Appleが発表した新型ヘッドマウントディスプレイ「Apple Vision Pro(以下、Vision Pro)」。すでにさまざまなメディアでも記事が出ていますが、長くXR領域を追ってきた私としても、その革新性は目を見張るものがあります。

UXデザイナーの視点でVision Proのスゴさを解説する本記事、前編ではインターフェースの可能性を中心にお話をしましたが、後編となる本記事では「ユースケース」が持つ可能性、そしてAppleが提唱する「空間コンピューティング(Spatial Computing)」のこれからについて考察をしていきます。

(注)筆者はVision Proをまだ体験できておらず、以下の考察は、公開された情報や体験者からの情報を基に執筆しています。ご了承ください。

今ある価値の「拡張」をアピール、あえて「未来すぎない」ユースケースを提示したAppleの狙いとは?

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

次に「ユースケース」の可能性について見ていきましょう。ユースケースにおいても、Vision ProはこれまでのAR/VRデバイスとは傾向が大きく異なります。

Meta Quest 2やPSVR2をはじめ、多くのAR/VRヘッドマウントディスプレイは、これまでゲームを主要なカテゴリとして設定をしていました。一方で、Vision Proは、ゲームだけではなく、私達のライフスタイルの延長にあるユースケースを広く想定しています。

ライフスタイルに紐づいたユースケースの提示

今回の発表では、ユーザーが早期に利便性を感じやすいユースケースが中心に紹介されていました。これまでのAR/VRの発表ではエモーショナルな演出やゲーミフィケーションによる情緒的価値の側面をプッシュする印象が強かった一方で、Vision Proではすでに多くの人が感じている価値を拡張するような表現がされていました。

Apple Vision Proはパワフルなパーソナルコンピューティングに新たな次元をもたらし、ユーザーがお気に入りのアプリを使ったり、思い出に残る瞬間を記録して振り返ったり、息を呑むようなテレビ番組や映画を楽しんだり、FaceTimeで家族や友人とつながる方法を一変させます。(Apple – Newsroom

Appleは今回の発表で、ユーザージャーニーを想像しやすく、価値を感じやすいユースケースを中心に置くことで、“未来すぎない”可能性を提示していたと考えられます。登場した事例や利用シーンの多くが、2DUI的な印象を持っていたのもこのためでしょう。

これは、iPhoneなどをインターフェイスとした「モバイルコンピューティング」から、Vision Proをインターフェイスとした「空間コンピューティング」への過渡期を意味していると言えます。

今の延長線にある体験価値

Vision Proには独自のOS「visionOS」が組み込まれており、これにはiPadの「iPadOS」、iPhoneの「iOS」との互換性があることが発表されています。

つまり、iPhoneやiPadで現在使用しているアプリもスムーズにvisionOSで動作し、入力操作システムも自動的に連携し変換されるとのことです。これはマーケットにおいて初期から多くのアプリ・サービスを提供できるという強みだけでなく、ユーザーにすでに価値を届けられているアプリ・サービスをそのままインターフェイスをアップデートして提供できることを意味しています。

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

スマホの画面で見ていたカメラロールの写真やNetflixの映画、さらにはMacBookで作業していたKeynoteを、目の前に広がる巨大なスクリーンで操作できるような、サービスにおける純粋な価値を拡張することが強調されていました。

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

また、デバイスの上部に設置されているダイヤル「Digital Crown」を回転させることで、視界に入る周囲の雰囲気を調整し、よりコンテンツに集中することもできます。例えば、映画を見るときに、映画館を再現するようにスクリーンの周囲を暗くする「Dimming(ディミング)」という環境調節を行うことができます。これまでのサービスやコンテンツの楽しみ方を素直に、そしてさりげなく拡張してくれる機能とも言えるでしょう。

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

Vision Proで想定される主要なユースケースは5つ

Vision Proは主に屋内でのユースケースが想定されているようです。

屋外での性能に関しては現状発表されていませんが、一般的にAR/VRヘッドマウントディスプレイは、屋外では極端な日光や多様な環境により影響を受けやすいですし、「特殊なゴーグルのような見た目が、社会的にまだ受容されていない」といった要因から、屋内利用に絞ったのかもしれません。

また、外部接続のバッテリーがケーブルで繋がれていることからも、激しい移動や行動を伴う体験ではなく、静止した状態や動作が限定されている状態を前提としていると考えられます。

さて、今回の発表を踏まえるとVision Proの(屋内)ユースケースは、次の5つが主要領域になると思います。「視聴覚体験」「記録体験」「コミュニケーション体験」「ゲーム」「ワークツール」です。

視聴覚体験

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

視聴覚体験は、Vision Proが最も力を入れている領域と言っても過言ではないと思います。発表では「両目合わせて2300万ピクセルとなるマイクロOLEDディスプレイ」が搭載されており、片目それぞれでも4Kテレビを超える解像度を実現しています。

また、オーディオビジョンシステムやオーディオレイトレーシングといった立体的な音響を実現するための空間オーディオシステムが搭載されており、聴覚からも高い臨場感を感じることができます。この超高画質の視界かつ、空間に広がるスクリーンでこれまでの視聴覚体験の価値を拡張しています。

記録体験

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

Vision Proは記録媒体としても非常に高性能です。環境認識にも使用されているカメラに加え、LiDARセンサーやTrue Depthセンサーなど、奥行きを把握する高度な深度センサーが搭載されており、写真や映像の記録を三次元で残すことができます。これらのカメラやセンサーは、Appleが長年iPhoneやiPadに搭載し、培ってきた技術でもあるので、高い精度が期待できますね。

これはユーザーが見ている視点からの「POV動画(一人称動画)」で撮影することになるはずなので、ユーザー自身の視点から見えた風景を立体的に保存できることになります。

Appleはこれを「空間再現写真」や「空間再現ビデオ」と表現しており、平面ではなく空間的な保存と再現を強調しています。

また、Appleは以前よりNeRF(Neural Radiance Fields)と呼ばれるAIを活用し複数枚の少ない写真から3Dシーンや3Dオブジェクトを生成する技術も研究をしており、この技術も活用されている、もしくは今後活用して、より自由度の高い空間の記録体験が可能になるかもしれません。

コミュニケーション体験

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

コミュニケーション体験では「FaceTime」を空間的に表示するデモも公開されていました。FaceTime通話の際に、目の前の空間に通話相手を映し出し、空間音響により、それぞれの方向にいる人と話しているような会話を実現できる機能です。

その際、Vision Proを装着しているユーザーは、デバイスを装着した状態ではなく、表情や体の動きがリアルタイムで再現された映像として相手に届けられます。空間的な視線や姿勢の移動や空間音響により、オンラインミーティングなどで平均化されてしまっていたオンラインでの会話に、没入感と臨場感を生むことができるようです。

ゲーム

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

ゲームは、高い没入感を生み出せるAR/VRデバイスの主要ユースケースです。Appleは、発売時から100タイトル以上のApple Arcadeのゲームを提供するとしています。

Vision Proは、Bluetooth接続でゲームコントローラーも併用できるため、従来のゲームを巨大なスクリーンで体験することや、ジェスチャ操作やユーザーの周囲の空間を広く使うような没入感と身体性のあるゲームなど、幅広いゲームが体験できるでしょう。

ワークツール

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

想定される主要ユースケースの最後はワークツールです。発表の中でもKeynoteを軽快に操作する姿が映し出されました。ただ、実際にワークツールとして使用する際は「Magic Keyboard」と「Magic Trackpad」と接続することになるかと思われます。

前述した通り、アイトラッキングやジェスチャーは細かい継続した動作を苦手としており、さらに腕を動かすよりも、マウスやトラックバッド、キーボードを使用した方が作業効率は高いと考えられるからです。複数の大きなスクリーンを使えるようになれば、それだけでも業務における生産性は向上しそうですね。

ワークツールの中でも、共同作業タスクにおいては、議論を促進し、物理的距離に縛られないコラボレーションが実現できます。visionOSに搭載されている共同作業機能「SharePlay」では、状況に応じた3つの空間テンプレートが提供されており、コラボレーションの種類に応じて選択できます。

出典:Design spatial SharePlay experiences | Apple

Vision Proを使ったサービスやユースケース作りにおける「5つのヒント」

Vision Proのユースケースは、既存の体験の価値を拡張するだけではありません。Vision Proをユーザーインターフェイスとして、さまざまなサービスが生み出されるでしょう。ここでは、5つの観点からVision Proの体験を考えるヒントについて考察してみます。

ユーザーの意識のデザイン

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

まずは「ユーザーの意識のデザイン」。すでに公開されているVision Proのデザインガイドでも、ユーザーの目の前の範囲、いわゆる注視点にメインコンテンツを置くように推奨されています。

その他にも、Vision Proにはユーザーが見ている箇所を集中的に鮮明にする「フォービエイテッドレンダリング」と呼ばれる機能も搭載されており、これまで以上にユーザーが何に注目をしているか? どのように意識を移動させているのか? 何で誘導するのか? を考えることが重要になるでしょう。

Vision Proの体験を設計する際には、ユーザーが持つ空間内で持つ意識の「焦点」「深さ」「範囲」を総合的にデザインする必要があります。

ユーザーの無意識のデザイン

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

次は意識のデザインとは逆、「ユーザーの無意識のデザイン」です。Vision Proはセンサーやアクションを複合的に使用した体験が可能です。そして装着することにより、iPhoneやスマートフォンよりも、日常や行動の隙間を埋めてくれます。

「意識の裏にはどのような無意識が存在するのか?」「自然と感じる裏にある感覚は何があるか?」「日常や行動の中で、ユーザーが直感的と感じるポイントはどこなのか?」

これらの問いを深掘りながら、それをシームレスにサポートできるサービスを考えることが重要になるでしょう。UXデザイナーとしては、非常に取り組みがいがあるテーマだと思っています。

空間性のデザイン

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

続いて「空間性のデザイン」。部屋を見渡すと、宙の空間が多く存在しています。その空間にどのようなコンテンツが合うか? 空間の情報量をどのようにコントロールするか? ユーザーと空間とUI/デジタルコンテンツの関係性をどのように定義するか? など、空間性や空間の意味性を捉えた体験設計が重要になります。

ユーザーのコンテキストに合わせた空間の情報構造のデザインが必要になるでしょう。

周辺環境との接点のデザイン

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

ヘッドマウントディスプレイでは、ユーザーが周囲を普段通りには見えないため、使用する利用環境とユーザーの状態への配慮が重要になります。

Vision Proには、デバイスの内側にあるカメラを利用することで、外側にあるディスプレイに自分の表情を投影できる「EyeSight」という機能があり、ユーザーは装着したまま周囲にいる人と視線を合わせながらコミュニケーションを取ることができます。また、体験者によると装着したままでも普段通り歩いたり行動することができたそうです。

このようにVision Proは、装着するユーザーと他の人や周囲の環境へすでに配慮されており、体験を設計する際にも、人や空間などの環境にどのように接するか、どのような関係性を築くかはポイントになりそうです。

ターゲティングとジャーニーのデザイン

出典:https://youtu.be/TX9qSaGXFyg

最後に「ターゲティングとジャーニーのデザイン」。Appleの発表でも、Vision Proの具体的な価値や比較的フォーカスされた活用シーンが紹介されていました。

実際に長時間装着してみるまで判断は難しいですが、ビデオシースルー型デバイスは目に疲労がたまりやすいことと、外部バッテリーとケーブルで接続されており移動が伴う体験には向いていないことから、日常で常に装着して過ごすデバイスではないと想像できます。つまり、「いつ」「何のために」「どのように」使用するかが重要な問いとなります。

“何でもできそうなデバイス”だからこそ、ユーザー、シーン、ジャーニーを丁寧に読み取り、体験のコア価値を捉え、ぶらさず、適切に価値を特定のユーザーに届ける体験を設計することが求められるでしょう。

Vision Proは、世界中の開発者を巻き込む「未来創出の取り組み」ではないだろうか

Appleは本日、デジタルコンテンツを現実の世界とシームレスに融合しながら、実世界や周囲の人とのつながりを保つことができる革新的な空間コンピュータ、Apple Vision Proを発表しました。(Apple – Newsroom

2023年のWWDCでの発表では、AppleはVision Proを表現するとき「Spatial Computing(空間コンピューティング)」という言葉を使いました。

これは2003年に「MIT Media Lab」のSimon Greenwold氏によって定義された用語で、多くの解釈がありますが、現実の空間と物質に紐づいて、現実とデジタルが相互作用的に機能するシステムのことです。つまりは、現実とデジタル、現実空間と仮想空間を溶け合わせる技術と言えます。

現在発表されているVision Proの価格は「3499ドル(約48万8000円)」です。為替レートや物価水準の差を鑑みても、現状では、なかなか個人では手を出せない金額ではないでしょうか。この金額からも分かる通り、まだコンシューマ向けのデバイスではないと思われます。

ではなぜ、このタイミングで満を持して公開をしたのか?

これはあくまで推測ですが、私はAppleの将来展望の提示と、世界中の開発者を巻き込んだ未来創出の取り組みだと考えています。

ここまで述べてきた通り、Vision Proは現在運用できる最先端の技術が詰め込まれており、AppleのiPhoneやiPad、MacBookなどの平面的なインターフェイスから、空間を舞台としたインターフェイスへの転換に向けたメッセージを感じさせます。

しかし、メッセージだけでは世界の転換は起こりません。デバイスをリリースし、多くの開発者に触れてもらい、アプリやサービスを作ってもらうことで、Vision Proに内包されている技術の価値を探り、空間コンピューティングを普及させる土台を作ろうとしていると考えられます。

「このデバイスで、何を生み出すのか?」「このデバイスで、どのような価値を生み出すのか?」

このような問いが、Appleから世界に向けて投げかけられているように感じます。Vision Proの発表は、デバイスを媒体として間接的接合されていた現実空間と仮想空間が、空間コンピューティングによって一つの空間に溶け合った社会を作るというAppleのメッセージだったのかもしれません。

UXデザイナーとしては、この潮流を一過性のものにするのではなく、積極的に取り入れ、研究し、空間コンピューティングにおけるUXの在り方を探っていきたいと思います。