Appleの AirPods は、我々をBluetoothの煩わしい接続操作から解放してくれる素晴らしいイヤフォンでした。

もしもあなたがAppleユーザーであるならば、AirPodsを検討するべきです。もちろん相性や好みなどはあるでしょうが、それでもAirPodsが素晴らしいと断言できるのは圧倒的に「接続体験」が優れているからです。

かつては耳から白い線を垂らすことが流行の最先端だった

iPod Adを覚えていますか?

カラフルな単色背景、音楽に合わせて踊る人々のシルエット、そして白いiPodとそこから伸びるイヤフォンのケーブルがとても印象的で、今でもその映像はよく覚えています。様々なパロディ作品も生まれました。

あの時代のカッコいい音楽の聴き方といったら、片手にiPodを持って、純白のApple純正イヤフォンを耳にはめることでした。耳から二本の白い線が垂れ下がっていることが最先端だったのです。

あれから10年以上経過した現在、iPhoneからはアナログヘッドフォン端子が排除され、あの格好良かった二本の白い線は最先端ではなくなりました。
「Lightning – 3.5mmヘッドフォンジャックアダプタ」を用いればまだ有線接続という過去を懐かしむこともできるのでしょうが、これはあまりにもダサいものです。このようなドングルが必要とされること自体が格好悪いです。
Appleはケーブル規格を変換するためのさまざまなドングルを次から次へと用意する印象がありますが、わざとダサくしているのではないかとさえ思います。ケーブルを利用する行為自体をダサく見せることで、ワイヤレスの素晴らしさを誇張しているのではないか、というのは考えすぎでしょうか。

これはもちろん冗談。

2017年9月に発表されたiPhoneにはQi規格の無線給電技術が盛り込まれました。現時点ではまだLightningケーブルによる有線接続の手段が残されていますが、いずれはLightning端子をも廃止して、iPhoneが完全にワイヤレスデバイスとなる布石ではないかと私は解釈しました。

Bluetoothのペアリング作業にいつも悩まされる

AirPodsの接続を体験する前に、一般的なBluetoothデバイスの接続体験を振り返ってみましょう。

もしもあなたがBluetoothデバイスを使っているのであれば、手元のデバイスとのペアリング作業に手を焼いたかもしれません。

iPhoneを例にすると、次のような手順になったかと思います。

  1. “設定” を開く
  2. “Bluetooth” から、近くのペリフェラルの検索を開始
  3. Bluetoothデバイスの電源ボタンもしくはペアリング用ボタンを長押しするかして、デバイスをペアリングモードに移行
  4. しばらく待つ(状況がよく分からないので不安を感じつつ)
  5. iPhoneにデバイスが検知されたら、それをタップして接続を開始
  6. 接続完了まで待つ

※3〜5で上手くいかないことも多々ある

このようにしてやっとiPhoneとBluetoothデバイスのペアリングが完了できました。これからはiPhoneが設定を記憶してくれているので、この面倒な作業はもうしなくても良いでしょう。おつかれさまでした。

ペアリングはうまくいけばどうってことはないのですが、よく観察してみると、Bluetoothのペアリング作業にはユーザー心理として次のような課題があると考えられます。

  • セントラルとペリフェラル双方で数手順に及ぶ作業が必要で面倒
  • ペアリングのために小さなボタンを長押しする必要があるので苦痛
  • ペアリングボタンをいつまで押し続ければ良いのかがわからなくて不安
  • Bluetoothデバイスの電源を入れ忘れる、ペアリングモードにし忘れる
  • Bluetoothデバイスのペアリングモードの設定方法がわからない
  • Bluetoothデバイスの現在の状態がペアリングモードなのかが判断しづらい

このように、全体的に手順が複雑で面倒であったり、フィードバック不足から生ずる不安、失敗した際の復帰方法がわからないことによる戸惑いなど、複雑な操作やインタラクションの不足が原因と考えられる課題が多くあることがわかります。

AirPodsには接続体験に不安を感じさせない工夫が施されている

AirPodsでは、機械としてそのデバイスを扱うことの煩わしさをなるべく感じさせない設計と、ハードウェア/ソフトウェアで分け隔てのないシームレスな体験設計が行われています。

蓋の開閉がすなわち電源ボタンがわり

電気製品にはふつう電源ボタンが備わっています。ところがAirPodsには電源ボタンと呼べるものが存在しません。Pod自体にも、バッテリーケース自体にも、電源ボタンは備わっていません。
AirPodsは基本的に常に通電はしていて、バッテリーケースに収まって蓋が閉まっていればスリープ状態となり、蓋を開けるかPodを取り出したときに自動でスリープから復帰して、Bluetooth通信が行われるという設計です。

バッテリーケースの蓋がスリープ/起動のトリガーとなっており、これが電源ボタンの代わりとして機能しています。

使うときに起動している、使わないときにはスリープする、誰が見ても一目瞭然。
このとても単純な仕組みは、蓋の開閉操作という人間の基本的な行動に寄り添った、全くの無駄がない《透過的》なインターフェイスと言えるのではないでしょうか。
誰がどう触れようとも蓋の開閉操作は必然的に実行される行為なので、ここではユーザーがあえて電源の状態や電源を投入することを意識する必要性がどこにも無いのです。このインタラクションであれば「電源の入れ忘れ」という事態はまず起こらなくなるし、操作手順全体をより簡略なものにすることができます。

行為を増やすことで、複雑性や操作ミスの可能性がぐんと上がっていくことになります。

接続最中の状態が可視化されている

Appleはサードパーティには開放していない仕組みを利用してAirPodsとデバイスとの接続シーケンスをデザインしています。これは明らかにプラットフォーマー特権です。(ズルい)

Bluetoothのペアリング作業に手こずるのは、デバイスの状態が可視化されていないことに原因があります。ユーザーには何かしらの手段で《フィードバック》を返さなければなりません。

AirPodsの場合だとまず、iPhoneのすぐ近くで未知のAirPodsの蓋が開くと、iPhoneはAirPodsを認識して画面に特殊なシステムモーダルビューを出現させます。このモーダルビューにはAirPodsの絵と「接続」ボタンが備わっているので、ユーザーはAirPodsが検知されたことをすぐに理解することができます。これが最初のフィードバックです。

ユーザーは任意に「接続」ボタンを押して接続処理を開始することができます。これが接続処理開始のトリガーとなります。
続けてモーダルビューに必要な操作手順が示されますが、AirPods唯一のボタンを長押ししろとの指示に従ってそのようにすると、あっという間に接続は完了します。これが完了のフィードバックです。

初めての接続

初めての接続の様子。

接続が済んでいれば、AirPodsの蓋を開けるとすぐに認識する

接続が済んでいれば、AirPodsの蓋を開けるとすぐに認識する。

このような接続処理は一回きりの作業で、その情報はiCloudによってすべての所有デバイス間で同期されます。(これもまたプラットフォーマー特権に思えます。)
AirPodsを一度でもどれか自分のデバイスと接続したことがあれば、他のiPhone, iPad, Mac, Apple Watchすべてのデバイスでも同様に接続することができます。本当に一回きりなのです。

AirPodsは常に耳にはめていてもよい

AirPodsは完全ワイヤレスなので、物理的に縛られるものは耳の形状以外には何もありません。Bluetoothの電波が届く範囲であれば、iPhoneから離れても問題はありません。iPhoneを持たずに音楽を聴きながらお花を摘むことも容易いのです。

デスクにMacとiPhoneがあったとき、Macでは音量メニューにAirPodsが認識されているので、それをクリックするだけで接続先を簡単に切り替えることができます。接続切り替えという行為自体に意識を割くことがほとんどありません。
もしもこれが有線だったら、一時的にでもイヤフォンジャックの抜き差し作業に集中したり、耳からデバイスまでのケーブルの猶予具合に注意を払う必要がありました。

ケーブルが存在しないことと切り替えがとても簡単なので、AirPodsを耳にはめたままその存在を忘れることさえあります。存在が《透過的》になります。周囲の声がちょっと聞こえづらいときにやっとAirPodsをはめていることに気付くくらいです。

同一Apple IDに紐づくiPhoneで接続したことがあれば、iCloudを通してMacにも接続情報が同期される。

Apple製品は電源を意識させない設計に移行している

思えば、最近のApple製品には電源ボタンと呼べるようなものがなく、ユーザーが電源を意識する必要がないように設計されていることに気づきます。

iPhoneは基本的に常に通電させて利用することが想定されています。使わなければスリープさせていれば良いのです。わざわざ電源を切るということは稀ではないでしょうか。
iPhone 8/iPhone Xでは、「電源/スリープボタン」と呼ばれていた右側のボタンが「サイドボタン」と改められています。電源と名乗らなくなったことにはそれなりの意味があるのだろうと考えられます。

MacBook Pro(Touch Barモデル)では電源ボタンと認識できるものが表面上は無くなり、歴代Macの立ち上げを飾った鮮やかな起動音は、ついには鳴らなくなりました。SSD採用によるディスクアクセスの高速化やmacOSの改良により、もはや「OS起動」というプロセスをユーザーが負担する必要性がなくなったのです。
MacBookの蓋を開けたらすぐに使える、閉じたらスリープする、その当たり前のインタラクションさえあれば、ユーザーが電源の状態をわざわざ意識してMacと向き合うことはないのです。

電源ボタンがない、電源のモードを意識しない、機械の方がユーザーの行動に合わせて作動するという設計思想は、とても自然で理想的なインタラクションだと私は思います。

ユーザーの行動に一手間を加えないことが大切

ユーザーの行動の中に機能を融けこませること、すなわち《透過的》に振る舞うインタラクションことこそが目指すべき理想形なのです。
そのようなインターフェイスの事例としては、iPhoneのロック解除のプロセス “Press home to unlock” はとても参考になります。

Press home to unlock/ホームボタンを押してロック解除

このiPhoneのホームボタンにTouch IDを搭載することを決めたデザイナーはきっと天才に違いありません。

ユーザーは普段の行動の中でスリープ解除するために大抵はホームボタンをクリックしますから、Touch IDがそこに埋め込まれているとクリックと同時に指紋認証が実行されます。Touch IDセンサーはとても高速に指紋を認識するので、ユーザーが指を置いたのとほぼ同時に認証もすでに終わっているという具合です。
ユーザーがTouch IDのプロセスを認知するよりも速くロック解除が完了してしているというわけです。ホームボタンの形状がなんとなく親指を乗せたくなるようにデザインされているのも良いです。
このように、ホームボタンを押すついでに指紋認証も同時に行うという “Press home to unlock” の仕組みは、まさに人間の行動に合わせて「一手間を加えずに機能を加えた」とても優れたインタラクションだと言えます。

そしてこの “Press home to unlock” は、iPhone Xではさらに進化することが予想できます。
iPhoneを起き上がらせるとスリープ解除するという機能はiOS 10から導入されていますが、Face IDと組み合わさることでこの仕組みは究極形に到達します。
ただiPhoneを使おうとして手に持ってから画面に目をやるだけでロックが解除されるというのです。この一連の動きの中にロック解除のプロセスが全てが収められており、何も無駄がありません。

※あくまで、執筆時点2017年9月での予想です。

むすび

AirPodsが理想のワイヤレスデバイスである理由をさまざまなインタラクションを観察しながら考察しました。

ポイント:

  1. 接続処理がマイクロインタラクションとして機能している、トリガーからフィードバックまできちんとユーザーが理解できる
  2. 面倒な処理が一回だけで済む
  3. デバイス間の切り替えが一瞬で完了する、物理的な操作は一切不要
  4. 電源ボタンが存在しない、蓋の開閉操作がスリープ/起動を兼ねている
  5. ワイヤレスであることで装着感を感じさせない、距離の制約が大幅に緩和されたことで常に装着していても良い

このような仕組みによって、AirPodsは透過的に振る舞う道具になることに成功していると考えました。

ユーザーインターフェイスの理想形は、透明な姿である。

昨今のApple製品からは徐々に電源ボタンやその概念がなくなりつつあります。仮にあったとしてもそれをユーザーがあえて意識するような機会が少なくなってきています。

AirPods、iPhone、Apple Watch、MacBook Pro、macOS、Apple TV…

「さあ、使おう」と手に取ったら瞬時にスリープから復帰します。同様に、使うのをやめることでスリープ状態に移行します。
MacBook Proでは蓋の開閉という最も単純かつ自然な振る舞いでそれを実現しています。

見えなかったものを見えるように工夫する、電源ボタンという当たり前の概念を意識させないように操作手順を減らす、存在を消して透過的に振る舞う。
このようなインタラクションの設計は、デバイスがスクリーンを持つ持たないに関わらず、使いやすいユーザーインターフェイスを設計する上での重要なポイントになるのではないでしょうか。