就労できる地理的優位性を持っている人」を優遇するものになっていることであると私は考えます。

つまり、美術系大学のデザイン学科で真っ当にデザインスキルの研鑽を続けていても、学外の誰か(≒社会)と繋がる機会が得られなかった/得なければならないという発想すら生まれなかった場合、自身の制作スキルがどのように社会に結びつくのかを実感できないまま就職活動に参加させられ、高い要件と競争を突きつけられてしまうわけです。

そして学生の間ではそれが「自己責任論」に結びつきやすいことも、難しい問題だと考えています。プラクティカルなデザインスキルも社会で求められるポータブルスキルも、本人の努力による習得だけではなく、環境によってもたらされるところが多分にあるはずなのに、優秀な先輩内定者と自分を比べて「自分には努力が足りないのだ」と無力感を感じてしまう学生が多すぎるように感じています。

もちろん、採用市場において「運も持ち合わせ、社会と繋がりながらクリエイティブスキルセットを身につけられた、一握りのトップクラスの学生」が注目されること自体は、致し方ないことでしょう。

しかし、その一方で多くの「クリエイティブ人材の卵」が、社会に出るための準備となる就職活動で強い無力感や疎外感を感じ、自身に社会不適合者のレッテルを貼ったり、時にリタイアしてしまう。そのことにも目を向けるべきと考えています。

「自社採用がうまくいけばそれでいい」とする企業もあるかもしれませんが、デザイナー人材の不足は業界全体での喫緊の問題です。

クリエイティブスキルを有した学生の社会参加母数が増えないまま推移しても、採用競争は苛烈の一途をたどるでしょう。業界のTier構造も簡単に入れ替わる可能性があるVUCA社会で、常にアトラクトに苦労せず、新卒学生を集められる企業がどれほど存在するでしょうか。この状況が続けば、最終的には自社の首を絞めることになりかねません。

学校や企業も対策に乗り出しているものの……

もちろん、こうした課題に対し、学校や企業は手をこまねいているだけではありません。

例えば学校であれば、産学連携型のプロジェクトや演習を導入し、デザインやクリエイティビティをもって課題を解決する「Project Based Learning型(PBL型)」教育を実践したり、それを学科・コース・ゼミ単位で学年合同で行うことによる「On the Job Training型(OJT型)」で実施するなどしています。

また企業側では、採用成功だけを目した企業説明会を企画するのではなく、学生に学びを得てもらうため、自社の社員向けデザイン研修に準ずるような短期インターンプログラムを敷いたり、書類選考をせず、応募者全員に向けてポートフォリオレクチャー〜1on1のフィードバック会を実施するような企業も出てきています。

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Cybozu Summer Meetup ‘23 イベントレポート「僕がデザイナー新卒採用に心を燃やす理由」

株式会社キュービック「自己分析からのポートフォリオ制作」

インターンでの制作物をポートフォリオに盛り込むことをむしろ推奨したり、不合格通知を出した後も、デザイナーが個人的に就活の相談を継続して受けるようなこともあるようです。

しかし、これだけで問題が解決するわけでは当然ありません。

デザイナー就活生に対する「支援」はどうあるべきか、対話を用いた手法から考える

ここまで新卒デザイナーにまつわる課題をざっとまとめましたが、デザイントレンドや専門ツールの進化/交代のスピード激化や、それに伴う教育機関の専門教員不足問題、大学カリキュラム運営の構造的な問題、18歳人口減少による学校淘汰など、触れられていない問題もたくさんあります。

それらへの言及はまた別の機会に譲るとして(感想やリクエストをお寄せいただければ、筆を取ります)、私が新卒クリエイターに特化した支援プラットフォームを運営していて感じている、解決の糸口の一つを最後に紹介したいと思います。

それは「対話(Dialogue)」と呼ばれる手法をデザイン教育に取り入れることです。

ここで言う対話は、昨今「哲学対話」や「オープンダイアローグ」など、ケアや心理臨床の現場で注目されているものをイメージしています。これに準ずるような手法をデザイン初学者向けの教育スキームに導入できないかという考え方です。

※森川すいめい「感じるオープンダイアローグ」から引用の上筆者が作成

デザイン教育における対話を媒介するのは「ポートフォリオ」。これは自身の制作物をまとめたもので、デザイナー就活においてマストのアイテムです。日本の学生の場合、これは企業の書類審査に使う資料となります。そのため、専門的な眼を持った評価者が中心となって審査するケースがほとんどでした。

一方で最近のポートフォリオは、「作品そのもの」だけではなく「制作のプロセス」も併せて説明を求められるケースが増えてきています。「何の目的で」「誰にために」「どのような試行錯誤を以て」「最終的なアウトプット」を導き出したのか。実はこの部分でつまづいてしまう学生も少なくありません。

自分が何を考えて、モノを作っているのか。これを自らの言葉で表現することは、自己批評や客観性の担保につながります。それは面接等にも役に立つでしょう。

しかし、現実には「自身のクリエイティブについて語る/語られる機会や練習」が極端に少ないまま、クリエイティブの巧拙を前提とした講評/ジャッジの場に、いきなり放り出されてしまう学生が多いのではないかと感じています。

どれだけ心理的安全性を担保するための環境整備が為されていても、就職活動における書類審査は言わずもがな、学校の講評会は結局、専門教員による成績評価に紐づくと感じている学生が多いのではないでしょうか。

クリエイティブそのものに対する評価には、確かに一定の専門性が必要かもしれません。が、「何の目的で」「誰にために」「どのような試行錯誤を経て」と言ったプロセスや制作背景に関しては、むしろ専門家だけではなく、市井の生活者目線で語られる事柄の中にも、自身の制作行為を客観的に見つめるためのヒントが詰まっています。

※森川すいめい「感じるオープンダイアローグ」を参考に筆者作成

哲学対話やオープンダイアローグでは「話者を否定しないこと」や「本人のいないところで話者の話をしないこと」など、心理的な安全性を担保するための原理原則が徹底されます。「評価が行われない場所」で自分の考えや思いを述べる。その経験が学生ひとりひとりに不足しているのではないでしょうか。

また、制作プロセスを含めたポートフォリオを早期から制作し、リフレクションの道具として扱うことは、就職活動によって市場化されてしまったポートフォリオを、学習や研鑽の場所に取り戻していくことにも役に立つと考えています。課題制作は学生自身が「演習の最終回講評を以て完成」と見なしてしまいがちです。対話における作品の客観的評価やリフレクティングは、学生自身がそれをもプロセスの一部と捉え、アップデートやリビルドのチャンスを得ることにも繋がるのではないでしょうか。

新卒デザイナーを増やしたいと思う「同志」を探しています

現状、私たちReDesigner for Studentでは就活スキームの中で「もくもく会」や「過去作のスクラップ&ビルド会」といった集まりを通じて実践を試みています。が、全てのデザイナー志望学生に対して、その機会をわれわれだけで満たすことは難しいですし、この考え方を拡散/深化するための手数も足りないと考えています。

また、こうした対応によって解決に向かう課題は、新卒デザイナーを取り巻く問題のごくごく一部にすぎません。問題の解決に向けては、学校・学生・企業、そして私たちのような採用サービスが、お互いのミッションを達成する中で課題に取り組む必要があるでしょう。

日本のデザイン競争力を向上したり、社会全体のデザイン人材の価値を更に高めていくにあたっては「デザインを専門的に学んだ人々が、デザイナーとして社会に参加する」ということが、より大きなムーブメントになる必要があると考えています。

デザインという概念が人々により広く深く理解されるようになったことや、高度デザイン人材に関する議論が活発になったこと自体は喜ばしいこと。その半面、影になってしまっている「解決すべき課題の議論」は全く足りていません。

ReDesigner for Studentは、4年半前リリースされた時から「デザイナーを目指す、すべての学生へ。」というビジョンを変えていません。この問題を解決したいと思う方はいませんか。ぜひお話しさせてください。

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お知らせ:2023年アドベントカレンダー開催中🎄

この記事は Goodpatch Design Advent Calendar 2023 Day4 の記事です。今年も12月25日までさまざまな記事を公開していきますので、お楽しみに!

エンジニアが中心となって展開するGoodpatch Advent Calendar 2023 もありますので、合わせてご覧ください!