日本のFinTechはおばあちゃんを幸せにするか?UI/UXデザインにできること
皆さんこんにちは!UXデザイナーのはたけです。
突然ですが、皆さんが最近スマートフォンで支払いをしたのはいつですか?
まだiPhoneさえなかった2004年、日本では世界に先駆けてモバイルで決済できる「おサイフケータイ」が登場しました。それにも関わらず、現在に至るまで日本でのモバイル決済の浸透はまだ限定的になっています。
実際、日本銀行が今年1月に公開したレポートによると、店頭でのモバイル決済の利用率はわずか6%、機能はあるが使っていない人は40%強にのぼります。
いったいなぜこのようなことになっているのでしょうか?今回の記事では、その背後にあるいくつかの理由に触れつつ、“FinTechの分野でUI/UXデザインに何ができるのか”を中心にお話していきます。
目次
上海と東京、2つの光景
このお話は、東京と上海のある2つの光景から始まります。
4月、東京のとあるドラッグストア。
「お支払いはどうしますか?」
「Apple Pay使えます」という丁寧な貼り紙をレジ横に見つけた僕は、新調したばかりのiPhoneを出しながら、恐る恐る「Apple Payで」と答えました。
バイトの店員は一瞬戸惑いの表情を浮かべながら、レジに山積みになった決済リーダーの中から対応する端末を探し始めました。
少し不穏な予感がしつつもしばらく店員が該当の端末を掘り起こすのを待っていましたが、結局見つからず、支払いは現金で行うことになりました。
その翌月、同僚のKeikaと行った中国UXリサーチの道中でのこと。
上海の露天でお餅を買う際、WeChat PayでのQR決済を申し出ました。そこからお店のおばあちゃんがやったことは、僕に支払い額を伝え、僕が提示した決済完了画面を確認し、お餅を渡す、というたった3つだけでした。
何より、60代のおばあちゃんまでもがWeChat Payの決済エコシステムから排除されず、きちんと参加できている、ということに強い衝撃を受けたのでした。
同じ2017年、同じモバイル決済の体験で、東京と上海の間でなぜこれほどまでに違いが生まれたのでしょうか?
モバイル決済が実現してきたこと、まだ実現できていないこと
冒頭でご紹介した通り、日本において「モバイル決済を利用したことがある」と回答した人は6%、「モバイル決済機能を持っているが使わない」と回答した人は42%にものぼります。
モバイル決済を使っている6%の人は、何に価値を感じているのでしょうか?逆に、決済機能のあるスマートフォンがあるにも関わらず使わない40%強の人は、何に対して不満やハードルを感じているのでしょうか?
これらを見ると、モバイル決済により一部のユーザーに対して「会計が早いこと」「キャッシュレスであること」などの価値を届けることはできた反面、大多数のユーザーが抱いている「セキュリティ面での不安」「使い勝手の悪さ」といった期待や要望に対して、サービス提供者が十分応えられてこなかったことがわかります。
以下では、日本におけるモバイル決済を考える上で重要な「現金に対する価値観」「決済規格」「セキュリティ」の3つの視点から掘り下げていきます。
日本人の現金主義と、その背後にあるもの
まず、数あるお金の形の中で、現金がユーザーに対してどのような価値を提供してきたのかを見ていきましょう。
「タンス預金」という言葉があるように、日本人の現金主義は根強く、その傾向は世界トップレベルでもあります。現金比率を見ると、2位の香港(15%)に大きく差をつけ、キャッシュレス化先進国であるスウェーデン(1%)には大きく水をあけられていることがわかります。
また、最近のFinTechの盛り上がりに反して、意外にもこの傾向は過去10年間で一層顕著になっていると言えます。
なぜでしょうか?
マクロな視点で見ると、過去の金融政策の影響で「現金の形で保有しているほうがオトク」であることが大きいですが、ミクロな視点で見ると、現金が提供している「安心感」が大きな要因としてあります。
「安心感」の中身には、他国に比べてニセ札をつかまされたり現金を盗難されたりするリスクが低いこと、クレジットカードと違って支払い可能額が良い意味でサイフの中にある金額に限定されることがあり、これらが日本でモバイル決済普及のハードルになってきたと言われています。
UXデザインと決済規格
次に、「ユーザーの使い勝手」に影響を与えている決済規格について見てみましょう。
冒頭でお話しした通り、日本ではFeliCaを用いたモバイル決済機能である「おサイフケータイ」が早くも2004年に登場していました。2004年はまだiPhoneさえなかった時代です!
それ以降、日本のNFC規格はtaspoが「Type A」を、マイナンバーカードや免許証、パスポートなどが「Type B」を、そしてSuicaやEdyなどが日本独自規格の「Type F(FeliCa)」をそれぞれ採用してきました。
昨年iPhone 7の発表で話題になった通り、日本向けのiPhone 7では海外で主流のType A / Type Bではなく、あえてType Fを搭載しています。これは0.2秒というFeliCaの圧倒的な処理速度でなければ、通勤ラッシュをはじめとする日本独自のニーズに応えられなかった事情によるものです。
Type Fはかつて「ガラパゴス規格」と揶揄されがちでしたが、圧倒的なUXを提供できる規格だからこそユーザーやサービス提供者から選ばれてきたことがわかります。
UXデザインとセキュリティ
最後に、上のセキュリティ面でのこれまでの傾向と、最近のトレンドを見てみましょう。
「パスワードの使い回しはだめだよって言われるけど、ある程度使い回ししていかないと記憶できない…」。
1度はそのような経験をしたことがあるかと思います。ユーザーにとってもサービス提供者にとっても、UXとセキュリティはいつもトレードオフの関係にありました。
ただ、最近ではFinTech領域においても、顔認識や生体情報が本人認証として用いられるようになってきました。例を一つご紹介しましょう。
UK発の「デジタルオンリー」「モバイルオンリー」な銀行であるAtomは、顔認証と声紋認証だけでセキュアかつ一瞬で口座開設ができるようにデザインされています。
ここまで見てきた通り、セキュリティに対する不安は、モバイル決済の普及の最大のハードルでした。
Atomが証明したように、「UXかセキュリティか」のトレードオフではなく、「UXもセキュリティも」両方実現できるテクノロジーで、決済サービスは次のステージに移行しつつあります。
日本のFinTechはおばあちゃんを幸せにするか?
名著『誰のためのデザイン?』の冒頭に、著者のD.A.ノーマン自身が水道の蛇口の使い方がわからず「私が悪いんだ。私にはこういうのを使う才能がないんだ」と言っている場面があります。
日常生活におけるこのような「ちょっとしたつまづき」について、使い手が悪いのではないこと、また本来話題にあがるべきデザイン上の誤りが見過ごされがちなことを、ノーマンは繰り返し指摘しています。
今後FinTechの分野で、ブロックチェーンやAI、生体認証などのテクノロジーを用いたサービスが普及していくために必要なことは何でしょうか?
金融の領域は、ユーザーにとっての不便さやわかりづらさが常態化してしまっていた領域の一つでもあります。
中国において、従来モバイル決済からもっとも縁遠い存在だったおばあちゃんが、デザインの力でモバイル決済を使いこなせるようになりました。日本のFinTech分野においても、このおばあちゃんのようなユーザーを、デザインの力で幸せにできると信じています。
今春のプレスリリースにあったように、Goodpatchは現在FinTech分野に注力したUI/UXデザインチームが始動しています!
デザインの力で、おばあちゃんを幸せにできる社会を一緒につくっていきませんか?