近年、日本国内でのアクセシビリティの取り組みは官民の組織区分にかかわらず活発なものとなっています。特に昨今ではデジタル庁がアクセシビリティの確保・維持・向上に取り組んでいる事例を耳にしてアクセシビリティにさらなる関心を寄せている人は多いのではないでしょうか。

そんなアクセシビリティへの理解を深める上で欠かせないのがウェブコンテンツのためのアクセシビリティガイドラインである「WCAG」です。WCAGはウェブエンジニアにとっては一般的に活用されるものになってきていますが、ボリュームの多さや内容の複雑さから、エンジニアと比べるとデザイナーに対しての普及は途上中という現状があります。

一方でアクセシビリティ対応はエンジニアだけの力で取り組むことは難しく、取り組みのためにはデザイナーの力が必須です。デザイナーがアクセシビリティに取り組むことによってユーザーをより理解できるようになる他、特に視覚表現によるアクセシビリティを大きく推進できるようになります。

この記事ではデザイナーを対象とし、WCAGを理解して読めるようになること・WCAGを活用してコンテンツ制作に取り組めるようになることを目的にWCAGについて紹介をします。

WCAGを理解する

Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) は、ウェブページやウェブアプリケーションのアクセシビリティを確保・維持・向上させるためのガイドラインです。個人・組織・公共機関に向けてウェブコンテンツのアクセシビリティに関する標準規格を提供することで、あらゆる人々がアクセスできるウェブコンテンツを増やすことを目的としています。

WCAGはW3C内のアクセシビリティに注力した取り組みを行うワーキンググループであるWeb Accessibility Initiative (WAI) によって、多種多様なコミュニティと共に共創しながら策定されています。

WCAGとそのバージョン履歴

WCAGのバージョン履歴のダイアグラム

WCAGの歴史は1995年1月から始まっており、その策定プロセスは今日もなお続いています。将来的に公開される予定のガイドラインも含めると大きく5つのバージョンが存在します。

バージョンの概念を理解することで、どのガイドラインに基づいてデザインを進めるべきかについての認識を深められるようになります。

WCAG 1.0 (1999年5月 勧告)

WCAG 1.0は14のガイドラインによって構成されています。ガイドラインの中にはチェックポイントが設けられ、それぞれに「must」「should」「may」の3つの優先度が割り振られていました。
2021年5月時点で廃止となっています。
Web Content Accessibility Guidelines 1.0 (日本語訳版)

WCAG 2.0 (2008年12月 勧告)

WCAG 2.0は4つの原則と12のガイドラインによって構成されています。各ガイドラインには検査可能な計61種類の達成基準が設けられています。
WCAG 1.0に存在した「優先度」は廃止され、適合レベル (レベルA・レベルAA・レベルAAA) のみを用いて達成基準を分類する方針へ転換しました。

2012年10月には国際規格である「ISO/IEC 40500:2012」へWCAG 2.0がそのまま採用されました。
Web Content Accessibility Guidelines 2.0 (日本語訳版)

WCAG 2.1 (2018年6月 勧告)

WCAG 2.1はWCAG 2.0との後方互換性が存在するガイドラインです。つまり、WCAG 2.1に適合しているウェブコンテンツはWCAG 2.0にも適合しているということです。
WCAG 2.1は、認知または学習障害のあるユーザー・ロービジョンのユーザー・モバイルデバイス上の障害のあるユーザー、といった主に3種類のユーザーグループのためのガイドラインを定義することを目的に置いて策定されました。
結果、前バージョンから17種類の達成基準が増えて合計78種類の達成基準が設けられたガイドラインとなりました。
Web Content Accessibility Guidelines 2.1 (日本語訳版)

WCAG 2.2 (2022年9月 勧告候補)

WCAG 2.2はWCAG 2.1およびWCAG 2.0との後方互換性があるガイドラインです。
WCAG 2.1の達成基準に対して、更に9つの達成基準が新たに追加される予定です。また、一部の達成基準に対して適合性レベルの見直しも行われる予定です。

本記事の執筆時点 (2022年12月2日) では、2023年初頭に勧告が予定されています。
Web Content Accessibility Guidelines 2.2

WCAG 3.0 (2021年12月 草案)

WCAG 3.0は2021年1月に初期草案が公開されました。WCAG 2と比較して理解しやすくすること、より多くのユーザーのニーズをカバーすること、さまざまなウェブコンテンツやアプリケーション・ツール・組織をサポートすることを目的に作成されています。
また、WCAG 2からガイドラインの構造や適合レベルなどが大きく変更される予定です。
WCAG 3からはWCAGという略称こそ変わらないものの、正式名称は「W3C Accessibility Guidelines」という名前に変更される予定です。

公開までは数年かかる見通しで、公開後も数年間はWCAG 2が廃止されることはないとされています。
Web Content Accessibility Guidelines 3.0

WCAGの策定プロセス

WCAGの策定プロセスのダイアグラム

WCAGはW3Cがウェブ標準を開発するためのプロセスである、W3Cプロセスに則って策定が行われています。
大まかにどのようなプロセスで策定されているのかを理解することで、どの状態のガイドラインを活用するべきなのか、将来に向けてどの状態のガイドラインを積極的にインプットするべきかといった認識を深められるようになります。

1. 作業草案: Working Draft (WD)

作業草案は主にコミュニティからのレビューと意見を求めるために公開するためのステータスです。
勧告に向けておおよそ3ヶ月に一度のペースで改訂されます。

2. 勧告候補: Candidate Recommendation (CR)

WAIの要件を満たし、既にさまざまなレビューを受けているため、勧告のための承認が期待される状態です。
勧告候補からは実装を含めたレビューが行われます。レビューの結果に基づいて、勧告として公開が推奨できるか・作業草案に戻すべきか・中止すべきかなどが判断されます。

3. 勧告案: Proposed Recommendation (PR)

W3Cのディレクターによって、クオリティが十分に満たされているためW3C勧告が推奨できると認められた状態です。
勧告案には大幅な改訂を行うことはできず、改訂を行うには新たに作業草案や勧告候補を作成する必要があります。

4. 勧告: W3C Recommendation (REC)

W3Cのメンバーとディレクターおよび一般の人々からの承認を受けて公開された状態です。
W3Cからウェブ標準として広く普及されることを推奨されている状態です。

WCAGの構成

WCAGの構造図

WCAGはツリー型の構造で構築されています。WCAG 2.1の場合は4つの原則・13のガイドライン・78項目の達成基準によって構成されています。
WCAGの構造を理解することで、よりWCAG本文を読みやすくなる他、注力すべきガイドラインや達成基準の目星がつけやすくなります。

4つの原則

原則には誰もがウェブコンテンツにアクセスして利用するために必要な土台となる、4つの項目が設けられています。以下の4つの原則のうち、いずれかの項目が欠けるだけでも特定のユーザーはウェブコンテンツへアクセスことができなくなります。

  • 知覚可能
    • ユーザーは提示されている情報を認識できる必要があります
    • 情報およびユーザーインタフェースはユーザーが知覚できるように提供します
  • 操作可能
    • ユーザーはインタフェースを操作できる必要があります
    • コンポーネントとナビゲーションはユーザーが操作できるように提供します
  • 理解可能
    • ユーザーインタフェースを操作できるだけでなく情報を理解できる必要がります
    • インタフェース上の情報はユーザーが理解できるように提供します
  • 堅牢
    • 技術が進歩してもユーザーはコンテンツにアクセスできる必要があります
    • コンテンツはユーザーだけでなく支援技術やユーザーエジェント等のシステムも確実に解釈できる (堅牢である) ように提供します

ガイドライン

4つの原則の中にはガイドラインが設けられています。各ガイドラインはウェブコンテンツを制作する際の具体的な指針を表しています。
ガイドラインはウェブコンテンツができるだけ多くのユーザーにとってそのままでアクセシブルであることを目的に策定されており、さまざまなユーザーの感覚能力・身体特性および認知能力に合わせた形態で提示することができます。

達成基準と適合レベル

各ガイドラインの中には達成基準が設けられており、具体的にどのような項目に取り組むべきかについて定められています。達成基準は定量的なテストが可能であるため、適合か不適合かを評価することができます。さらに達成基準にはアクセシビリティの高さに応じて3段階の適合レベル (レベルA・レベルAA・レベルAAA) が割り振られています。

WCAGを活用してコンテンツ制作を実施する場合は、一般的にコンテンツの性質に応じて達成すべき適合レベルを定義した上でアクセシビリティ向上に取り組みます。

WCAGの付属資料

WCAGの付属資料の構造

WCAGには本文以外にも付属資料が豊富に用意されています。いずれもWCAGの理解や活用の支援をしてくれる非常に参考になるドキュメントです。
特に広く活用されているのが以下の3種類の資料です。

How to Meet WCAG 2.1 (クイックリファレンス)

How to Meet WCAGはデザイナーと開発者向けの重要なリソースとして位置づけられている資料です。タグや使用技術(HTML・CSS・PDF等)、適合レベル (レベルA・レベルAA・レベルAAA) などの項目によってWCAGのフィルタリングができるため、ウェブコンテンツの制作方針に応じて必要な情報だけを抽出して参照することが可能です。また、WCAGのチェックリストとして活用することもできます。
How to Meet WCAG (バージョン2.0の日本語訳版)

WCAG 2.1 解説書: Understanding WCAG 2.1

WCAG 解説書はWCAGを詳細に理解して実践するために不可欠なドキュメントです。ガイドラインと達成基準ごとに策定の際の意図・実現することで得られるメリット・事例などが丁寧に解説されています。
Understanding WCAG 2.1 (日本語訳版)

WCAG 2.1 達成方法集: Techniques for WCAG 2.1

WCAG 達成方法集はWCAGの達成基準を満たすための実装技術を解説することを目的としたドキュメントです。
HTML・CSS・ARIA・JavaScript・PDFなどの技術を用いて達成基準をクリアする方法について解説されています。
Techniques for WCAG 2.1 (日本語訳版)

WCAGを活用する

WCAG活用のプロセス

WCAGを活用してアクセシビリティ向上に取り組む際はウェブアクセシビリティ基盤委員会も提唱しているJIS X 8341-3の利用プロセスに沿って実践するのが効果的です。
このプロセスは大規模なウェブコンテンツのアクセシビリティ向上に取り組むことを踏まえた上で定義されていますが、デザイナーがコンポーネント単位やページ単位で制作を行う際にも有効的です。

1. 方針を策定する

まずはアクセシビリティの対応方針を定義することが重要です。
大きく以下の2つの方針を定義することでアクセシビリティに取り組むための目当てを定めます。

  • 対象範囲
    • 取り組む対象のページやコンポーネントを具体的に定めます
  • 適合レベル
    • 3つの適合レベル (レベルA、レベルAA、レベルAAA) から、どの適合レベルを目標とするか示します

ここで注意するべきなのはどの適合レベルを目標とするかについてです。アクセシビリティに取り組んでいる参考事例を見ると多くのコンテンツがレベルAAを満たしているため、レベルAAがスタンダードな基準だと認知してしまいがちですがレベルAAの達成はとても難易度が高いという現実があります。
まずはレベルAを目標に置いて実践し、達成したのちに高い目標を立てて取り組むことを推奨します。

2. 制作する

方針が決まり次第、WCAGに則ってウェブコンテンツの制作を行います。本記事の執筆時点ではWCAG 2.2は勧告されていないため、WCAG 2.1を参考にします。

とはいえ、WCAGのすべての本文を読みながらアクセシビリティ対応をするのはとても労力を要する作業です。はじめはクイックリファレンスを使用し、目標に置いた適合レベルなどを用いてガイドラインにフィルタリングをかけながら本当に必要な達成基準を参照してデザインに取り組むとよいでしょう。クイックリファレンスだけでは理解が不十分な場合は解説書にて達成基準が策定された意図や事例を並行して参照することも効果的です。

3. 試験する

達成基準チェックリストの例

制作したコンテンツが達成基準を満たしているか試験を行います。ウェブアクセシビリティ基盤委員会によって提供されている試験実施ガイドライン(達成基準チェックリストの例)を参考に、対象範囲に対して試験を行うことが望ましいです。

一連のプロセスが完了したら対象範囲の拡張や適合レベルのアップデートを行い、更にアクセシビリティを確保するための活動を行います。ウェブコンテンツは項目の新規追加や更新によって変化し得るものであり、たとえコンテンツが変化しなくとも、ウェブそのものや利用者の変化によって、アクセシビリティ方針の妥当性・求められる品質が変わり得るため、継続的に取り組む必要があります。

おわりに

この記事ではデザイナーを対象とし、WCAGを理解して読めるようになること・WCAGを活用してコンテンツ制作に取り組めるようになることを目的にWCAGについて紹介しました。

アクセシビリティ対応はエンジニアだけの力で取り組むことは難しく、デザイナーの力は欠かすことができません。一方でデザイナーがアクセシビリティに取り組むことによって、さらにユーザーの体験をより良いものにアップデートすることができます。そんなアクセシビリティへの取り組みを実践する上でWCAGは欠かすことができないガイドラインです。

2023年初頭にはWCAG 2.2の公開も控えています。
これからさらにWCAGを活用し、より良いコンテンツをユーザーに届けていきましょう。


「デザイナーのためのWCAGの歩きかた」はGoodpatch Design Advent Calendar 2022 2日目の記事でした。