限りなくリアルだけれど、どこか懐かしく、まるでおもちゃのようなアプリケーションアイコンたち。 皆さんは、スマートフォンのホーム画面に並ぶアイコンのデザインに注目したことはありますか? そのサイズ、わずか1センチ四方。見慣れすぎて意識すらしない、そんな場所の裏にも「美しさ」を追求する熱心なデザイナーたちがいます。

今回グッドパッチは、デザイナーであり、ゲーム会社Northplayの経営者でもあるマイケル・フラルップ氏にインタビューをしました。 彼が4年の歳月を費やし、2021年に発表したアートブック「The iOS APP ICON BOOK」は、世界中のクリエイターが制作したAppアイコンを紹介したもので、日本のみならず世界中のアイコンファンに驚きとワクワクを与え、たちまち話題になりました。

2000年の始めから興味本位でPhotoshopで制作を始め、それから現在に至る20数年間をビジュアルデザイナーとして過ごしてきたマイケル・フラルップ氏。自身の仕事を「コンピューターを使って楽しいと思うモノを作る仕事」と表現する彼は、その長いクリエイター人生の中で一つの軸を変わらずに持ち続けています。 彼がこれほどまでにアイコンデザインに熱狂しているのはなぜなのか。多くの領域にチャレンジし続けるマイケルの生い立ちからデザイン思想までを聞いてみました。

マイケル・フラルップ(Michael Flarup)
ビジュアルデザイナー/ゲーム会社経営者。2000年頃からソフトウェアプロダクトのデザインやアイコンデザインを開始。現在もデザイナーとして手を動かしながら、世界中のデザインカンファレンスに登壇するなど精力的に活動している。

モノを作ることは興味の延長線上にある自然なことだったんです

― マイケルさんといえばアイコンデザイナーとして知られることが多いと思いますが、これまでのデザインキャリアはどんなモノだったのですか?

マイケル:私はビジュアルデザイナーとして20年近く活動してきました。いろいろな仕事に関わってきたのでこれまでの経歴をまとめるのは難しいのですが、私の仕事を一言で言うなら「コンピュータを使って楽しいと思うモノを作る仕事」といった感じでしょうか。2000年頃からPhotoshopで遊ぶのが好きでした。それ以来自分が楽しいと思うことを追求していた結果、企業のデザインからプロダクト、サービス、イベント、ゲームなど様々な分野でデザインをするようになりました。

ー デザイナーとしての幅広い活動の他にも、より領域を超えた仕事をしている印象があります。

マイケル:そうですね。私は現在、ゲーム会社Northplayの経営も行っています。それに加えて世界中のカンファレンスでの講演も行っています。そして父親でもあります。

自分で管理できる限りのプロジェクトは全てのステップに関わりたいし、新しいことに挑戦したいんです。活動の幅を広く持つことで、デザイナーでありながら経営にも携われますし、文章も執筆できる。映像だって撮影できます。面白いものを追求することが私のワクワクにつながるので、領域にこだわったことはありません。

ー 本当に好きなことに熱中することが好きなんですね。では、20年も熱中できるデザインに出会ったきっかけはどんなものだったのですか?

マイケル:デザインを始めるきっかけとなった出来事は実は特にないんです。子供の頃からモノを作るのが楽しかった。ゲームを作ったり、漫画を書いたり、物語を作ったりしました。

ー 本当にたくさんのモノを作っていたんですね。

マイケル:90年代には、当時のビデオゲームに多大な影響を受けました。その結果私は古き良きオタクになりました。それからモノづくりの範囲は広がっていき、コンピュータを自作したり、ウォーハンマーというミニチュアゲームのミニフィグをそのコンピュータで描いたりしました。コンピュータでデザインすることは、私の興味の延長線上にある自然なことだったんです。あれからずいぶん時間が経ちましたが、今でもそういったことが創作意欲を掻き立てるのです。

マイケル氏のアートワークには彼が影響を受けた90年代ゲームの雰囲気を感じ取ることができる。(画像はDribbbleから)

多くのことに熱中することが、クリエイティブなハングリー精神を保つと思う

ー 自然な形でデザイナーになり活動していくわけですが、デザイナーとしての仕事のやりがいは好きなことを追求する以外にもありましたか?

マイケル:自分が考えたものが世の中に発表され、実現されていくのはとてもやりがいのあることだと思います。好きなことを追求すること以外にも、自分の頭の中にあるものを他の人に体験してもらいたい。そのために具現化する。というモチベーションが私の原動力の一つです。

ー具現化していく過程で大事にしていることはありますか?

マイケル:私は、複数のプロジェクトを同時進行していくことに喜びを感じます。複数の課題をこなすことはとても忙しいのですが、それが私のクリエイティビティを高めてくれます。私は多くの仕事に関わることで、一つのことに熱中するのではなく、あらゆる領域の知識や経験を掛け算して挑戦できる仕組みを作っています。取り掛かるテーマに飽きない仕組みを作ることで私のクリエイターとしてのハングリー精神が保たれていると思います。

デザインのトレンドではなく、自分が面白いと思うモノを追求したい

ー 長くデザイナーとして活動していく中で、世界のデザインはどのように変わってきたと思いますか?

マイケル:正直なところ、デザインのトレンドはあまり関心がないんです。それよりも自分が面白いと思うものや楽しいと思うものを追求したいんです。

ー 常にクリエイティビティの動機は自分の中にあるわけですね

マイケル私たちの感受性は、自分が経験したことに一番大きく影響されます。そしてそれは自分の仕事にも多少なりとも影響すると思うんです。だからこそ自分が好きなものを信じたいし、自分が経験したことを信じたい。デザインの流行ではなくて、自分がデザインしたいと思うものだけに取り組むことを軸として活動してきました。

ー 本当に強い軸があるのを感じました。では世界のトレンドの変化ではなく、マイケル自身のデザインアプローチはどのように変化していきましたか?

マイケル:私のデザインアプローチは2000年代初頭のビデオゲームのアートや初期のウェブに触発されています。最初は仕事としてではなく、本当に遊びとしてたくさんアイコンを作ったのです。

ー たくさん作っていく中で、どんなことが見えてきましたか?

マイケル:多分みんなそうだと思うんですけど、何度もやっていると自分のセンスも理想のアウトプットの形も、それを実現する手法も成長していくものです。15年以上にわたってWindows、Mac、iOSのアプリケーションアイコンを制作してきましたが、私のアプローチとスタイルは時間とともに成長していると思います。作っただけ上手くなります。アイコンをアップデートしている例。アイコンの中の要素を少しずつ変えることで遊び心をデザインしている(画像はDribbbleから)

目指しているのは、元気で、カラフルで、遊び心のあるデザイン

ー 昔と今の制作を比べた時に、一番変わったと思うことはなんでしょうか?

マイケル:アプローチという点では、私の仕事はよりシンプルになったと思います。リサーチ、アイデア出し、スケッチ、レンダリングなどのさまざまな段階を経て、理想の形をより予測しやすくなりました。若い頃は、ただPhotoshopで描き始めることが多かったのですが、最近は他の段階の重要性を認識し、より思慮深い仕事ができるようになりました。

私の現在のアプローチについては、「iOS App Icon Book」に詳しく書いています。
スタイルの変化は正確に説明するのは難しいですが、初期の作品を見てみても、現在と同じものに魅了されていたことがわかります。元気で、カラフルで、遊び心のあるデザインを作り続けていますね。

一つのコンセプトから様々なアイコンのバリエーションを展開している。昨今、アイコンセットを実装するAppも少なくないがマイケルはこの時からバリエーションを意識しているように見える。(画像はpixelresortから)

デザインはアートであってもいい

ー 元気で、カラフルで、遊び心のあるデザインに魅了されているとのことですが、それは自身が制作するときのコンセプトにも通じますか?

マイケル:私にとってアイコンデザインはデザインの核心を体現するものです。アートとユーティリティの交差点に位置し、多くの課題を解決しなければならない中心的な存在です。デザイナーは、拡張性のあるユニークなイメージを作りながら、特定のメッセージや機能を伝えようとします。その多面的な課題を克服し、スタイリッシュで個性的なタッチで仕上げることが、何年経ってもアイコンデザインにワクワクさせられる理由です。

ー アイコンも見る側面を変えることで、いろいろな効能を持っているということですね。

マイケル:デザインには遊び心が大切です。見る人が喜びを感じたり、ハッとさせられるようなコンセプトや、必ずしもそこにある必要はないけれど、あることで全体が魅力的になるようなもの。私はディテールや、装飾を施した美しいアートワークに目がありません。

私は、デザインはコミュニケーションのための効果的なメディアでなければならないという考えではなく、デザインはアートであってもいいと思っています。デザインは一つの目的のためではなくたくさんの側面からみた目的を満たすために作られるのですから。

ー いいアプリケーションアイコンは一つの要素ではなく、もっと多様なコンセプトを持っているということですか?

マイケル:そうですね。アプリケーションアイコンデザインの素晴らしいところは、唯一の正解がないことです。アイコンデザインは、さまざまな理由で優れたものになり得ますから。
一般的な優れたアプリケーションアイコンは一貫性を強調したデザインになりますが、私にとって本当に優れたアイコンは、見る人と永続的なつながりを確立するものなのです。それは、ホーム画面に飾っておきたくなるようなアイコンであり、思い出に残るアイコンです。

ー 道具としての意味合いに加え、より情緒に寄り添ったコンセプトがアプリケーションアイコンのデザインには必要なのですね。

人気のRedditアプリケーションであるApolloのアイコンのセット。マイケル氏が作るアイコンたちはどれもふっくらしていて手触りが良さそう(画像はDribbbleから)

制約が人々をクリエイティブにする

ー AppアイコンはOSのアップデートを経ながら徐々に形やスタイルが変わっていっていますが、それに対して作り手はどのように変化していくと感じますか?

マイケル:macOS Big Surの発表当時、ビジュアルデザインにおける楽しさが戻ってくるという記事を書きました。Appleがフラットデザインから脱却し、よりリッチなアイコンスタイルを採用しました。それは本当に素晴らしいことだと考えています。

ー たしかに表現がミニマリズムな形からUIはよりリアルな方向に向いている気もします。しかしそのリッチな表現を小さな四角の中で表現するのは難しくないですか?

マイケル:私は小さな四角がクリエイターにとって強い制限になるとは思っていません。逆に制約があることで私たちはキャンバスの中で非常にクリエイティブになることができるんですよ。

小さな美しさを大切にする

ー The iOS APP ICON BOOKを読んでいても、本当に楽しいアイコンが多いですよね。四角をうまく使い視覚効果を生み出している作品もあります。

マイケル:美しくて、印象的なアプリケーションアイコンのデザインは本当に重要なのです。今日、ほとんどのモバイルおよびデスクトップ製品において、アプリケーションのアイコンは最も強力です。見ない日は1日だってないのですから。だからこそ、それを見るユーザーとの強い結びつきが得られるアイコンである必要があり、それは美しい作品でなければいけないと思うんです。

ー なるほど、少し前に「思い出に残るアイコンを作りたい」とおっしゃっていたことにも繋がりますね。

マイケル:そうですね。アイコンデザイナーは世界に小さな美しい思い出をもたらすことがミッションだと思っています。

複合現実の中で表現されるリッチなインターフェイスが重要になる時代がくる

ー 今後、ソフトウェアデザインはどのように受け止められていくでしょうか?また、その作り方やスタイルは今後どのように変化していくと思いますか?

マイケル:複合現実への対応としてビジュアルデザインがどのように変化するか気になりますね。

ー 複合現実としての対応?

マイケル:世界にインターフェイスを投影するために、より立体的になるはずです。その時にビジュアルデザインがどのように変化するのかということですね。ARグラスの登場は目前ですが、そこに表示されるUIはフラットでミニマルでは上手くいかないと思います。無機質で尖った形状は威圧感を抱かせるでしょうし、質量がなさそうな素材は現実と切り離されているように感じますから。

ー 今までのインターフェイスの表現では違和感が生まれてしまうということですね。

マイケル:そうです。だからこそ立体感をベースにした柔らかなインターフェイスを作る仕事がこれからたくさん生まれると思いますよ。そのUIデザインの仕事にもアートを取り入れる余地が残されていると嬉しいですね。

デザインの力とは、モノを世に送り出す力のこと。

ー 今回はさまざまなことをお聞きできて楽しかったです。最後にマイケル氏にとって「デザインの力」とはなんだと思いますか?

マイケル:デザインはなんでもありです。正解も不正解もありません。それが本当に良いことだと思います。ツールが普及することで、より多くの人が自分のものづくり力を感じられるようになったこともとても気に入っています。

デザインの力とは、モノを世界に送り出す力だと思います。

ー 自然な興味から今日まで熱心にそれを追求し、活動の幅を広げながら発信し続けるマイケル氏だからこその視点ですね。本当に感銘を受けました。モノを世に送り出す仕事で今後はどんなことにチャレンジしてみたいですか?

マイケル:いろいろなことに挑戦してみたいですね。もっといいゲームデザイナーになりたいし、これまで手がけてきたゲームよりも大きくて複雑なゲームをデザインしたい。もっと本を作りたい。美術書もそうだけど、もっと文章も書きたい。いつか洋服を作りたいし、おもちゃも作りたい。いつか日本に行って、講演をしたいですね。

インタビュアー「mine」の視点

自然に生まれた興味から、一つのことを突き詰めるモチベーションを20年も保つのは難しいはず。しかし、マイケルは飽きないために、続けるために、活動の幅を広げることを自ら選択しているようにも思えました。

たくさんの領域から学び、それを自分の仕事に活かす。そうすることで永遠に成長し続けられる楽しみを彼は感じているのでしょう。外から見ると一つのことを続けているように見えてもそのアウトプットはさまざま。でも軸はぶれない。クリエイターとしての強さを感じたインタビューでした。

今回の記事は私自身が「世界中のクリエイターの話を聞きたい!」と思い、衝動的にTwitterで声掛けを始めたことがきっかけでした。無謀なお願いを快く引き受けてくれたマイケルに心から感謝を伝えたいです。今後もこのインタビュー企画は続けていく予定です。

世界中のアイコンデザインが収められた貴重なアートブック「The iOS APP ICON BOOK」。あなたも、1センチ四方いっぱいに込められた「小さな美しさ」を体感してみませんか?