「図」と聞くとどんなイメージが湧きますか?

図画工作、設計図、図面、図解・・・。

どれをとっても、絵を描くスキルやクリエイティブなセンスと紐付けられることが多いのではないでしょうか?一部の“クリエイティブ系”の人たちだけが使いこなせるツールとして、敬遠している方々もいらっしゃるかもしれません。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

今回取材をさせていたたいだ櫻田潤さんは、NewsPicksにてインフォグラフィック・エディターとして、情報を視覚化して伝える役割を担われています。2017年10月に図で考える。シンプルになる。を出版された櫻田さんは、著書で思考ツールとして図を使うことを提案されていました。

今回は、なぜ図が思考ツールになるのか、一部のセンスのある人以外でも使いこなせるものなのかについて伺いました。

インフォグラフィック・エディター 櫻田潤さん
プログラマー、システムエンジニア、ウェブデザイナーを経て、2010年よりビジュアルシンキングを運営。あわせて、インフォグラフィックのデザインも始める。
2014年、NewsPicksにインフォグラフィック・エディターとして参画。ビジュアルを用いた記事を多数、執筆デザイン。2017年よりNewsPicksのクリエイティブを統括。
著書に『たのしい インフォグラフィック入門』(2013年)、『シンプル・ビジュアル・プレゼンテーション』(2015年)、『図で考える。シンプルになる。』(2017年)。

図が思考ツールになるワケ

──櫻田さんと図の関係やどのように扱っていけばいいのかについて伺えればと思います。まずは、どうして図が大事だと考えられたのか、経緯や理由について教えてください。

プログラマー・エンジニアとして働き始めた時の共通言語として、図を使っていたのが図との出会いです。ただ当時描いていた技術者が使うような図は技術者向けでクライアント向けではなかったので、仲間内だけのツールとして使っていました。

その後、自分でサイトを始めるようになってから読んだ本について自分なりにまとめようと思った時、図解を思いついたんです。当時は自分だけが納得できばいいやと思っていたのですが、始めてみると意外にも周りの人にも伝わったのを感じました。図は思考をまとめること・伝えることの両方ができるツールであると気付き、ハマりました。

──それまで閉じた言語だと思っていた図が共通言語として“伝わった”と感じられたのは、どんな時でしたか?

ブログやソーシャルメディアで発信をすると、デザインに明るくないビジネスパーソンからも「わかりやすいです」「資料作りに悩んでいるのでぜひお会いしたいです」といった反応を得られた時ですね。

──著書では“伝えるための図”というよりも“思考ツールとしての図”というのがテーマだと思うのですが、櫻田さんは思考ツールとして図を普段から使われているのでしょうか?

仕事もそれ以外でも図を使っていますよ。抽象的なことを考える時、図を使いながら考えを整理したり咀嚼したりするために使うことがあります。

──ステップとしては、すぐに図を描き始めるのでしょうか?

最初は付箋を使って箇条書きにして項目を洗い出していき、まとめていく手順を取ることが多いです。

図解もプレゼンテーションスライドもインフォグラフィックも全て同じプロセスで作っていて、区別していないんです。

貴重なノートを見せていただきました。項目の洗い出しは付箋で行っているそうです

ステップは5つ。まずは情報収集からはじめます。本の場合はその本を読むこと、記事の場合は関連する情報を集めることでインプットをします。その後、整理整頓して、構成・ストーリーテリング、最後にデザインという流れです。

もっと話を広げると、ビジネスパーソン・ノンデザイナーの方だと、見た目だけがデザインだと思いがちです。でも、それだけじゃなくて、デザインに携わっている人たちはアウトプットの前の考える工程に時間を割いているというのを伝えていきたいと思っています。

──先ほどの5つのステップの中で、“思考ツールとしての図”を使うのはどのフェーズでしょうか?

整理・整頓のフェーズですね。

図の良いところはフレームワーク化しやすいところで、「この切り口で考えたい」と思ったらフレームワーク化した図の中に当てはめることで整理・整頓ができるんです。

──そのフレームワークというのが今回の著書でいうところの7つの図なのですね。ちなみに、この7つになったのはどんな選定基準があったのでしょうか?

最初は12個を出していったのですが、考えをまとめるものとして相応しくないもの、使う頻度が高くないものに関しては省きました。実際に使えるもの・視点が定まるものに絞った結果、7個になりましたね。

本で紹介されている“7つの図”

──出版のきっかけはなんでしたか?

原点にあったのは、IBMのコーポレートアイデンティティなどを作ったポール・ランドさんの本を読んでいた時に出てきた「デザインは関係だ」という言葉。重なりの図でもピラミッドの図でも、あらゆるデザインは物事と物事が関係し合って成立しているということに気付き、それをどうしたらビジネスパーソンへと翻訳できるのかというのがテーマとしてありました。

例えば、円が重なっている図と、円同士を線で繋いでいる図を比較した時に、前者の方は重なっているので重なった部分に意味を感じられますが、後者は単純に抜粋するだけで成立してしまいます。線で繋いでいるだけだと、なんだか思考としてまとまっている気はしないですよね。

円が重なっている図(左)と円同士を線で繋いでいる図(右)

関係をどうやって抽出するかを学べる型を作ることで、デザイナーのマインドを伝えられるんじゃないかなと。その型というのが7つの図だったわけです。

──“思考ツールとしての図”を使うことによる良い影響ってなんでしょう?

一番大きいのは、慌てなくなることですね。

仕事上のリアルな課題って抽象度が高いし量が多いです。分散しているので、何から手を付ければいいかわからない時もある。そんな時に道具としての図を使えばだいたい話はまとまるので、安心感が得られるんです。

本の表紙に方位磁石が置かれているのはそういった意味で、パイレーツ・オブ・カリビアンのコンパスみたいに、「あっちにいけばいい」という道筋を指し示すことを表現しているんですよ。

『図で考える。シンプルになる。』ダイヤモンド社

──表紙を見ても「デザイン思考」とか「デザイナーがおすすめする」といったことが書いていないので、ビジネスパーソンでも手に取るハードルが下がりそうです。

僕が伝えたいメッセージは一緒で、あくまでも考えるツールとして図があるということです。以前書いた『たのしい インフォグラフィック入門』がデザイナー向けのA面だとしたら、今回の本がビジネスパーソン向けのB面みたいなイメージです。MacとWindows、AdobeとExcelのようなイメージですね(笑)。

図はビジネスパーソンでも扱えるものなのか

──一部のセンスある人だけではなく、絵が得意ではないビジネスパーソンにも思考ツールとして扱えるとと思いますか?

もちろんです。

インフォグラフィックのような“伝える”を極めたいのであれば難しいケースもあるかもしれませんが、考えを整理するための図解のような“思考ツール”としてなのであれば間違いなくできます。フレームワーク化した図はもはや文法のようなものなので、ビジネスパーソンがこれから始めたとしても使いこなせると思っています。

──とはいえ、なかなか図を使いこなすところまでいけない方もいらっしゃるのでしょうか?

そうですね。そういった方に共通している点として、全部盛りをしてしまうパターンが多いです。そもそも思考を整理できていないのが問題なんですよね。

例えば2軸のマトリックスを引く時に、「抽象度が高いので何と何を選んでいけばいいかわかりません」「3軸あるので絞れません」といった声を聞くことがあります。

──そんなときは、どうしたらシンプルにしていけるのでしょうか?重み付けが難しそうです。

いきなり100点を目指す必要はないんです。まずは頭のなかで思っている通りにまとめてみて、人に見せてみるのがいいと思います。違う意見が出てきたらそれはそれでOKなので、自分が思うようにまとめてみれば、自ずと優先すべき順番は出てくるはずです。

今回、本のコンセプトを“思考ツール”に寄せたのはそこにあって、“伝える”に寄せると、どうしても「100点までいかないといけない」と思われてしまうなと。考えることは自由なので好きにやればいいし、100点を取る必要ないですよね。

──完璧を求めてしまう気持ちもわかります。

よく例として挙げているのがロンドンの地下鉄の路線図の話です。

昔の路線図


新しくなった路線図

Photo from A map of the London Underground map-Harry Beck(1933)

昔は地上の地図と地下鉄の路線図が混ざっていましたが、1930年くらいに新しくなってからはまっすぐと45°だけの地下鉄の路線だけが残され、地上の地図は省かれています。

同じことを伝えているはずなのに、見た目が違いますよね。古い方は全部盛りで、忠実にみんなの意見を聞いて誰にも文句言われない形。

一方で新しい方には乗り換えに役立てばいいという独自の視点があります。なので「地上の地図はあったら良いかもしれないけど、乗り換えにおいてはいらないよね」という判断をして大胆に省かれています。

図を作成する中で、そうした小さな意思決定をできるかどうかが大事だと思います。

──徐々に図の重要性を理解してきました!とはいえ、文章で表現した方がいい場合もあると思うのですが、いかがでしょう?

情緒的なものは文章のままがいいですね。昔、読んだ本を図で紹介することに凝っていたとき、絶対やっちゃいけないと思ったのは小説でした。情緒的表現を図にしてしまうのは野暮だなと(笑)。文章ならではの言い回しや韻は、文章だからこそ味があると思います。

あとは、情報が圧縮されないものは図にする必要はないと思います。文章で説明したほうが早いものは、図にすると逆にややこしくなってしまいます。逆パターンで、バスキアの絵を文章にする必要もありませんね。

シンプルにするのはデザインでなく思考プロセス

──これまで図を使ってこなかった人たちが思考ツールとして使えるようになるために、普段からできることは何でしょうか?

ひたすら描くしかないですね。そのためのやり方や事例は本を通して伝えているので、その先は努力次第だと思います。

ただ、楽しくなかったらやる必要ないと思っていて、根本的に言葉のほうが理解しやすい人もいると思うし、グラフィックのほうがいいという人もいるかもしれない。でも、僕はその中間点として図は多くの人にとって扱いやすく、理解しやすいものだと思っています。

また、図で考える力を身につけるコツとして物事を構造で見ることが大事だと思います。例えば、建築家の人って家を見た時に骨組みが見えているはずです。私も図とかグラフィック見る時は構造物として見ています。「デザインは設計だ」という言葉のまんまですが、余計なものを省いて構造を理解するのが大事ですね。

──ちなみに、図を使うにあたって気をつけたほうがいいことはありますか?

なんとなくまとまった気になってしまうのはありますね。マトリックスに入れていくと、考えがまとまったように勘違いをしてしまい、図解したことに満足してしまう。

なので、図を描いた後は人に見せて図について説明してみるといいと思います。考えがまとまっていなければ説明はできないと思うので。図を介して建設的な議論ができる状態が作れたらいいですよね。

──それでは最後に、思考ツールとしての図をまだ使っていない人に向けて、メッセージをお願いします!

考えると伝えるというのは価値と付加価値の関係にあります。あくまでも考えるということがコアにあって、伝えるというのは殻の話だと思っています。

シンプルにするという言葉に関しても、デザインの話ではなく思考プロセスの話だと解釈しているんです。シンプル化の源泉がデザインのことではなく考えのことだと思えば、道具を使えばいいんだと割り切れますし、そういった転換が必要なんじゃないでしょうか。

本では載せていませんが、料理に例えて説明しようとしていたんです。煮物とかパスタをつくる際のレシピをそれさえ知っていれば料理する時に迷わないはず。本で紹介している思考ツールとしての図も料理と似ていて、秘伝の7つのレシピというイメージで伝わればいいなと思いますね。


編集後記

「いきなり100点を目指す必要はない」という言葉に勇気づけられました。デザイン会社で働いていると、周りの皆さんのビジュアル化のレベルが高く、中途半端なものを描けないなと図にすることに難しさを感じていました。ですが、“思考ツールとしての図”として割り切ってしまえば、綺麗な図を描く必然性はありません。思考が固まったら図にして整理という方法、これから実践していきたいと思いました。