Goodpatchでは、ベルリンと東京両拠点の交流の活発化に力を入れています。年に数回はお互いが顔を合わせてコミュニケーションをとるために、数名がオフィスを訪れて交流します。

今回東京オフィスへ足を運んでくれたのは、Goodpatch Berlinに最初のUXデザイナーとしてジョインし、今ではUXデザインリードとしてマネジメントを務めるDoro。彼女がどのようにUIデザインドリブンだったデザイン文化に、UXのマインドセットをインストールしたのかを探りました。

もともと興味があったコンセプトデザインを活かしてUXデザイナーの道を選んだ

──まずはご自身のバックグラウンドと、これまでのキャリアについて教えてください。

私がGoodpatchに入社したのは約1年前のことです。その前はベルリンのthink motoという10人ほどの小さなスタートアップでUXデザイナーとして働いていました。主に担っていたのはブランドストラテジーを考える役割です。デジタル化を希望するクライアントからの受託案件で、デザインを担当していました。古くからある企業は、ほとんどの場合どのようにデジタル化を進めたらよいのかを知りません。私たちはただ表層の部分であるボタンの色やコピーを考えるだけでなく、サービス全体の体験設計を考えるお手伝いをしていました。

think motoで働く前は、Matthiasと同じ大学で4年間コミュニケーションデザインを学んでいました。私が在学していた頃はデジタルに関する科目があまりなかったので、コンセプトにまつわる講義や写真の講義などを主に受講していました。正式にUXという分野に足を踏み入れたのは、大学を卒業した後のことです。

──なるほど。GoodpatchにはUXデザイナーとして入社したのでしょうか?

Goodpatchに入った当初はまだ会社も小さく、フォーカスもUXではなくUIにありました。私は最初のUXデザイナーとしてGoodpatch Berlinにジョインしましたが、肩書きは「プロダクトデザイナー」を選びました。組織に唯一の「ピクセルパーフェクトデザインに重きを置かないUXデザイナー」として入社したので、周りには「ワイヤーフレームにフォーカスした人」と思われるのではないかと少し不安でした。前職での経験も活かしつつ、クライアントと関わっていきたいと考えていましたし、東京にも似たような肩書きの職種があったので、プロダクトデザイナーと名乗るのが一番良いと思ったのです。

──その後、UXデザインリードへと肩書きを変えたのはなぜでしょうか?

以前、Matthiasとホラクラシーについて話していましたね。今のベルリンの組織図を見ると、BorisがCEOとしてトップにいて、Matthiasがデザインリードとしてデザインチームを引率しています。この2、3年間で会社は大きく成長しました。組織が拡大するにつれ、2人ではマネジメントできなくなり、マネージャーとしての役割を分担しなくてはいけなくなったのです。そこで、Matthiasはデザインリードとして、私はUXデザインリードとしてマネジメントを担うことにしました。2人の役割の違いは明確で、デザインリードはよりピクセルパーフェクトデザインにフォーカスして、デザインのクオリティチェックに責任をもっています。私はUXデザインリードとして、よりワークショップの実施やファシリテーションに重きをおいています。

──役割がデザインストラテジストに近い気がするのですが、UXデザインリードとデザインストラテジストの明確な違いは何なのでしょうか?

役割はかなり近いです。私の役割はちょうどUXとストラテジーの間にあるような気がしています。おそらく正確な名前はUXデザインストラテジストの方が良いのかもしれません。リードという言葉はマネージャーであるということをさす以外、特に意味はありません。

──ビジュアル学科にいたにも関わらず、今現在の役割がUIではなくUXに重きをおいているというのは、非常に興味深いですね。

確かにコミュニケーションデザインという学科を専攻していましたが、私が受けていた講義の多くはコンセプトや、どのように課題に対してアプローチをするかというものでした。また講義を受ける中で、私は自分自身がいつもグループやチームワークの中でファシリテーションを担当していることに気がつきました。これが私がUXデザインという分野に足を踏み入れるきっかけとなりました。

チームで何かプロダクトをデザインするには、ビジュアルデザイナーとUXデザイナーが必要です。ビジュアルデザイナーはブランドやプロダクトの見た目の細部にこだわります。一方で、UXデザイナーはユーザー視点とビジネス視点を行き来しながら、ブランドが本当に伝えたいメッセージを深掘りします。そうした情報を組み合わせることで、IAやナビゲーションのパターンを設計します。

自ら異なるUXアプローチをおこなうロールモデルとなった

──Goodpatchに最初にきたときに、UXデザイナーとしてUX視点が欠けているという印象は受けられましたか?

私がジョインしたときの環境は特殊なものでした。クライアントのオフィスがパリにあったので、私はほとんどパリをベースに働いていました。一緒のチームだったMatthiasとFelix(もう1人のデザイナー)とは大学時代からの友人だったので、すぐに馴染むことができました。

働く中で、ワイヤーフレームやIAなどのUXにまつわる手法に関して、前職とのアプローチの違いに違和感を感じることはありました。たとえば、当時はワイヤーフレームというと、すでに色が塗られているものでした。しかし、私の前職ではワイヤーフレームは白黒で、クライアントにサービスのエッセンスを伝えるために使われるものでした。Goodpatchのすでにファーストプロトタイプと呼べるようなワイヤーフレームでは、クライアントはフィードバックをする際に色などに気を取られ、細かい機能に関してあまりフォーカスできないのではないかと考えました。

また、当時のGoodpatchはコンテンツの構造化や、ビジネス・ブランディング・マーケティング全てを理解してユーザーコンテンツを考えるという視点が弱いと感じていました。もともとブランド戦略を考える企業から転職してきた私は、コンセプトを考えることを当たり前としていましたが、転職してから広く視点をもつことが決して当たり前ではないことに気がつきました。

──どのようにしてチームにUXのマインドセットをインストールしたのでしょうか?

いくつかのアプローチを試しました。毎週金曜日に行なっていたデザインレビューセッションでは、いつもわざとその場にいたメンバーに頭をひねらせるような質問をしました。フィードバックはただビジュアルや色について良いことを言うだけでなく、デザイナーがさまざまなケースに対して考えを膨らませられるような質問をしました。

たとえば、登録フォームの画面はデザイナーにとってもっともデザインを試行錯誤しなくてはならない部分です。私はいつも「もしユーザーが間違った情報を入力した場合、どのような画面になるのか」を考えます。これが異なるユースケースを考えるということです。ユーザーが仮に間違った情報を入力してしまったとしても、ユーザーはそこで何が起きたのかを把握しなくてはなりません。また、デザイナーとしてデベロッパーに正しいマウスオンした際の挙動が伝えられなくてはなりません。フォームをデザインするという作業は、デザイナーにとってもっとも厄介な作業です。ユーザー体験という観点で、考慮しなくてはならないユースケースが多すぎるからです。

フィードバックを行う際は、デザインに関して強いこだわりを持った、ビジュアルの細部にこだわる人が1人いると良いでしょう。しかし、それとは別にもう1人「ウェブサイトのデザインはとても素敵だけど、このボタンは大きすぎてサイトの本来の目的を見失っている」というようなフィードバックができる人もいると良いでしょう。プロダクトの本来の目的を見失わずにいられる人がいることは重要です。

私が批判的なフィードバックを意識的に行いはじめてから、デザインレビューセッションはよりUXドリブンなものになりました。今では、ただタイポグラフィのサイズやボタンの色などについて議論することは少なくなりました。私がこのワークスタイルを取り入れたというよりも、欠けていた部分を補ったといったところでしょうか。

クライアントに対しても最適なアプローチでデザインのマインドセットをインストールした

──UXデザインリードとして、どのようにクライアントと働いているか教えてください。

現在は弊社と提携しているNTTデータと共に、ドイツの保険会社のサービス改善を行なっています。昨今では昔からある大企業のディスラプターと呼ばれる存在に、従来の企業が脅かされている状態です。保険と聞くと面倒なイメージがどうしても付きまといますが、誰しもが逃れられない部分でもあります。毎日の使用を逃れられないサービスにも関わらず、保険のプロダクトやサービスを使いたいと思う人は少ないのではないでしょうか。だからこそこの領域にチャレンジして、ユーザーにとってストレスのない体験をデザインして、ユーザーを良い意味で驚かせたいと考えています。

こうした大企業はデジタルへの移行をどのように行えば良いか試行錯誤しています。私たちは彼らにとってベストなソリューションを見つけることに勤めています。私はクライアントに対してデザインやユーザードリブンなマインドセットをインストールするために、ワークショップをファシリテーションしたり、ハンズオンでスプリントを開催したりします。

クライアントは多くの場合、コンセプトペーパーを持ちつつも、次にどのようにしたら良いか、どのようにプロダクトをデザインしたら良いかを分からずにいます。私たちはデザイナソンと呼ばれるフォーマットや他のメソドロジーをプロジェクトに一番合った形で使い、目に見えるプロダクトビジョンをデザインします。時々、「ユーザーインタビューならもうしたよ」と言うクライアントがいるかもしれませんが、本当に正しい人にユーザーインタビューを行い、正しい質問を問いかけたのかと言うことを確認しなくてはなりません。クライアントがすでに行なったワークに関しては尊重しつつも、プロジェクトに必要な要素とのバランスを考えることが重要です。

デザイナソンというフォーマットは、クライアントに対して私たちの働き方を見せる上ではとても有効です。短い期間でインパクトの強い成果物をアウトプットできるからです。同時に、専門領域を超えた人が集まるチームで働くことが、どれだけパワフルであるかを証明できます。異なる専門領域の人が集まることで、簡単でかつ楽しく使えるプロダクトがデザインできます。

NTTデータと提携してから約一年が経ちますが、今このように一緒にパートナーとしてクライアントの課題解決ができていることをとても誇らしく思います。私たちがデザインした体験はクライアントとユーザー双方からとても高く評価されました。ボリスも私が出したアウトプットに大変満足しており、「DはDesignのDではなくDoroのDだね」と言ってくれました(笑)。

──ベルリンではクライアント先に常駐して働くことが多いと聞きますが、働き方という面で難しい点はありますか?

クライアント先に常駐して働くことには、メリットとデメリットがあります。クライアントと直接コミュニケーションをとれるという点に関しては素晴らしいメリットを感じています。週5日間のうち、4日間はクライアント先に常駐していますが、クライアントにとってもプロジェクトにとっても有効な方法だと考えています。クライアントと直接コミュニケーションがとれるので、無駄なストレスを削減するだけでなく、プロジェクトのマイルストーンやリソース管理も簡単にできます。

もちろん常駐であるために発生する課題もあります。多くの社員は家庭をもっており、自分がいる都市からリモートで働くことを希望しています。単純に、デザイナーとして入社したために、クライアントのオフィスで働くことに抵抗がある人もいるでしょう。他にもGoodpatchのオフィスをベースに、デザイナーと一緒に仕事がしたいと願う人が抱える理由は多くあります。

ですから、プロジェクトのチームメンバーがクライアントの要望などを考慮しつつ、自分達にとって一番働きやすい方法を考えることが重要です。自社で決めているルールもいくつかあります。例えば、私たちはメンバーを100%クライアントワークにアサインしません。メンバー全員が最低でも1日はGoodpatchのオフィスに来て、社内プロジェクトを進めます。週に一度メンバーとオフィスで再会できるので、この制度はとても良いと思います。また、プロジェクトアサインの際も最低2人は自社からメンバーをアサインするようにしています。こうすることで、全てのメンバーが不安や孤独を感じることなく、誰かと二人三脚でプロジェクトを進められるようにしています。常にインスピレーションを共有できる仲間がいるということです。もちろん例外に1人だけがアサインされるプロジェクトもありますが、こうしたケースをできるだけ減らすことに努めています。

上記に加えて、私たちは今後より多くのクライアントをベルリン市内で見つけて、メンバーが移動に労力を割かずに働けるように工夫したいと考えています。


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