この記事は Goodpatch Design Advent Calendar 2020 23日目の記事です。

5月1日は台湾の所得税申告開始の日です。台湾のMacユーザーにとって、毎年の納税体験はオンラインシステムの使いづらさでいつも苦痛でしかありません。2017年当初も変わらず納税初日から大勢な人がSNSで納税システムに対してクレームをつけはじめました。UXデザイナーの卓 致遠さん(以下卓さん)もクレームを書いた一人です。ただ、彼がクレームを書いた場所は台湾のネット請願システム「公共政策参加プラットフォーム」です。おそらくそのとき、一年後このたくさん罵声を浴びる納税システムが劇的に改善されることを、卓さんを含め、誰も考えられなかったでしょう。今回はその改善にも実際に参加されていた卓さんに一連のストーリーを聞きました。

お話を伺った方:
卓 致遠さん
工業デザイン学科から卒業した後、4年半くらい機械設計の仕事をしていました。iPhone 4が発表された頃に、仕事を辞めて友達と一緒にアプリ制作会社を立ち上げ、そこからUI、UXに関する知識を勉強しはじめました。その後はいくつの会社を経て、今は自分のデザイン会社を経営しています。納税システムの改善プロジェクトをきっかけに、他の政府部門からの依頼もいくつを受けて、この一年間もほぼ政府系のプロジェクトをやっています。

納税システム改善のきっかけとプロセス

炎上の始まり

卓さん:
2017年5月1日納税の初日、朝からSNS上にすでに納税システムに関するクレームの投稿がたくさん見られていました。例えば、自分のお金に関わるシステムなのに、使うにはまずブラウザのセキュリティーレベルを低く設定しなきゃいけないし、たくさんプラグインをインストール必要もあります。お昼を食べるとき、私ももともとSNSにクレーム投稿しようとしたのですが、よく考えたら、すでに1000人が文句を言っており、私が1001人目になっても何も変わらないので、では何をすればいいのかを考えはじめました。

ちょうど私が4月に参加したイベントでは、デジタル担当政策委員に就任したばかりのオードリ・タンが公共政策参加プラットフォームのことを話しましたので、試しに私がそのサイトに投稿しました。もともとそのプラットフォームでの提案は、5000人以上が署名しないと成立できないのですが、この議題はすでにネットでかなり炎上していたため、2日後は直接立案されました。

後になって分かったのですが、この件で財政部(日本の財務省に相当する省庁)は国会議員と国民との板挟みになって、うまくいってない理由も知らずに、何名の担当者が責任を負って辞職したみたいです。私の提案は逆に財政部にとって解決に向かう道筋なのかもしれません。

一ヶ月以内にプラットフォームから、共同会議に、そして行政院長(首相)まで

卓さん:
私が投稿した公共政策参加プラットフォームでは、誰でも政府の各部門に関する質問や提案を投稿することができます。各部門は少なくとも一人の担当者がこのサイトを毎日チェックし、時には投稿に返事します。しかもその担当者は単なるアルバイトの人ではなく、すべて各部門の上層部の幹部が担当しています。今回も当時財政部の担当者が私の投稿を見かけたらすぐ財政部長(日本の財務大臣に相当する)に報告し、早くも5月19日に一回目の共同会議が開かれました。

一回目の共同会議では、オードリ・タンが納税システムに関わるすべてのステークホルダー:システムを使う民衆、最前線の現場スタッフ、国会議員、デザインに詳しい学者/先生、全部3、40人くらいを招集し、どこに課題があるのを一緒に議論していました。一回目の共同会議の後、オードリ・タンがこの件は実際に実現できると思い、隔週の月曜日にすぐ当時の行政院長(日本の首相に相当する)に報告しました。行政院長もやるべきことならやっちゃていいと思い、そこからこの提案は正式に政府の実行すべき行動になりました。

こんなに早く進められるのは、私はこのプラットフォームと会議の仕組みがうまく機能するからだと思います。プラットフォームでは各部門の幹部が随時国民の意見と議論を把握し、必要であれば素早く共同会議を開き関係者を招集し、本当にやるべきことであれば、首相レベルまで上げていきすぐ行動に移すことができます。

↑一回目の共同会議の様子。引用先:PDISオフィシャルYouTubeチャンネル

官僚と国民と一緒にワークショップを

卓さん:
私は提案人として、このあとのプロセスも参加していました。最初はユーザーを集めてインタビューやユーザービリティテストをしており、コラボレーションワークショップも三回やりました。一つ面白いと思うのは、あるワークショップでは、同時に政府側の官僚と一般人が参加し、一緒に課題に対してワイヤーフレームを描いてもらうセッションがありました。官僚たちがみんな深刻そうな顔をして、まるで「一度描いたらそのまま私の描いた通りに作り始め、責任を負うことになるのではないか」と言わんばかりに、税法の本を調べたり、白紙をじっと見つめていました。

それに対し、参加していた一般人たちが「なんでそんなに複雑にする必要があるの?航空券を買うのと一緒じゃん、目的地と時間を決め、フライトを選び、最後支払うだけだろう」と言いながら、楽しそうにワイヤーフレームを描いていました。彼や彼女にとって、これは政府を変えるチャンスと捉えるからのではないかと思います。

無事にリリース

卓さん:
ワークショップを経て、プロトタイプまで完成したら、システム開発会社とも何度にコミュニケーションを取っていました。開発会社にとって納税システムは4年契約の4年目にあり、システムの保守しかやらないはずなのに、急に要件の変更や追加開発が言われても困るだけです。これもオードリ・タンが間を立っていろんなステークホルダーと交渉してくれました。

改善後の納税システムがリリースされた直前まで、もしまだ使いづらいと言われたらどうしようとずっと緊張していました。幸いにリリースした後、「政府のシステムがこんなに使いやすいはずがない!」、「わかりやすくて綺麗!」などの反応をいただいて良かったです。

改善後の納税システムホーム画面

↑改善後の納税システムホーム画面

プロジェクトを振り返ってみて思ったこと

共同会議やワークショップでの役割分担

卓さん:
オードリ・タンのチームはPDIS(Public Digital Innovation and Service)と呼ばれており、チームでは若者が結構いて、デザイナーとエンジニアも何人がいます。当時彼女が行政院長にこのプロジェクトを報告し、おおよそ3回のワークショップの予算を手に入れたら、私はワークショップの設計と執行を手伝っていました。それからUIデザイナーの観点から、PDISの担当PMと知らなければいけないことや、どんなアウトプットを提供できるのか、どんなロールが必要なのかを一緒に議論していました。例えば、二回目のワークショップが終わった後、UIとインタラクションの部分はもっとプロのデザイナーのサポートが必要なので、三回目は何人のデザイナーを呼んできました。基本は進みながらどんな役割の人が必要なのかを考えます。

政府と国民と開発会社の間、デザイナーが演じるロール

卓さん:
まずは政府に向かうときに演じるロール。一回目のワークショップでは、財政部からの担当者が壁に貼っているたくさんのポストイットを見て表情が一瞬迷いそうになりました。彼にとってワークショップは一種類の会議であり、会議が終わったらレポートを作らなきゃいけませんが、この状態だとどうレポートを作ったらいいのかは分かりません。ですので、彼が上司に報告できるように、私たちはワークショップの結果をまとめて一つのドキュメントにしました。この話で私が学んだのは、いくら新しい手法を使っても、政府従来のプロセスにまずうまく融合していかないといけません。一回目のワークショップ以降、政府側もだんだんやり方を理解し、ワークショップ自体は国民とのコミュニケーションだと思いはじめました。

そして、国民に向かうときに演じるロール。ワークショップの目標を達成するには、参加した国民に何をすればいいのかをうまく誘導する必要があります。

最後は、開発会社に向かうときに演じるロール。私たちがデザインしたものはすべて完璧に実装されることはおそらくないでしょう。ただ大事なのは、この画面で達成したい目標を把握し、実装できない場合でも、他のやり方でできるだけ70点、80点までにいけるようにします。デザイナーは目標に向かって課題の解決策を具体化させていくロールなので、具体化させていく途中にいろんなステークホルダーと対話しながら、みんなが気にすることが分かってきて、一番適切な解決策を見つけることができます。

ワークショップで集めた現状の課題

↑ワークショップで集めた現状の課題。引用先:PDISオフィシャルYouTubeチャンネル

普段のデザインプロジェクトと同じところ、違うところ

卓さん:
同じなのはどっちでもある課題に対して解決できるものを考えることですが、違うのは、リアルなユーザーインサイトがより見つかりづらいことです。ステークホルダーが多くなると、あるニーズはただのお偉いさんから降ってきた「感覚」なのか、あるいは本当のユーザーが直面している課題なのかがわからなくなった場合があります。それを正しく区別することが大事です。

あと、普段のプロジェクトと違うのは、ブランディングやイメージの差別化はあまり考える必要がありません。競合という概念もないので、基本はユーザーの課題をうまく解決できればいいです。

最後、普通の企業の場合、一つのものを変えたい場合は、とりあえず一番上の人を説得できればあとは簡単ですが、政府のプロジェクトの場合、変える対象は他の省庁に関わるものであれば、一気にハードルが上がります。うまく前に進むには、各部門が本当に気にすることを把握するように、普段よりもっとステークホルダーのリサーチをしなければいけません。

実際に政府と仕事してみて難しかった点

卓さん:
政府のプロジェクトに参加する国民は、よく自分がすごいことをしている意識を持ち、早く変化することを期待していますが、実は政府はそんなに早く動くことができません。そして、政府も「これから大きく変化するぞ」と声を張る人を怖がっています。マスメディア、民意、世論などを気にしているからです。ですので、政府と仕事するときにいかにそれを理解した上で、信頼を得るのがとても大事だと思います。

「これを変えたほうが国民にとって絶対いいだろう」と思っても、それはどこかの誰の大事な生計の道を奪うことになるのかもしれません。例えば、当初Uberが台湾に進出したときに、タクシー業界が猛反対していました。そのような状況になったときに、単なるデザインを作るだけではなくなりました。たくさんのステークホルダーを気をつけなきゃいけない政府に対して期待値調整も必要だと思います。

あとさっきも言った他の省庁に関わるものについて、今回も似たような課題がありましたが、もしそのまま他の部門の責任にしていたら何も解決できません。私はこれを「重力問題」だ呼んでいます:自分が高く跳べない理由を地球の重力のせいにし、つまり自分が解決できないところに課題を定義してしまうことです。もし自分の足の力が足りないとか、自分が太すぎるとかに課題を定義すると、解決策が出てくるのかもしれません。

積極的に公共デザインに関わりたいデザイナーへのアドバイス

卓さん:
まず政府や国民が理解できる言葉でコミュニケーションするのが大事だと思います。UXデザインでよく使われている「ペルソナ」や「カスタマージャーニーマップ」みたいな専門用語を言ってもあまり伝わらないので、彼らが普段使っている言葉に変換する必要があります。

そしてさっきも何回を言ったと思いますが、デザイナーはたくさんのステークホルダーの間にいることです。デザイナーのアウトプットは目に見えるインタフェイスだけではなく、コミュニケーションを促すものを作るのもデザイナーの仕事だと思います。それは政府と政府のコミュニケーションかもしれないし、政府と国民のコミュニケーションかもしれません。

最後はユーザー体験の原則化です。違うシステムであってもユーザーが共通にやらなやいけないことがたくさんあると思います。それらのタスクを整理してそれぞれの理想的なユーザー体験を原則化すれば、今後どんなシステムが来ても従うべき根拠が常にあります。