エンジニアとの協働がカギ、最速でサービス開発ができる「デザイン組織」の姿とは──Goodpatch×エス・エム・エス対談
近年、インハウスのデザイン組織立ち上げを検討したり、実際に立ち上げたりする企業が急増しています。
SaaS型のサービスで、全国で47,500カ所を超える事業所で導入されている介護事業者向けの経営支援サービス「カイポケ」を展開する株式会社エス・エム・エスもそのうちの1社です。
同社は、「高齢社会に適した情報インフラを構築することで人々の生活の質を向上し、社会に貢献し続ける」をミッションに掲げ、「医療」「介護」「ヘルスケア」「シニアライフ」の領域で40以上のサービスを開発・運営しています。
Goodpatchは「カイポケ」のリニューアルプロジェクトに参画しており、デザイン組織を含めた組織運営のあり方の見直しから、新体制の運用まで同社のメンバーとともに行ってきました。本プロジェクトにおいて、Goodpatchはどのような支援を行ってきたのか、それによって組織にどういった変化がもたらされたのか。プロジェクトメンバーに話を聞きました。
話し手:
エス・エム・エス プロダクト開発部 プロダクトデザイングループ グループ長 酒井さん
Goodpatch UIデザイナー 石井
目次
複雑性を増すアプリケーション、「デザイン組織」の不在がリニューアルの課題に
──まずは、「カイポケ」リニューアルプロジェクトについて教えていただけますか?
エス・エム・エス 酒井さん:
「カイポケ」は、居宅介護支援、通所介護、訪問介護などの介護サービスに対応しており、合計すると約40のサービス・機能を提供しています。
サービス のローンチから15年以上経ちますが、医療・介護業界特有の法改正の対応や、事業成長のための サービス拡張を重ね、 現在ではUIが1,000ページ超の非常に大きく複雑なプロダクトになっています。介護業界からのサービスへのニーズはますます高まる中で、今後のさらなるサービス成長のためには、ユーザー体験も含めたアプリケーション全体の見直しが急務でした。
そこで、2021年9月に新たな開発チームを組成し、根本的なユーザー体験とアーキテクチャのリニューアルを進め、拡張性の担保や生産性の向上を目指す改善プロジェクトが始まりました。
──Goodpatchがプロジェクトに参画したのは2022年の秋頃からですね。どのような経緯でご相談いただいたのでしょう。
エス・エム・エス 酒井さん:
実は弊社人事部から、採用広報についてご相談をしたのが最初の接点でして。お話をする中で、Goodpatchさんから「インハウスのデザイン組織に対する支援も対応できます」と言われたことがきっかけになりました。
──当時、エス・エム・エスさんには、プロダクトデザインを責務とするデザイン組織が明確には立ち上がっていなかったと伺っています。
エス・エム・エス 酒井さん:
そうですね。コミュニケーションデザイナーとプロダクトデザイナーが数名在籍していたものの、プロダクトデザインを担う組織は存在しておらず、プロジェクトごとにデザイナーをアサインする形になっていました。
また、プロダクトを長期的に開発していくためのデザインチームの体制を考慮しきれておらず、会社やプロダクトの規模が大きくなっていく中で採用の課題を抱えていました。
そこでGoodpatchさんに場をセッティングいただき、デザイン組織をどのように考えるべきかご相談したところ、「私たちがエス・エム・エスさんのチームに入ります」とお返事いただき、プロジェクトに正式に参画していただくことになりました。
──プロジェクトに参画し、Goodpatchは最初にどんなことを行ったのでしょう?
Goodpatch 石井:
リニューアルにあたり、「カイポケ」のアプリケーションをどのように変えていくのか定まっていない状態だったので、各々のサービスでどのような価値を提供していくのが良いのか、という価値検証からスタートしました。
僕たちはまだ「カイポケ」が包括する分野の知識もない状態でしたが、キャッチアップしながら、最初の2週間でモックのデザインを作成しました。「こういったものに価値を感じるのではないか」と定義していったものを実際にユーザーさんから声を聞く、という検証を繰り返し行い、徐々に定めていきました。
──酒井さんがプロジェクトに入ったのは、Goodpatchが最初の2週間で出したアウトプットの直後と伺っています。当時どのような印象を持たれましたか?
エス・エム・エス 酒井さん:
最初の2週間でモックを作るってすごいですよね。Goodpatchさんがインプットしている量を傍目で見ていて、すごいパワーだと感じていました。
その間、社内のインハウスデザイナーはフロントエンドエンジニアやバックエンドエンジニアと業務分析をしながら、実際に動いているリニューアル前の「カイポケ」を参考に課題の抽出を行うなど、Goodpatchさんの活動と並行して別の観点からのアプローチを始めていました。
僕自身はエンジニアリングマネージャーとして、フロントエンドのチームに入り、チームビルディングやプロセス作りなどのマネジメントとコードベースの土台作りをしつつ、同時に動いていたGoodpatchさんの価値検証の結果をインプットしていましたね。
デザイナーとエンジニアの「分業体制」で、動くプロトタイプをとにかく早く作る
──最初はエス・エム・エスとGoodpatchで、個別に動いていましたよね。
Goodpatch 石井:
価値検証を進め、サービスを提供する形が決まってきたタイミングで、体制を改めて作ったほうがよいということになりました。エス・エム・エスさん側での体制の変化もあり、そこから「プロダクトデザインチーム」というのが徐々に形成された感じですね。
エス・エム・エス 酒井さん:
そのころ、最初のMLP(Minimum Lovable Product)を作るためにプロダクトデザインチームがUIデザインの土台一式を検討していました。まず最小限の動くアプリケーションを作ることでプロジェクトチーム全体のモチベーションが高まると考え、とにかく粗くても動くプロトタイプを作ることを重視しながら、組織をどう構築するかを併せて考えていきました。
──スピード感を重視する組織体制が求められていたと。
Goodpatch 石井:
はい。そこでMLPをつくるタイミングで各プロダクトに散らばっていたデザイナーを集め、タスクマネジメントを直列にし、優先度順に並べたタスクへそれぞれアサインする形に変えました。
エス・エム・エス 酒井さん:
デザイナー側からアウトプットがでたら、エンジニアが一度引き取ってレビューして……という流れで、「とにかく早く動くプロトタイプを作る」というサイクルができていましたね。
──新たな体制に移行する中で、うまくプロジェクトを推進するためにどのような工夫を行いましたか?
Goodpatch 石井:
ワークフローは都度修正していきました。実際にやってみないと分からないことが多い部分ですし。
エス・エム・エス 酒井さん:
当初は「どういう手順で作っていけば、動くプロトタイプができるのか」というプロセスがなかったんですよね。Goodpatchさんには、価値検証されたUX戦略やベースとなるUIデザインなどをはじめ、プロダクトを動かすための一連のプロセスまで一緒に考えていただきました。
──お話を聞いていると、デザイナーとエンジニアがバラバラに動く体制になっていたと思うのですが、その理由はどこにあるのでしょう。情報共有などが難しくなる印象を受けるのですが。
Goodpatch 石井:
当初、エス・エム・エスさんのデザイナーとエンジニアは一緒に同じものを見てインプットをしながら、どういうアーキテクチャにしていくかという議論を進めていく形をとっていました。その進め方について僕は本当に正しい、良いやり方だと思っています。ですが、このときはやり方を一時的に変えることにしたんです。
具体的には、エンジニアとデザイナーが最初から一緒に考えるのではなく、まずはプロダクトオーナー(以下PO)とデザイナーで、アプリケーションをどういう形にしていくかをある程度固めた上で、エンジニアと相談するというプロセスに変更しました。
デザイナーとエンジニアの開発スピードをどう上げるかを考えたとき、最初にデザイナーの中での共通言語を作ることが良いと考えたからです。
──スピードを上げるための布陣にしたということですね。そうしたプロセスの変更は、エス・エム・エスさんにはどのように受け止められていましたか?
エス・エム・エス 酒井さん:
石井さんがとられたアプローチは、フロントエンドとバックエンドをしっかり分けることが重要だったと思っています。
バックエンドは土台となるビジネスロジックを丁寧に業務分析しながら開発し、フロント、つまり表層部分の価値検証やユーザビリティテストを行い、ユーザー検証を行いながら、両者を断続的につなぎ込んでいくという流れです。プロダクトにおける表層部分は、ユーザーに聞かなければ正解が分からない、言わば「探索的」な領域ですよね。まず動くものを作り、ユーザーに投げかけることでフィードバックを得たり、新しいインプットが生まれたりするので、柔軟に作り変えられるようにしておきたい。
──なるほど。ユーザーに当てないと分からず、仕様が確定しにくいフロントエンドに近い領域は「デザイナー」が動きやすい体制にし、仕様が確定しやすいバックエンドの部分を「エンジニア」が中心となって動く体制にしたというわけですか。
エス・エム・エス 酒井さん:
とはいえ、デザイナーとエンジニアがずっと分かれた状態では、両者の関係性が遠くなってしまいがちです。そのため、期間を区切る形で、勇気を持って分かれてプロジェクトに取り組むことが、スピード感を持ってモノを作るのには必要だと思い走り切りました。
Goodpatch 石井:
究極、デザインは何回でも作り直せば良いので、作り直す機会をいかに増やせるかを重視していました。エス・エム・エスさんのフロントエンドやバックエンドのエンジニアが、きちんとアーキテクチャを作っていることを知っていたので、安心してデザインを何度も作り直すことができました。
エンジニアやPOと円滑にコミュニケーションができるデザイナーが増えた
──とはいえ、大きな体制変更だったと思います。苦労した部分はありませんでしたか?
エス・エム・エス 酒井さん:
リニューアルプロジェクトにおける組織全体が、プロセスをがっちり決めた状態でなかったこともあり、Goodpatchさんの示したやり方も「新しい方向性がインストールされた」という感覚で違和感なく受け止められました。チームメンバーの多くが、さまざまな現場で経験を積んだシニアメンバーだったこともあり、過去の成功体験から「確かにこのやり方がいいね」という共感はあったと思います。
また、本プロジェクトは非常に人数の多いチームです。開発の進め方については、毎週のように議論されてきましたが、常に多くのイシューを抱えていました。その中で軸になるような方法がGoodpatchさんとの協働を通して見つけられたと思いますね。
──新たな体制で進める中で、具体的な手応えを感じた瞬間はありましたか?
エス・エム・エス 酒井さん:
デザイナーやバックエンドチーム、フロントエンドチームが互いにどうやって今の状況を共有するのかはたびたび課題になりましたが、「こういうものを作れば良い」ということが分かった瞬間、うまく回りはじめた気がします。ゴールの見えるプロトタイプができあがったことは大きかったですね。
Goodpatch 石井:
デザインチームについては、当初は僕が全員分のレビューをしたり、僕だけが毎日POとのミーティングに出て情報をキャッチアップしたりして、その後チームに共有するという形を採っていました。
そこから、デザイナーへのレビューやチーム内での振り返りを通じて、明らかになった課題や習慣化すべき良い点が見えてきたので、それらを仕組み化することでパフォーマンスが上がってきたと思います。
──仕組み化は具体的にどのようにして進めたのですか?
Goodpatch 石井:
「ここは共通化できる」という部分をドキュメント化して、同時にガイドライン化にも取り組んでいきました。
最初は課題に関して一番詳しい人にやってもらい、それができたら2回目は他のデザイナーをアサインしてトライしてもらいます。2回目のレビューは1回目のデザイナーに担当してもらい、デザイナー同士で相互にレビューできるようなやり方にしました。このやり方を継続していくことで、各デザイナーが同じような観点でデザインができるようになるだけでなく、POやエンジニアとも話ができるようになります。
エス・エム・エスさんのデザイナー同士でも相互にレビューし合えるようになり、成熟を感じました。その時点でチームとしてまとめてタスクマネジメントするのではなく、個々で各プロダクトにアサインされる、以前のやり方に戻すべきではないか、と話し、現在は元のやり方に戻っています。
デザインシステムによって、デザイナーとエンジニアの円滑な協働を実現
──ドキュメントやガイドラインができることで、レビューもできるし、それを持って他の役割の人とも円滑に動けるようになったわけですね。
Goodpatch 石井:
デザインの意図を対外的に伝えられる人を増やすためや、一貫した体験を提供するUIデザインのためにも、共通のガイドラインが必要でした。しかし、こちらが勝手に押し付けるような形で作成しても足並みが揃わないと感じていたので、プロジェクトを進めながら徐々に「デザインシステム」の構築を進めていきました。
エス・エム・エス 酒井さん:
本プロジェクトを通じて、最も影響が大きかった点としては、Goodpatchさんのご協力によってデザイナーとエンジニアのコミュニケーションツールとしてのデザインシステムができたことだと思っています。定義などが言語化されていることはもちろんですが、ちゃんと「使える」ことと、内容をアップデートできるようなサイクルまでできていることが素晴らしいですね。
──実際、どのような場面でデザインシステムが機能したのでしょうか。
エス・エム・エス 酒井さん:
デザインシステムを中心としたコミュニケーションが発生することで、各チームにデザイナーが分散されてアサインされても自走して動けるような状態が出来上がったということだと思います。「どのコンポーネントを使いますか?」というところから、始められる点が大きく改善しています。
また、採用面談の際にもどういうものをどのようなコンセプトで作っているかがデザインシステムの存在によって紹介しやすくなりました。「カイポケ」が取り組んでいる社会課題に対して興味を持つデザイナーやエンジニアは数多くいるので、そういった方々にアプローチするためにも、今から作ろうとしているものをプロダクト中心に具体的に語れることは重要だと思います。
──採用に関しても好影響があったとは、デザインシステムの重要性が伺えますね。
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組織や企業文化を変えるのではなく、仕組みにアプローチ。デザイン組織に求められる多様性
──石井さんから見て、これまでのエス・エム・エスさんの変貌はどう映っていますか?
Goodpatch 石井:
デザイナーやエンジニアの採用が増え、組織としての規模感が大きくなり「緊急度は低いけれど重要な部分」に取り組めるようになったことは大きな変化です。チーム全体におけるデザイナーの役割も見えやすくなりました。
エス・エム・エス 酒井さん:
そこは本当におっしゃる通りです。現在、プロジェクトでは一度完成したアプリケーションをさらにもう一度ユーザビリティテストしてさらなる改善を目指す、という2周目のサイクルが走っているんです(笑)。これは本当にチームとしての成熟の証だと感じています。
Goodpatch 石井:
本当にすごいですよ!一度作ったものをエンジニアも含めて一緒に壊そうとしている。先程言ったように、デザイナーは一度作ってユーザーに当ててみて、間違っていたら作り直すということに慣れていますが、ソースコードはまた別の話。作り直しは容易ではありません。そのマインドセットを持っているエス・エム・エスさんのエンジニアの方々は本当に素晴らしいです。そんなことがよくできるなぁ、と。
エス・エム・エス 酒井さん:
デザインが変わっていくことで、エンジニア側のマインドセットも変わっていくので、デザインの影響力は大きいです。全体にとって良いサイクルを作るきっかけになっていたと思います。
そして、石井さんがおっしゃっていたように、作って検証した結果自ら作ったものを壊すというサイクルの価値を知っている人が、デザインやフロントエンドなどの探索的な領域にいることはとても重要です。結局、「早く・うまく」は作れないということに尽きるんですよね。それは自分自身、何度も経験していることと重なります。
そこを共感できる人たちがGoodpatchだと思っています。これまで並走してもらって、その価値観の一致は大きかった。結果として、ユーザーに見せることのできるアプリケーションが最速で生み出せる状態になってきています。
──どんどん作って試すというアジャイルなアプローチが、デザイナーのみならずチームの文化になっていったということですね。
Goodpatch 石井:
エス・エム・エスさんにおけるエンジニアの文化には、もともとアジャイルな開発精神がありましたよね。短期間で組織が変わったというよりは、そういった資質を発揮しやすいような仕組みや体制などを徐々に積み上げてきたという感じがしています。
エス・エム・エス 酒井さん:
これまではバックエンドのエンジニアが多く、今回初めてフロントエンドチームができたという変化も影響したと思います。また、プロダクトチームにおけるデザイナーの価値や役割を再定義したことも重要な変化でした。
──ありがとうございました。今後の組織に対する展望をそれぞれ教えてください。
エス・エム・エス 酒井さん:
現在弊社のデザイナーはシニアメンバーが多く、いろんなプロダクトチームに散らばっていても、それぞれが良いクオリティのアウトプットを出しながらプロジェクトをゴールに導いていける人たちです。それ自体は素晴らしいのですが、新たなデザイナーを迎え入れながら、もっとデザイナー同士がインタラクティブにやりとりをできるような機会を創出することで、お互いが持つノウハウを交換できるようにしたいと考えています。
「カイポケ」のリニューアルは、すでにあるものをベースに話していますが、戦略などの部分から入り込むときにデザイナーとしてのバリューをどう生み出していくか、そういった共通認識を強めていくことでより強い組織にしていきたいです。
Goodpatch 石井:
僕は組織にもともと存在する「型」のようなものが好きです。組織には元からデザイン組織を組成したり、チームをワークさせるためのノウハウがあったりするわけではありません。個別のケースや企業文化の上に成り立つものだと思っています。
「こういった形にできたらいいな」という想像はしていて、その実現のためにどう進んでいくかを都度考えていきました。在籍するデザイナーが実現したい働き方や、チーム全体に対してどのような良い影響を与えることができるかを見据えながら進めていくことが重要だと考えています。
デザインシステムのように、継続的に活かすことのできるデザイン資産を生み出すこともそうですが、今後もクライアントの事業成長にコミットできる価値あるプロダクトの制作や組織づくりへの支援を続けていきたいと思います。
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